企業価値評価【入門編】

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企業価値評価の入門書

本書は、企業価値評価について解説した初学者向けのテキストです。企業価値の基本的な項目から現在価値、リスク、ポートフォリオの理論といったファイナンス理論の基礎を解説しています。本書の後半には、実務的な内容の解説もあるため、企業価値評価が一通り学べます。

鈴木 一功 (著)
出版社 : ダイヤモンド社 (2018/10/25) 、出典:出版社HP

まえがき

近年、M&A取引(企業の合併・買収)の日常化もあり、投資や経営、買収の意思決定など、金融機関のみならず一般事業会社においても、企業価値の計算が日々の経営戦略を策定・実行するうえで重要な分析ツールとなっている。また会計分野でも、時価会計への流れと相まって、不動産などの資産時価や銀行の貸出債権の時価に至るまで、キャッシュフロー割引モデルの応用が試みられている。

たとえば上場企業の買収に目を向けると、被買収企業の少数株主が、買い手の提示した買取価格や合併比率が不当に低いと経営陣に異議を唱えたり、裁判所に価格算定を求めたりする事例は増えている。こうしたケースでは、どのような企業価値評価手法が妥当か、それぞれの企業価値評価手法で用いられた数値は適切なのかといった、細かな論点に関する精緻な議論が展開される。

ビジネスパーソンは、こうした議論の背景となるファイナンス理論の理解と、その理論を実務に適切に応用することが不可欠である。ただ実際には、M&Aの最先端で企業価値評価の実務に携わる実務家であっても、理論と実務をバランスよく修得している者は、必ずしも多数派ではないように思える。

筆者は、前職のM&A部署で企業価値評価の実務を担当していた頃から通算すると、20年以上にわたり接点を持ち続けている。現在はビジネス・スクールにおいて、企業価値評価の背景となるコーポレート・ファイナンス理論と、企業価値評価の実務手順を解説する講義を担当している。その傍ら、金融機関のM&A部署の外部アドバイザーとして、実際の現場で作成される企業価値評価算定書について、実務家から数多くの相談を受けている。

ビジネススクールの講義とは、初学者にも理論と実務を理解してもらうためのチャレンジの連続である。講義中の学生の表情や質問、試験の結果などを基に、その説明を少しでもわかりやすいものにするために、筆者なりに日々、改善を積み重ねてきた。その現時点における集大成が本書、「企業価値評価【入門編】」である。

現在、日本でコーポレート・ファイナンス理論を学ぶ際の標準教科書は、『コーポレート・ファイナンス上・下』(日経BP社)や『コーポレートファイナンスの原理』(きんざい)だが、どちらの本も1,000を超す膨大なページ数があり、初学者のビジネス・パーソンが手に取るには敷居が高い。また、コーポレート・ファイナンス理論の応用分野である企業価値評価(バリュエーション)の実務を学ぶうえでは、本書でも基本書として参照している『企業価値評価[上][下]』(ダイヤモンド社)が標準教科書となっているが、こちらも上・下巻合計で1,000ページを超えるボリュームである。

筆者自身も、『企業価値評価【実践編】』(ダイヤモンド社)を2004年に刊行した。同書では、上場企業3社を事例に詳細な企業価値評価の実務手順を記しており、ありがたいことに、現在まで何度も版を重ねている。ただし同書が対象とするのは、すでに基本的なコーポレート・ファイナンス理論を理解している人(企業価値評価実務を実践している、あるいは近々実践する必要がある人)であるので、実務で要求される細かな論点まで網羅することを心がけた。

本書は、企業価値評価の実務を初めて学ぶ方を念頭に置き、そのために理解しておくべきコーポレートファイナンス理論(第1部)と、企業価値評価の実務の流れ(第2部)を1冊に集約した。企業価値評価を切口に、読者が理論と実務手順の両方の「そこそこの」知識を得られることを目標としているので、極めて専門性が高い部分はあえてカバーしていない。一方、企業価値はなぜキャッシュフローの割引きによって求められるのかなど、既存の教科書では当然として扱われている事柄についても、極力理屈づけを試みている。

