STARTUP―アイデアから利益を生みだす組織マネジメント―

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事業家に必要なマインドセット

企業したはいいものの、まったくうまくいっていない主人公。彼は出場したポーカー大会で一流の起業家と出会い、起業家のいろはを教わる、という物語になっています。ポーカーと起業の類似性に絡めて、起業の際に大事な点をストンと落ちる形で説いた良書です。

ダイアナ・キャンダー (著), 牧野洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2017/8/25) 、出典:出版社HP

序文

私が二〇〇五年に『アントレプレナーの教科書』(邦訳、翔泳社刊)を世に出して以来、客観的事実を重視する実証的起業論―エビデンスベースト・アントレプレナーシップ―の分野で多くのことが起きた。同書の中で私は「スタートアップは大企業の小型版ではない」「投資家の伝統的アドバイス―事業計画を作って実行せよ―は間違い」と指摘した。スタートアップで実際にやらなければいけないのは、ビジネスモデルを探し出すことであって事業計画を実行することではない。
過去十年を振り返ると、同書の中で紹介した概念は国際的な「リーンスタートアップ(最低限のコストで効率的に起業するためのマネジメント手法)」運動へと発展した。カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)、スタンフォード大学、コロンビア大学、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の各校で私が授業の一環として導入している教育プログラム「リーンローンチパッド」を見てみよう。今では全世界で数百校に上る大学で採用されており、二十五万人以上の学生の間でオンライン受講されている。全米科学財団(NSF)が設立した「イノベーション・コア(通称IICorps)」は、科学の商業化プロジェクトの一環として「リーンローンチパッド」を使っている。
大企業さえも変化している。市場環境が激変するなど絶え間ないショックに見舞われて、継続的なイノベーションを起こす必要性に迫られているからだ。そんななか、大企業はスタートアップのようになろうとして、新しいアイデアの検証に大きな価値を見いだし始めている。
とはいっても、やるべきことはまだ多く残っている。起業家を志望していながら実証的起業論を理解していない人は数十万人にも上る。ここにこそ『STARTUPアイデアから利益を生みだす組織マネジメント』の価値がある。
本書はリーン手法について抵抗感なく読めるように書かれている。ダイアナ・キャンダーは単純でありながらも強烈で印象的な物語(小説)を書き、読者の共感を呼ぶような工夫をしている。この物語を読むことで読者はリーン手法を理解するのである。
実証的起業論の分野では「ハウツー」に焦点を当てた本は多数ある。『スタートアップ・マニュアル』『リーン・スタートアップ』『ビジネスモデル・ジェネレーション』などだ。しかし、『STARTUP』はちょっと違う。「ハウツー」ではなく「なぜ」に主眼を置いている。まずはスタートアップの実践現場で苦悩する主人公オーエン・チェースの物語を描いている。従来型の起業手法ではなぜうまくいかないのか示すためだ。続いてオーエンの学習プロセスに焦点を移していく。リーン手法によってなぜよりスピーディーに、より効率的に起業できるようになるのか見せるためだ。
新商品の開発や新事業の立ち上げに興味を持つ人たちにとって、本書は必読書である。

スティーブ・ブランク

ダイアナ・キャンダー (著), 牧野洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2017/8/25) 、出典:出版社HP

