大学4年間の西洋美術史が10時間でざっと学べる

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西洋美術史の概観を掴む

本書を読むことで、西洋美術史についてのざっくりとした概観を掴むことができます。美術鑑賞の際に、知っておくとよい歴史や各時代の技法、聖書や神話を簡単に学ぶことができます。簡単な記述で説明されていますので初心者の方や西洋美術に触れてみたい人にもおすすめの一冊です。

池上英洋 (著)
出版社 : KADOKAWA (2020/7/16) 、出典:出版社HP

はじめに

ここに一枚の絵があります。描かれているのは、後ろ手で柱に縛り付けられた一人の若者です。腰布をまとっただけのその裸体には、矢が何本も刺さっており、傷口からは真っ赤な鮮血がしたたり落ちています。聖セバスティアヌスと呼ばれることになるその男性は、激しい苦痛に顔を歪ませながら、天を仰ぎ見ています。そしてそこには、祝福をしに舞い降りてきた天使の姿があります(P177)。

この残酷なシーンは、14世紀後半以降、キリストの磔刑像に次いで、西洋世界で最も多く描かれた処刑場面です。その背景には、ヨーロッパに1348年頃に入ってきて瞬く間に大流行し、その後も長い間ヨーロッパにおいて死因の上位を占めていたペスト(黒死病)の脅威があります。というのも、感染の原因も治療法もわかっていなかった当時、ある日突如としてリンパ節に黒い腫れが生じたかと思うと、短期間のうちに全身が侵されて黒く腐り始めていったペストは、堕落した人間に対する神罰とみなされていたからです。ランダムに放たれた神の怒りの矢が運悪く当たると、その人は死を待つしか手立てがありませんでした。

いっぽう、聖セバスティアヌスは、キリスト教が禁じられていた時代に布教したかどで処刑されましたが、神が奇跡を起こして矢傷では死ななかったとの逸話があります。そこで、矢に当たらないように、そしてもし当たっても助かるよう、御守りのように聖セバスティアヌスの絵が盛んに描かれました。彼の絵が大変な人気を集めたのはそのような理由からだったのです。
興味深いのは、聖人が生きたとされるのは3世紀のことで、ペストが最初に流行する14世紀までの1000年ほどの間、この聖人の図像がほとんどなかった点です。つまり、ある図像が流行するには、その要因となる社会背景が必ずあるのです。

このように、あらゆる図像と主題が、そして技法や様式は、その時代や地域の社会によって決定されます。それは宗教や思想であったり、政治や経済や、ときにはペストのような病や戦争だったりします。そしてそれらが、新たな様式などを生みだす原動力になってきたのを知るのは面白いものです。日本でも、戦国時代に優れた芸術家が多数現れたように、人類は混乱や苦境の時代に、かえって芸術活動を盛んに行ってきた歴史があります。聖セバスティアヌスが描かれた一枚の絵からでも、当時の人々が何を恐れ、何に苦しみ、そして何に救いを見出して祈っていたかがわかるのです。

私がこの巻頭言を書いているのは、ちょうど世界中でコロナウイルスの脅威が吹き荒れている時期のことです。まだ有効な治療薬やワクチンもない状況のなか、日々大勢の犠牲者を生んでいるこの未知の病に世界中がおののいています。しかし、人類がこれまで何度もこのような事態をくぐり抜けてきたように、この脅威もいつかは終息に向かうでしょう。そして、その過程で生まれてくるであろう新たな芸術が、この記憶を後世へと伝えてくれるはずです。

美術作品とは、こうした人類が通ってきた歴史を「観る」ための扉であり、その鍵ともなるものです。そこから学べることは多くあります。それでは皆さん、その「観方と学び方」を一緒に見ていきましょう。

