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ゴッホの生涯がより鮮明に
本書は、画家ゴッホが、37年の短い生涯で、どのように苦悩し、独特な画の世界を作り上げていったかを解説している本です。画家になるまでの道のりは導入部分のみで、画家になってからのエピソードが主題です。印象派からの影響や日本の浮世絵の衝撃、孤独な生活など、彼の足跡を本書で辿ることができます。

はじめに―ラングロワの橋、一生に一度の夢のはじまり
すみきった空。青くきらめく水。川面をわたる春の風。ポプラの梢の遠いざわめき。草と土と水の香り。洗濯女のたてる水音。ゆったりと広がる波紋の輪。波紋の動きにさからうように、今、馬車がゆっくりはね橋を渡る。にぶい蹄の音。かすかに木のきしむ音。
なんの変哲もない南フランスの春の風景。しかし、ここに描かれた風景は、このうえなく切実な、短い夢のはじまりであった。決して幸福とは言えない三十七年の生涯を生きたひとりの人間が、人生でたった一度だけ逃げ込んだ夢の世界。その夢のはじまりの一瞬の光景が、まるでカメラのシャッターを切ったかのように切り撮られ、このカンヴァスに永遠に封じ込められている。生きることの難しさゆえに、夢の中に逃げ込むしかなかった者にだけ見えた蜃気楼のような光景。そのような光景なればこそ、観る人々を切実な夢の世界に誘い込む。今、はね橋を渡らんとする馬車は、観る者を別世界へと誘う乗りもの。
《ラングロワの橋》
1888年、油彩、カンヴァス、53.4cm×64cm
クレラー=ミュラー美術館
《恋人たちのいるラングロワの橋》
(現存する断片)
1888年油彩、カンヴァス、32.5×23cm
個人蔵(日本)
古賀陽子《恋人たちのいるラングロワの橋》
(全図復元作品)
2017年
油彩、カンヴァス、72.2×91cm
北海道立近代美術館蔵
ファン・ゴッホはラングロワの橋を何枚もの油彩、デッサンに描いた。そのなかでもクレラー=ミュラー美術館所蔵のものがひときわ美しい。他の作品の中には、きわめて野心的な挑戦をしながら、ファン・ゴッホ自身が天候不良のためアトリエで仕上げようとして「台無しにしてしまった」と失敗を認めた作品《恋人たちのいるラングロワの橋》がある。失敗作とはいえ、ファン・ゴッホが真っ黄色の空を描こうとした最初の試みである。現在は一組の恋人たちの部分だけが現存している。
2017年の「ゴッホ展」の際に画家、古賀陽子と著者が手紙のスケッチや現存する断片などをもとに全図復元の試みに挑戦した(第三章)。
目次
はじめに――ラングロワの橋、一生に一度の夢のはじまり
序 出生から画家になるまで
第一章 オランダ時代――愛に飢えた修業者
ハーグ派の画家との交流
捨てられた女
線の表現力
決別
真実の農民たち
色彩研究
自負の芽生え
父の死
朽ちていく教会
絵の中の文字
闇の中の光
第二章 パリ時代――豊穣なる混沌の一幕
印象主義
印象派から得たもの
浮世絵模写
「触媒」としての浮世絵
ユートピスト
南仏へ
第三章 アルル時代――夢への逃避行、「日本」色のユートピア
失敗作
架空の太陽
橋
種まく人、掘る人
向日性
象徴的意味、エンブレマータ
黄色い家
潜在的意味
カフェ・ド・ラ・ガール
居酒屋の闇の力
アルルの星空
想像上の日本人
レ・ミゼラブル
「耳切り事件」
傷跡、夢の終わり
《浮世絵のある自画像》再考
レプリカ
第四章 サン=レミ時代――迫りくる悪夢たち
星空
つくられた風景
オリーブ園のキリスト
模写・翻訳
成功の兆し
第五章 オーヴェール=シュル=オワーズ――切れた糸
「日本」との接触ふたたび
「出現」
「極度の孤独」
張りつめた糸が切れる時
おわりに
参考文献・凡例
本文中のファン・ゴッホの書簡は(1)をもとに著者が訳したもの。引用の後の書簡番号は(1)と(2)の番号を(497/404)のように併記してある。(2)(3)は現在日本で閲覧しやすいもの、(4)(5)は本書の内容に深くかかわるものである。
(1) Vincent van Gogh -The Letters, Edited by Leo Jansen, Hans Luijten, Nienke Bakker, Van Gogh Museum – The Huygens Institute, 6 vols. 2009. (ウェブ版 http://www.vangoghletters.org/vg/)
(2) 二見史郎ほか訳『ファン・ゴッホ書簡全集」全6巻 みすず書房、1969-70年。
(3) ヤン・フルスカー 坂崎乙郎監修、坂崎乙郎、高儀進訳『ヴァン・ゴッホ全画集」講談社、1978年。
(4) 圀府寺司『ファン・ゴッホ 自然と宗教の闘争』小学館、2009年。
(5) 圀府寺司、コルネリア・ホンブルク、佐藤幸宏『ファン・ゴッホ 巡りゆく日本の夢』青幻舎、2017年。
写真提供 ユニフォトプレス