トム・リューエからの手紙

教育のツールとして物語は強力である。伝統的な教育手法以上に脳を活発化させるからだ。われわれは教科書を読んだり講義を聞いたりするとき、脳の言語処理機能を使って言葉を翻訳している。しかし、小説を読むときは違う。われわれの脳はフル回転している。まるで小説の中に入り込んで自分自身で物語を体験しているかのように反応している。物語を個人的な体験に関連付けているのだ。
このようにして吸収した知識は自分の体験と結び付いて記憶に定着しやすい。だからこそ私は『STARTUP』にわくわくしている。ダイアナ・キャンダーは現代起業論の原則を教えるために小説形式を採用したのである。結果は素晴らしいの一言だ。
過去十年で起業をめぐる科学は大きく進化した。われわれはスタートアップの失敗を大幅に減らす方法について多くの知識を吸収した。しかしながら起業家にきちんと伝授できていなかった。起業家こそ最新科学の成果を必要としているにもかかわらず、われわれが得た知識を継承していなかった。これからは違う。
アイデアを事業化して利益を生み出す―このような起業プロセスを理解するうえで本書は最適である。ダイアナは起業家を目指す人にとって不可欠な基本概念を説明するために、本書の中でフィクションを巧みに使っている。同時に、真新しい事業を立ち上げようとする起業家の悲喜こもごもについてもカラフルに描いている。読者はジェットコースターのように波乱万丈な人生を送る起業家に感情移入しつつ、最新科学に裏付けされた起業プロセスを学ぶのである。
本書の物語は、人生初のスタートアップを立ち上げたアマチュア起業家の視点で進む。最初の起業で学んだ教訓を生かしてやり直すことができたらいいのに―このように思う起業家は多いはずだ。そこで本書の出番となる。本書は起業家が直面するさまざまな困難について、事業ばかりか私生活の面も含めて生々しいエピソードで伝えている。業界の共通語を使ってスタートアップの課題を浮き彫りにしている。読者は安全な場所に身を置いて本書のページをめくっていくうちに、誤ったやり方で起業した場合に何が起きるのかを知るのである。
本書は起業家にとってのロードマップだ。アイデアを事業化するまでのリスクを大幅に減らすためのロードマップである。自分のアイデアについて夢想し続けるのはもうやめよう。事業計画実行に向けて貴重な時間と資金を浪費し続けるのはもうやめよう。とにかく本書を手に取って読んでみよう。そして秀逸なアイデアを生かすために、行動に出るのだ。
(カウフマン財団アントレプレナーシップ担当バイスプレジデント)

ダイアナ・キャンダー (著), 牧野洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2017/8/25) 、出典:出版社HP

目次

序文
トム・リューエからの手紙
はじめに

第1部 人はビジョンを買わない
1 最初の印象で人を判断してはいけない
2 これ以上だましてはいけない
3 営業トークだけでは何も売れない
4 プレーし続けるカギは、どう勝つかではなく、どう負けるか
5 本当のプロは全ゲームで勝負しない
6 スタートアップにとって重要な数字を覆い隠す「バニティメトリクス(虚栄の指標)」
7 遠慮していては助言者は見つからない
8 まずは顧客と顧客ニーズ、自分のビジョンは二の次でいい
9 一か八かは駄目、小さく賭けてチャンスをつかむ
10 新しいことをやるなら専門家でも用意周到な準備が必要
11 人はビジョンを買わない、問題の解決策を買う
12 解決すべき問題を発見したかどうか言えるのは顧客だけ

第2部 仮説で勝負するのは危険
13 幸運を期待するのは戦略ではない
14 仮説の検証に遅過ぎるということはない
15 顧客インタビュー成功のカギは誘導尋問を回避し、オープンエンド(自由回答)型の質問をすること
16 顧客インタビューを上手にこなすには練習あるのみ
17 自分の仮説の誤りに気付くのは、正しさを証明するのと同じくらい重要
18 新しい仮説を検証せずに新しいアイデアにピボット (方向転換)するな
19 運に最も恵まれないときに備えてチップを節約せよ
20 成功する起業家は再挑戦するために、失敗を認め、フォールドし、生き残る
21 アイデアに大金を投じる前に仮説を検証せよ

第3部 正解を知るのは顧客だけ
22 冷静さを保てば運を呼び込める
23 成功する起業家は例外なく成功よりも失敗を多く経験している
24 頑張れば頑張るほど運に恵まれる
25 有望顧客を見つけるチャンスはどこにでも転がっている―探す努力さえすれば
26 緻密なインタビューによって潜在顧客から最高のフィードバックを得る
27 大損しないために「バニティメトリクス」を認識せよ
28 偏頭痛級の問題を見つけるまで顧客インタビューを続けよ
29 偏頭痛級の問題について聞かれると人は語りたくて仕方がなくなる
30 得られた情報の良しあしに関係なく、インタビューは客観的に
31 人が商品を欲していると証明できなければ何をやっても無意味
32 運を呼び込む人はどこに行っても新たな経験を求め、新たなチャンスを見いだす
33 ポーカーでも事業でも運頼みは良い戦略ではない。良い戦略こそが運を呼び込む