2020年6月 東京造形大学教授
池上英洋

池上英洋 (著)
出版社 : KADOKAWA (2020/7/16) 、出典:出版社HP

大学4年間の西洋美術史が10時間でざっと学べる 目次

はじめに

第1部 西洋美術史を楽しむために
1 美術史とは何か
01 美術史を学ぶとなぜいいか?
02 美術史を学ぶのが楽しくなる2つの視点
03 美術史を学ぶために、身につけておきたい2つのスキル
04 絵画を読み解くために知っておきたい3つのサイン
05 美術監賞の醍醐味の一つ「擬人像」「寓意画」を読み解く
06 制作年代が1200年以上も違う2つの老人の絵の共通点
07 「なぜその絵が描かれたのか」を考えてみよう
08 「いつ、どこで、誰が描いた作品なのか」を特定する方法
09 中世ヨーロッパの絵画に署名がほとんどないのはなぜか?
10 ツタンカーメンの黄金のマスクが無表情である理由
11 芸術活動にお金を払う「パトロン」には、どんな人がいるのか?
12 「ルネサンス遠近法」と「並行遠近法」の違い
13 宗教上の理由で、絵画の技法が変更されることもある
14 舞台背景画は見る人の層が変わったため描き方も変わった
15 後世の人がオリジナルに手を入れるのは悪いことか?
16 20年毎に建て替えられる伊勢神宮のオリジナリティとは?
《コラム》世界の四大美術館① ルーヴル美術館

第2部 西洋美術がもっと楽しくなる名画の見方
2 絵を読む実践
01 〈トビアスと天使〉金貸しの息子の絵が好まれた理由
02 〈アルノルフィーニ夫妻の肖像〉に散りばめられた寓意
03 〈手紙を読む青衣の女〉なぜこのシーンが衝撃的だったのか?
04 〈無原罪の御宿り〉カトリック圏にマリア崇敬の絵が多い理由
05 〈ぶらんこ〉あまりの背徳さに最初に依頼された絵師は断った
06 〈メデューズ号の筏〉ドキュメンタリーのようなリアルさを追求
07 〈雨・気・スピード〉目に見えない「速度」を最初に描いた作品
08 〈落穂拾い〉ミレーが描いたのは農民の過酷な生活
09 〈草上の昼食〉マネの挑戦心が生んだスキャンダラスな作品
10 〈女の三世代〉当時のキリスト教の教えに則って描かれた作品
11 同じ裸婦の絵でなぜ賛否がわかれたのか?
《コラム》世界の四大美術館② メトロポリタン美術館

第3部 西洋美術の「技法」「ジャンルわけ」を知る
3 技法
01 「美の追求」と「コスト」。矛盾する2つをどう両立させるか?
02 発色がよく、色あせしない「モザイク画」
03 定着力でモザイク画に勝り、細やかな造形が可能な「フレスコ画」
04 低コストで修正も容易。多くの傑作が誕生した「テンペラ画」
05 コスト、造形、修正…色んな面でメリットの大きい「油彩画」
06 速乾性があり、淡色や透明度の高い色に強みを持つ「水彩画」
07 聖書の内容を伝える役割を果たしていた「ステンドグラス」
08 色鮮やかな挿絵と、装飾的な書体で書かれた「彩飾写本」
09 美術品の量産を可能にした「木版画」と「銅版画」
10 単色のグラデーションで描くだまし絵「グリザイユ」
11 あらゆる美術の基となる「素描」
12 膨大な時間をかけて制作される高価な織物「タペストリー」

4 ジャンル
01 美術作品のジャンルは「そこに何が描かれているか」で決まる
02 聖書の物語やキリスト教の教えがモチーフの「祭壇画」
03 ジャンルとして成立したのは17世紀と意外に遅かった「風景画」
04 実写さながらの絵のなかに込められた暗職「静物画」
05 教訓や寓意が込められていることも少なくない「風俗画」
06 ある人物が実在していたことを証明する「肖像画」
07 長い間描く習慣がなかった「自画像」
08 タブーだった「裸体画」が許されたケースとは?
《コラム》世界の四大美術館③ エルミタージュ美術館

