ロケットを理解するための10のポイント

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ロケットの構造、設計を体系的に学ぶ

ロケットの構造や,開発するまでの流れを体系的に学べます。長年開発に携わった第一人者だからこそ語れる開発現場のリアルも満載です。また,JAXAのエンジニアとしての知見も盛りだくさんで、宇宙やロケットに興味のあるエンジニアや学生、将来ロケット開発の道を目指したいと思っている方は必見です。

青木 宏 (著)
出版社 : 森北出版 (2017/5/20) 、出典:出版社HP

まえがき

なぜいま,ロケットなのか?
この原稿に取り組みながら,折しもH-ⅡAロケット30号機打上げ成功のニュースが伝わってきました.連続成功で性能も安定し,新聞紙面に大きく取り上げられることも少なくなりました.しかし,何回成功しても開発に携わった多くの当事者に安堵はありません.つぎの1機がうまくいくとは,だれも約束できないからです.
そんな危うげで,はかなげで,健気で,同時におそろしく高価ではあるものの,もとをただせばただの機械「ロケット」がどんな宿命のもとに生まれつき,たった1回はたらいた挙句にどうして海の藻屑となる運命なのか,振り返ってみたいと思います.実際,製品として完成したはずのロケットがなぜいまだに失敗するのか,その素性・因縁をうまく説明しきれず,苛まれる場面も少なくなかったのです.
できるだけ専門知識や数式に頼らずに,どうしたらその本質を直感として伝えられるか,本書はこんな課題・動機から生まれました.

でも,なぜそこまで遡らねばならないのか?
製品の生い立ちまで知らずとも,世の中の機械は,どこかの工場で完成し,マニュアルさえあればなにげに動かすことができます.実際,自動車もコンピュータも精緻化・高性能化の一途をたどり,同時にブラックボックス化が進んでいます.教習所で始業点検などと習いはしても,ボンネットを自分で開けたことのあるユーザは少数派かもしれません.むしろ,変に触ると保証が受けられなくなるおそれさえあります.
実は,わが国の打上げロケットにもそんな時代がありました.技術導入路線に方向転換して,アメリカのデルタロケットから派生したNロケットを打ち上げていた当時,国際契約上,分解の許されない装置・部品がたくさんありました.故障が起こっても,自前で調べて手を打つことはできなかったのです.推進薬注入バルブが動かず,打上げを断念して,原因を調べようとバルブのボルトを緩めたところで制止され,手つかずのまま製造国に送り返さねばならなかった苦い記憶が蘇ってきます.いまとなっては笑い話ですが,破壊工作ではないかと疑い,本気で犯人捜しまでしました.
そんな状態に飽き足らず,その後,海外導入技術を応用しつつも,自主開発・国産化を押し進め,世界水準に肩を並べるところまでたどり着きました.しかし,自前で究極のロケットを完成させたというおごりもあり,その後の発展は遅々として足踏み状態が続いてきたようにも思えます.
振り返って,H-Ⅰロケット,H-Ⅱロケットの完成には,それぞれ10年間近くを要しました.当時駆け出し気鋭のエンジニアの多くも引退の時期を迎えようとしています.またその間,航空宇宙の先端システムも巨大化の一途をたどってきました.その結果,システムの全貌を見通し,掌握することが難しくなっています.細かく分野別に専門化し,それぞれに最高性能の要素部品を組み上げたとしても,理にかなった最適なシステムが完成するわけではありません.とくに,ロケットエンジンに注目すると,一部の過剰設計はどこかに限界設計を強いる原因にもなりがちで,個々の部品に目を配りつつも,全システムを見通して余裕とリスクをきわどく配分することが必須となっています.当然ながら,木も森も,あるいは山までも,すべてに目が行き届かねば,ほころびや弱点ができてしまい,いつか手痛い失敗の原因となるのです.そこで本書では,ロケットの個別技術ではなく,全体を俯瞰的にとらえて説明を試みます.
ロケットばかりではありませんが,現在の形に到達したその生い立ちや素性,因縁を思い起こせば,その過程には,累々と試行錯誤や葛藤が埋もれています.その判断の当否,また時代の制約や限界などを見抜き,超越して初めて,次世代に向かう進化・飛躍も生まれるはず,と思えるのです.

