フェイクニュースに震撼する民主主義‐日米韓の国際比較研究‐

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フェイクニュースの実態とその影響

日米韓の三国が政治的なフェイクニュースによって、民主主義がいかに影響を受けたか論究しています。情報が溢れ出る今の社会の中で私たちはどのような対策を講じることができるのか、今後を生き抜くための知見が得られる1冊です。

清原聖子 (著), Diana Owen (著), 高 選圭 (著), 李 洪千 (著), 小笠原盛浩 (著), 奥山晶二郎 (著), 松本 明日香 (翻訳)
出版社 : 大学教育出版 (2019/10/20)、出典:出版社HP

目次

序章 フェイクニュースに震撼するポスト・トゥルース時代の民主主義
清原聖子
はじめに
1. フェイクニュースの定義
2. 欧米諸国におけるフェイクニュースの拡散と深まる社会の分断
(1)アメリカの諸相
(2)ヨーロッパ諸国における諸相
3. 本書の狙いと特徴
4. 本書の目的と構成

第1章 アメリカ政治における 「フェイクニュース」の進化と影響
ダイアナ・オーエン、(訳)松本 明日香
はじめに
1. 「フェイクニュース」とは何か?
2.「フェイクニュース」についての一般の認識
3. フェイクニュースとメディアの偏りについての一般の関心
4. フェイクニュースの問題
5. ニュースに見られる偏り
6. ソーシャルメディアと「フェイクニュース」の新時代
7. 選挙におけるソーシャルメディアとフェイクニュース
8. 民主主義への脅威
9. 民主主義への脅威としてのフェイクニュースについての一般の認識
おわりに

第2章 アメリカにおけるフェイクニュース現象の構造とその対策の現状
清原 聖子
はじめに
1. メディア環境の変化
(1) メディアの分極化
(2) メディアの信頼度の低下
(3) ソーシャルメディアが主要な政治情報源に
2. オンライン政治広告に焦点を当てたフェイクニュース対策
(1) 連邦選挙委員会での検討49
(2) 連邦議会での検討
(3) プラットフォーム事業者の自主的な規制の導入
3. ファクトチェッカーへの期待
(1) FactCheck.org
(2) ポリティファクト
(3) フェイスブック・イニシアティブへの協力
おわりに

第3章 2017年韓国大統領選挙におけるフェイクニュースの生産・拡散ネットワークと政治的影響力の分析
高 選圭
はじめに
1. フェイクニュースの定義と範囲
2. メディア環境の変化と投票政党の分極化
3. 韓国におけるフェイクニュースの作成や拡散ネットワーク
4.2017年の大統領選挙でのフェイクニュース事例
5. フェイクニュースの流通ネットワークと影響
おわりに

第4章 韓国におけるフェイクニュースの規制の動き
李 洪千
はじめに
1. 韓国のフェイクニュースの概念
2. 規制論の登場背景
3. フェイクニュース対策特別委員会の設置案
4. 政府の法的規制の計画
5. 規制法案
6. 法的定義
7. プラットフォームに対する責任と義務
8. メディアに対する責任を強化
9. ガチャニュースに関連する政府の対策
10. メディアリテラシー教育
おわりに

第5章 日本の有権者はいかにニュースをフェイクと認識したか
―2017年衆院選における「フェイクニュース」の認知―
小笠原 盛浩
1. 海外および日本のフェイクニュース概況
2. 先行研究レビュー
(1) 「フェイクニュース」の分類
(2) フェイクニュース研究の操作的定義
(3) フェイクニュース研究の操作的定義の問題点
(4) リサーチクエスチョンと仮説
(5) 2017年衆院選の概況
3. 方法
(1) 調査概要
(2) 尺度
4. 結果
(1) ニュースのフェイク認知概況
(2) ニュースのフェイク認知と情報源
(3) ニュースのフェイク認知と内閣・政党支持、政治関心
(4) フェイク認知されたニュースの内容
5. 考察