第1部の理論編では、企業価値がキャッシュフローの現在価値の総和で求められること、現在価値の計算には資本コスト=割引率の算定が必要であること、資本コストはリスクとの関係でハイリスク・ハイリターンの原則から推定されること、リスクには固有リスクと市場リスクがあり、固有リスクは分散投資によって無視できる水準まで低減できること、市場リスクは資本資産価格モデル(CAPM)によって資本コストが導けることを説明する。さらに、資本政策と資本コストの関係を考えるために、完全資本市場を前提としたMM命題と、完全資本市場の前提を緩和した結果から負債比率(財務レバレッジ)と株主資本コストの関係を導き、税引後加重平均資本コスト(WACC)についても解説する。そして、企業価値評価の中でもっとも頻繁に用いられるエンタプライズDCF法の理論について、そこで割引対象となるフリー・キャッシュフローとはどのようなキャッシュフローか、WACCで割り引くことでいかなる価値が求められるのかを示す。

また、第1部(全9章)の第8章までの各章末には復習問題を設けた。ファイナンス理論を理解するためには、漫然と解説を読むだけでは不十分である。みずからの手を動かして計算することで初めて理論が自分のものになる、と筆者は考えている。読者の皆様にはぜひ、本書の復習問題を通じて、理解を確実にすることをお勧めしたい。

第2部の実務編では、東京証券取引所第1部上場のモスフードサービスを事例に、企業価値評価、特にエンタプライズDCF法の実務に関する詳細な手順を解説する。そこでは、評価対象企業のフリー・キャッシュフローを予測し、企業価値を求めるステップとして、4つのステージを追いながら説明していく。4つのステージとは、(1)過去の業績分析、(2)将来の業績とフリー・キャッシュフローの予測、(3)資本コストの推定、(4)継続価値と企業価値の算定、である。また最終章では、エンタプライズDCF法と併用されることの多い、マチプル(倍率)法の実務にも触れている。

本書を通じて、初学者はもちろんのこと、既存の教科書でコーポレート・ファイナンス理論や企業価値評価を学習した経験のある実務家にとっても、何らかの新しい発見を提示できることを願っている。

本書の目的は、企業価値の算定を理解するうえで必要な理論と実務の手順を紹介することにある。実在する上場企業のモスフードサービスを事例に用いているが、当該企業の事業戦略や財務戦略の是非・巧拙を議論することが主題ではない。また、いかなる企業価値評価の数科書にも書かれているように、エンタプライズDCF法で算定した価値と、市場で実際に取引される価格とが厳密に一致する保証はない。したがって、読者が本書に基づいて株式の取引等を行ったとしても、その結果を何ら保証するものではない点について、ご留意いただきたい。

鈴木 一功 (著)
出版社 : ダイヤモンド社 (2018/10/25) 、出典:出版社HP

CONTENTS
企業価値評価 目次

まえがき

第1部 コーポレート・ファイナンス理論

第1章 企業価値と現在価値の関係
1-1 企業や資産の価値とキャッシュフローの価値
1-2 キャッシュフローの現在価値
復習問題

第2章 現在価値と割引率の関係
2-1 割引率=資本の機会費用
2-2 資本の機会費用の決定要因:リスクとリターン(期待収益率)の関係
2-3 リスクと現在価値の関係
復習問題

第3章 ファイナンス理論におけるリスク
3-1 ファイナンスにおけるリスクとは何か
3-2 3つの手順でリスク(分散)を数値化する
3-3 リスク指標としての分散と標準偏差の関係
復習問題

第4章 ポートフォリオのリスクとリスク分散の限界
4-1 複数資産への投資によるポートフォリオとリスク低減効果
4-2 ポートフォリオのリスク低減の仕組みとリスクの計算式
復習間題

第5章 効率的フロンティアとリスクフリー資産を加えたポートフォリオ、資本資産価格モデル(CAPM)
5-1 ポートフォリオ分散投資と期待収益率の関係
5-1-1 投資対象資産が2つの場合
5-1-2 3つ以上の資産を組み合わせる場合
5-1-3 ポートフォリオの最適化と効率的フロンティア
5-1-4 投資家はポートフォリオをどう選択すべきか
5-2 リスクフリー資産と効率的フロンティア
5-3 リスクフリー資産と資本資産価格モデル(CAPM)
復習問題