本書では,開発当事者が躓きながらも歩んできた葛藤と試行錯誤の顛末を反芻し,ロケットの基本原理や設計開発のあらましを10章に整理を試みました.
第1部では,ロケットのどこが身の回りの機械類と異なるのかを知ってもらうために,基本となるロケットの力学,ロケット本体の構造や打上げの仕組み,ロケット開発プロジェクトの概要の3点について記述しています.
第2部では,将来宇宙輸送分野を志すかもしれない若手読者向けに,とくに液体ロケットエンジンの設計について,深く踏み込んでいます.これは,筆者の専門であることに負う部分も大きいのですが,それ以上に,エンジンや推進系の出来不出来がロケットの運命を左右するからにほかなりません.ここで,わが国の主力ロケットの断面図を示します(図0).

全備質量285トン(衛星含まず)のロケットも,液体推進薬充填前には167トン,さらに固体ロケットブースタ2本を取り外すと,わずか32トンしかありません.その容積の大部分は,アルミ飲料缶にも例えられる推進薬タンクですが,図のとおり,向こうが透けて見えるほどほとんど「空洞」で,中身の詰まった部分はエンジンや搭載電子機器などの一部に過ぎません.実際,打上げに失敗して大損害を発生する.その原因の6~7割は,エンジンや推進系のトラブルによるものです.そのため,本書の第2部ではエンジン設計について正面からの説明を試みています.少々難しい話題も含みますが,ロケットの抱える危うさを理解するためには避けて通れなかったのです.

さて,わが国の主力ロケットは,すでに地球低軌道,静止軌道,月軌道に到達し,その気になれば,太陽系内に人間の五感に替わる探査機を送り込むことも可能です.しかし,その先に目を転ずれば,目前の夜空にさざめく恒星の一つにさえ,とても手の届かないのが実情です.新規ロケットの開発,たった1サイクルにさえ,ただならぬ出費と10年近くもの年月がかかることを考えると,世代を超えてたゆまぬ意志を継承できなければ,宇宙へ向かう新しいチケットを得られないことは明白です.いつか,11章から先の展開が追記されることを期待しつつ,最初の章に取り掛かります.

本書は,わが国の打上げロケット・エンジンの開発実務に携わった経験をもとに,10年にわたって担当した東京大学工学部航空宇宙工学科「ロケットエンジンの構造と設計」講義録に基づき,そのエッセンスを抜粋したものです.

2017年1月
著者

青木 宏 (著)
出版社 : 森北出版 (2017/5/20) 、出典:出版社HP

目次

第1部 なぜ,ロケットだけが宇宙に届くのか?―その原理と条件―

【宇宙を天翔けるための基本―ロケット力学入門―】
第1章 宇宙空間で推進力を得るには? ―自分の一部をちぎって投げる―
1.1 高速噴射が命―身を削るにもほどがある―
1.2 なにを噴射すればよいか? ―実は,なんでもよい―
1.3 宇宙エンジンの公称燃費―比推力Isp―
コラム1 母機を放出して減速する:旧ソ連ルナ9号

第2章 宇宙軌道に到達するには? ―極限までの軽量化―
2.1 地球低軌道(LEO)にたどり着くには? ―どうにもならぬ地球のご都合―
2.2 ロケットはどこまで増速できるか? ―推進薬以外は積まないのが一番―
2.3 エネルギー最小の軌道をたどる―ホーマン軌道―
2.4 地球静止軌道(GEO)を越えて―ゴールは地球軌道とは限らない―
2.5 輸送エネルギーマップから見えること―井戸の底の人類―
コラム2 手塚治虫「火の鳥」の暗示

【ロケットの基本―構造と打上げ―】
第3章 ロケットの仕組み―鍵を握るのはロケットエンジン―
3.1 ロケットの全体構造
3.2 エンジンの構造と原理
3.3 水素の特徴―もっていくには液化が必須―
3.4 水素エンジンの技術課題―結局,自分(水素)で冷やすしかない―
3.5 世界初の水素エンジンRL10―夢の多芸エンジン―
3.6 水素エンジンの発展―蒸気エンジン全盛に至る―
3.7 わが国の水素エンジンの創始―なぜ,水素を選んだか―