第6章 ウェブメディア運営者の視点から考察する日本におけるフェイクニュース拡散の仕組み
奥山 晶二郎
はじめに
1. メディアが目指したデジタル上のパッケージ
2 ニュースプラットフォームの存在感
3. ウェブメディア編集者が気にするヤフーニュース
4. ニュースプラットフォームが成長した理由
5. デジタル空間における流通の難しさ
6. SNSの「ねじれ」現象
7. 政治家の発言だけがフェイクニュースか
8. ファクトチェックをフェイクニュースにしないために

第7章 鼎談
米韓との比較から見る 2019年参院選におけるフェイクニュース
清原 聖子・小笠原 盛浩・李 洪千
あとがき
索引
執筆者紹介

序章
フェイクニュースに震撼するポスト・トゥルース時代の民主主義
清原 聖子

清原聖子 (著), Diana Owen (著), 高 選圭 (著), 李 洪千 (著), 小笠原盛浩 (著), 奥山晶二郎 (著), 松本 明日香 (翻訳)
出版社 : 大学教育出版 (2019/10/20)、出典:出版社HP

はじめに

フェイクニュースという言葉を読者の皆さんが初めて聞いたのはいつだったろうか。学生とのディスカッションを通じて、年々フェイクニュースという言葉が大学生の間で周知されてきたと筆者は実感している。
この言葉が世界的に広まったきっかけは、2016年アメリカ大統領選挙であった。身近なところでは、2018年10月20日、27日には、『フェイクニュース』というタイトルのNHK土曜ドラマが放送された。ドキュメンタリーではなく、「ドラマ」というところで興味を持ちやすかったのか、筆者の授業を履修している学生の中にも同ドラマを見て、フェイクニュースの社会的な影響に関心を持ったと話す者が何人かいた。
また、大学3年生を対象とする筆者のゼミナールでは2017年9月~2018年1月の秋学期、フェイクニュースを見分ける目を養うことを目的に、ジャーナリストとフェイクニュースの調査を行うプロジェクトを実施した。数か月の調査を経て、ゼミ生たちは、オンライン上の情報にだまされないように、自分自身で情報の信憑性を確かめることや怪しい情報をうかつにシェアしないことが重要である、という心構えができた。そうした影響もあってなのか、翌年の彼らの卒業論文は7本中3本がフェイクニュースの対策を論じるものであった。筆者のゼミナールでは卒業論文のテーマは学生が決めるので、同じテーマを複数人が選ぶというのは珍しい。
ただ、どこかでフェイクニュースという言葉を聞いたことがあるというの生は筆者の周りで増えていると感じるものの、「フェイクニュースとは何か!という問いに答えるのはそれほど簡単ではないようである。辞書的な意味では、オーストラリアのマッコーリー辞典が2016年の言葉として選んだ定義に、フェイクニュースは「政治目的やウェブサイトへのアクセスを増やすために、ウェブサイトから配信される偽情報やデマ。ソーシャルメディアによって拡散される間違った情報」とある。しかし、それでフェイクニュースの定義が定まっているとは言い難い。

