イーロン・マスクの世紀

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イーロン・マスクがもたらしたものは

本書は、壮大なスケールのビジョンを持つイーロン・マスクを取材してきた記者がイーロン・マスクのビジネスやそれに関連した事象についてまとめている本です。世界が抱える大きな課題をどのようにして、解決するべきかを考えるきっかけになるかもしれません。

兼松 雄一郎 (著)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2018/6/15)、出典:出版社HP

まえがき

福島原発の事故の後、電源としての原子力をどう考えるかをイーロン・マスクに聞いたことがある。

「私は原子力賛成派だ。基本的にクリーンな電源と言っていい。ただし、自然災害から守られているという条件付きだ。残念だがカリフォルニア州や日本のような地震多発地帯には向かない。実際、カリフォルニア州はサンオノフレやディアブロ・キャニオンなどで原発を少しずつ止めていっている。フランスのような平地で洪水や竜巻など自然災害が少ない場所であれば有効な技術だ。ただ、周辺地域から住民を隔離する必要があり、近隣不動産の価値も下がる。優先的に選ばれる電源ではないはずだ。それだけの広い土地があるなら太陽光で発電した方が効率的だ」

しばし考えた後で、整理された答えが流れるようにあふれ出る。大胆な構想と冷静な判断でテスラやスペースXなどを率いる希代の起業家マスク。この本はそんな彼の伝記ではない。扱うのは、幅広い範囲に及ぶマスクの影響の方だ。その影響はいまや単に自動車や宇宙産業の中にとどまらない。
マスクは間違いなく米国における製造業の旗手だ。アジア勢に押される米国の製造業が向かうべき方向を指し示すだけではない。EV、ロケット開発、トンネル掘削、はては脳とコンピューターの接続技術まで。リスクが高すぎて投資が集まらなかったこうした業界に資金を呼び込む広告塔となり、新たなうねりを作り出す。既存業界を破壊し革新を生み出すことを善とするイノベーション教の教祖のようにも扱われるが、本書はそうした一面的なマスク礼賛の立場は取らない。
マスクの事業群は突出した起業家独りで成り立つものではない。著名なベンチャーキャピタリストを中心とする人脈が足りない部分を補う。シリコンバレーのエコシステムだけでなく、米国の政府系機関の研究の蓄積やインフラも総動員している。スペースXとNASAの良好な関係が象徴するように。
多くの産業にまたがるマスクの企業群は、米国の基礎研究の遺産、世界から集まった最先端の技術者たち、シリコンバレーでアップルが育成してきたデザイン・マーケティングに長けた人材などの上に立っている。マスクの実績をその際立った個性や起業家魂といった陳腐な精神論だけに還元すべきではない。彼の突出した企業群はいかにして生まれ得たのか、本書ではその背景にある構造を解説したい。

マスクの快進撃が続くかはまだ不透明だ。テスラはEV量産に苦しみ、スペースXも巨大ロケット開発に苦闘している。しかしマスクの企業が勝ち残れるかは本質的な問題ではない。本当に重要なのはマスクが成功するかではなく、やっている実験の中身だ。
スポーツの世界では、一人の選手が今まで不可能に見えたタイムを切ると突然他の選手も続々と好タイムを出す現象が知られている。同様に一社でも狂気じみた初期投資をして顧客を獲得し、既存の業界が安定した利益を分け合う構造が揺らげば、技術の普及は格段に早まる。実際、捨て身で新しい機能を次々に商品化するマスクの動きに多くの企業がすでに引きずられている。
自動車大手はEVの品揃えを大幅に拡充しており、蓄電池やその原料の争奪戦が始まっている。仮にマスクの事業が失速したとしても、加速した業界全体の流れは止まらないだろう。古くなってきたインフラや製造業の構造を変える、シリコンバレーを起点とする新たな産業革命の動き。マスクの実験がそれを牽引する。
さらに見逃せないのは米国が産業政策上、マスクという新たなスターを求めているということだ。温暖化政策ではたもとを分かったが、米トランプ政権の政策は製造業の米回帰による雇用創出、宇宙開拓による国威発揚、研究開発へのリスク資金の呼び込みなどで明らかにマスクのビジョンと共鳴しており、彼の政策への影響は大きい。
たとえばマスクの動きを追っていれば、自動運転技術が急激に進化する中で新幹線を輸出するような時代錯誤の計画を進める気にはなれないはずだ。交通インフラの未来は混沌としており、交通手段のあり方は大きく変動するだろう。マスクとその周辺の動きを押さえることは社会インフラの未来を占う上でも不可欠な知識になり始めている。本書はその助けとなることも企図している。