第4部 仮説を証明し勝負に出る
34 究極の顧客行動への道のりを最短にせよ
35 不運に備えて蓄えろ
36 恐れて何もしないのは最悪、事業のアイデアを台無しにしてしまう
37 ティルトのときの自分の性向を理解し、対策を取る
38 偏頭痛級の問題に出会ったら、すぐに分かる
39 誤っても、うろたえない
40 小さく賭けて仮説の正しさを検証する、それまでオールインに出るな
41 二度目のチャンスはめったに来ない、一度目のチャンスを逃すな
42 たとえ偏頭痛級の問題を見つけても、解決策作りには警戒心と見直しが必要
43 顧客が商品を欲し、それを実現するビジネスモデルが存在すると証明せよ。それまでオールインは禁物
44 当初のアイデアの良さ(あるいは最初の手札の強さ)は常に相対的なもの

あとがき
訳者あとがき―さらば大企業、こんにちはスタートアップ

ダイアナ・キャンダー (著), 牧野洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2017/8/25) 、出典:出版社HP

はじめに

この本は普通のビジネス書とはまったく違う。ロマンスとサスペンスにあふれているのだ。
なぜか。本書が「語る」ではなく「見せる」を基本にしているからだ。「語る」が教科書だとすれば「見せる」は小説。素晴らしいアイデアをひらめいたら、最終的には事業化して利益を生み出さなければならない。どうしたらそれができるのかを理解するうえで、小説は教科書よりもずっと効果的である。もしあなたが新しい事業を立ち上げようとしていたり、既存の事業で困難に直面していたりするならば、本書の読者としては最適である。
起業家(アントレプレナー)の大半は間違ったやり方で事業を立ち上げている。私自身が起業家であったし、その後は投資家として多くの起業家に接してきたからよく分かる。カウフマン財団上級研究者としての時間も含めれば、私が起業家と一緒に仕事をした時間は累計で数千時間に達している。
データを見るとびっくりしてしまう。スタートアップ(新しい事業領域を開拓するための組織や企業)の圧倒的大多数は失敗するのだ。では、厳しい審査を経て選ばれた最良のスタートアップはどうだろうか。ベンチャーキャピタルなど外部投資家の資金を受け入れたスタートアップのことだ。ここも例外ではない。何と七五%は成功できずに終わる。
なぜこんなに失敗するのか?最初にはっきりさせておきたいのは、スタートアップの失敗とは無関係の要素だ。創業者が情熱を欠いていたり、全力で働く意欲を欠いていたりするから失敗するのか―違う。創業者が自分の貯蓄を投じるのを渋ったり、誰からも出資を仰げなかったりするから失敗するのか―違う。創業者が必要なソフトウエアや製品を作れなかったから失敗するのか―違う。
本当のところ、失敗する起業家の大半は情熱を持って全力で働いている。スタートアップを成功させるために積極的にリスクを取り、何でも試そうとする夢想家である。素晴らしい人たちだ。このような人たちのビジネスモデルが欠陥を抱え、お金を払う顧客が一人も現れないとしたら、スタートアップは失敗する。「当初のアイデアが間違っていた」と悟ったときにはすでに手遅れで、資金は底を突いている。創業者は、すっからかんになってようやく「誰もこの製品(あるいはサービス)を欲しがらない」と気付くのである。
こんなに単純なことなのだ。
では、なぜこんなことになるのか?
必要な人材や資金は十分にあるし、有力起業家や投資家が書いたハウツー本も世の中に多数ある。にもかかわらず、スタートアップがなかなか成功しない理由は何なのか?
起業で失敗する確率を大幅に減らすためには何をするべきなのか?
このような疑問に答えるのが本書の目的である。本書の中心はオーエン・チェースという起業家の物語だ。私は自ら何度も起業してエグジット(持ち株の売却による投資資金の回収)している。一方でカウフマン財団を通じて数百人に上る起業家と一緒に仕事をしてきた。自分自身も含め多くの起業家の実体験を統合して、一つの物語としてまとめた。それがオーエンの物語である。
スタートアップについて学ぶ方法は百万通りある。しかし真に学ぶ方法は一つしかない。起業家自身がスタートアップの失敗・成功を経験することだ。私自身の経験からも断言できる。だからこそ私は教科書ではなく小説を書いた。読者のみなさんは本書のページをめくりながら実際にスタートアップを経験し、貴重な教訓を学ぶ。破産の瀬戸際に追い込まれたり、不安で眠れなくなったりする必要はない。
オーエンの物語は主に四つの原則を扱っている。いずれも単純ではあるが、奥深い。これらの原則を肝に銘じておけば、成功の確率をぐんと高めることができる。
読者のみなさんには本書を閉じて四つの原則を無視する選択肢もある。ただしデータはうそをつかない。スタートアップを立ち上げる際にこれらの原則を無視するとどうなるか。統計学の上では、事実上、運命は決まっている。人生のすべてを懸けながら起業に失敗する人たち―毎年数十万人―の一人になる。もちろん起業してすぐに失敗するとは限らない。その場合はさらに過酷な運命が待っている。スタートアップ版「ゾンビ企業」になるのだ。成長も利益も見込めないままでどうにか生き延び、何年にもわたって地上を徘徊することになる。
ゾンビになってはいけない。そのためにも四つの原則を受け入れることが大切だ。