1.フェイクニュースの定義

アメリカの非営利調査機関であるピュー・リサーチ・センターの調査(2016)によれば、2016年アメリカ大統領選挙キャンペーン中に、「フェイクニュースが基本的な事実や時事問題について大いに混乱をもたらしている」と答える人が回答者の64%に上った。また、イギリスのブロードバンド・ジェニーとワン・ポール社による世論調査(2017)では、EU離脱を巡る2016年の国民投票でフェイクニュースが何らかの影響を与えたと回答する人が全体の42%に上った。欧米の民主主義国家では、フェイクニュースの拡散が民主主義を脅かすのではないかと懸念が広がっている。
フェイクニュース発祥国のアメリカでは、フェイクニュースはもともとパロディニュース番組を指した。それが2016年大統領選期間中に、広告収入を得たクリエーターによって作られた情報で、有権者のイデオロギー的バイアスに入り込んだ政治的フィクションを指すようになった(Owen,2017:176)。また、2016年の大統領選挙における有権者の投票行動にフェイクニュースが及ぼした影響を分析したアルコットとゲンツコウ(2017)は、フェイクニュースとは故意に捏造されたニュース記事を含め、読者を欺くうその記事と定義した。
日本国内でも、これまでにも選挙や災害時の情報の中には、デマや事実と違ったうわさ・誤情報がたびたび問題になってきた。それと同じではないか、と思われるかもしれない。確かに共通点もあるが、昨今使われるフェイクニュースいう言葉には、不注意で共有された誤情報(micinformatin)と切り分けて、人々を欺くために作られて共有された偽情報(disinformation)という考え方がある(Wardle,2017)。それは、2017年2月に「ファースト・ドラフト」のリサーチディレクター、クレア・ワードル(Claire Wardle)が発表した、誤情報と偽情報についての類型化である。
「ファースト・ドラフト」は、設立当初はグーグル・ニュース・ラボに支援を受けた組織だったが、2017年10月からはハーバード大学ケネディ行政大学院のメディア・政治・公共政策に関するショーレンスタインセンターの中で、オンライン上の偽情報に関する調査を行うプロジェクトになっている。コンドルの分類では、フェイクニュースは、だまそうとする意図の程度によって、以下のように7つのパターンに分けて考えられる。

①「だます意図がない」風刺・パロディ
②見出しや画像、キャプションがコンテンツと関係のない「誤った関連付け」をされた情報
③ある物事や人物について「誤解させるコンテンツ」
④正しいコンテンツが間違った情報とともに提供される「誤ったコンテクスト」
⑤「なりすましコンテンツ」
⑥「操作されたコンテンツ」
⑦だますことや損害を与える目的で100%虚偽のコンテンツを作り出した「捏造コンテンツ」

しかし、フェイクニュースの概念はほかにもある。アメリカのドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領が自分に敵対的な報道を行うメディアに対して「フェイクニュース・メディア」とレッテルを貼って攻撃するように、内容の真偽はともあれ、自分の好まない情報をフェイクニュースと決めつけるような使われ方もされている。
