環境経済学のフロンティア

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最新の環境経済学がわかる

経済学の中でも比較的新しい研究領域である“環境経済学”の第一線で活躍する経済学者が、この分野の最先端を丁寧にレビューしています。環境問題を改善する上で必要な知識を学ぶことができます。

有村 俊秀 (著, 編集), 片山 東 (著, 編集), 松本 茂 (著, 編集)
出版社 : 日本評論社 (2017/9/21)、出典:出版社HP

はしがき

環境経済学は経済学のなかでも比較的新しい研究領域であり、環境経済学を対象とした専門誌がつくられたのは1970年代後半になってからである。日本では、1960年代に深刻化した公害問題に対処するために、種々の対策が導入されていったが、そこで大きな役割を担っていたのは法学・疫学・工学といった研究分野であったように思われる。経済学はどちらかといえば、環境問題を発生させている悪玉とみなされていたように思われる。
しかし、1992年にブラジルのリオで地球環境サミットが開催され、経済的手法を用いた環境対策が提唱されてからは、環境経済学が着目されるようになった。初期には廃棄物問題や資源管理問題に対処するために多くの経済的手法を用いた研究が行われたが、以降も、世界的な気候変動や酸性雨問題、そして生物多様性などといった新しい環境問題に対応するため、環境経済学は量と質の両面において発展を続けてきている。

データ制約などの理由から、従来、環境経済学の主流は理論研究であり、また日本においては国内外の制度の紹介や比較分析に焦点が当てられていた。一方、現在では、他の経済学の領域と同様に、多くの実証研究や実験研究が行われるようになっている。しかし、その成果は国内の大学教育にはまだ充分に活かされているとはいえないかもしれない。また、国内の環境政策の議論・検討においても、実証・実験研究にもとづく成果は充分には活かされているとは言い難く、ようやくスタートラインに立った状態であるといえよう。
本書は、近年急速に広まりつつある実証・実験研究を中心に、理論研究も含めた環境経済学の最先端の研究を紹介することを目的としている。本書を通じて、国内の環境経済学および関連分野での研究がより一層活発になることを願っている。また、日本の環境政策の担当者にも政策立案における新たな視点(データ分析にもとづいた、エビデンスペーストな政策立案の視点)を提供できるのではないかと期待している。
本書は、環境経済学に関心をもつ学部上級生や修士課程の学生を読者として想定している。本書を一読することで、環境経済学のフロンティアを一望することができるようになっているため、卒業論文はもとより、修士論文や、博士論文のテーマを見つけることの一助になると考えている。大学で教壇に立っておられる先生方には、是非ゼミや講義等で活用していただきたい。ただし、本書では学部レベルのミクロ経済学と計量経済学の知識を前提としていることには注意が必要である。また、一部の章では博士課程レベルの知識を必要とするが、そのような章には適宜マークを付けている(章タイトル部分の*は学部上級レベルの経済学の知識が必要となる章であることを、**は修士課程レベル以上の経済学の知識が必要となる、理論分析を中心とした章であることを意味している)。

本書の各章の執筆者は、国際的な学術雑誌に研究をコンスタントに報告している気鋭の若手・中堅の環境経済学者である。経済学研究のフロンティアでは、国際的な学術雑誌が主戦場となっており、国際雑誌に掲載された論文でないと研究として認められないという風潮もある。そのため、優れた研究業績や環境問題に関する知見をもちながらも、日本のアカデミックな世界、あるいは政策担当者にあまり知られていない環境経済学者も少なくない。本書はそのような環境経済学者を紹介する役割も担っている。
執筆者の先生方には改めて謝意を表したい。先生方には、学部上級生でも読めるかたちで、高度な内容をともなう環境経済学のフロンティアを紹介するという、大変困難な依頼をすることになってしまった。このような難しい課題を快諾し、執筆にご協力いただいた先生方に心よりお礼を申し上げたい。
本書は、東京経済研究センター(TCER)のコンファレンス事業の一環として企図されたものである。TCERは「逗子コンファレンス」と称した研究会議をサポートし、それを多くの優れた学術書の出版に結び付けてきた。数年間途切れていた研究成果の出版も、昨年度『国際経済学のフロンティア:グローバリゼーションの拡大と対外経済政策』(木村福成・林寛/編、東京大学出版会)によって復活した。本書はそれに次ぐ、「逗子コンファレンス」事業の復活第二弾という位置づけになっている。本書の企画においても二度のコンファレンスを開催し、執筆者間で議論を重ねた成果が本書の内容になっている。コンファレンスならびに出版の助成へ心よりお礼申し上げる。

