確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力

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数学マーケティング

ビジネス戦略の成否は「確率」で決まり、その確率はある程度操作することができます。本書では、USJで実践した勝ち方が紹介されており、勝つための戦略を導き出せるようになります。また、市場構造や消費者の本質を理解することができるため、マーケティングに関わる人は必読の1冊です。

森岡 毅 (著), 今西 聖貴 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/6/2)、出典:出版社HP

序章 ビジネスの神様は シンプルな顔をしている

ビジネスの神様はシンプルな顔をしている。それはプレファレンス(Preference)である。
ビジネスにおいて、1つ2つのヒットやホームランを打てることはありますが、ヒットやホームランを連続して打ち続けることは非常に難しいと言われています。極めて稀ですから、長期的なヒットの継続を目撃すると「まるでマジック(魔法)のようだ!」と人は驚きます。しかしそれはマジック(魔法)ではなく、本当はタネも仕掛けもあるマジック(手品)なのです。
魔法ではどうすれば良いか見当もつきませんが、手品ならば訓練次第で誰もがそれなりにできるようになります。同じように、戦略の成否のタネと仕掛けを理解することができれば、誰もがビジネスの成功確率をグンと上げることができるのです。マジックのようだと驚いてくれるのは、手品と同じように、ほとんどの人がまだそのタネと仕掛けを知らないからです。

テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USI)」は、ここ5年間で60以上もの新規プロジェクトを連続でことごとくヒットさせ、激しくV字回復しました。毎年100万人ずつ集客を積み上げて、この5年で660万人も集客を増やし、ハリー・ポッターをオープンさせた2014年度の年間集客は過去最高の1270万人、翌2015年度も過去最高をさらに大幅に更新して1390万人を達成しました。
世間的にはハリー・ポッターの大成功が突出して目立っていますが、実はハリー・ポッターによる増客効果は増えた660万人のうちの4割にも満たないのです。V字回復の大半は、ワンピースやモンスターハンターなど映画以外のコンテンツを取り入れた試みや、従来にない発想のハロウィーン・イベントや、新ファミリーエリアの建設、後ろ向きに走るジェットコースターなど、様々な新規プロジェクトのホームランとヒットの積み重ねで獲得してきたのです。

2010年の入社以来、2016年が明けた現在までの、私(森岡)のマーケターとしてのUSJでの通算成績は、64打数63安打、打率9割8分4厘、本塁打率は51%です(多くの新規事業を含む無数のプロジェクトにおいて、期待どおりコストを回収して会社に収益をもたらしたものを安打、その中でも期待値を著しく上回ったものを本塁打としています)。
飽きられやすく、めまぐるしく入れ替わりの激しいエンターテイメント業界では、連続でヒットを生み続けることは極めて難しいとされてきました。何年にもわたって成功確率98%のようなことは偶然では起こり得ません。
当然ですが、タネも仕掛けもある話です。私は不思議な魔法を使っているのではなく、単純な話、勝てる戦いを探しているだけなのです。

勝てる確率の低い戦いはできるだけ避けて、勝てる確率の高い戦いを選んでいるのです。だって、勝てない場所で戦っても、勝てない相手と戦っても、やっぱり勝てないじゃないですか(笑)。私はめちゃくちゃ負けず嫌いなので、勝てる戦を探すことと、勝てる方法(戦略)を考えることに人並み外れて必死なのです。そうやって勝つべくして勝つことを心がけた、結果としての数字が成功確率98%です。
また、市場構造や消費者の本質を理解していると、八方塞りに思える局面や勝てそうにない相手に対してでも、勝つチャンスのある戦い方、つまり勝つ確率の高い戦略を導き出すことができるようになるのです。頭脳1つの使いようで、大きな仕事を成し遂げたときが、私にとって最高の瞬間です。特に知力と気力を振り絞って、小が大を倒す感動は筆舌に尽くしがたいものがあります。

