トップも知らない星野リゾート 「フラットな組織文化」で社員が勝手に動き出す

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現場が意思決定できる星野リゾートの強み

本書は、星野リゾートの現場への取材をまとめた本です。星野リゾートは、経営不振に陥ったホテルを顧客から高い評価を受ける優良ホテルに変革することで評価されています。この背景にある、現場で意思決定ができる企業文化、生産性を高め、従業員も楽しく働ける組織づくりについて、本書でインタビューしています。

前田 はるみ (著), 『THE21』編集部 (編集)
出版社 : PHP研究所 (2018/2/27)、出典:出版社HP

はじめに

旅館の建物をつなぐ渡り廊下を歩いていくと、その先に現れたのは、赤と白の提灯が賑やかな昭和の風情漂う酒場と、巨大な金魚ねぷた。どこか懐かしさを感じさせる青森の祭りの風景が広がっていた。
ここは、青森県三沢市にある「星野リゾート 青森屋」。
「青森の文化を丸ごと体験できる温泉宿」をテーマに、青森の文化や魅力が館内の至る所で表現されている。夏の終わりに訪れたときは、夏祭りの季節に町中を飾る「金魚ねぷた」にちなんだイベントが開催されていた。
廊下の天井一面に金魚ねぷたが吊り下げられた「金魚ねぷた回廊」に、部屋に金魚鉢ごと持ち込んで楽しめる「貸し金魚」。ガラスの金魚鉢に入ったかき氷に地酒やワインをかけて食べる「金魚鉢かき氷」は、見た目にも美しい、大人のためのかき氷だ。これらはプログラムのほんの一部だが、すべてこの旅館で働くスタッフが自分たちで発想し、具現化したものである。
青森屋を代表する人気コンテンツの一つに、「みちのく祭りや」がある。これは、食事をしながら青森が誇る夏の四大祭りのクライマックスを楽しめるショーレストランで、迫力ある演奏と踊りが魅力だ。
このショーを企画し、運営するのも、現場のスタッフだ。普段は旅館のサービス業務に携わるスタッフが、囃子や太鼓、笛などの演奏でステージを盛り上げる。ショーのクライマックスには宿泊客もステージに躍り出て、跳人と呼ばれるリズミカルな踊りの輪に加わった。

青森屋の滞在には、まるでテーマパークで過ごすような楽しさがある。その魅力はどこにあるのか。
その一つが、ほかでは体験できないユニークなイベントやプログラムだ。青森屋で働くスタッフは、7割が地元出身者。青森を愛し、青森のことを多くの人に知ってもらいたいという思いが強く、こうした熱い思いが、イベントやプログラムを通して伝わってくるのである。
そしてもう一つは、スタッフが皆、生き生きと楽しそうに働いていることだ。ショーレストランで太鼓や笛を演奏するスタッフも、レストランでサービスするスタッフも、玄関で宿泊客を出迎えるスタッフも、持ち場に関係なく皆が生き生きとしている。スタッフの活気がみなぎる旅館は、滞在するだけで楽しくなれる。この旅館をまた訪れたいと思う宿泊客は少なくないはずだ。

青森屋を運営する星野リゾートは、国内外約40拠点で旅館やホテルを展開するリゾート運営会社。1904年に軽井沢で創業。4代目の経営者である星野佳路代表が運営に特化した経営方針を打ち出し、全国展開するリゾート運営会社へと成長させた。
その成長の原動力となったのは、現場で働くスタッフたちである。青森屋で出会ったスタッフたちもそうだが、彼らはモチベーションを高く持ち、自発的に考えて行動する。自分たちがやりたいことを実現するまで粘り強く取り組み、あきらめない。
そうしたスタッフの情熱とエネルギーが、ほかにはないユニークなサービスを生み出し、企業の競争力を高めてきたのである。

