日本政治史 — 外交と権力

【最新 – 日本政治について学ぶためのおすすめ本 – 幕末以降の政治史から現代の政治まで】も確認する

日本が歩んだ政治を知る入門書

本書は、幕末から冷戦の終焉に至る130年余りを、対外問題とこれに対する日本の権力の対応を中心に分析したものとなっています。文章の展開や論理が非常にわかりやすく、初学者でも手に取りやすい一冊となっています。

北岡 伸一 (著)
出版社 : 有斐閣; 増補版 (2017/6/7) 、出典:出版社HP

増補にあたって

本書は、二〇一一(平成二十三)年に刊行した旧版に、「植民地とその後」を補章として付け加えたものである。それ以外に実質的な加筆修正はない。

二〇一一年の旧版刊行時にも、植民地統治にふれていないことは気になっていた。日本帝国の周辺部に対する関心は、かなり前から持っていたからである。

私の最初の著作『日本陸軍と大陸政策1906-1918年』(東京大学出版会、一九七八年)は、初期の日本の満洲統治を扱っている。一九九六年、読売新聞社が「20世紀の日本」というシリーズを出したとき、私は編集責任者として、植民地に関する一書が必要だと考えて、友人の故マーク・ピーティー教授に執筆を依頼した(マーク・ピーティー/浅野豊美訳『植民地――帝国30年の興亡』<読売新聞社、一九九六年、のち慈学社、二〇一二年>)。その後、私は二〇〇二年から二年間、日韓両国政府が支援する日韓歴史共同研究に参加し、また二〇〇六年から三年間、日中両国政府が支援する日中歴史共同研究に日本側座長として参加して、韓国や中国から日本の近代がどう見られているか、いろいろ学ぶところがあった。多くの書物や研究よりも、こうした歴史対話から得るところは大きかったかもしれない。
ただ、本書は内政と外交との相互作用という視点で貫いて執筆したため、旧版にはうまく植民地統治に関する叙述を織り込むことができなかった。

その後、二〇一五年に、安倍晋三首相の戦後七十年談話作成の参考とするため、「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会」(21世紀構想懇談会)が設けられ、私はその座長代理を務めた。そこで二〇世紀における日本の発展を振り返る作業を行ったが、当然、植民地にも世界の動きの中でふれることとなった。
今回、本書が英訳されることになったため、これを機会に、21世紀構想懇談会の経験をふまえて、植民地に関する叙述を加えようと思った。

以上の長い能書きの割に、実際に付け加えたのは台湾、朝鮮、樺太、南洋諸島、満洲といった五つの植民地に関する簡潔な事実の記述にすぎない。これまでの膨大な先行研究に比べて、あまりに短い。しかし、長い叙述は本書のスタイルとそぐわないし、また植民地に関する叙述は、感情的な議論を惹起しやすいため、むしろ簡潔な客観的事実を、その後の変化を含め、若干の比較の視点を交えて述べることには、ある程度意味があるように思っている。

二〇一七年四月三十日
北岡伸一

北岡 伸一 (著)
出版社 : 有斐閣; 増補版 (2017/6/7) 、出典:出版社HP

初版まえがき

日本政治史とは、近代日本の政治権力に関する歴史的分析であり、政治権力を中心として見た近代史である。その対象は、古代以来の日本の政治でもなく、近代全般でもなく、地方その他のレベルの政治でもなく、あくまでも近代日本における中央レベルの政治であり政治権力である。それは、近代国家というものが、次のような特殊な性格を持つことに由来していると、私は考えている。

まず、近代国家はその構成員に対し、圧倒的な力を持っている。一七世紀半ば、ホッブズは当時成立しつつあった絶対主義国家を、聖書に登場する怪獣にちなんでリヴァイアサンと呼んだ。今日ではそれどころではない。国家の権力は国民生活のすみずみにまで浸透しており、冷戦期のアメリカやソ連の場合には、人類を絶滅させる力さえ持っていた。これほどの強大な力は、過去いかなる時代にも存在しなかった。
しかしその一方で、近代国家の権力は、広範な国民の支持なしには存在できない。一八世紀末に国民主権が政治原理として登場して以来、この原理を受け入れない国ですら、国家の発展のためには国民の積極的な参加を推し進めざるをえなかった。全国民の平等な政治参加が権利として確立され、マスメディアが著しく発達した現在の国家では、国民の意向に反する政策を採用することは容易ではないのである。
また近代国家では、政治のプロとアマの区別が明確になる。政府の仕事が著しく増えると、これを片手間に処理することは不可能となり、フルタイムで政治に従事する多数の人間が必要となる。その結果、近代国家の政治は、彼ら政治におけるプロ――職業政治家と官僚――と、これを監視するアマチュア――一般国民――との分業によって担われることとなった。

もう一つの特色は、対外関係と内政との密接な結び付きである。たとえば、唐とローマ帝国との間に、政治的に重要な関係は何もなかった。しかし産業革命と貿易の発展、それに運輸・通信技術の発展によって、国際関係ははるかに濃密なものとなった。今日では、自国のことを自国だけですべて決定できる国は一つもない。いかなる国の内政も、国際関係と切り離して考えることはできないし、関係国の内政を無視した国際関係もありえない。近代国家は、他国に強い影響を及ぼしうる一方で、他国の影響を受けやすいものとなっている。

