基礎から学ぶ産業・組織心理学

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心理学と経営学の双方の視点から解説

本書を読むことで、組織の中の人間の心理や行動を起点として、産業や企業経営の変化にともなう問題やその解決手法が大きな流れとして理解できます。産業・組織心理学を学ぶ大学生や、産業組織に組み込まれたばかりの社会人、自分が人や組織を動かす立場になったばかりの管理者などにおすすめの一冊です。

幸田 達郎 (著)
出版社 : 勁草書房 (2020/9/30)、出典:出版社HP

はじめに

1. 本書の対象読者

この本は2種類の読者を想定している。第一は、「産業・組織心理学」全般を学ぶ大学生である。日本心理学会による、公認心理師大学標準カリキュラムの標準シラバスのキーワードをすべて網羅しているので、そのためのテキストとして有用であろう。第二は,産業組織に組み込まれたばかりの社会人や,自分が人や組織を動かす立場になったばかりの管理者である。
本書では,理論そのものよりも,①理論の背景にある基本原則についてと,②理論が当てはまる現実の組織で起こる事柄について、記述を厚くした。現実の社会現象は多様であり流動的なので、いかなる理論もそのまま機械的に当てはめようとしてもうまく作用しない。しかし,理論の背景を理解することで、既存の理論そのもののどこをどうアレンジすれば自分自身が抱える問題によりよく当てはまるのかが分かるからである。

2. 本書が採る理解の方法

およそ人がものごとを理解する方法には3つある。
まず、①知りたいと思う対象の内部の構造を分解して要素に分け、それぞれの要素の役割と、それぞれの要素間のつながりを理解する方法である。たとえば、ゼンマイを用いた機械式時計とはどのようなものなのかを理解したいとする。その場合には、機械式時計の内部構造を理解することが役に立つ。
次の方法は、②歴史的展開を用いて理解する方法である。たとえば、時計というものを理解するためには、時間を測定する装置としての日時計からはじまり、夜間や曇天にも、さらには移動中にも時間を知ることができる水時計,ゼンマイバネを用いた機械式時計が開発されたという歴史をたどることができる。それによって、時計というものがいかに便利で正確に時間を知らせるものになったのかを理解できる。
最後の方法は,③他のものとの比較である。たとえば,時間というものの性質を知りたい場合には、長さや重さとの違いを考えると分かりやすい。時間は絶えず一定の速さで動いている。しかもその動きは一方向的であり戻ることはない。長さや重さはそれぞれの物に固有であるが,時間はすべての物に対して均一の速さで経過する。このように,他のものと比較することで時間というものの性質が浮きぼりになる。
この本全体では、①の手法が採られている。産業・組織心理学の内部の構造を各章ごとに分解して要素に分け、それぞれの関係を考えることになる。②の理解のための記述もこころがけたが、③の方法はあまり用いられていない。