そこで、イギリス下院のデジタル・メディア・文化・スポーツ委員会は「偽情報(disinformation)とフェイクニュース:最終報告(2019)」において、フェイクニュースの代わりに、偽情報という言葉を用い、偽情報とは「危害を与える目的、あるいは政治的、個人的、金銭的な利益のために、オーディエンス欺き誤解を招くことを目的として、誤った、もしくは、操作された情報の音的な作成および共有」であると定義した(House of Commons Digital, Culture Media and Sport Committee, 2019:7)。
このようにフェイクニュースの概念は、国によっても少しずつ異なるし、一国の中でも次第に変化している。フェイクニュースの対策を法律による規制で行おうとすれば、法的制裁は表現の自由を萎縮させることにつながる恐れがあり、定義や対象を明確にすることが重要である。それには慎重な議論が必要である。
また、これまでのデマとの違いとして、偽情報の生成・拡散経路と、シェアされるスピードの速さが挙げられる。ソーシャルメディアが普及したことで、従来と違ってデマや事実と違ったうわさは特定のコミュニティの枠内での交換にとどまらなくなった。フェイクニュースは、フェイスブック(Facebook)などの「友達」ネットワークに乗り、ボーダーレスに拡散される。ヴォスーギら(2018)の研究では、2006年から2017年までのツイッター(Twitter)分析を行い、偽情報は正しい情報よりも速く、遠くへ拡散されやすいという結果が示された。
今や我々の主要な情報源は従来のマスメディアからソーシャルメディアへと変わりつつある。これはアメリカ、韓国、日本で共通している。詳しくは各章の説明に委ねるが、とりわけ若者の間でその傾向が強い。筆者の教える大学1年生に聞くと、LINEニュース(LINE NEWS)やスマートニュース(Smart News)でニュースを見ると答える者が増える一方で、新聞離れが進んでいる。
総務省情報通信政策研究所の「平成28年情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によると、ソーシャルメディアによるニュース配信の利用率が全年代では前回調査の14.2%から32.5%に大幅に増加し、テキスト系ニュースサービスにおいて、ソーシャルメディアによるニュース配信の存在感が高くなった。20代では、ソーシャルメディアによるニュース配信を最もよく利用すると答えた割合が59%であるのに対して、紙の新聞と答えた割合は28.6%となっている(総務省情報通信政策研究所、2017:76)。
一時湖源としてのソーシャルメディアの存在が重要になっている今日の情報社会は「フィルターバブル」と言われたり、あるいは、我々は「エコーチェンバー」の中にいるとも言われる。フェイスブックのニュースフィードやツイッターのタイムラインには、ソーシャルメディアのアルゴリズムによって、ユーザーの個々の嗜好(好きな話題や信条)に合わせて変化するフィルターを通した情報が届く。一見すると膨大な情報の中から我々が何を望んでいるのかに合わせて、必要な情報だけを取捨選択して届けてくれることは便利なようでもある。政府が情報を検閲したりコントロールしたりしているわけではないのだから良いではないか、と思うかもしれない。
しかし、サンスティーン(2017)は、「エコーチェンバーは人に偽情報を信ドさせる可能性があり、それを訂正するのは困難もしくは不可能かもしれない」と指摘した(Sunstein,2017:11)。さらに、「インターネットによって、同じ考えを持つ者同士が言葉を交わすことが容易になり、究極的には過激で暴力的な立場へと彼らを向かわせるかもしれない」と述べ、「インターネットは集団分極化の大きなリスクを生む」と警鐘を鳴らした(Sunstein,2017:259)。

