宇宙の覇者 ベゾスvsマスク

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宇宙開発の大転換点を描いた必読書

IT業界で成功したベゾスとマスク、2人の天才による宇宙への挑戦そして彼らの宇宙への想いが描かれています。それぞれ異なるアプローチで宇宙事業を進めていくなど、個性的な2人のストーリーは非常に読み応えがあります。宇宙ビジネスに携わる方にとってバイブルともなる必読の1冊です。

クリスチャン・ダベンポート (著), 黒輪 篤嗣 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2018/12/18)、出典:出版社HP

目次

CONTENTS

序章
「着陸」
Touchdown

第1部 できるはずがない
第1章 「ばかな死に方」
A Silly Way to Die
第2章 ギャンブル
The Gamble
第3章 「小犬」
Ankle Biter
第4章 「まったく別の場所」
Somewhere Else Entirely
第5章 「スペースシップワン、政府ゼロ」
SpaceShipOne, GovernmentZero

第2部 できそうにない
第6章 「ばかになって、やってみよう」
Screw It, Let’s Do It
第7章 リスク
The Risk
第8章 四つ葉のクローバー
A FourLeaf Clover
第9章 「信頼できる奴か、いかれた奴か」
Dependable or a Little Nuts?
第10章「フレームダクトで踊るユニコーン」
Unicorns Dancing in the Flame Duct

第3部 できないはずはない
第11章 魔法の彫刻庭園
Magic Sculpture Garden
第12章 「宇宙はむずかしい」
Space Is Hard
第13章 「イーグル、着陸完了」
The Eagle Has Landed
第14章 火星
Mars
第15章 「大転換」
The Great Inversion
エピローグ ふたたび、月へ
Again, the Moon

謝辞
原注

※訳注は〔 〕で示した。また原書の[ ]はそのまま[ ]とした。

考えるとは、結局のところ、見えているものをよく見ることで、
気づいていなかったことに気づき、
それによって目には見えないものを見ることなんだ。

——ノーマン・マクリーン『リバー・ランズ・スルー・イット』

クリスチャン・ダベンポート (著), 黒輪 篤嗣 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2018/12/18)、出典:出版社HP

序章 「着陸」

海抜2万5000フィート〔約7.6キロ〕の上空についにロケットの姿が現れた。ふつう、ロケットが爆弾のように空から落ちてきたら、慌てふためくことだろう。だがシアトル郊外にあるブルーオリジン本社の従業員用ラウンジに集まったおよそ400人はちがった。地上に迫ってくるブースターを目にすると、期待に胸を躍らせた。
「エンジン始動まで推定10秒」管制官の声が響きわたる。
ラウンジを埋め尽くした従業員たちは、ほぼ全員エンジニアだ。ロケットの自由落下を映し出した大型スクリーンにじっと目を凝らしながら、手で口を覆う者もいれば、座ったまま身を乗り出して、手を固く握りしめる者もいる。話し声はしない。誰もが息を詰めて、成り行きを見守っている。
「エンジン点火」と、管制官が告げた。「推力発生」
そのとたん、部屋じゅうから歓声が沸き起こった。2015年の感謝祭〔11月の第4木曜日〕の3日前に当たるこの日、西テキサスにあるブルーオリジンの試験場からロケットが打ち上げられたのは、つい3分前のことだった。ロケットは超音速で上昇を続け、やがて宇宙空間との境界線とされる海抜高度100キロメートルを越えた。しかしロケットが下降している今、エンジンの推力は逆の働きをしていた。ロケットが墜落しないよう、落下のスピードを抑えているのだ。
ロケットの高度が下がり続ける。

