USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか? (角川文庫)

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USJのV字回復戦略

初年度に比べて集客が伸びなかったUSJが、ピンチを乗り越えるために試したマーケティング方法について紹介されています。USJを題材にしているため、初学者でもかなりイメージしやすいです。戦略を検討する上でどのように論点を絞ったのか、どのように品質を担保していったのか、後ろ向きコースターなどの斬新な企画が生まれた背景がよくわかります。

森岡 毅 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/4/23)、出典:出版社HP

プロローグ 私は奇跡という言葉が好きではありません

完成間近のホグワーツ城の前で

「やっと、ここまで辿りついた……」
私は込み上げてくる嬉しさを抑えることができず、自然とつぶやいていました。ここに辿りつくまでのやっかいな重い記憶の数々も、この壮麗な城の前では消し飛んでしまいます。
「うーん、美しい!」
私はハリー・ポッターのホグワーツ城をベストアングルから見上げています。誰よりも早く、この景色を独り占めできる。こういう役得はこの仕事の楽しみの1つです。
真っ青な空へ高く突き刺さる城の尖塔も、目の前の視界を全て覆うほど巨大な岩壁も、見れば見るほどに精緻な造作です。まさにハリー・ポッターの映画そのものの世界が再現されています。
この調子だと城の外郭工事は1月中にほぼ終わり、早ければ春先には足場が外れるでしょう。そして工事の中心はホグズミード村へ集中し、計画通り進めば2014年の夏休み前には、日本中、いや、アジアの全域から、多くのゲストをお迎えすることができるでしょう。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに、ついにテーマパーク・エンターテイメントの結晶「The Wizarding World of Harry Potter」がオープンするのです。
私が働くテーマパーク、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は、2001年にハリウッド映画のテーマパークとして誕生しました。世界中のどのテーマパークよりも早いペースで開業からの来場者数が1000万人 を突破し、年間の来場者数も1100万人を達成しました。しかし、その後は800万人前後に落ち込み、私が着 任する直前の数年間は700万人台の前半まで低迷していました。
それがここ3年で業績を急上昇させて、「USJが奇跡的なV字回復!」と、多くのメディアで取り上げていただけるようになりました。2012年度の年間集客は、低迷時の1・4倍近い1000万人に迫るところまで伸び、2013年度も見込みではさらにそれを上回る勢いです。
数字だけを見ると、確かに鮮やかで奇跡的な成功に見えます。しかし、改革の陣頭に立って走り続けてきた当人には、美しかったり鮮やかだったりする側面はどこにも見えないのです。悪戦苦闘、七転八起の連続だった泥臭い足跡と、何度も訪れた絶体絶命のピンチをなんとか切り抜けてきたヒヤヒヤの残像……。私の脳裏に蘇るのは、発狂しそうなくらいドラマチックだった3年間の記憶です。
私は「奇跡」という言葉が好きではありません。外から見たら「奇跡」のような成功に見えるのかもしれませんが、ここで起こったことはただの偶然ではないのです。ここに絶対に辿りつこうと歯を食いしばって、執念でアイデアを振り絞って、皆と力を合わせてここまで来ました。
もちろん戦いを始める前にもそれなりの勝算はあったのですが、想定外のピンチがバンバン起こり、この3年間の道程はあまりにも険しいものでした。もし少しでも何かが狂っていれば、今、私が見上げている城は全然違ったものになっていたかもしれません。いや、もしかしたら見上げるものすらなく、途方に暮れていたかもしれません。
そう思うと、しみじみ感慨が込み上げてくるのです。
テーマパークは究極の集客ビジネスです。「人はエンターテイメントがないと生きていけない」と私は信じていますが、消費しなかったとしても命に別状がないのがエンターテイメントです。食品や生活用品のように安定的な需要はありません。景気が悪ければ真っ先に家計からカットされるのが、テーマパークのような娯楽ビジネスです。そして面白ければ爆発的にヒットし、つまらなければあっという間に衰退する、常に厳しい生存競争にさらされている「集客アイデアの実験場」でもあります。
鳴り物入りでオープンした当初は人が溢れていたのに、わずか数年でさびしい客足になっている集客施設は、日本国中に星の数ほどもあるのではないでしょうか。集客で悩んでいるのはTVで紹介されるような大型集客施設ばかりではありません。ショッピングモールや商店街はもちろん、御近所の理髪店や花屋さんも本屋さんも……。これらは全て集客施設なのです。消費者を相手にしている小売業に関わる人ならば、USJが直面したのと同じ問題に悩んでいるはずです。新しいもの好きな日本の消費者に、どうやったら、ずっと長く、もっと多く来ていただけるのか?
USJは開業から10年も経った決して新鮮とは言えない時期に、しかも世の中がアベノミクス前のデフレどん底の時期に、価格を上げながら大幅に集客を増やし、おかげさまでV字回復することができました。USJが実践してきたノウハウの核心部分は、世の中の多くの集客ビジネスに役立てていただけるのではないかと思います。