このような強さと脆さが複雑に入り組んだ近代国家における政治権力の形成と発展の過程をたどり、その特質を明らかにすること、それが政治学の一部門としての政治史の基本的な課題である。政治史が近代の政治を対象とし、中央レベルの政治権力を対象とする理由もそこにあるわけである。

ところで政治史は、歴史学の諸分野の中で、最近まであまり人気のあるものではなかった。ヘロドトスやトゥキュディデスの例に見られるように、歴史学の始まりは政治史であったけれども、一振りの有力者に焦点を当てた政治史は、表面的で時代遅れの学問だという批判が、やがて生じてきた。たとえば、歴史は基本的には経済力によって決定される(マルクス主義によれば生産力と生産関係)という主張である。それは長期的には正しいかもしれない。しかし、たとえば戦争が何故どのようにして起こったかということを、経済要因だけで説明することはできない。そしてそのような短期的な問題が、現代では決定的に重要なのである。経済史はそれ自体重要な分野であるし、政治史の前提としても不可欠の分野ではあるが、政治史を経済史に還元することはできない。重要な政治的決定は、やはり政治の動きの中から明らかにしなければならない。経済史のほか、社会史などについても同様のことが言えるであろう。
また、一握りの権力者よりも民衆の方に関心を持ち、権力の役割よりも民衆の役割を重視する立場がある。しかし、やはり民衆の動きを中心として重要な政治的決定――たとえば日米開戦の決定――を説明することはできない。また、戦争中の民衆の生活が、いかに悲惨であったかを明らかにすることももちろん重要であろうが、何故そのような戦争が起こったかということの方が、もっと重要なように思われる。民衆史もやはり政治史に取って代わることはできないのである。

要するに、政治史は一見したところ古めかしい分野のように見えるけれども、歴史学がまず政治史から始まったのには、それなりの意味があったのである。政治が国民に及ぼす影響の圧倒的な今日、その意味は一段と重いというべきであろう。

さて、日本における近代国家の形成は、幕末の西洋との出会いに始まる。本書は幕末から冷戦の終焉にいたる百三十年余りを、「外交と権力」という副題のとおり、対外問題とこれに対する日本の権力の対応を中心に分析したものである。幕末の対外危機に直面した日本は、これに対処するために新しい権力を作り出し、その権力が今度は国際環境の方に働き掛けていった。そのような国際環境の変容と日本の権力の再編成という相互作用が、近代日本政治史を貫くテーマであり、それはいまも続いているように思われるからである。もし日本がアメリカのように自給自足の可能な大国なら、対外関係による影響は少なかったであろうし、はるかに小さな国であったならば、外圧に圧倒されてしまって、主体的に外へ働き掛けることはできなかったであろう。幸か不幸か、日本はそのいずれでもなかったのである。
一九七〇年代や、八〇年代のように近い過去を取り扱うことには、事実の確定や評価の点で、多少の危険は避けられないであろう。にもかかわらず、幕末から冷戦の終焉までを一つのテーマによってカバーすることにより、読者に、現在もまた歴史の一こまであり、われわれが日々歴史を作っていることを意識してもらえるかもしれない。また現在のプロの政治家を見る目を養ってもらえるかもしれない。限りある枚数に、無理を承知で百三十年余りを詰め込んだことには、そういう狙いがある。

本書の原型は、一九八九(平成元)年に放送大学の教科書として出版した同名の著作である。
教科書を書くにはおそらく二通りの方法がある。一つは若いうちに、一気呵成に怖いもの知らずに書くものであり、もう一つは長年の経験を経て、じっくり書くものである。前者には独断や間違いもあるが、勢いがある。後者は重厚かもしれないが、その分だけ平凡になる。一九八九年に出した著作は、前者の典型のようなもので、当時四十歳だった私が文字どおり一気呵成に書き上げたものである。
幸い旧著は好評を博し、多くの大学でテキストとして使われたのみならず、一部の予備校でも使われたそうである。しかし放送大学の教科書という性質上、私が講師を終えるとともに、絶版となった。
その後、多くの読者や編集者から、旧著の改訂版の執筆を求められたが、私はその後の自分自身の講義において発展させた内容を盛り込んだ、より詳細な教科書を執筆するからと、お断りしてきた。しかし、五十歳を超えてから、なかなか難しいと感じるようになった。勉強すればするほど、わからないこと、自信を持って断言できないと感じる部分がかえって増えてきたのである。成熟型の教科書というのは難しいものである。
そこであらためて、両方を出そうと考えるようになった。つまり旧著を全面改訂しコラムや資料は付け加えるが、若書き風のスタイルは変えないものを出し、より大部な教科書は別にこれを書く、ということに決めたのである。