2000フィート〔約600メートル〕。
1000フィート。
500フィート。
ロケットが地表付近に達すると、エンジンから放たれる炎で土煙が舞い上がった。ラウンジにいる従業員たちがいっせいに椅子から立ち上がった。ロケットは制御されており、着陸する熱気球のようにゆっくりと降りてくる。
「高度150フィート〔約45メートル)」管制官が告げる。
「高度70フィート」
「高度50フィート。速度安定」
エンジンからもう1回、最後の噴射があって、煙幕の向こうに鮮やかな橙色の光がきらめく。そして、エンジンが止まった。
「着陸完了」
部屋はたちまち興奮のるつぼと化した。互いに抱き合ったり、ハイタッチし合ったりして、狂喜乱舞する従業員たち。着陸台の中央にはロケットブースターが巨大なトロフィーのように見事に立っていた。
ジェフ・ベゾスは自社の所有する西テキサスのロケット発射場の管制室から、打ち上げの一部始終を見守っていた。のちに「あれは人生で最高の瞬間だった。目が潤んでしまった」と語った。
28日後、また別のロケットが空から落ちてきた。このブースターは前のよりもはるかに大きく、はるかに速いスピードで宇宙を飛んできていた。その速度は宇宙空間との境界線を越えるだけでなく、ペイロード(搭載物)を軌道高度に投入できるほどのものだった。この着陸を成功させるのはさらに至難の業であり、失敗の可能性は桁ちがいに高い。
フロリダ州ケープカナヴェラルの夜空に向けてロケットが打ち上げられてから約10分後、とつぜん、ロケットエンジンから出る炎が遠くにある街灯のようにぱっと夜空に現れた。炎はそのまま信号灯のように明滅しながら雲のあいだを降りてきた。
2015年のクリスマス前のこの日、ロサンゼルス郊外にあるスペースXの本社ではテレビ画面の前に従業員たちが集まっていた。従業員たちはロケットを目にしたとたん、ブルーオリジンのライバルたちと同じように沸き立った。

イーロン・マスクは屋外に出てロケットの帰還を見守った。それから管制室に駆け戻って、ロケットが着陸台に堂々と立つ姿をモニター画面で確かめた。ベゾスと同じように、人生で最高の日と感じたはずだ。「歴史的な瞬間」とマスクはこの成功を評し、「火星都市を実現できる自信がいっきに深まった」と述べた。

宇宙時代の幕開けから約50年間。宇宙空間まで達したロケットが地上に垂直に着陸したことは一度もなかった。それが今、ひと月足らずで2回、行なわれた。
これまでの宇宙飛行ではおもに打ち上げが盛大に祝われてきた。しかし着陸というと、人々の記憶に残っているのは、地上への着陸ではなく、ニール・アームストロングとパズ・オルドリンによる月面着陸か、さもなければ火星探査機キュリオシティ号によるいわゆる「恐怖の7分間」の火星への着陸だった。ロケットのブースターが焼け焦げながらも地上にしっかり立つ姿は、新時代の到来を予感させた。ついにアポロ11号のあの感動が再現される日が来る、近い将来に実現すると多くの人が信じていながらいっこうに実現しなかった次の大飛躍がついに実現するのだと、期待させた。
さらに特筆すべきは、この着陸——NASA(米航空宇宙局)にもできなかった偉業——が国ではなく、民間企業2社によって成し遂げられたことだ。2社とも、再利用可能なロケットの開発に執念を燃やす大富豪の支援のもと、宇宙飛行の費用を劇的に下げる可能性を秘めた新技術の開発に取り組んできた。
ロケットの1段目はこれまで何十年も、ペイロードに宇宙まで達する推進力を与えたあとは、海に没したままにされていた。マスクとペゾスにはこれがとんでもない無駄遣いに思えた。まるでニューヨークからロサンゼルスへのフライトのたびに、飛行機を捨てるようなものだ、と。そのふたりが今、ロケットは上に向かって飛ぶだけでなく、下に向かって戻り、目標地点に正確に着陸できることを証明してみせた。数十年来薄れていた有人宇宙飛行への人々の関心が、これによってふたたび呼び覚まされた。
着陸の成功に沸いたのは、ブルーオリジンとスペースXばかりではない。ネット上にアップされた着陸の動画は、増え続けるファンたちによって何百万回も再生された。1960年代のブームを彷彿させる盛り上がりだ。かつてフロリダ州のココアビーチの岬が宇宙ファンで埋め尽くされたように、ユーチューブやソーシャルニュースサイトのレディットに宇宙ファンのアクセスが殺到した。新しい宇宙時代の幕開けに興奮する若者たちのようすは、かつてジョン・グレンを乗せたロケットが地球周回軌道へ向けて打ち上げられたときの親の世代の熱狂ぶりと同じだ。グレンのロケットが大空を突き抜けて宇宙へ達した瞬間には、いつもはけっして感情をあらわにしない冷静なニュースキャスター、ウォルター・クロンカイトですら、生放送中、「すごいぞ、ベイビー!」と叫んだほどだった。

