応用行動分析学―ヒューマンサービスを改善する行動科学 (ワードマップ)

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ヒューマンサービスのための心理学

教育、福祉、医療、看護など、人に関わり、人々の行動変容を担う職業はヒューマンサービスと呼ばれる。本書では、より効果的な行動変容を導くための知識と技能が、実際の事例を紹介しながら解説されている。本書を通して、ヒューマンサービスと関連させながら応用行動分析学を学ぶことで、自身のヒューマンサービスの改善につなげることができる。

まえがき

教育や福祉、医療や看護など、人に関わる仕事を総称して、「対人援助職」や「ヒューマンサービス」と呼ぶことがある。元々は社会的に弱い立場にある人を支援する、どちらかといえば公的な職業や職務を示す概念だったが、今では公/民の区別なく、対象も拡大されて使われている。

本書ではヒューマンサービスを人の行動変容を担う仕事や役割と定義する[1]。学校の教員も、スポーツクラブのインストラクターも、企業研修の講師も、人に何かを教えて、できないことをできるようにすることが務めであるからその仕事はヒューマンサービスである。心理カウンセリングや育児相談によってクライアントや親の不安を減らしたり、患者が医師から処方された薬を正しく服薬したり、リハビリに励むように支援することが仕事ならこれらもヒューマンサービスである。工事現場で事故を防ぐために作業員や歩行者に指示をするのもヒューマンサービスだし、新装開店したデパートにやってくる客を増やす仕事もヒューマンサービスである。
ヒューマンサービスの対象は目の前にいる人の行動である。ものづくりの仕事には物の性質に関する知識や加工のための技術が必要なように、ヒューマンサービスの仕事には行動に関する知識や行動変容のための技術が必須となる。[2]だが、残念なことに、こうした専門性を系統立てて習得する機会は限られている。その結果、ヒューマンサービスを担う多くの人が、難しい課題に手探りの状態で、試行錯誤しながら取り組んでいるのが現状だ。

物と人との大きな違いは振る舞いの誤差にある。条件さえ整えれば、鉄は鉄、水は水らしく、ほぼ予測どおりに反応してくれる。個体差は小さい。ところが、人は条件をできるだけ揃えても、例えば田中さんと鈴木さんが同じように振る舞うとは限らない。個人差が大きく、予測が難しく、仕事の成否が偶然に影響されやすくなる。このため、ヒューマンサービスの現場では、たまたまうまくいったことによる思い込みも生まれやすく、[3]あるいは、「結局は人それぞれ」と、継続的な業務改善をあきらめてしまいやすくもなる。

応用行動分析学はこのような課題を乗り越えるために役に立つ長所をもつ心理学である(図0-1)。人や動物の行動の振る舞いに関する実証された理論[4]、効果が確認された行動変容のための様々な技法[5]、目の前にいる人の行動を変えながら技法を開発し、効果検証を進めるための研究法[6]を兼ね備える。さらに、研究に基づいた組織的な実践を推進するのに必要な技法のプログラム化やスタッフマネジメントの方法論、サースの受け手の価値観を反映させる仕組みも蓄積されている[7]。

自閉症や知的障害がある子どもや成人への指導や支援に関する研究と実践で大きな成果をあげてきたことで、教育や福祉に関わっている専門家の間では「知る人ぞ知る心理学」となった。日本語で読める文献も増えた[8]。ただ、逆にそのイメージが強すぎて、発達障害児のための指導法であると勘違いされることもある。シェイピングや行動連鎖化といった技法も、ロバースの早期集中行動訓練のようなプログラムも、応用行動分析学の研究成果の一例であり、学問体系そのものではないことは、図0-1からもわかっていただけるだろう。-
応用行動分析学を基盤として「対人援助学」という新しい学際領域を拓いた望月昭[9]がかつてそう称したように、応用行動分析学は業務用心理学である。数多くの「○○理論」や「口口現象」があふれている一般的な心理学に比べると地味で単純に見えるかもしれないが、仕事に役立つ底力は群を抜いている。と、少なくとも私はそう信じている。

科学的根拠をもとにサービスを提供することが重視されるようになってきている現在[10]、ヒューマンサービスの担い手には、経験や勘だけではなく、なぜそのように仕事をするのかを論理的に説明し、実績をもとに自らの仕事の質を上げていくことが期待されている。

応用行動分析学の研究法はヒューマンサービスの実践現場にそのまま適用可能である。直面している問題を目の前にいる人や動物の具体的な行動として定義し、測定し、分析し、行動変容の手続きを立案して実行し、その成果をもとに改善を重ねられる(図0-2)。成功体験を積み重ねやすくなり、仕事のやりがいも生まれる。まさにヒューマンサービスのための心理学であるのだ。

本書では、これまでに出版された応用行動分析学に関する図書ではほとんど取り上げられることがなかった研究や実践について紹介することと、可能な限り多様な職種や業種に携わる読者に興味をもっていただけるような例を使って解説すること、技法や研究の具体例より、研究法を、初学者にとってもわかりやすく伝えることを心がけた。巻末の索引では、専門用語について、できるだけ英和両方の表記を記載した。日本語で異なる表記をされることがある用語についてもそれがわかるように併記した[11]。
読者の皆さまが応用行動分析学に興味をもってくださり、ヒューマンサービスの様々な領域でサービスの担い手も受け手も満足できる改善の輪が回り始めることが私の願いである。