3.本書の構成

第1章では全体のガイダンスを行う。ここでは,まず歴史的展開を中心に産業・組織心理学全般の理解を深める。第2章は産業・組織心理学を構成する要素としての個人について扱う。モチベーション,リーダーシップ,キャリア,ストレスなどの現実には個人差がある。そこで,第2章という比較的最初の時点でパーソナリティという個人にともなう問題について考えることとした。どのような視点から対象者のパーソナリティを見たらよいのかを考る。いくつかの視点から複合的に相手を理解することが重要であり,より現実的である。その際に必要となる視点をこの第2章で提供した。
第3章から第6章までは、従来の産業・組織心理学の中心になる分野であり、第2章を基礎として連続した関連を持つ。第2章のパーソナリティの違いが,第3章で扱うモチベーションの違いを生み出す。それぞれの個人の意図やモチベーションがぶつかり合い、第4章で扱われるコミュニケーションや意思決定が行われる。これらがパターン化すると第5章の組織文化が形成されることになる。環境の変化に応じて組織やその文化が影響され、場合によっては組織文化の変革が必要になる。その際に重要になるのが第6章のリーダーシップの働きである。もちろん、リーダーシップは第4章で扱われた組織内のコミュニケーションや意思決定と重要な関連を持つ。また、リーダーの重要な役割の1つは組織のメンバーに対して第3章で扱われたモチベーションを引き出すことでもある。
第7章と第8章,および第9章では,産業・組織心理学にもっとも関連の高い組織側の施策の実際と,それらの施策の基本にある考え方について述べる。第10章のキャリアは,第2章から第6章までの内容とともに,第7章から第9章で述べられる組織側の施策からの影響を受けて総合的に形成される。
第11章では,消費者行動とマーケティングを扱う。多くの場合,「産業心理学」という場合にはこの分野を入れ,「組織心理学」という場合にはこの分野を除いているようである。日本心理学会による公認心理師大学標準カリキュラムでは,「産業・組織心理学」という名称の中で消費者行動を含んでいる。この標準カリキュラムに準拠する本書でも,この分野について十分な紙面を割いて扱っている。現在の産業上の問題は近・現代産業特有の大量生産システムや仕事の標準化に結びついている。実は、それを支えているのが現代の大量消費社会であり、その根底にあるのが大量販売やその技術としてのマーケティングである。消費者行動やそれに対する産業組織側の行動を理解するためには,そうした社会全体の中での位置づけを意識することが重要である。その点も本書では強調している。
第12章では、第11章で紹介された販売方法を可能にした、大量生産システムについて考察する。おそらくそれは20世紀に入ってからはじまった歴史の転換点以降の、新たな人間の心理への負荷の問題である。具体的には、作業の標準化の効果とそれがもたらす心理的な問題について考える内容である。第13章は,それまでの各章の内容を踏まえて、産業・組織で働く上での心理的な負荷や、それに対する援助の必要性と方法について紹介している。ますます重要度が高まっているストレスへの対処やメンタルヘルスについて扱う。第14章では公的な施策の動向や法律を概観する。

4. 本書の読み方と使い方

第1章から順番に読み進めていけば、組織の中の人間の心理や行動を起点として、産業や企業経営の変化にともなう問題やその解決手法が大きな流れとして理解できるはずである。しかし、それぞれの章は独立しているので、すぐに必要な章や関心のある章から読み進めてもまったく差しつかえない。ばらばらの順番で読み進めても最終的に全章に目を通せば,各章それぞれの内容が相互に連携していることが分かるように整理したつもりである。したがって、実務に必要な部分だけを読みたい社会人や授業などでテキストとして読み進める順番を変えてもよい。
実際に大学の授業でこれだけの広範囲の内容を全15回や14回で終わることは難しい。第3章から第6章までの内容は1回の授業では終わらないかも知れない。筆者の場合にはそれ以降の内容も1回では終わらないことが多いため、年度によって重点を変えて教えている。公認心理師資格に関係がない場合には、従来の産業・組織心理学の中心となる分野に力を入れて第7章から第9章のいずれかを省略する場合もあるだろうし,教員の専門によっては第11章を省略することもあり得るだろう。また第14章の内容は,日本心理学会が提示している公認心理師科目の標準シラバスに求められる内容ではあるが,厳密には心理学が扱う内容を超えている。
読者が大学生である場合にも社会人である場合にも,実社会での応用力を向上されることを祈ってやまない。
なお、本書のタイトルである『基礎から学ぶ産業・組織心理学』の“基礎”の意味であるが、1つには基礎となる古典的な原理や理論から出発して組織現象を考える構成にしたということと、筆者が産業界での仕事の中で実際に体験し、見聞きした事柄を具体的な基礎として,産業・組織の一般的な心理的問題を扱うという2つの意味がある。この2つの点が本書の特徴である。

5. 公認心理師科目のテキストとして使用する場合の留意点

日本心理学会による「公認心理師大学カリキュラム標準シラバス」(2018年8月22日版)での大項目(科目に含まれる事項)と小項目(含むべきキーワードの例)はすべて網羅している。また、各章のはじめにその章で扱うキーワードを提示するとともに本文中ではアンダー・ラインをひいている。しかし,中項目(各回の授業タイトルの例)どおりの章立てにはしていたい。その理由は,中項目の分類どおりに授業を進めようとすると各回の授業の内容が完全に独立したこま切れの内容になってしまうからであり、産業・組織心理学の全体像がみえにくくなってしまうと思えたからである。そのために、章立てはあらためて編成しなおしている。