原則1―スタートアップの目的は顧客を見つけることであって、商品を作ることではない

商品を作れないという理由で失敗する起業家はいない。起業家が失敗するのは商品を買ってくれる顧客がいないためだ(注:ここはぜひ二度読んでほしい。極めて重要だから。スタートアップについての研究はいろいろある。そこでは失敗の理由として創業者の経験や資金繰り、所在地、経営体制などが挙げられている。しかしすべて言い訳にすぎない。失敗する本当の理由は明白だ。十分な顧客がいないということ)。
典型的なスタートアップは次のようなステップを踏む。
ステップ1起業家はアイデアを思い付き、わくわくしてあらゆる可能性を思い描く。どんな事業になるのか、どんな影響を世界に与えるのか、どれほどの利益を生み出すのか―こんなことを夢想する。
ステップ2次に起業家はアイデアを基に商品作りに入る。多くの時間と資金をつぎ込んで、できるだけ完成度の高い商品にする。めったに他人に見せない。潜在顧客に見せる前に商品を完璧にしておきたいからだ。何よりも大事なのは第一印象なのだ!
ステップ3次に起業家は商品にブランドを付ける。できるだけキャッチーな社名とロゴを考え出す。ドメインを取得してウェブサイトを立ち上げる。販促用資料を用意する。販促用資料は「さすがプロ」と相手をうならせる出来でなければならない、と自分に言い聞かせる。ステップ4最後に起業家は顧客を探し始める。大抵は空振りの三振。顧客は全然見つからない。当初のアイデアがどこか間違っているのではと推測する。そしてより良いアイデアを目指してブレインストーミングを開始。結局、ステップ1から4までを何度も繰り返す。何の成果も出せないまま、多大な時間と資金を浪費してしまう。
これが「スタートアップ絶望のループ」である。事業がそれなりの売り上げを生み出すようになるまで数カ月、場合によっては数年かかることもある。

成功する起業家は絶望のループにはまらない。どうすればそれを回避できるか知っているからだ。最初に素晴らしいアイデアがひらめく点は同じ。次のステップが違う。商品を作る価値があるかどうか見極めるために、潜在顧客を探すのである。

商品を作る前に顧客を見つけることで「人が実際に欲している商品だ」と確信できる。商品を作る際には人が最も重視している特性や機能を取り入れる。人が欲している商品を作る最大の利点は何か。スタートアップが実際に売り上げを計上できるということだ。