[1]「対人援助」や「対人サービス」などの類義語のなかで最も守備範囲が広そうな「ヒューマンサービス」を選んだ。「通常、サービスとは対価が伴う活動に限定されるが、本書ではこの制限解除する。子育てに直接対価が支払われることは少ないが、子どもの躾には行動変容が必須であるから、この意味でヒューマンサービスである。行動変容する対象も人に限定しない。たとえば、家庭夫の行動変容によって飼い主の生活の質が改善されるのであれば、これもヒューマンサービスに含める。
[2]使いやすさや意匠、ブランドの魅力などの要因が関連してくると、ものづくりにもヒューマンサービスの要素が含まれることになる。
[3]過去の成功体験からこれで「うまくいくはず」といった過度の一一般化が生じると、それでうまくいかなければ対象に問題があると思いはじめ、個人攻撃の罠に陥りやすくなる。
[4]第Ⅱ部「行動の譜法則」を参照。
[5]項目35「行動変容の諸技法」を参照。
[6]第Ⅱ部「応用行動分析学の研究法」を参照。
[7]行動倫理や社会的妥当性の概念(項目3「応用行動分析学の進め方」を参照)。
[8]項目2「応用行動分析学のそれからと今」を参照。
[9]望月ら(2013)
[10]項目3「科学的な根拠に基づいた実践」を参照。
[11]本書を執筆している時点で、日本行動分析学会が専門用語の表記法について整理を進めており、数年後には統一される可能性もある。

応用行動分析学—目次

まえがき

第Ⅰ部 応用行動分析学の誕生と発展
1 応用行動分析学のはじまり
実験室から街へ出た若き心理学者たち
2 応用行動分析学のそれからと今
社会問題を解決する行動科学としての発展
3 科学的な根拠に基づいた実践
ヒューマンサービスにおけるEBP
4 応用行動分析学の進め方
問題を解決しながら科学する
5 応用行動分析学の七大原則
エビデンスに基づいたヒューマンサービス実践の礎

第Ⅱ部 応用行動分析学の研究法
6 行動の測度
誰のどのような行動をどうやって測定するのか
7 インターバル記録法とタイムサンプリング法
数えにくい行動を客観的に数量化する
8 行動観察の信頼性
質的研究を客観的に行うために
9 記録用紙
データの信頼性を確認するアナログ的工夫
10 シングルケースデザイン法
事例研究で因果関係を同定する
11 目視分析
ローデータを最大限に活用する
12 AB法
侮れない基本のき
13 ABA法(反転法)
シンプルにわかりやすく効果検証
14 多層ベースライン法
時差で再現、複数の参加者にも対応可
15 条件交替法
将来有望、意外な伏兵
16 基準変化法
スモールステップ法との相性抜群
17 シングルケースデザイン法の評価基準
エビデンスを伝えるための数量化と標準化

第Ⅲ部 行動の諸法則
18 行動随伴性と機能分析
人はなぜそのように行動するのか
19 行動の定義
死人にできないことすべて
20 刺激の定義
反応に影響することすべて
21 先行事象としての刺激作用
行動を引き起こす、行動を抑える
22 後続事象としての刺激作用
行動を増やす、行動を減らす
23 オペラント条件づけ
行動を自発している原因はここにあり
24 レスポンデント条件づけ
行動が誘発されている原因はここにあり
25 確立操作
三項随伴性から四項随伴性へ
26 生得性確立操作
系統発生的な動機づけ要因
27 習得性確立操作
個体発生的な動機づけ要因
28 強化スケジュール
温故知新。ゲームやウェブで大活躍
29 選択行動と対応法則
ノーベル賞で出ています
30 遅延割引とセルフコントロール
「自制心」か、我慢する技能か
31 言語行動論
ことばも行動
32 言語行動の機能的分類と多重制御
ことばはみかけによらず
33 刺激等価性と関係フレーム理論
関係に制御される行動
34 ルール支配行動
人を人たらしめている行動
35 行動変容の諸技法
職人的な技を誰にでもできる技術へ

第Ⅳ部 科学的根拠に基づいた実践プログラム
36 「不安だから行動しない」から「不安でも行動する」へ
マイナス思考も受け入れて行動(act)にコミット
37 チンパンジー、宇宙へ
NASAで活躍した行動分析家
38 命を救うネズミたち
実験室から戦場へ
39 殺処分ゼロを目指して
人と動物との幸せな暮らしを支援する
40 学校に風を吹かせる
ポジティブな行動支援をスクールワイドで
41 ストップ!万引き
行動は観察しなくても変えられる
42 しごきも根性も、もういらない
行動的コーチングで技をみがく
43 ママケアで乳がんを早期発見する
医療における行動変容プログラム
44 職場の安全を確保する
安全行動マネジメントで事故を減らす

あとがき
事項索引
引用文献
引用URL一覽

■装幀=加藤光太郎