本書は四部構成になっている。まず、環境経済学の黎明期から分析対象であった産業部門を対象とした第Ⅰ部は、「産業活動と環境問題」をテーマとしており、以下の四つの章で構成されている。
産業活動の持続可能な発展のためには、汚染物質の排出を経済的かつ効果的にコントロールすることが必須である。そのためには、環境保全技術の研究開発とその普及が重要になる。第1章では環境保全技術の開発および普及についての研究を取り上げている。さらに研究を行う際に有用なデータベースと分析手法についても紹介している。
従来、経済学では、産業活動の担い手である企業の環境負荷削減を促すためには規制が必要であると考えられてきた。しかし、20世紀末から多くの企業が自主的に環境取り組みを行うようになってきた。このような状況を踏まえ、第2章では、企業の自主的な環境取り組みに関する実証研究の方法論について、その課題とともに紹介する。そして、近年の関連する研究をレビューしたうえで、今後の研究の展望も示している。
産業部門のなかでも電力部門は、環境政策において特別な地位を占めてきた。経済規模と化石燃料消費量から、多くの環境汚染物資を排出してきたためである。近年、規制産業であった電力小売りの自由化や、再生可能エネルギーの台頭をうけ、電力部門は環境経済学の研究対象としてとくに注目を集めている。第3章は電力産業にかかわる最新の実証研究の動向を、需要と供給の両サイドから紹介する。
経済的手法による環境規制には、大きく環境税と排出量取引の二つがある。この二つの手法は、特定の条件下では同じ帰結をもたらすことがよく知られているものの、現実の世界ではそれらの条件は満たされにくい。第4章は、現実の世界で経済的手法を利用していくために、どのような工夫が必要になるのかを考察している。

第Ⅱ部では、「消費活動と環境問題」を扱う。今や環境問題の主要な要因は生産活動だけではない。温室効果ガスの排出には、家計部門の消費活動も大きく寄与している。廃棄物問題でも、家計部門の消費活動が大きな影響を与えている。第Ⅱ部は、このような視点に立った以下の三つの章から構成されている。
経済発展にともない廃棄物の増加とその種類の多様化が進んでいる。その結果、環境負荷の増大、最終処分容量の限界、ごみ処理費用の増加などの問題が生じており、リサイクルおよびその前提となる適正な廃棄物処理が果たす役割は大きくなっている。第5章は、廃棄物やリサイクルに関する経済学的研究を、実証分析を中心に概観していく。
家計部門の引き起こす環境問題の重要性は、今日ますます増加してきている。しかし、家計部門は産業部門とは異なる特色を備えており、その負荷を減らすためには様々な工夫が必要となる。第6章は、家計部門の環境負荷を取り上げ、その対策について論じている。
交通・運輸は、多大な経済的便益をもたらす一方、大気汚染や騒音などの負の外部性をもつ。近年ではこれに加え、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の交通・運輸部門からの排出は大きな問題となっており、その対策の政策的重要度は増してきている。第7章は、交通と環境問題についての経済学的研究、とくに交通・運輸部門からの二酸化炭素排出量を抑制する政策に関連する実証研究を、結果のみならず方法論にも注目して解説する。