2.欧米諸国におけるフェイクニュースの拡散と深まる社会の分断

2016年アメリカ大統領選挙を皮切りに、欧米諸国ではフェイクニュースの拡散によって、社会に混乱が生じ、選挙に影響が出るという懸念が強まっている。ここではアメリカ、ドイツ、フランス、イギリスのフェイクニュース問題を巡る諸相をまとめておきたい。

(1)アメリカの諸相

2008年の大統領選挙で、上院議員を1期しか経験していない民主党のバラク・オバマ(Barack Obama)候補が「チェンジ」を掲げて、ソーシャルメディアを駆使した画期的な選挙キャンペーンを展開して以来、アメリカでは多くの候補者が積極的にソーシャルメディアを選挙キャンペーンに活用してきた。イターネットやソーシャルメディアを使った選挙運動は、新たな「公共圏」を生み出すのではないか、という期待も高まった。公共圏とは、ドイツの政治学者ユルゲン・ハーバーマスの言葉で、参加者が平等な立場で討論に参加。き、国家や社会の問題を自由に論じることができる熟議の場、という意味である(清原・前嶋、2013:ii)。
2016年の大統領選挙では、政治家経験のない、共和党のトランプ候補が既存の政治エスタブリッシュメントを強く批判し、ツイッターを巧みに使って選挙キャンペーンを有利に進めた。トランプ・キャンペーンは、既存の政治を壊し、新しい政治を作り出すという政治の新旧交代を主張した点、そして、ソーシャルメディアを活用して自らのファン層に共感を呼び起こす選挙運動を展開した点からすれば、オバマ・キャンペーンと変わらない。だが、残念ながら、2016年の大統領選挙では、ソーシャルメディア空間は新たな「公共圏」を生み出すどころか、冒頭で述べたように、フェイクニュースの嵐が吹き荒れる場所となった。
そして、「ポスト・トゥルース」という言葉が2016年の言葉としてオックスフォード辞典に選ばれた。同辞典によれば、この言葉は「世論形成において客観的な事実の影響力が弱まり、個人的な信念や感情に訴えることがより重要な状況」を指す。2016年の大統領選挙キャンペーン中にポリティコ(Politico)の編集長であったスーザン・B・グラッサー(Susan B. Glasser)(2016)は、この選挙によって、同じ考え方を持つ者同士のクラウドの渦の中に我々が暮らしていること、そして、フェイスブックのニュースフィードに害をなす党派的なフェイクニュースに囲まれていることが示されたと嘆いた。
グラッサーが悲観する状況は選挙が終わっても続いている。2017年1月に就任したトランプ大統領は、フェイクニュースにもう1つの概念を付け加えた。既述のように、トランプ大統領は、CNNやニューヨークタイムズなど主流メディア(mainstream media)を名指しで「フェイクニュース・メディア」「アメリカ国民の敵」とレッテルを貼り、自分に敵対するメディアを非難し始めた。トランプ大統領のレトリックによって、フェイクニュースという言葉は、客観的な真実かどうかにかかわらず、自分たちの信じる考え方と相容れない情報を指しても使われている。今や、共和党支持者は主流メディアを信じず、民主党支持者は主流メディアを自分たちの信条を反映したものと見なしており、ほとんどのメディアはアメリカを党派的に分断する役割の一つとなってしまった、という指摘もある(Easley,2017)。アメリカでは、主流メディアすらニュースと非難されるありさまであり、フェイクニュースはいわば
社会の分断を表す象徴的な表現にもなっている。

