暗号の数理 <改訂新版> 作り方と解読の原理 (ブルーバックス)

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暗号に用いられる計算のしくみがわかる

本書は、暗号の歴史から情報通信の際に使われる暗号技術で利用されている計算のしくみまで解説されています。暗号技術には、複雑なアルゴリズムが用いられていますが、そのアルゴリズムを構成している数学の原理が大まかに理解できるようになっています。

一松信 (著)
出版社 : 講談社 (2005/9/20) 、出典:出版社HP

まえがき

本書の初版刊行以来、四半世紀が経過した。現在では、公開鍵暗号などは「常識」になり、旧版の記述では時代に合わない部分が多くなった。今回の改訂は、歴史的な話題を残し、現代にふさわしい内容を心がけたものである。
暗号という語から、多くの読者は各種の秘密文書を想像されることと思う。その性格上、暗号には軍事研究のベールと暗い影がつきまといがちなことは否定できない。しかし本文で論ずるとおり、世界的な通信ネットワークの発達にともない、プライバシー保護といった目的で、日常の通信にも暗号技術が急速に利用されている。その基礎知識は、一部の専門家のものではなく、万人の常識にする必要があるとさえ思われる。
本書は、そういった背景をふまえて、暗号に関する基礎を解説したものである。
筆者が暗号に興味をもつようになったそもそものきっかけは、太平洋戦争末期に数ヵ月、東京帝国大学の数学科の学生として、参謀本部に動員され、暗号の研究に従事したことにある。
その後、数学研究の道に入ったのだが、スタンフォード大学のヘルマンらが発案したpublic key cryptographyに対する拙訳「公開鍵暗号」が広く現在も使われていることには感無量の思いがある(少々大げさだが)。

今回の改訂について具体的に記させていただく。
第4章の前半までは、旧版の部分修正である。特に大きく変更した部分に一言しておく。
削除(一部要約)したのは旧版第1章末にあった、二度の大戦の裏話に関する二項目である。この話は、暗号の解説自体よりも、それで得た情報の活用が主題だからである。

追加したのは第2章の中頃で、トリストの暗号とビールの暗号の二項目を加えた。前者は一九世紀に広く使われた「本を鍵とする」暗号の具体例であり、その本が判明した稀有な実例である。後者は偽物と判定された例である。実のところ謎の暗号なのか、それとも巧妙な偽物なのかと、議論の種になっている古文書が現在も多数ある。そのささやかな一例として紹介した。
第4章の後半以降から第5章は、旧版の一部を生かしたものの、構成・内容とも全面的に見直した新規の書き下ろしである。数学的な内容は最小限にしたが、数式を全く使わないわけにはいかなかった。そのイメージだけでも理解していただくことができれば十分である。
最後に「第6章 量子暗号」を書き下ろしで加えた。もとよりこれは近年急速に発展しつつある広義の球子情報技術の一部である。本来ならばそれだけで一冊の書物が必要な話題であり、とても本書の末尾の一章だけで扱うことのできる題材ではない。しかしもはや暗号技術を論じる上で、避けて通ることができない題材なので、すでに技術的に確立されている部分について、雰囲気を伝える気持ちで執筆した。
改訂の作業をお引き受けしてから、予想外の年月が経ってしまった。一つには、量子暗号をどうまとめるかで苦しんだせいもあり、また健康上の理由もあった。その間辛抱強くはげましてくださった講談社ブルーバックス出版部の堀越俊一氏はじめ、同部の方々に厚い感謝の意を表したい。

二〇〇五年九月

著者しるす

一松信 (著)
出版社 : 講談社 (2005/9/20) 、出典:出版社HP

目次

まえがき

第1章 秘密通信と暗号
秘密通信 暗号以外の秘密通信 隠語 暗号の定義 情報伝達の変遷 電気通信の他の側面 暗号小史 せんさくの鬼 チューリングとコロッサス 二度の世界大戦の裏話

第2章 暗号の種類
暗号に関する用語 暗号の種類 転置式暗号 挿入式暗号 隠字詩 空白の処理 トリストの暗号 ビールの暗号 単文字換字暗号 ウガリット文書の解読 アナログ的な暗号 暗号辞書

第3章 慣用の暗号体系
多表式暗号への道 多表式暗号の解読例 同語反復 エニグマ暗号 エニグマ暗号の解読乱数とは? 乱数の定義 擬似乱数列とそのくせ 人間乱数 慣用の暗号体系の欠点

第4章 公開鍵暗号の原理
公開鍵暗号という言葉と原理 公開鍵暗号の副利点(1)——船頭多くして…… 公開鍵暗号の副利点に(2)——文書の正当性の問題 偽造不可能な署名 計算量の理論 P問題とNP問題 P≠NP問題 一方通行関数と落とし戸関数 詰め込み問題による暗号

第5章 公開鍵暗号の現状
公開鍵暗号の実用化 時計代数 互除法 有限体 フェルマーの小定理 離散対数 エルガマル暗号 RSA暗号の原理 素数判定法 指数の逆数の計算法 素因数分解に関する平方篩の方法 複数多項式によるデータ収集 電話でジャンケン 楕円曲線による暗号 公開鍵暗号の実例

第6章 量子暗号の展望
量子暗号とは 量子秘密通信の着想 量子秘密通信の実例 BB84の実験 量子コンピュータの起源 量子チューリング機械 ショアの算法 結び

参考文献

一松信 (著)
出版社 : 講談社 (2005/9/20) 、出典:出版社HP