米国の宇宙事業の復活をここまで牽引したのは、ふたりの億万長者、マスクとペゾスだ。ふたりは手法でも性格でも、好対照をなしている。平気でむちゃなことに挑むマスクは、がむしゃらに前に進もうとし、成功によっても失敗によってもたえず世の注目を集めた。いっぽうのベゾスは物静かな秘密主義者で、謎めいたロケット開発を極秘裏に進めた。
ただし、参入者はこのふたりだけではない。リチャード・ブランソンも宇宙旅行の提供を約束している。宇宙から地球を眺め、数分間の無重力体験を楽しめる旅行だという。マイクロソフトの共同創業者ポール・アレンは、民間初の有人宇宙飛行を成功させた宇宙船に出資し、さらに、史上最大の飛行機の開発にも取り組み始めている。ハワード・ヒューズの飛行機スプルース・グースよりも大きいその飛行機は、上空1万メートルからロケットを「空中発射」できるという。さらに「ブラックアイス」と名づけられた新型のスペースシャトルもひそかに開発しているらしい〔ボール・アレン氏は日本でも広く報じられたとおり、本書の原書刊行の約半年後、2018年10月15日、逝去された。氏の宇宙にかけた夢は、この飛行機の開発を含め、氏の設立した宇宙輸送企業ストラトローンチ・システムズ社に引き継がれている〕。
これらの「宇宙の覇者」はいずれも世界的な大企業——アマゾン、マイクロソフト、ヴァージン、テスラ、ペイパル——を築いて、それぞれ小売り、クレジットカード、航空の各業界に破壊的な変革をもたらした者たちだ。今、それらの破壊者たちが莫大な私財を投じて、宇宙旅行を大衆の手に届くものにするとともに、これまで国主導で行なわれてきた有人宇宙飛行の限界を打ち破ろうとしている。
新たな地平を切り拓こうとするドラマチックな奮闘の物語は、まるで映画のようだ。リスクと胸躍る冒険の数々があり、テストパイロットが犠牲になった墜落事故があり、ロケットの爆発があり、破壊工作の嫌疑がある。弱小ベンチャー企業が強大な「軍産複合体」を相手取って起こした訴訟があり、ホワイトハウスまで巻き込んだ政治闘争があり、人類を月や火星に運ぶという壮大な構想があり、そしてもちろん、新たな「宇宙探査の黄金時代」(ベゾス)の先触れをなす歴史的な着陸の成功がある。
この物語を活気あるものにしているのは、新しい宇宙開発を引っ張るマスクとベゾスのあいだに芽生えた競争心だ。ふたりの対抗意識は訴訟やツイッターの発言、それぞれのロケットの着陸の意義や推力をめぐる論争、さらには発射台の争奪戦となって表れる。猛烈に突っ走る”兎”イーロン・マスクと、秘密主義でゆっくり歩む”亀”ジェフ・ベゾス。先行するのはマスクだ。ただしレースは始まったばかりで、ベゾスに慌てるようすはない。一歩一歩、着実に前進を続けている。

クリスチャン・ダベンポート (著), 黒輪 篤嗣 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2018/12/18)、出典:出版社HP