第4部 西洋美術の「歴史」を学ぶ
5 美術の歩み
01 西洋文明の源流となった2大文明
02 西洋美術の基品となった「エーゲ・ギリシャ美術」
03 ローマ帝国の版図拡大に従って広がった「ローマ美術」
04 キリスト教の布教を目的に発展した「初期キリスト教美術」
05 教会の窓も美術作品の一つにした「ゴシック様式」
06 イタリア商人がパトロンとなった「プロト・ルネサンス」
07 強力なパトロンがいたからこそ成立した「ルネサンス美術」
08 ルネサンス美術の3要素「人体把握・空間性・感情表現」
09 芸術世界に次々と革命をもたらしたレオナルド・ダ・ヴィンチ
10 ネーデルラントを中心に花開いた「北方ルネサンス」
11 ミケランジェロが創始した先駆的様式「マニエリスム美術」
12 賞者を感情移入させる技法を用いる「バロック」
13 17世紀オランダでなぜ美術史に残る変革が起きたのか?
14 優美なフランス貴族文化の象徴「ロココ」
15 遺跡の発掘をきっかけに巻き起こった「新古典主義」
16 神秘性・ドラマ性を芸術に反映させた「ロマン主義」
17 リアリズムを徹底的に追求した近代の先駆者たち
18 ディティールを気にせず対象を大胆に描いた「印象派」
19 ヨーロッパ全土を席巻した日本美術の衝撃「ジャポニスム」
20 「印象派」をさらに発展させた「後期印象派」と「新印象派」
21 目に見えないものや神秘的なものを視覚化した「世紀末美術」
22 キューブ(立方体)を積み重ねたように見える「キュビスム」
23 伝統的な芸術様式や既存秩序の否定を目指した「ダダイスム」
24 テクノロジーから新しい美を生みだそうとした「バウハウス」
25 フロイトの精神分析理論に影響を受けた「シュルレアリスム」
《コラム》世界の四大美術館④ プラド美術館

第5部 「寓意画」「聖書画」「神話画」に隠された暗号を読み解く
6 アレゴリー
01 「儚さ」「虚しさ」を示す物が描かれた寓意画「ヴァニタス」
02 人間の視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚は、どう表現された?
03 西洋で「美徳」と「悪徳」を主題にした絵画が多いのはなぜ?
04 キリストの磔刊図に「太陽」と「月」が描かれている意味とは?
05 「魔性の女」が肯定的に描かれるようになったわけは?
06 ペストを恐れる人々から重宝され、一緒に描かれた動物とは?
07 不釣り合いな(年齢/身分差)カップルの絵が多いのはなぜ?

7 聖書
01 性別のない神が、男性の姿で描かれるのはなぜ?
02 翼のなかった天使に、なぜ翼が描かれるようになったのか?
03 アダムとエヴァが食べた禁断の実はリンゴではなかった!?
04 神は、なぜカインの供物を受け取らなかったのか?
05 〈ロトとその娘たち〉で近親相姦が描かれているわけとは?
06 我が子を生贄に捧げる父の苦悩を描いた〈イサクの性〉
07 フィレンツェ市庁舎に、ダヴィデ像が設置された理由とは?
08 魔性の女サロメが、盆に載った首とセットで描かれる理由
09 時代とともに描かれ方が大きく変わった「受胎告知」
10 〈東方三博士の礼拝〉で賢者の人種や世代が違うわけ
11 レオナルド・ダ・ヴィンチの〈最後の晩餐〉は、ここがすごい
12 〈最後の審判〉でイエスの左右に羊と山羊を描く理由とは?
13 神とイエスの間に、白い鳩がいるのはなぜ?

8 神話
01 神話が生んだ壮絶な大作〈我が子を喰らうサトゥルヌス〉
02 王ブルートが春の女神をさらうシーン〈プロセルピーナの略奪〉
03 なぜキリスト風に描かれている?モローの〈ブロメテウス〉
04 不幸な恋の物語〈アポロンとダフネ〉
05 自作の彫像に恋をした王を描く〈ピュグマリオンとガラテア〉
06 人体構造を無視して描かれた〈ヴィーナスの誕生〉
07 世界一美しい神は誰なのかを描いた〈パリスの審判〉

年表解説
おわりに

執筆協力 奈落一騎
編集協力 越智秀樹、越智美保(OCHI企画)
装丁 二ノ宮区(ニクスインク)
図版作成·DTP ISSHIKI

池上英洋 (著)
出版社 : KADOKAWA (2020/7/16) 、出典:出版社HP