原則2―人は製品やサービスを買うのではなく、問題の解決策を買う

人は特性や機能を求めて店に行くわけではない。「長持ちする物が欲しい」「廉価な物が欲しい」などと思って店の中を歩き回ったり、ネットサーフィンをしたりするわけではない。ではどうして店に行くのか。それは何らかの問題を抱えており、それをどうにかして解決したいと思っているからだ。カーペットにこびり付いている染みがどうしても取れない、自宅に子どもを置いたまま夜中に出掛けられない、退職後の蓄えが十分あるかどうか心配で仕方ない―このような問題で悩み苦しんでいる。だから問題を解決してくれる製品やサービスに対しては喜んでお金を払う。こんな人たちこそ顧客なのである。
厄介なのは、顧客は極めて非合理的で予測不可能な行動に出るということ。誰かから問題の存在を指摘されても、顧客が「確かにこれは問題だ」と納得するとは限らない。逆に顧客が「これは深刻な問題だ」と言ったからといって、多くの人がお金を払って解決しようとする問題であるとは限らない。
インスタグラムやペットロック(石ころをペットに見立てた玩具)といった成功物語がある一方で、売り上げがまったくないままつぶれていったスタートアップが何十万社も存在する。フェイスブックやスナギー(着られる毛布)といった成功物語がある一方で、ゾンビ化したスタートアップが何十万社も存在する。スタートアップ版ゾンビ企業は事実上死んでいるのに、なおもうろうろしている。そんな企業の創業者同士が起業家の交流会などのイベントで鉢合わせし、お互いにばつの悪い思いをするのだ。
顧客が解決すべき問題を抱えているかどうか見極めるにはどうしたらいいのか?アイデアが問題解決に役立つかどうか検証するにはどうしたらいいのか?自分自身で顧客に直接会い、話を聞く―これが唯一の方法だ。

原則3―起業家は探偵であり、占い師ではない

ビジネスモデルについて詳述し、「これで利益を生み出せる」と結論してもいい。少なくとも報告書を書く訓練にはなる。問題なのは、それが机上の空論を述べているにすぎないということだ。頭をフル回転させて仮説を立て、続いて銀行家や投資家の出現を待ち、最後に事業計画を実行する―これでうまくいくだろうか?うまくいくはずがない。どんなに鋭い起業家であっても未来は予測できない。占い師ではないのだ。
本物の起業家は事実を追求する。探偵のように行動する。その点で単なる空想家やアマチュア起業家とは決定的に異なる。彼らは当初のアイデアは多数の仮説で成り立っていると認識している。仮説が誤っている場合には事業の方向性を大転換する覚悟もある。仮説が正しいかどうか判断するには現実の世界で検証するしかない。これによって何が推測で何が事実なのか判定できる。
自分が起業家であると仮定してみよう。営業スタッフを雇うよりもオンライン店舗を立ち上げたほうが商品を売りやすいと思うならどうする?検証せよ。アイデアに共鳴してくれる事業パートナーを見つけられると思うならどうする?検証せよ。四十四ドル九十九セントで売れると思うならどうする?検証せよ!
事業パートナーや投資家、社員と無駄な議論をしてはならない。仮説が正しいかどうかをめぐって彼らと議論したところで徒労に終わるだけ。代わりにやらなければならないのは、事実を集めて仮説を検証すること。そのようにすれば最小限の時間と資金を投じるだけで済む。

原則4―成功する起業家はリスクを取るのではなく、運を呼び込む

成功する起業家とプロのポーカー選手は似ていると見なされがちだ。どちらも自己資金を投じて大きなリスクを取るギャンブラーだから、という理屈だ。確かに両者の間には共通項が多く、比較することに意味はある。ただし現実はちょっと違う。どちらも自分のことをギャンブラーだと思っていないし、リスクテイカーだとも思っていないのだ。
では、なぜ両者とも優れているのだろうか。リスクを最小化して運を呼び込むスキルを学んでいるからである。具体的には、緻密に計算して何度も小さく賭ける。そのようにして仮説を検証しつつ、新たなチャンスを見いだすのだ。個々の賭けで負けても構わない。最小限の時間と資金しか投じていないため、負けても再び挑戦できる。何度も小さく賭けているうちにいずれチャンスに巡り合える。つまり運を呼び込める。そのときになって初めて持てるすべてを賭けるのである。チャンスを最大限に生かすためだ。
世間一般の人たちにしてみれば、プロのポーカー選手も成功する起業家も単に運に恵まれているように見える。しかし本当は違う。彼らは勝つチャンスがあると確信できる場合に限ってオールイン(一度に全額を投じる行為)に出るのだ。

アントレプレナーシップ(起業家活動)に憧れて夢見る人たちに向けて書かれた本は世の中にいくらでもある。本書は起業家の夢を実現するための指南書である。
起業家として成功するためには「秘密のDNA」を持つ必要はないし、「遺伝子版宝くじ」に当たる必要もない。超一流の学歴・職歴があるからといって、スタートアップのゾンビ化を回避できるわけでもない。本書の教えをぜひ学習・応用してほしい。「起業家ごっこをする」のと「本物の事業を創造する」のとでは全然違う。本書の教えを実践するかどうかでそれぐらいの違いが出てくる。
読者のみなさんがオーエン・チェースの物語を読み終わるころには、顧客を見つけて売り上げを計上する道筋が見えてくるはずだ。売り上げこそ、起業家として成功したかどうかを判定する唯一の物差しなのである。