クールなスポーツカーとロケットを開発し、傍らにはいつも美女がいる。そんな完全無欠のヒーローのようでいてナイーブな面もある。2017年7月末、新型車「モデル3」の出荷式を控え、カリフォルニア州フリーモント工場に現れたマスクは瀕死の人間のような表情を浮かべていた。生気もなくテンションも上がってこない。いつも冗談を飛ばし、論争を仕掛ける陽気なカリスマ経営者と同一人物とは思えないやつれぶりだった。
「モデル3」量産の苦労によるものかと思われたが、のちにローリングストーン誌のインタビューで女優のアンバー・ハードと別れたせいだったと明かしている。マスクは公の場に現れるたびに痩せたり、太ったりを繰り返している。孤独を嫌い、ストレスで食べ過ぎることもある。冷静で強気な仮面の下に人間らしい弱さと激しい感情も隠している。
その姿は複雑でつかみどころがない。ゲームとサイエンスフィクションを愛するオタクでもあり、工場に泊まり込み、取引先の部品メーカーの工場をふらりと訪問する生粋のエンジニアでもある。週末や休暇シーズンまで長時間働き、地球の温暖化防止と火星への移住を真剣に唱える。その行動はもはや現実離れしてみえる。
だが、世紀を超えるスケールのマスクの構想には怪しく曖昧な部分も多い。マスクは極めて科学的な思考を披露するにも関わらず、構想や計画の時間軸については適当さが目立つ。この相反する2つの要素がマスクという人物の中に共存している。
マスクは仮説をすぐに実行に移す。仮説の力で人を集め、達成のために人を追い詰める。そこには単なる抽象的な構想にはない手触りがある。それを真に受けて未来について楽観的に語りすぎることも、その計画が未達であるがゆえに過剰に批判することも、マスクという人物を扱う上であまり生産的ではないと考えている。
マスクに関する多くの記事がこの2つのどちらかに偏っているが、本書はそこから少し引いた視点で、マスクに影響を受けた興味深い人々を影の主役として描いたつもりだ。
なお、本書では敬称は省略し、肩書や数字は執筆時の2018年3月時点のものを使った。

兼松 雄一郎 (著)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2018/6/15)、出典:出版社HP

目次

まえがき

CHAPTER 1
さらばアップル
米国製造業の革命
マスクランド
ガラスの神殿
アップルに先回り
「iPhone的瞬間」
オブジェになる電池
エンジニアとデザイナー
工場が最大の製品
高速經常

CHAPTER 2
ロボットと愛
トヨタをあざ笑う
研究者の楽園
短かった蜜月
燃え上がる車体
「マスク仕様」の工場
盟主の苦悩
懸賞金ハンター
ハッカーのアイドル
足りない技術者
遅れてきた巨人
マスク時間
「クソ」で動く車
「約束できることしか公表しない」
メンテナンス革命

CHAPTER 3
解けるエジソンの呪い
電力の未来
死の谷を超えて
ブレインレイプ
秘中の秘
特許開放
「テスラはブラックベリー」
誤算
エジソンの呪い
「生産方式」を生み出す
EVで電力不足
電力との融合
荒ぶる風
電池革命後の風景

CHAPTER 4
「ザッカーバーグは分かってない」
Al終末論
目障りな「救世主」
「規制セヨ」
Al幸福論
「意識」は生まれるか
世界を見通す石
「人は見た目が9割」
遺伝子からAIへ、アシロマ再び
倫理学ルネサンス
What’s Facebook?
不気味なフェイスブック
過ぎ去りし黄金時代
理念の空白
ライフワーク逆回転
パワーゲーム

CHAPTER 5
トランプとの伴走
近似形の二人
離反
投資はハムスター500億匹級
トランプの科学
不思議な伴走
近似形の二人
ファクトチェックの対象
ツイッター大統領
トランプ支持の民主党員
ロビーイング2・0
バーニーの革命

CHAPTER 6
マルキシズム2・0
シリコンバレーの不安
株価が組合対策
完全自動化後の工場
米国の新たな「社会主義者」たち
「Dump Trump(トランプをゴミ箱へ)」
テクノロジー企業の深謀
汚れ仕事
自動車業界の鎮痛剤