そういう結論は、有斐閣書籍編集第二部の青海泰司氏というベテラン編集者と話し合う中から生まれた考えである。辛抱強く私の気持ちが熟するのを待ってくださった青海さんには深く感謝しているし、青海さんのコメントに学んだことは少なくない。しかし、本書に誤りなどがあるとすれば、それはすべて私の責任であることは言うまでもない。

旧著のはしがきにも書いたことであるが、教科書を書いて、あらためて痛感するのは、自分が学生あるいは研究者の卵として接した日本政治史の講義や演習によって、いかに強く影響されているかということである。そうした講義や演習の内容は、必ずしも本になっていないから、参考書として挙げられないのは残念であるが、東京大学において私に日本政治史研究の手ほどきをしてくださった故佐藤誠三郎先生と三谷太一郎先生とには、あらためて感謝の気持ちを申し上げたい。

二〇一一年三月
東北関東大震災からの速やかな復興を信じつつ
北岡伸一

北岡 伸一 (著)
出版社 : 有斐閣; 増補版 (2017/6/7) 、出典:出版社HP

目次

増補にあたって
初版まえがき証

第1章 幕藩体制の政治的特質
一六世紀の日本と西洋
西洋の多元性
幕藩体制の一元性
正統性の問題
崩壊の容易さと統一の容易さ
平和の配当
武士のエトス

第2章 西洋の衝撃への対応
一 開国か鎖国か
日本人の対外意識
幕府リーダーシップへの期待
条約勅許問題と将軍継嗣問題
二 幕末の動乱
尊王攘夷運動の激発
幕府雄藩連合体制の模索と崩壊
倒幕への道
低コスト革命の条件

第3章 明治国家の建設
一 中央集権体制の確立
公議輿論の調達
権力の集中
権力基盤の整備——軍事
権力基盤の整備
財政
二 「国民」の形成
国民的基盤の創出——西洋文明の導入
人的エネルギーの動員

第4章 政府批判の噴出
一 対外関係の整備と士族の反乱
国際秩序の伝統と近代
征韓論
反政府派の発生
宥和政策とその限界
西南戦争
二 自由民権運動
民権運動の発展
明治十四年政変
民権運動の高揚と後退

第5章 明治憲法体制の成立
一 明治憲法の制定
憲法制定への道
プロイセン流の憲法
憲法付属の制度
明治憲法の特徴
天皇親政論と天皇超政論
二 条約改正への取り組み
条約改正問題
大同団結運動

第6章 議会政治の定着
一 初期議会時の藩閥—政党関係
議会政治の出発
超然主義
初期議会の諸相
民力休養論の変容
二 日清戦争後の藩閥—政党関係
日清戦後経営
隈板内閣成立前後
山県内閣
政友会の成立

第7章 日清・日露戦争
一 日清戦争
主権線と利益線
朝鮮をめぐる日清対立
条約改正の成立
日清戦争
清国分割の進展
門戸開放宣言
二 日露戦争
戊戌変法と義和団事件
日英同盟
日露戦争

第8章 帝国の膨張
一 韓国併合
二 日本の満洲政策
満洲問題と国際関係
ドル外交の展開と日露の接近
三 第一次世界大戦と日本
中国革命
二十一カ条要求と反袁政策
寺内内閣の中国政策
シベリア出兵と西原借款

第9章 政党政治の発展
一 日露戦争後の藩閥—政党関係
伊藤内閣から西園寺内閣へ
桂園時代と藩閥
二 大正期の藩閥—政党関係
大正政変
第一次世界大戦期の藩閥と政党
桂園時代と政党
三党鼎立論の挫折

第10章 国際協調と政党内閣一原内閣
一 原内閣の成立
原敬没後
二 ワシントン体制
ワシントン体制の成立
ワシントン体制の崩壊
三 政党内閣の時代

第11章 軍部の台頭
一 満洲事変
軍縮と軍備近代化
昭和軍閥の台頭
満洲事変と国際連盟脱退
二 二・二六事件
連盟脱退後の国際関係
斎藤内閣と岡田内閣
陸軍の派閥対立

第12章 帝国の崩壊
一 日中戦争
広田内閣の成立
宇垣から近衛へ
日中戦争と総動員
東亜新秩序
二 日米戦争
第二次世界大戦の勃発
日米戦争への道
帝国の崩壊

第13章 敗戦・占領・講和
一 初期占領改革
敗戦
占領
非軍事化と民主化
占領下の政治過程
二 冷戦と講和
占領政策の転換
講和に向けて

第14章 自民党政治の発展
一 高度経済成長
五五年体制の成立
岸内閣と日米安保条約改定
池田内閣と佐藤内閣
二 自民党政治
派閥の発展
政策決定における自民党と官僚

第15章 国際秩序の変容と冷戦の終焉
一 「危機」の時代の日本政治
国際関係の変容
田中内閣と対外問題
保革伯仲
西側意識の定着
二 新たな国際的責任

補章 植民地とその後
台湾
朝鮮
満洲
敗戦後
脱植民地と戦後日本

参考文献
関連年表
人名索引
事項索引

北岡 伸一 (著)
出版社 : 有斐閣; 増補版 (2017/6/7) 、出典:出版社HP