幸田 達郎 (著)
出版社 : 勁草書房 (2020/9/30)、出典:出版社HP

目次

はじめに

第1章 産業・組織心理学とは何か
1. 産業・組織心理学以前
2. 産業・組織心理学の発展
3. 現在の産業・組織心理学の対象
4.組織と環境
5. 産業・組織心理学の目的と方法
6. 産業・組織心理学における倫理的姿勢

第2章 パーソナリティと適性
1. パーソナリティとは何か
2. パーソナリティと適性
3. パーソナリティの理解と理論
4. 静態論的な立場(類型論と特性論)
5. 動態論的な立場(発達と学習の視点)
6. それ以外の考え方

第3章 職務満足とワークモチベーション
1. 満足を求めることとモチベーション
2. 動機づけ要因と衛生要因
3. X理論・Y理論
4. モチベーションが起こるさまざまな要因
5. 達成動機・パワー動機・親和動機
6. 欲求五段階説
7. 様々な内的要因による動機づけ
8. モチベーションが作用するプロセス
9. モチベーションの生起と維持のメカニズム
10. 公平さとモチベーション
11. 外的報酬とモチベーション

第4章 組織でのコミュニケーションと意思決定
1. 組織からの要求と納得の心理的調整
2. 周囲との関係
3. 集団の性質と集団の力
4. 集団内の行動とコミュニケーション
5. 集団間の摩擦
6. 組織での仕事におけるコミュニケーションと意思決定

第5章 組織文化と組織変革,および企業倫理の改善
1. 組織文化
2. 職場における文化
3. 日本的経営
4. 強い企業の組織文化
5. 企業の変革
6. 文化の変革とその障壁
7. 組織文化とコンプライアンス
8. 不祥事を防ぐ

第6章 リーダーシップと組織
1. 組織行動をみる視点としてのリーダーシップ理論
2. リーダーシップと組織風土,およびモチベーションとの関係
3. リーダーシップの発揮への2つの方向からの視点
4. リーダーシップの源泉となる力
5. リーダーシップへのさまざまなアプローチ
6. リーダーの全体的な役割

第7章 社会的変化と人事制度
1. 生活保障的な意味あい
2. 生活保障からの転換のこころみ
3. 目標管理の導入と歴史
4. 目標管理の運用の背景と理論
5. 成果主義

第8章 人事制度の仕組みと運用
1. 採用
2. 配属
3. 職能と昇給・昇進
4. 職能主義から職務主義への転換
5. 賞与などの処遇
6. 人事異動
7. 福利厚生と退職管理

第9章 能力や仕事の評価
1. 人事のアセスメント
2. 多面的なアセスメントの手法
3. コンピテンシー
4. 実務上の人材評価
5. 上司からの日常の評価
6. 上司による考課での注意点と理論的背景
7. 人事考課にかかわる日々の活動

第10章 職業上のキャリアについての心理的問題
1. キャリアに対する視点
2. パーソナリティからのアプローチ
3. 発達からのアプローチ
4. 学習からのアプローチ
5. キャリア予測の難しさと理論的な問題
6. キャリアを財産として考えること
7. キャリアカウンセリング

第11章 消費者行動とマーケティング
1. 消費者行動
2. 消費者心理
3. 消費者行動に心理的影響を与える要因
4. 商品提供者の側の視点
5. 消費者への対応
6. ブランドと消費者
7. 消費者をとりまく環境
8. プロダクト・ライフサイクルと競争戦略

第12章 作業改善と産業の発展
1. 産業の発展の中での作業改善
2. 効率低下防止の考え方
3. 科学的管理法
4. 科学的管理法以前
5. ヘンリー・フォードとモダンタイムス
6. ホーソン実験

第13章 産業・組織の中のストレスと現場での援助
1. ストレスとは
2. メンタルヘルス
3. 産業分野での専門的な心理学的援助
4. 専門家による心理学的援助の方法と手順
5. 現場での上司からの心理的支援
6. 現場での心理学的面談の進め方
7. 現場での心理学的面談ですべきこと
8. 面談の内容

第14章 労働関連の法律と施策
1. 産業・組織で働くことに関連する基本的な契約と法律
2. 精神的に安全で豊かな職場環境に向けた取り組み
3. 日本社会の傾向のなかでの産業・組織心理学

引用文献
人名索引
事項索引

幸田 達郎 (著)
出版社 : 勁草書房 (2020/9/30)、出典:出版社HP