たとえば、2015年10月にUSJは過去最高の175万人を集客し、東京ディズニーランド(TDL)の同月の集客数(推計値は約160万人)を抜いてついに集客日本一のテーマパークとなりました。たった1ヶ月ではありますが、約3倍もの人口圏に陣取る最強の東京ディズニーランドの集客を超える日がまさか本当に来るとは、USJがボロボロだった10年前に想像できた人は全くいなかったはずです。USJの関係者でさえ全く想像していなかったのですから(笑)。しかしそれらは決して魔法ではなく、「確率を理解することで操作できるようになる」タネと仕掛けのある手品なのです。
本書のテーマは「確率思考」です。本書に一貫するメッセージは、「ビジネス戦略の成否は『確率』で決まっている。そしてその確率はある程度まで操作することができる」ということです。私はその考え方を、「数学マーケティング」とも、「数学的フレームワーク」とも呼んでいます。

本書はとっつきにくくてややこしい数学を強制する本ではありません。むしろ、数学が苦手な人でも理解できるように、その結論と考え方の「美味しいところ」をわかりやすくお伝えする本です。これまでの無数の実戦体験の中で、数学を使って必死に苦労して解き明かしてきた、勝つための普遍的な真理をお教えします。数学が苦手な方は、数式などは読み飛ばして下さい(数式は透明性の担保のために載せているだけで本書の理解には関係ありません)。
世の中には、現象だけを見れば千差万別に思えることの方が多いのですが、実はたくさんの違って見えるビジネスの局面には、本質的に共通している「法則」があります。数学はその法則を解き明かします。ビジネスにはわからないことが多いのですが、数学的に証明できていることや数式で導き出される有力な仮説など、すでにわかっていることもたくさんあるのです。数式そのものの理解は必ずしも必要ではありませんが、導かれた結論であるそれらの法則を理解しているだけで、成功確率が非常に高い戦略をつくれるようになります。

その法則に従って衝くべきビジネス・ドライバーを見極め、そこへ経営資源を集中することで「確率」を有利に操作するのです。そうすることで、勝てる戦いを選んで戦えるようになります。あるいは勝てそうにない戦いを、勝てる戦に変えることができます。企業ならもっと成長しますし、個人ならもっと成功するでしょう。
また、本書は数学が大好きな方のニーズにも対応しています。巻末にビジネスに勝つ策を立てる上で非常に便利な「数学ツール」をいくつも、なんと取り扱いの説明まで丁寧につけて紹介しています。なぜ私はそこまでして「数学マーケティング」のノウハウを開示することにしたのか?それは日本経済の今後の発展を願うからに他なりません。現在は絶滅危惧種である私のような「数学マーケター」が未来に増えてくれれば、あちこちの会社がV字回復したり、もっと成長したりして、今後の日本経済の活性化に繋がるだろうと思っています。

そして、私がいずれこの世からいなくなっても、この本が残っている限り、きっといつか数学マーケティングの領域を発展させてくれる人が現れると信じています。本書で紹介する数学ツールが使いこなせれば、個別の課題に合わせて「確率」を事前にどう読み解くのか?という難しい課題にも、1人でチャレンジできるようになります。新しい手品のタネや仕掛けを自分で作れるようになるのです。数学そのものに興味のある方は、是非とも巻末の数学ツールを自分の道具箱に入れて、ビジネスの世界で役立ててください。