(2)ヨーロッパ諸国における諸相

ドイツでは、保守系ニュースサイトのブライトバート(Breitbart)が2017年1月3日、「暴露:大みそかの夜、1000人の群衆が警察を襲撃し、ドイツ最士の教会に放火した」という見出しの記事を写真入りで掲載したことを発端に、フェイクニュースが炎上した。この記事は事実を報じたものではなかったが、何千回もソーシャルメディアでシェアされた。地元紙は、これはブライトバーになるフェイクニュースで、難民を危険視するヘイトメッセージを含む捏造記事だと伝えた(The Guardian, 2017)。ブライトバートは、トランプ大統領の首席戦略官を務めたスティーブン・バノンが創設したサイトである。
こうした難民への憎悪をあおるフェイクニュースの拡散が目立つようになり、投稿されたものが削除されずにそのまま掲載されていることが社会で問題視されるようになった。これを受けて、ドイツでは2017年10月、フェイクニュースやヘイトスピーチの速やかな消去を大手ソーシャルメディア企業に義務付けた法律「ソーシャル・ネットワークにおける法執行を改善するための法律(通称NetzDG)」が施行された。これは、フェイスブックなどのソーシャルメディア事業者に、「違法内容削除義務、その義務を果たすための苦情対応手続き整備義務、苦情対応状況の報告義務を課すとともに、これらの義務に対する違反に科される過料について定めたもの」である(鈴木、2018)。
フランスでは2017年に大統領選挙が行われた。選挙は、極右のマリーヌ・ル・ペン(Marine Le Pen)候補と、中道のエマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)候補の間で争われた。事前にアメリカの国家安全保障局(National Security Agency)のマイケル・ロジャーズ(Michael Rogers)局長が議会の上院軍事委員会の公聴会において、アメリカはロシアの動きを監視しており、ハッカーがフランスの選挙インフラに侵入しようとしている、と警鐘を画していた(NG,2017)。予想通り、マクロン候補に関する醜聞の捏造や偽プロフィールがフェイスブックなどのソーシャルメディアで拡散されたが、マクロンの選挙陣営のサイバー対策チームは事前対策を練っていた(福田、2018.157-158)。
結果的にフェイクニュースの嵐に負けることなく、マクロン候補が当選したが、選挙へのフェイクニュースの影響が懸念されたことで、2018年1月に入って、マクロン大統領は、選挙期間中のフェイクニュースを規制する立法化の意向を示した。それに対し、極右政党のル・ペン党首はすかさず、「国民に口説をつけて、それでもフランスは民主主義国家といえるのか。非常に心配だ」とツイッターで反撃を行った(Reuters,2018)。フェイクニュースの規制を政体が導入するべきかどうか、世論は割れていた。結局2018年11月に成立した法律では、選挙前3か月の間にオンライン上で偽情報が拡散されることを防ぐ目的で、候補者や政党からの申請に基づき判事が速やかに判断を行い、該当記事の削除命令を下すことができるとされた(Fiorentino,2018)。
さらにイギリスでも、フェイクニュースの拡散で選挙情報が混乱した事件が起きた。たとえば、2016年のEU離脱を巡る国民投票直前には、公共放送のBBCのブレイキング・ニュースの偽画像に続いて、「EU残留に投票する人は6月23日に投票できる。離脱に投票する人は6月24日に投票できる」という偽情報がオンライン上で出回り、EU離脱キャンペーンを行っていたボート・リーブ(Vote Leave)は公式ツイッターでそれがフェイクニュースだと支持者に警告しなければならない事態が起きた(Smith,2016)。
2017年の総選挙では、保守党が労働党のコービン党首に対するネガティブキャンペーンを展開する中で、フェイクニュースを流した。保守党はコービン党首を批判する動画を制作したが、そこで使われた動画はスカイニュースでコービン党首が答えた一部を切り取ったもので、情報操作されたコンテンツであった。保守党はフェイスブックのニュースフィードに「6月9日、この人が首相になるかもしれない。そんなことにはさせない」というサブタイトルをつけて、この動画を入れ込み、拡散させた(Booth, Belam and McClenaghan, 2017)。
また、イギリス下院のデジタル・メディア・・文化・スポーツ委員会は2018年7月29日、「偽情報とフェイクニュース:暫定報告」において、2016年の国民投票および2017年の総選挙に関して、ロシアが介入したフェイクニュースがソーシャルメディアで拡散されたと指摘した。同報告書では、党派性の強いフェイクニュースが対立をあおるものとして、偽情報を積極的な脅威と見なしている(House of Commons Digital, Culture, Media and Sports, Committee, 2018:3)。