アイデアは天才のひらめきではなく、ある発想法から生まれる

USJに「The Wizarding World of Harry Potter」をオープンするには、450億円もの投資が必要でした。よく誤解されるのですが、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンを運営する「株式会社ユー・エス・ジェイ」は、現在では米国のユニバーサル社とは資本関係が一切ない独立した経営体です。年間売上が800億円程度の企業が、450億円もの投資に踏み切るには相当な勇気が必要でした。
皆さんの会社に当てはめて考えてみて下さい。年間売上の半分以上の金額を1つの事業に投資するなんて、尋常ではありませんよね。
しかも450億円の投資をしても、すぐに利益が回収できるわけではありません。オープンまでの3年間は、最 小限の出資で最大限の利益を上げ続けなくてはならない。さもなければ、この計画は頓挫する運命でした。
数多くのピンチからユニバーサル・スタジオ・ジャパンを救ってくれたのは、消費者を惹き付ける奇抜な「アイ デア」の数々でした。
最近、私のことを革新的なアイデアを次々に生み出す「アイデアマン」だと褒めてくれる人がいます。しかし本当の私は、そういうタイプの人間ではありません。むしろ、クリエイティブなひらめきでアイデアを次々に生み出す天才とは真逆の、頭の中が四角いタイプです。論理や数字を頭の中でカクカク動かすタイプの人間です。
私はよく思っていたのです。ピンチに直面したとき、それをチャンスに変えるアイデアを軽やかに生み出すことができたなら、どれだけ人生を高く飛ぶことができるかと。そういう人をいつもうらやましく思っていました。かつての友人や同僚の中には、突拍子もない発想で次々に面白いアイデアを考え付く「クリエイティブ」な頭を持った人間が少なからずいたのです。
しかし、決してクリエイティブではない私でも、追い詰められた中でめちゃくちゃに加圧されると、頭の中で眠っている何かが目を覚まして、生き残るためのアイデアを生み出せるようになりました。そういうことを繰り返すうちに、かなりの高確率でアイデアを生み出せる方法を編み出したのです。
柔らかくも面白くもない私の頭の中から出てきたこの3年間のアイデアは全て、ある発想法によって生産されています。それは実は誰にでもできることなのです。私はそのアイデア発想法を「イノベーション・フレームワーク」と呼んでいます。
天才的な右脳人間になれなくてもいいのです。常識的に物事を考える凡人ならではの強みを活かせば、必ず最高のアイデアに辿りつくのです。このイノベーション・フレームワークを使えば、天才から凡人の手にアイデアを取り戻すことができます。
そして何より皆さんに伝えたいのは、「アイデア」こそが最後の切り札になりうるということです。お金がなくても、コネがなくても、「アイデア」だけはあなたの頭の中に眠っているのです。あなたがそれに気づいていないだけなのです。それを呼び起こす方法を、包み隠さずお教えしたいと思います。

2013年11月 著者

森岡 毅 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/4/23)、出典:出版社HP

目次

プロローグ 私は奇跡という言葉が好きではありません
完成間近のホグワーツ城の前で
アイデアは天才のひらめきではなく、ある発想法から生まれる

第1章 窮地に立たされたユニバーサル・スタジオ・ジャパン
日本人はどうしてリスクを冒さないのか?
私が戦う「最大の敵」
こだわるポイントが間違っている
3段ロケット構想
9回裏二死ランナーなし!

第2章 金がない、さあどうする? アイデアを捻り出せ!
「映画だけ」のテーマパークは不必要に狭い!
「差別化」という名の誤ったこだわり
USJは世界最高のブランドを集めた「セレクトショップ」
お金がなくても感動は作れる!
手を貸してくれ!ワンピース
10周年のスタートで大転倒。震災自粛ムードを吹き飛ばせ!
人こそ最強のアトラクション! ホラー・ナイトでゾンビが踊る
需要予測を現実が超える瞬間

第3章 万策尽きたか! いやまだ情熱という武器がある
モンハンを呼ぶにはモンハンを知り尽くすこと!
動きながら考える方が良いこともある
情熱が予測もできない局面突破を呼び込むことがある
世界一の光のツリー

第4章 ターゲットを疑え! 取りこぼしていた大きな客層
「大人だけ」のテーマパークも不必要に狭い!
JAWS事件でわかったUSJの弱点
助けてくれ! エルモ、キティ、スヌーピー
「ユニバーサル・ワンダーランド」でファミリー層を取り戻す

第5章 アイデアは必ずどこかに埋まっている
一難去ってまた一難、2013年を生き抜くには?
リノベーションというマーケティング技法
誇りを持って世界中からアイデアを探す
スパイダーマンをリノベーションせよ!
答えは必ず現場にある
技術陣の大反対
ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド~バックドロップ~の誕生

第6章 アイデアの神様を呼ぶ方法
ピンチをチャンスに変える「イノベーション・フレームワーク」
フレームワークでポイントを絞る
戦略的フレームワーク
数学的フレームワーク
「リアプライ」でアイデア探し
日ごろからストックを蓄える
コミットメント~どれだけ必死に考え続けられるか
ビギナーズ・ラックの正体
アイデアは実現させないと意味がない!
生存確率限りなくゼロ! 「バイオハザード・ザ・リアル」の苦闘

第7章 新たな挑戦を恐れるな! ハリー・ポッターとUSJの未来
なぜハリー・ポッターで450億円ものリスクを取るのか?
世界最強のブランドで勝負できるのは今しかない!
エクセキューション段階での失敗リスクが小さい!
関西依存の集客体質から脱却しないと手遅れになる!
戦略と情熱の狭間の決断!
世界最高のテーマパーク・エンターテイメントの結晶
ユニバーサルの技術の粋を注ぎ込んだ造形と演出のクオリティー
世界最高のライド「Harry Potter and the Forbidden Journey」
トイレまでがアトラクション
長時間列に並ばなくてもエリア入場できる整理券システム

エピローグ USJはなぜ攻め続けるのか?
中小企業が生き残るには勝ち続けるしかない!
戦略的に経営資源を選択集中し、とことんアイデアで勝つ!
USJから日本を元気にしたい!

文庫版あとがき 打ち上げられた「ハリー・ポッター・ロケット」
世の中のUSJへの認識を変えたかった
なぜその日に止まる?
追い詰められた8月

森岡 毅 (著)
出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2016/4/23)、出典:出版社HP