「人を活かす」ための環境づくりは、星野代表が最も力を注いできた仕事の一つに位置づけられる。企業が進化し続けていくためには、世代もバックグラウンドも異なるスタッフが自由に発想し、意見を言えて、やりたいことに挑戦できる環境を整えることが必要だと星野代表は考えた。それが仕事の楽しさややりがいを生み、スタッフのモチベーションを高めるからである。
そうした環境が今、「フラットな組織文化」として星野リゾートに定着している。

本書は、星野リゾートのフラットな組織文化に着目し、「人を活かす」とはどういうことかを明らかにしようと試みるものである。
ここに登場する10人のスタッフは、ホテルや旅館の総支配人から、部門のリーダー、サービス業務を担当するスタッフまでバラエティに富んでいる。各スタッフが、それぞれの立場で何を考え、どのように行動し、周りを巻き込み、やりたいことを実現させていったのか。10のストーリーを通して、一人ひとりの個性や能力を活かすことで企業の競争力につなげるためのヒントを探ることが本書の狙いだ。

労働力が不足する傾向が強まるなか、企業は限られた人材を最大限に活かして生産性を高めることに本気で取り組まなければならない時期に来ている。
こうした動きに先駆けて、星野リゾートではさまざまな改革を行なってきた。限られた人材を最大限に活かすとは、つまり、個人が持つ能力を100%発揮してもらうことにほかならない。そのために不可欠な「フラットな組織文化」をベースに、やる気のある社員に機会を与え、かつ公平に評価する人事評価制度や、社員の自主性を尊重し、現場が意思決定できるための体制を構築してきたのである。こうした星野リゾートの「人を活かす」取り組みは、旅館やホテル業界、サービス業界に限らず、人材不足という逆風のなか、生産性、顧客満足の向上に悪戦苦闘している多くの企業の参考になるはずだ。
現場スタッフ、リーダー、経営者、ビジネスに関わるあらゆる立場の人にぜひ読んでいただきたい。仕事は工夫次第でもっと楽しくなるし、チームはもっとよくなる。そのための手がかりを本書からつかんでいただければ幸いである。

本書は、PHP研究所発行のビジネス情報誌『THE 21』2016年1月号から17年7月号まで1年半にわたり掲載した「遊びが会社を強くする! 星野リゾートの現場力」に加筆し、また新たな事例を加えてまとめたものである。取材にご協力いただいた星野代表および星野リゾートの皆さまには改めて感謝を申し上げたい。

星野代表に、スタッフの方々の活躍や、旅館やホテルで人気コンテンツとなったサービスについて感想を伺う場面で、「私の知らないうちにこうなっていた」「私が知ったのは、ずっとあとのこと」といった発言が何度かあったのが印象的だった。
人を活かそうとすれば、現場のことは現場スタッフに任せるのが一番である。そうやって大きく成長してきた星野リゾートを象徴するコメントではないかと思う。本書のタイトルである「トップも知らない星野リゾート」には、そのような思いも込めている。

前田はるみ

前田 はるみ (著), 『THE21』編集部 (編集)
出版社 : PHP研究所 (2018/2/27)、出典:出版社HP

トップも知らない星野リゾート 目次

はじめに

第1章 勝手に決める社員たち
1 苔メン現る
2 雲海テラスの仕掛人
3 変革するブライダル
4 温泉ソムリエの秘策
コラム 体験! 魅力会議 楽しく仕事をするため仕掛け

第2章 組織の常識に挑む社員たち
5 現場の決断「冬季営業再開!」
6 私のやり方を貫く
7 調理場は誰のものか
コラム 密着! 立候補制度 やる気のある人に機会を与える仕組み

第3章 職場を飛び出す社員たち
8 島人とリゾートの架け橋になる
9 自分が輝ける場所を探して
10 バリに日本旅館をつくる
コラム 潜入! 麓村整 主体的に学びたくなる仕掛け

解説 フラットな組織文化こそが競争力の源泉
——星野リゾートの組織論

星野佳格(星野リゾート代表)
本文写真提供 : 星野リゾート

前田 はるみ (著), 『THE21』編集部 (編集)
出版社 : PHP研究所 (2018/2/27)、出典:出版社HP