3.本書の狙いと特徴

このように欧米の民主主義国家においてフェイクニュース拡散問題が深刻化する一方で、東アジアの民主主義国家ではどうだろうか。本書の狙いはそこにある。海外のフェイクニュース研究は言葉の壁もあるのか、欧米偏重である。国内のフェイクニュース関連の書籍では、平(2017)は、2016年のアメリカ大統領選挙を観察する過程で著者が注目することになった、アメリカで起きたフェイクニュース問題について紹介した。藤代(2017)は、不確実な情報や非科学的な情報、デマを「偽ニュース」と呼び、日本でも「偽ニュース」が広がっている点を指摘した。さらに、林(2017)はメディア不信の観点から日本、アメリカ、イギリス、ドイツにおけるフェイクニュースの状況を説明し、揺らぐ民主主義について論じている。福田(2018)はロシアによるフェイクニュースの影響を指摘し、アメリカ、イギリス、ドイツに加えてEUにおけるフェイクニュースの状況とその対策について解説した。また遠藤(2018)は、日本、アメリカ、ドイツ、フランスのフェイクニュースの状況を紹介した上で、「公共圏」となることを期待されたソーシャルメディア空間はもはや「公共圏」どころか、フェイクニュースが蔓延するところとなり、それによって、文明そのものの危機が訪れると指摘した。
国内ではフェイクニュースに関連した新書が多く出版されているが、海外に比べると学術的な分析は少ない。そして国内でも欧米の事例紹介が圧倒的に多い。アメリカを中心に、日本、イギリス、ドイツ、フランスのフェイクニュース現象を解説した書籍はあるものの、そこに韓国を比較対象に加えた書籍は見られない。したがって、本書が、国内外のフェイクニュース研究でこれまで手薄だった、日本、アメリカ、韓国の比較という視点を加えることは、今後、日際的なフェイクニュース研究に資する点が大きいと考えられる。日本と比べ、アメリカ、韓国には、インターネットを使った選挙運動が早くから開花したという共通点がある。
アメリカでのインターネットを使用した選挙運動(以下、ネット選挙運動し略記)といえば、2008年の大統領選挙で、ソーシャルメディアを巧みに活用した民主党のオバマ候補の選挙キャンペーンが今も多くの人の記憶に残っているだろう。しかし、アメリカではそれよりずっと以前、2000年の大統領湿挙で共和党のジョン・マケイン(John McCain)候補陣営のインターネットを使った選挙資金調達が際立っていた。この大統領選挙は「インターネットが選挙キャンペーンに関して候補者と有権者の相互関係に新しい流行を開いた」と評価されている(清原、2011:3)。
一方、韓国ではそれから2年後、廬武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が誕生したが、韓国の2002年の大統領選挙は、「インターネットが大統領を作った」と考えられている(李、2011;高、2013)。さらに2011年ソウル市長補欠選挙でも、ツイッターは候補者と有権者の間の政治コミュニケーションを担う主な媒体となった(高、2013)。
アメリカ、韓国に対して、遅蒔きながら日本がネット選挙運動を解禁したのは、2013年の公職選挙法の一部改正による。それによって、ようやく政党、候補者、有権者は、選挙期間中に選挙運動を目的としたウェブサイトの更新やソーシャルメディアへの投稿などが可能になった。ただし、電子メールを用いた選挙運動は政党、候補者に限定されるなど、規制は残っている。日本で初のネット選挙運動が行われたのは、2013年の参議院議員選挙であった。
また、日本、アメリカ、韓国の比較という視点に加えて、本書のもう1つの特徴は執筆者の構成にある。清原聖子、ダイアナ・オーエン、小笠原盛浩および李洪千は2018年に、日本、アメリカ、韓国、台湾におけるネット選挙運動の比較研究として、”Internet Election Campaigns in the United Staates、Japan and Taiwan”(Kiyohara, Maeshima and Owen編著)を上梓した。また、清原(主査)と李(幹事)は情報通信学会のインターネット政治研究会におおいて、2018年1月から2019年6月までにフェイクニュースをテーマにした研究会を5回開催した。インターネット政治研究会では、高選圭、奥山晶二郎もフェイクニュースに関する報告を行った。本書では、これまでネット選挙運動について国際共同研究を行ってきたメンバーが中心となり、新たにフェイクニュース問題に照準を合わせて、インターネット政治研究会での議論を積み重ねて執筆された学術書である。