この「数学マーケティング」のノウハウは、私の盟友と二人三脚で培ってきた実戦ノウハウです。ここで、共著者である今西聖貴さんを紹介させてください。今西さんは私の古巣であるP&Gの世界本社(米国シンシナティ)で、20年以上にわたり全世界にまたがって需要予測モデルの開発や予測分析をリードしてきた人物です。元「P&G世界本社の最高頭脳」の1人です。私が米国シンシナティにあるP&G世界本社に赴任した際に、そこで長年活躍していた今西さんと親しくなりました。彼とはビジネスの担当分野が違い、仕事上の接点は無かったのですが、数学好き同士の波動に導かれて意気投合しました。
私も今西さんも数学を活用したビジネスのノウハウを持っていますが、強みが異なります。マーケターである私は、戦略立案と意志決定の主体であるストラテジストとしてのノウハウを、アナリストである今西さんは、より客観性と需要予測分析に強みのあるリサーチャーとしてのノウハウを、それぞれ積み重ねながらキャリアを歩んできました。今西さんに会うまでは、私は独自のやり方で数学的検証をやっていたのですが、戦略の主体である私自身ゆえの「主観の重力」から完全に自由になることが難しい宿命を抱えていました。また、今西さんは広範囲で深い数学的検証のノウハウを持っていましたが、私とは逆に客観に主軸を置くがゆえに戦略に不可欠な「主観による意志」を生み出すところは専門ではありませんでした。つまり我々2人は、底辺に分厚い数学愛を共有しつつ、その上でお互いの得意分野の凸凹が完璧に噛み合った、最高のコンビネーションだったのです。

我々2人の強みを重ね合わせたライフワークとして、数学をもっとマーケティングに活かすことに取り組んできました。既存のノウハウを新しい実戦データで磨き上げたり、組み合わせたり、戦略的な思索の新たな思考領域を広げるべく試行錯誤を繰り返して、マーケティングに役立つ数学ノウハウの実用化に取り組んできました。
その後、私はP&Gを卒業してUSJに加わることになりました。そして入社早々にぶち上げたハリー・ポッターの需要予測に数学的確証を得るために、社外で最も信頼できる需要予測の専門家を雇うことにしました。発注先はもちろん、P&Gを勇退されたばかりの盟友・今西さんでした。

社運を賭けたあまりに恐ろしいリスクでしたから、異なる哲学で導き出したいくつかの需要予測結果を比べてみないことには、夜も眠れなかったのです。今西さんが予測した数字と、自分達で導き出した数字が符合したことで、私はUSJでのハリー・ポッターの成功に数学的な確信を持てたのです。その確信こそが、当時のUSJには分不相応な総投資額450億円という壮大な冒険に踏み切る最大のエネルギー源でした。数学的確信があったからこそ、私は腹をくくって周囲を説得できたのです。
現在、今西さんは、私の三顧の礼で拠点を米国から日本に移し、USJのマーケティング本部で「数学マーケティング」のノウハウの普及と後進の育成に尽力してくれています。私だけで「数学マーケティング」の本を書くよりも、需要予測の専門家として今西さんが長年培ってきたアナリスト視点の生々しい経験談や真髄も一緒に盛り込むほうが、後世の日本社会にとってより有用な本になるはず。そう確信し、彼に共著者として参画してもらうことにしました。

本書は、全編にわたり私と今西さんの2人で考えを練り込んだ完全なる共著です。どうすれば我々の考えていることが伝わるのか。構成、内容、文章、事例、数式、それらを2人で試行錯誤しながら書き上げました。前半の戦略パートは戦略家としての私の視点で書いてあり、後半の消費者調査パートは需要予測の専門家である今西さんの視点で書いてあります。書き手の視点はそうなっていますが、全ての章を2人で考えています。私の知識だけでなく、世界の第一線で何十年も市場分析や需要予測を極めてきた「第一人者」である今西さんの示唆に富んだ貴重なメッセージを融合させることで、より価値の高い書物になると確信しています。
本書の執筆の目的は、日本社会の合理性を高めることに寄与することです。日本企業の戦略立案の合理性を高めるノウハウを開示することで、我々2人が愛してやまないこの日本社会を少しでも活性化したい、少しでも恩返ししたいという願いがあります。多くの実務者やその卵の皆様に役立てていただきたいのはもちろんですが、できれば多くの日本の経営者や経営幹部の皆様にも、本書が言わんとするところをご理解いただければ幸いです。