第4章 ロケットを打ち上げる―ロケットは水平線に沈む―
4.1 打上げ軌道の設計―東に打つと,465m/s(@赤道)得をする―
4.2 打上げロケットの構成―GFはロケットの総合効率―
4.3 航法・誘導・制御―自動車ナビでも活躍―
4.4 打上げの実際―時速28,000kmまで15分で加速―
4.5 ロケットはどのように進化するか? ―いつまでも使い捨てのはずはない―

【ロケットおよびロケットエンジンを完成させるには? ―プロジェクト推進入門―】
第5章 ロケットエンジン開発計画とその実際―ぶれることは許されない―
5.1 プロジェクトとはなにか? ―新しい価値を創造する―
5.2 開発の手順・ステップ―近道・定型はないけれど…―
5.3 開発体制―体制・組織も開発対象―
5.4 LE-5エンジン開発の事例―液体水素ことはじめ―
5.5 LE-7エンジン開発の事例―世界の第一線をめざして―

第6章 どんなトラブルが待っていたか? ―予想したトラブルは起こらない―
6.1 故障・トラブルにどう取り組むか? ―必ず原因がある―
6.2 二重三重の安全対策―実験設備の屋根は吹き飛ぶようにつくる―
6.3 故障・事故事例―液体水素温度では,酸素も窒素も凍りつく―
6.4 H-Ⅱ5号機打上げ失敗―燃焼ガスが壁隙間を貫通―
6.5 H-Ⅱ8号機打上げ失敗―LE-7の心不全が原因―

第2部 新しいロケットエンジンを設計する―ロケットエンジン設計入門―

第7章 ロケットのどこが壊れるのか?
7.1 事故の洗礼―新入職員の驚愕―
7.2 エンジン全損に至る―日米,同じ苦難をたどる―
7.3 エンジンの技術相場―エンジン質量と発生馬力の関係―
コラム3 ロケットエンジンのパワーの換算方法

第8章 液体ロケットエンジンのシステムを組み上げる―目標は10年先の新製品―
8.1 mission・機体全体からの設計要求―成否を握るエンジン性能―
8.2 推力と比推力―規模と質の関係―
8.3 推進薬および混合比の選定―骨格は,とどのつまり酸素と水素―
8.4 エンジンサイクルの選定―タービン駆動パワーをどこからひねり出すか?―
コラム4 あらかじめ推進薬を混合しておく,その試みに彼は殉じた
8.5 燃焼圧力の選定―欲張ると,ターボポンプが追いつかない―
8.6 ノズル膨張比と剥離限界―性能を欲張ると,本当に潰される―
8.7 ターボポンプ吸込み性能―文字どおり,ロケットの軽重を左右する―
8.8 統合化・最適設計―こちらを立てると,あちらが立たず―

第9章 燃焼器を設計する―推進力の源泉―
9.1 噴射器―酸素と水素がご対面―
9.2 燃焼室―過大応力で,裂けるのは時間の問題―
9.3 膨張ノズル―別名ノズルスカート,まさに芸術品―
9.4 理論燃焼特性―いまや,理論解析ツールはWEB上に公開されている―
コラム5 目に見えるノズルの性能

第10章 ターボポンプを設計する―ロケットエンジンの心臓―
10.1 ポンプ(昇圧装置)―回転流れを圧力に変える変換器―
10.2 タービン―高さ数cmの翼1枚が,数百馬力を発生する―
10.3 燃料(水素)ターボポンプ―室温で回すと,遠心破壊する―
10.4 酸素ターボポンプ―発火すると,設備まで燃え尽きる―
10.5 旧ソ連製ターボポンプの特徴―軽量よりも簡潔さ?―
コラム6 ロケットエンジンサイクルの見分け方

終の章 宇宙輸送の将来―大航海時代に向かって―
コラム7 ボイジャー探査機の行方

あとがき
参考文献
索引

青木 宏 (著)
出版社 : 森北出版 (2017/5/20) 、出典:出版社HP