近年、国境を越えた経済活動が環境問題を複雑化させ、その解決を難しくしている。また、汚染物質そのものが国境を越えて移動する場合もあり、より環境問題への対処を難しくさせている。第Ⅲ部は「国境を越える環境問題」を議論する三つの章で構成されている。
貿易の自由化は輸出国・輸入国の双方に便益をもたらす。経済学は伝統的に貿易自由化を促進する提案を行ってきたが、はたして貿易の自由化は環境問題に対してどのような影響をもたらすのだろうか。第8章では、貿易と環境の問題に関して考察している。
気候変動は、潜在的な被害の大きさから、政策面で国際的に耳目を集めてきた。学術的には、被害の不確実性や、超長期的な時間的視野の必要性から、自然科学と社会科学それぞれの立場から課題に取り組んできた。しかし、近年、個人用計算機の性能向上等により、気候と経済との因果関係を解明する研究が進展しつつある。第9章では、気候変動問題の背景を示したうえで、近年の研究動向を紹介する。
環境資源のなかには他国と共同利用されている共有資源があるが、そうした共有資源の管理方法はこれまで国際交渉の場で話し合われてきた。第10章では、水産資源管理と温暖化交渉を事例として取り上げ、国際交渉問題をゲーム理論の枠組みで分析している。

先進国のみならず、発展途上国も資源管理など様々な環境問題に直面している。また、先進国も生物多様性の保全という自然資源管理の課題を抱えている。第Ⅳ部は、「途上国と資源管理」をテーマとする三つの章で構成されている。
発展途上国で起こる環境資源問題は大きな負の外部性を有し、その解決なしには社会の持続可能性も担保できないと考えられている。第11章では、発展途上国における農山漁村域と都市域の格差拡大に起因する資源環境問題について考察し、それに関する経済実験を用いた研究を踏まえつつ、今後の研究の展望について言及している。

生物多様性によって、人々は多くの恩恵を享受している。過度な経済活動によって生物多様性が減少しないように注意しなければならない。第12章では米国における様々な生物多様性の保全政策を紹介し、さらにそれら政策の効果に関する経済学的な分析研究も紹介する。
水産資源などの共有資源(コモンプールリソース)は、経済学の教科書によれば過剰利用されることが予測されるが、現実にはそのように枯渇が起こったケースだけではなく、利用者問の慣習的なルールのもとで持続的に利用されるケースなど、多様な資源利用のあり方をみることができる。第13章では、コモンプールリソースの利用のあり方に焦点を当て、経済実験を用いた研究を中心に概観し、今後の研究の発展の方向性について考察している。

本書は、早稲田大学に2016年度に設立された環境経済・経営研究所の助成および多様なサポートを受けている。編集作業やコンファレンスの準備などでご協力いただいた同研究所・次席研究員の定行泰甫さん、功刀祐之さん、政治経済学術院の宮本拓郎助教、森田稔助教、大学院生の矢島猶雅さん、寺出礼子さんに感謝申し上げる。二回のコンファレンスを事務的にサポートしてくれた有村研究室の岩塚由紀恵さんにもこの場を借りてお礼申し上げたい。また、すべての原稿に目を通し、詳細かつ的確なコメントを頂いた日本評論社の吉田素規氏にも謝意を表したい。吉田氏はコンファレンスにもご出席いただき、出版に向けて企画段階からアドバイスいただいた。また、必ずしも予定通りにはいかない執筆状況にも寛容にご対応いただき、心よりお礼申し上げる。

2017年 晩夏

執筆者を代表して
有村俊秀・片山東・松本茂

有村 俊秀 (著, 編集), 片山 東 (著, 編集), 松本 茂 (著, 編集)
出版社 : 日本評論社 (2017/9/21)、出典:出版社HP

目次

はしがき

第Ⅰ部 産業活動と環境問題

第1章 環境保全技術の評価(藤井秀道・馬奈木俊介)