本書を読めば、戦略の確率を事前に知り、コントロールしやすい領域とコントロールできない領域を見分け、経営資源をコントロールできる領域へと集中させることで、成功確率を劇的に高めることができるようになります。無意識に情緒的な意志決定をやりがちな日本人が「もっと合理的に準備して、精神的に戦う」ことができるようになれば、世界と対峙する日本の将来はきっと明るくなるだろうと信じております。

著者
森岡毅
2016年2月10日

森岡 毅 (著), 今西 聖貴 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/6/2)、出典:出版社HP

目次

序章ビジネスの神様はシンプルな顔をしている

第1章 市場構造の本質
1 「客引きの兄ちゃんはみんな同じ顔をしている!」
2 市場構造を理解する意味
3 市場構造とは何か?
4 市場構造の本質はすべて同じ
5 ブランドも同じ法則に支配されている
6 経営資源を集中すべきは、プレファレンスである

第2章 戦略の本質とは何か?
1 勝てる戦を探す
2 戦略の焦点は3つしかない
3 「認知」の伸び代を探す
4 「配荷」の伸び代を探す
5 プレファレンスの伸び代を探す

第3章 戦略はどうつくるのか?
1 ゴール地点で見るべきドライバー
2 プレファレンスについて
3 戦略はゴールから考える

第4章 数字に熱を込めろ!
1 意志決定に「感情」は邪魔になる
2 人間は意志決定を避ける生き物
3 日本人の相手はサイコパスだと思った方がいい
4 目的からズレるとなぜ危ないのか?
5 意識と努力で冷徹な意志決定はできるようになる
6 確率の神様に慈悲はない
7 「熱」を込めて戦術で勝つ

第5章 市場調査の本質と役割―プレファレンスを知る
1 市場調査の本質
2 シングル・プロダクト・ブラインド・テスト
3 コンセプト・ユース・テスト
4 購入決定は感情的である
5 道具には用途と限界がある
6 本質的な理解は質的データから
7 未来は質的データから
8 未来が難しいのであれば過去がある

第6章 需要予測の理論と実際―プレファレンスの採算性
1 需要予測は大きく外さないことを目指す
2 「絶対値を求めるモデル」と「シェア・モデル」
3 予測モデルは理解のためと、予測の両方に使う
4 予測の精度と予測モデルの精度は異なる
5 ハリー・ポッターの需要予測への挑戦
6 大枠をおさえることが大切!
7 映画の観客動員数からの予測
8 増加率を使った予測
9 テレビ CM を使ったコンセプト・テストによる予測
10 コンセプト・テストを基に絶対値を予測する時の注意点
11 一般的なシェアの予測方法(直接プレファレンスを測る)

第7章 消費者データの危険性
1 消費者データは、常に現実と対応させて読む
2 消費者データの比率・好き嫌いの順番は比較的正確
3 消費者データは「使う目的」と「調査状況」を考慮して使う
4 毒入り消費者データは無味無臭
5 市場サイズの現実は「整合性」を手掛かりに把握
6 データは曇りを取って診る
7 現実は、昆虫のように複眼でみる

第8章 マーケティングを機能させる組織
1 前提となる2つの考え
2 マーケティング組織の思想
3 市場調査部の編成
4 組織運営について私が信じていること

巻末解説1 確率理論の導入とプレファレンスの数学的説明
1 二項分布(Binomial Distribution)
2 ポアソン分布(Poisson Distribution)
3 負の二項分布(Negative Binomial Distribution)
4 「ポアソン分布」と「負の二項分布(NBD)」のまとめ
5 売上を支配する重要な式(プレファレンス、K の正体)
6 デリシュレー NBD モデル

巻末解説2 市場理解と予測に役立つ数学ツール
1 ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデル
2 負の二項分布
3 カテゴリーの進出順位モデル
4 トライアルモデル・リピートモデル
5 平均購入額・量モデル
6 デリシュレー NBD モデル

終章 2015年 10 月に USJ が TDL を超えた数学的論拠

今西よりご挨拶
森岡よりご挨拶
参考文献・資料

森岡 毅 (著), 今西 聖貴 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/6/2)、出典:出版社HP