CHAPTER 7
アキレスと2匹の亀
異端投資の生態系
「テスラ倒産」
歪曲フィールド
戦時のCFO
キャッシュ・マシーン
地球規模の通信会社
世紀を超える思考
太陽を作った少年
マスク・エフェクト
「知能の拡張」に投資を呼び込む
火星のゼネコン
1万年の鼓動
吸血鬼マウス
2匹の亀

CHAPTER 8
米都市の生と死
蝸牛とブガッティ
退屈な会社
忘れられた地下
地獄のLA
愚かな鉄道計画
構想1:空の開発
構想2:ライドシェアの進化
ライドシェア渋滞
ウーバーとの隠れたつながり
構想3:「都市のOS」
構想4:リアル・シムシティ
アルファベットの「理想像」
都市開発という免罪符

CHAPTER 9
アイアンマンのダークサイド
殺人マーケティング
凶暴なボクサー
未熟なオートパイロット
顧客の車を「実験台」に
性急さの代償
ブラック企業
振り回されるパナソニック
破れた大風呂敷
ヒーローと階層

CHAPTER 10
起業家の建国神話
物語が育むアメリカ
逆噴射の公式
テスラと宇宙の神話
マスク・ファンクラブ
「新冷戦」
ロシアに復讐を果たす
2つのフロンティア
まずは広告・マーケティング
宇宙商品取引所
ロボットのOS
西のパトロン
贅沢とネット資本主義

CHAPTER 11
方舟と民主主義
紅いディストピア
現代の「方舟」
技術で感情は代替できない
火星と民主主義」
宇宙医学
灼熱の「宇宙港」
NASAの遺産
失敗の殿堂
NASAはどけ!
空白

CHAPTER 12
トム少佐の退屈
マスクがまだ語っていないこと
火星のナイトクラブ
ササカワと宇宙建築
長い夢
砂漠の雪
ムシたちの宇宙レストラン
宇宙リゾット
秘密の実験室
個人情報としての味覚
肉とは何か、それが問題だ
Rip. Mix. Burn.
生物学者とロボット技術者の融合
ジョブズの予言書

あとがき
[巻頭・巻末資料] マスクの人脈図
イーロン・マスク年表
主な登場組織・企業の解説
参考文献

イーロン・マスク年表
1971
南アフリカ・ブレトリアで 技術者の父とモデルの母の長男として生まれる
1989
カナダに移住し、クイーンズ大学に入学
1992
ペンシルベニア大学に転入。経済学と物理学を専攻
1995
スタンフォード大学の博士課程に進学するも、すぐに起業のために中退
弟のキンバルと地域広告プラットフォームベンチャー、 ここ2を業
1999
この2をコンバックに売却。これを原資に決済ベンチャー、 X.com
2000
ピーター・ティール率いる同業コンフィニティと統合し、 ベイバルを自業
2001
ICBM購入でロシア企業と交渉
2002
ネット売買仲介大手イーベイがペイパルを15億ドルで買収。
資金を元手にスペースXを創業
2003
創業のEVベンチャーのテスラに出資し、経営に参加
2008
国産車のスペースXが4度目にして打ち上げに初成功 NASAから国際宇宙ステーションへの大型輸送契約を受注
2009
国産車のテスラに独ダイムラーが出資
2010
スペースが宇宙を「ドラゴン」の打ち上げ・回収に成功
テスラがトヨタ自動車と資本提携
2012
テスラがセダン・モデルS」を発売
2013
「モデルS」の販売が急拡大し、テスラが倒産危機から抜け出す
2014
スペースXがNASAから
国際宇宙ステーションへの大型輸送契約を再受注
テスラとダイムラーとの提携解消。
トヨタとの提携も実質的に解消
2015
テスラが定置型の蓄電池販売も開始し、エネルギー事業に参入 SUV「モデルX」投入
AI開発NPOのオープンAIを創設
スペースXがロケットブースターの着地・回収に初成功
2016
パナソニックと共同投資するネバダ州の巨大電池工場が稼働
テスラ車で「オートパイロット」モード作動中に死亡事故が発生
脳・コンピュータ接続技術開発のニューラリンク、トンネル掘削のボーリング・カンパニーを相次ぎ創業
スペースXのロケットが試験中に爆発
テスラが太陽光発電ベンチャー、ソーラーシティを買収
2017
量産車「モデル3」の出荷が始まるも量産が難航
スペースXがロケットブースターと宇宙船の再利用に成功
2018
低軌道に小型通信衛星ネットワークを作るための試験機の打ち上げに成功
大型ロケット「ファルコンヘビー」の試験打ち上げに成功

兼松 雄一郎 (著)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2018/6/15)、出典:出版社HP