4.本書の目的と構成

次に本書の目的と構成について述べたい。本書の目的は第1に、フェイクニュース拡散問題の発生源となったアメリカの状況と比較して、日本における2017年の衆議院総選挙と、韓国における2017年の大統領選挙を事例として、3か国のフェイクニュース現象を明らかにすることである。第2に、その現象の構造的な要因について、比較政治学の視点から、3か国のメディア環境の変化と政治環境の特徴に焦点を当てて検討する。第3に、フェイクニュースの渦から完全に逃れることができない中で、我々はどのような対策を講じることが可能なのか、現在進んでいる対策を踏まえて今後の展望を論じていきたい。本書が議論の対象とする期間は、2016年のアメリカ大統領選挙から2019年の日本の参議院議員選挙までである。以下、本書の構成である。
第1章(担当:ダイアナ・オーエン、(訳)松本明日香)では、著者が主導しジョージタウン大学メディア政治調査グループが実施したフェイクニュースに対する大衆の態度に関するオンライン調査をもとに、アメリカ政治におけるフェイクニュースの概念の変化を明らかにした。そして、アメリカのエリート層と大衆はフェイクニュースを民主主義への脅威であると見なしていると述べる。第2章(担当:清原聖子)では、初めに、なぜアメリカではフェイクニュースが大きな問題になっているのか、その背景を理解する手がかり、ディア環境の変化について明らかにした。続いて、フェイクニュースの題に対し、政府、プラットフォーム事業者、非営利団体の3つの主体(アクター)別にどのような対策が取られているのか、現状を検討する。
第3章(担当:高選圭)は、2017年の韓国大統領選挙の過程で、フッニュースが誰によって作られ、流通・拡散されたのか、その手段となる。アやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)は何か、そして、宝選挙結果へ与えたフェイクニュースの影響はどれほどのものなのか、という題を分析した。さらに、韓国の政治や選挙がフェイクニュースによって左右される背景やそのメカニズムについて、メディアの分極化と政治の分極化の間の相互関係に着目して検討する。
第4章(担当:李洪千)は、2017年以降活発化しているフェイクニュースを規制しようとする韓国社会の動きを紹介している。フェイクニュースを法律で規制することによって、サービスの利用者、プラットフォーム事業者、メディアそれぞれに対してどのような影響が考えられるかを考察し、法的規制導入の問題点を指摘する。
第5章(担当:小笠原盛浩)は、ニュースの受け手がなぜそのニュースを「フェイク」と認知したのかという問いに着目し、著者が清原聖子と共同で実施した2017年の衆議院議員選挙時のオンラインアンケート調査結果をもとに、日本社会におけるフェイクニュース(ニュースのフェイク認知)の現況とそのリスクについて分析した。
第6章(担当:奥山晶二郎)では、新聞社のウェブメディアを運営する当事者の立場から、日本におけるフェイクニュース拡散の構図について、その構造的な問題の起源と対策を考える。そして、フェイクニュースの拡散につながる現在のデジタル空間における情報流通の仕組みを生み出した要因の一つには、新聞社など既存メディアのデジタル化の遅れがあったと指摘する。
最後に第7章では、2019年7月の参議院議員選挙を総括して、アメリ韓国との比較という視座から、日本におけるフェイクニュース現象と今後検討しなければならない課題について、清原聖子、小笠原盛浩、李洪千の3人が鼎談を行った。
ポスト・トゥルース時代に生きる我々は、ソーシャルメディア空間とどのように付き合えばよいのか。どうすればフェイクニュースの渦の中で民主主義を維持していくことができるのか。各章は独立した目的を有するが、本書は、この問いを全章を通じた検討課題としたい。
鼎談では、2019年の参議院議員選挙を振り返りながら、本書で取り上げた論点について、包括的に議論を行う。
フェイクニュース対策としては、政府による規制の導入やプラットフォーム事業者による自主規制の実施、メディアや非営利団体によるファクトチェック、そして若者のメディアリテラシー教育の充実など様々な手段を複合的に考えていく必要があるだろう。ゆえに、本書は、研究者のみならず、メディア関係者、政治家、官僚、そしてソーシャルメディアを主要な情報源としている若者を含む幅広い層を読者に想定している。フェイクニュースの拡散は日本の選挙をどのように変えるのか。そして今後、日本の民主主義社会にどのような影響を与えるのだろうか。アメリカ、勧告との比較から、本書がその展望を洞察する助けとなれば望外の喜びである。

清原聖子 (著), Diana Owen (著), 高 選圭 (著), 李 洪千 (著), 小笠原盛浩 (著), 奥山晶二郎 (著), 松本 明日香 (翻訳)
出版社 : 大学教育出版 (2019/10/20)、出典:出版社HP

参考文献

【外国語文献】

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清原聖子 (著), Diana Owen (著), 高 選圭 (著), 李 洪千 (著), 小笠原盛浩 (著), 奥山晶二郎 (著), 松本 明日香 (翻訳)
出版社 : 大学教育出版 (2019/10/20)、出典:出版社HP