1 環境保全技術について
2 環境保全技術の開発と普及に着目した研究の紹介
3 環境技術の評価手法とデータベースの紹介
4 まとめ
参考文献

第2章 企業の自主的な環境取り組みの実証分析(有村俊秀・片山東)

1 はじめに
2 個別企業の環境取り組みについて:ISO14001を中心として
3 自主協定・プログラム
4 まとめ
参考文献

第3章 電力・エネルギー経済学のフロンティア*(松川勇)

1 はじめに
2 研究の概要
3 長めの文献紹介
4 著者の研究紹介
5 将来の研究展望
参考文献

第4章 非対称情報下での環境政策**Weitzman(1974)以降の理論的展開(新熊隆嘉)

1 はじめに
2 Weitzman(1974)の定理
3 ファーストベストを達成する政策
4 セカンドベストを追求する政策
5 将来の研究展望:むすびにかえて
【付録1】Montero(2008)のメカニズム
【付録2】Berglann(2012)のメカニズム
【付録3】Roberts and Spence(1976)のスキームにおける競争市場均衡の解釈
参考文献

第Ⅱ部 消費活動と環境問題

第5章 廃棄物・リサイクルの実証分析(山本雅資)

1 はじめに
2 廃棄物産業の特徴
3 不法投棄・不適正処理
4 家庭ゴミ有料化とリサイクル
5 汚染が地価に与える影響
6 おわりに
参考文献

第6章 家計部門の環境負荷と環境配慮行動(松本茂)

1 はじめに:家計部門の環境負荷
2 環境配慮行動に関する先行研究
3 環境配慮行動の価値
4 国内の公開データとその制約
5 研究課題
参考文献

第7章 交通と環境の経済学*(小西祥文)

1 はじめに
2 文献紹介:交通と環境に関する経済分析の軸
3 都市構造と交通・環境の経済分析
4 自動車保有・走行距離需要とインセンティブ政策の経済評価
5 おわりに
参考文献

第Ⅲ部 国境を越える環境問題

第8章 環境と貿易(神事直人)

1 はじめに
2 貿易と環境、環境規制との関係
3 地球温暖化対策と国際貿易
4 企業の輸出行動と汚染集約度
5 おわりに
参考文献

第9章 気候変動の経済分析**(阪本浩章)

1 はじめに
2 問題の背景
3 理論分析
4 実証分析
5 おわりに
参考文献

第10章 国際的な自然資源管理**(樽井礼・徳永佳奈恵)

1 国際的な自然資源管理の課題
2 国際的な自然資源管理におけるゲーム理論の応用
3 漁業資源管理に関する動学ゲーム・提携形ゲームの応用
4 温暖化交渉ゲームに関する最近の研究動向
5 研究展望
参考文献

第Ⅳ部 途上国と資源管理

第11章 発展途上国の環境問題(小谷浩示)

1 はじめに
2 発展途上国はどのような国々か
3 発展途上国で深刻化する資源環境問題
4 発展途上国の環境問題解決に向けて経済学が貢献できること
参考文献

第12章 生物多様性保全政策の設計と評価米国の事例に即して(堀江哲也)

1 はじめに
2 絶滅危惧種法(ESA)
3 保全休耕地プログラム(CRP)
4 CRPのもつ意図せざる副作用
5 今後の展望
参考文献

第13章 コモンプールリソースの管理と制度の選択(東田啓作)

1 はじめに
2 コモンプールリソースの過剰利用と自然・社会・経済要因
3 外生的な規制、罰則、および制度
4 内生的なルールや制度の選択と資源枯渇の回避
5 発展的なトピック
6 おわりに
参考文献

索引
執筆者紹介
編著者紹介

有村 俊秀 (著, 編集), 片山 東 (著, 編集), 松本 茂 (著, 編集)
出版社 : 日本評論社 (2017/9/21)、出典:出版社HP