第6章 資本政策と資本コスト① 完全資本市場での理論
6-1 MM命題と完全資本市場—資本政策を考えるうえでの出発点—
6-2 MMの第1命題:企業の資本構成と企業全体の価値の関係
6-3 MMの第2命題:借入れと株主の期待収益率の関係
6-4 企業の資本構成と企業の平均的な資本コスト(WACC)
復習問題

第7章 資本政策と資本コスト② 完全資本市場の前提の緩和
7-1 法人税の存在と負債金利の節税効果の影響
7-2 負債の活用と財務的困難のコスト
7-2-1 財務的困難のコスト①:倒産コスト
7-2-2 財務的困難のコスト②:倒産が視野に入ることによる経営の変質のコスト
7-3 負債活用のメリットとコストのバランス:トレードオフ理論と最適資本構成
復習問題

第8章 負債の存在と株主資本の期待収益率、ベータ、加重平均資本コスト(WACC)の関係
8-1 借入れの有無による企業の貸借対照表の構成と株主資本の期待収益率の比較
8-2 税引後加重平均資本コスト(WACC)
8-3 税引後加重平均資本コストとCAPMのベータとの関係
復習問題

第9章 エンタプライズDCF法の理論的背景
9-1 フリー・キャッシュフローとは何か
9-2 エンタプライズDCF法の特徴
9-3 エンタプライズDCF法の手順の概略

復習問題解答

第2部 企業価値評価・実務編

第10章 エンタプライズDCF法の実務 [STAGE1] 過去の業績分析
STEP1 財務諸表の再構成と投下資産の計算
SUB-STEP1 過去の財務諸表の収集
SUB-STEP2 要約損益計算書・要約貸借対照表の作成
SUB-STEP3 投下資産の計算
STEP2 NOPLATの計算
STEP3 フリーキャッシュフローの計算
STEP4 ROICの要素分解と過去業績の詳細な分析・評価
補論

第11章 エンタプライズDCF法の実務 [STAGE2] 将来の業績とフリーキャッシュフローの予測
STEP1 将来予測の期間と詳細の検討
STEP2 戦略的見通しの立案
STEP3 戦略的見通しの業績予測への転換
SUB-STEP1 売上予測
SUB-STEP2 予期損益計算書の作成
SUB-STEP3 NOPLATの予測
SUB-STEP4 予測貸借対照表の作成
SUB-STEP5 予投下資産残高の計算
STEP4 予測フリーキャッシュフローの算定
STEP5 複数業績予測シナリオの作成(適宜)と戦略的見通しとの一貫性・整合性のチェック

第12章 エンタプライズDCF法の実務 [STAGE3]資本コストの推定
STEP1 資本構成の推定
STEP2 有利子負債の資本コストの推定
STEP3 普通株式の株主資本コストの推定
SUB-STEP1 リスクフリー金利の推定
SUB-STEP2 市場リスクプレミアムの推定
SUB-STEP3 ベータの推定
SUB-STEP4 普通株式の株主資本コストの算定
STEP4 WACC(加重平均資本コスト)の計算

第13章 エンタプライズDCF法の実務 [STAGE4] 継続価値と企業価値の算定
STEP1 継続価値算定の公式の選択
STEP2 継続価値の公式における変数(パラメータ)の設定と継続価値の算定
STEP3 事業価値の算定
STEP4 企業価値、および株主資本価値の算定

第14章 マルチプル(倍率)法の実務エンタプライズDCF法との併用
14-1 マルチブル法の特徴と計算方法
14-2 マルチブル法計算の実例
14-3 マルチブル法利用上の留意点
14-4 マルチブル法とエンタブライズDCF法の関係

あとがき
謝辞
参考文献

鈴木 一功 (著)
出版社 : ダイヤモンド社 (2018/10/25) 、出典:出版社HP