タイムライン

2000年9月 ジェフ・ベゾスがブルーオリジンの前身ブルーオペレーションズLLCを設立する。
2002年3月 イーロン・マスクがスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズを法人化する。
2003年12月 スペースシップワンの最初の動力飛行が実施される。
2003年12月 マスクがワシントンDCでファルコン1を披露する。
2004年9月 リチャード・ブランソンがスペースシップワンの技術ライセンスを取得し、2007年までに世界初の商業宇宙飛行を実現すると宣言する。
2004年10月 スペースシップワンがXプライズを獲得する。
2005年3月 ブルーオリジンの最初の飛行試験機カロンが試験飛行を行ない、高度96メートルに達する。
2006年3月 スペースXがファルコン1の1回目の打ち上げを行ない、失敗に終わる。
2006年8月 NASAが商業軌道輸送サービス事業で、スペースXと2億7800万ドルの契約を交わす。
2006年11月 ブルーオリジンの試験ロケット、ゴダードが打ち上げられ、高度87メートルまで達する。
2008年9月 スペースXのファルコン1が初めて地球周回軌道に達する。
2008年12月 NASAが国際宇宙ステーションに物資を運ぶ事業で、スペースXと16億ドルの契約を交わす。
2010年1月 オバマ大統領がNASAの予算案を発表し、ブッシュ政権時代に始まったコンステレーション計画の中止を表明する。
2010年4月 オバマ大統領がケネディ宇宙センターで演説するとともに、第40発射台を訪れ、マスクと会う。
2010年6月 ファルコン9の1回目の打ち上げが成功する。
2011年7月 NASAのスペースシャトルが最後の飛行を終える。これにより米国には宇宙飛行士を宇宙へ送る手段がなくなる。
2011年8月 ブルーオリジンの試験ロケットPM2が西テキサスに墜落する。
2011年12月 ポール・アレンがロケットの「空中発射」に使える世界最大の航空機ストラトローンチの開発計画を発表する。
2012年5月 スペースXの宇宙船ドラゴンが民間機で初めて、国際宇宙ステーションに到達する。2013年3月ベゾスが大西洋の海底からF-1エンジンを回収する。
2013年9月 スペースXとブルーオリジンのあいだで、第39A発射台の利用をめぐって緊張が高まる。ベゾスがNASAに認可される軌道飛行用ロケットをつくるより、「フレームダクトで踊るユニコーン」を見る公算のほうが高いと、マスクが述べる。
2014年4月 スペースXが国防総省の打ち上げ契約をめぐり、米国空軍に対して訴訟を起こす。
2014年9月 スペースXとボーイングがNASAから宇宙飛行士を国際宇宙ステーションへ輸送するミッションを請け負う。契約額はスペースXが最大で26億ドル、ボーイングが最大で42億ドル。
2014年10月 ヴァージン・ギャラクティックのスペースシップツーがモハーヴェ砂漠に墜落する。
2015年4月 ブルーオリジンがニューシェパードを打ち上げ、初めてロケットを宇宙空間付近まで飛ばすことに成功する。
2015年6月 ファルコン9が宇宙ステーションへ物資を運ぶために打ち上げられたが、途中で爆発する。
2015年9月 ブルーオリジンがケープカナヴェラル空軍基地の第36発射台から新しい軌道飛行用ロケットを打ち上げると、ベゾスが発表する。
2015年11月 ニューシェパードが着陸に初めて成功する。
2015年12月 ファルコン9が着陸に初めて成功する。
2016年2月 リチャード・ブランソンが新しいスペースシップツーを公開する。
2016年9月 ファルコン9が発射台で燃料注入中に爆発する。
2016年9月 マスクが国際宇宙会議で登壇し、火星への移住計画を発表する。
2016年10月 ブルーオリジンのニューシェパードに使われた最初のブースターが、発射と着陸を5回繰り返したのち引退する。
2017年1月 ブルーオリジンが月面に物資を運ぶ事業計画をNASAに売り込む。
2017年2月 マスクが民間人ふたりの月周回旅行を有料で実施する計画を発表する。
2017年9月 マスクが月面基地の建設計画を発表する。

クリスチャン・ダベンポート (著), 黒輪 篤嗣 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2018/12/18)、出典:出版社HP