テキサスホールデムのルール

ポーカーの「テキサスホールデム」に詳しくない人のために基本ルールを説明しておこう。それほど複雑ではない。
まずは二枚のカードが伏せた状態で配られる。これが「ポケットカード」と呼ばれる手札。誰にも見せてはいけない。母親に見せるのも駄目。ポケットカードの強さに従って賭け金を決める。ポケットカードが弱い場合にはここで降りるのもOKだ。
ただ、誰かが賭けなければゲームは成立しない。そこでゲームごとに二人のプレーヤーが選ばれ、手札が配られる前に強制的に賭けさせられる。何も見えない状態で賭ける形になるため、ここでの賭け金は「ブラインド(目隠し)」と呼ばれる。
選ばれた二人のうち一人は少額を賭ける「スモールブラインド」、もう一人はその倍額を賭ける「ビッグブラインド」と呼ばれる。スモールブラインドとビッグブラインドのポジションは一ゲーム終わるごとに一つずつ時計回りに移動していく(プレーヤーは同じ場所に座ったままで、ポジションだけが移動する)。
さて、すでに説明したようにポケットカードとして手札二枚が配られると賭けが始まる。各プレーヤーには三つの選択肢がある。「フォールド」「コール」「レイズ」だ。フォールドは賭けるのをやめてゲームから降りること。コールはほかのプレーヤーと同額を賭けること。レイズは賭け金を引き上げること。
一ゲームごとに賭けは全部で四ラウンドある。第一ラウンドは「プリフロップ」。ここでは手札二枚(ポケットカード)だけを頼りにして賭けなければならない。全プレーヤーが共通で使える五枚の場札「共通カード」は伏せられたままであり、まだ使えないということだ。
第二ラウンドに入ると、場札五枚のうち三枚がオープンになり、手役に加えることができるようになる。オープンになった三枚は「フロップ」と呼ばれる。各プレーヤーは二枚の手札と三枚の場札を使ってどんな役ができるか考え、第二ラウンドの賭けに入る。
その後、残り二枚の場札がオープンになる。四枚目の「ターン」と五枚目の「リバー」だ。賭けはターンで第三ラウンド、リバーで第四ラウンドになり、最後に「ショーダウン」。それまでフォールドせずに残ったプレーヤー同士で勝負というわけだ。
手役は手札(ポケットカード)二枚と場札(共通カード)五枚の計七枚を基にして最強の五枚を組み合わせて作る。計四ラウンドの賭けを通じてポーカーテーブルに積まれたチップの山「ポット」を独り占めするのは、最強の手役を持つプレーヤーだ。
どんなポケットカードだと強い手役になりやすいのか。一つは「ペア(同じ数字のカード二枚)」。最強は「ポケットエース(エースのペア)」で、二番目は「ポケットキング(キングのペア)」。「スーテッド(スペードとスペードなど同じ図柄)」や「コネクター(5と4など数字が連続するカード)」も好まれる。逆に「オフスーツ(スペードとハートなど異なる図柄)」などでは強い手役を作りにくい。
世界ポーカー選手権(WSOP)で行われるメーンイベント「ノーリミットホールデム」では、「ノーリミット」という言葉通りレイズの上限はない。手持ちのチップすべてを一度に賭ける「オールイン」も可能だ。オールインで勝てばゲームを続行できるし、負ければすべておしまい。全出場選手七千二百人のうち最終的に負ける七千百九十九人と同じ運命が待っている。よく頑張ったね、また来年会いましょう!
どうだろう?そんなに難しくないのでは?
WSOPでは一万ドルの参加費を払い、テレビカメラに囲まれ、プロのポーカー選手と勝負する。プロの中にはMIT(マサチューセッツ工科大学)の学位を持ち週五十時間以上もプレーするつわものもいる。だからみんな緊張する。だが、ゲームに勝つためには緊張は禁物だ。

ダイアナ・キャンダー (著), 牧野洋 (翻訳)
出版社 : 新潮社 (2017/8/25) 、出典:出版社HP