シェアリングエコノミー

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シェアリングエコノミーがもたらす未来

シェリングエコノミーとは何か、その基盤、歴史と影響、論点と今後の予測を学問的に追及した手堅い社会学の本です。AirbnbやUberで日本でも知られるようになってきた「シェアリングエコノミー」について、様々な文献を引用しつつ考察をしています。経済学や社会学に興味のある人にもおすすめです。

アルン・スンドララジャン (著), 門脇 弘典 (翻訳)
出版社 : 日経BP (2016/11/17) 、出典:出版社HP

THE SHARING ECONOMY
The End of Employment and the Rise of Crowd-Based Capitalism
by Arun Sundararajan
Copyright © 2016 by Arun Sundararajan
Japanese copyright © 2016
Published by arrangement with ICM Partners
through Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo
ALL RIGHTS RESERVED

書くことを教えてくれた両親、自作の詩文を通じてよき手本を示してくれた姉のアヌ、よりよい未来の想像と 創造に私の心を日々向けてくれる最愛の娘のマヤに。

目次

はじめに
第1部 原因
第1章 シェアリングエコノミーとは何か
第2章 シェアリングエコノミーの登場 ―デジタルと社会経済、ふたつの基盤
第3章 プラットフォームが示す新たな経済構造
第4章 ブロックチェーン経済大衆による市場運営

第2部 結果
第5章 クラウドベース資本主義の経済的影響
第6章 規制と消費者保護はどう変わるか
第7章 これからの働き方――課題と論点
第8章 これからの働き方―必要な対策
第9章 おわりに――シェアリングエコノミーはどこへ向かうのか

謝辞
訳者あとがき
原注

はじめに

人生で重要なものは、物質的なものではなくなった。他者、人間関係、経験がこれからは重要だ。
ブライアン・チェスキー(ストゥデイ〉ウェブサイト、2013年3月8日)
私はニューヨークのマンハッタンに住んでいる。わが家に自動車はないが、マンハッタンで自動車を保有している世帯は4戸に1戸もないので、特に珍しくはない。しかし、ときには自動車が必要になる。ところがマンハッタンで手頃なレンタカーを見つけるのは難しく、1日100ドル以下で借りようと思ったら、何キロも離れた
隣の区や州まで行かなければならないこともしばしばだ。一方で、近所の通りには、乗り古したトヨタから最新モデルのBMWまで、何百台という車が停められている(テスラに乗りたくてたまらないが、今のところ見かけたことはない)。娘が小学2年生の頃、学校に送っていくのが遅くなってしまうことがあり、寒い冬の朝などには、タクシーを必死で呼び止めようとしながら、停められている車を少しのあいだ借りられたらいいのにと何度も思った。学校で娘を降ろしたら、もとにあった場所に車を戻し、ダッシュボードに10ドル札と「ありがとう!」と書いたメモを残しておくのだ。
今では、他人の車を1時間0ドルほどで、思い立ったときに借りられるようになった。ゲットアラウンドという会社が提供している、携帯電話を使ったサービスだ(私は2011年に偶然ゲットアラウンドのことを知った。登校する娘を連れて近所の車を恨めしく見ていたときではなかったが。このことについては、またあとで述べる)。2012年2月、メアリー・ミーカーによる「インターネット・トレンド報告」の補足説明を読んだとき、ゲットアラウンドのことが頭に浮かび、マンハッタン全域をカバーする個人間の自動車貸し借りシステムという構想を思いついた(1)。
ミーカーは1990年代後半の「ドットコム時代」から活躍している先駆的なテクノロジー・アナリストで、1995年から毎年発表しているこの報告は大きな影響力を持っている。補足説明でミーカーが強調していたのは、現代ではインターフェースからものの貸し借りにいたるまで、あらゆる物事が「資産を持たない世代」の始まりを告げるかのような形で再検討されているということだった。不動産取引、会社勤め、資産運用、旅行、娯楽、交通など、さまざまな分野について、デジタル技術により可能となった新しいビジネスモデルと顧客体験が示され、企業主体となっている現代の構造が変わりつつあることを感じさせた。パワーポイントのスライドに並べられた対照的な画像が、資産を多く持つ世代とアセットライト世代の違いをはっきりと表わしていた。大量のレコードに囲まれた年配コレクターと、スポティファイ、パンドラ、iTunesといった音楽ストリーミングサービスの画面。高層ホテルと、個人間(P2P)のプラットフォームであるエアビーアンドビー(Airbnb)で借りられる樹上住宅。無数に並んだ机に向かうフルタイム労働者と、インターネットの人材マーケットプレイスなどである。
ミーカーがこの報告に込めたメッセージは、子供向けの絵本のように率直だ。私有物、実店舗、現金支給、出社が前提の常勤職は消え、共有財産、インターネット販売、仮想通貨支払、柔軟性の高いオンデマンド労働が増えていく。
この報告を読んで、「アセットライト世代」の到来はすでに着々と進んでいる経済的・社会的変化の一面にすぎないとわかった。経済活動の新しいモデルをいくつも生み、7世紀の大きな流れをつくる急激な変化が起きている。多くの人々が「シェアリングエコノミー」と呼んで楽観視しているさまざまな活動(および組織)は、P2Pの取引が今よりも一般的になり、企業に代わって「大衆」が資本主義の中心となる未来を先取りした例である。
「急激な変化が起きている」というフレーズは、ここ20年ほどでありふれたものになった。常に起きている変化、特にデジタル技術による変化に、企業経営者はもはやあきらめを抱いているようだ。急激な変化というと、ほとんどの場合は避けるべきはずのものなのに、シリコンバレーの投資家は金儲けのチャンスとして積極的に利用する。TEDトークでは、デジタル技術が革新を生み、世界の難問を解決するという大胆な主張が飽きずに繰り返される。だから、急激な変化が起きていると言う私も同類だろうと疑わしく思った読者もいるかもしれない。
そこで、まずはこうした「新しい」活動の簡単な例を見て、シェアリングエコノミーを理解していこう。多くの人々(2016年時点で約7000万人(2))が、数日間の旅行中の滞在先を探す際にエアビーアンドビーのプラットフォームを使い、他人の家の予備の寝室に泊まったり家全体を借りたりしている。デビー・ウォスコーが立ちあげた会員制プラットフォームのラブ・ホーム・スワップを通じて、家を交換した人も大勢いる(私がこのサービスを知ったのは、ニューヨーク大学のかつての教え子で、当時ニュースサイトのマッシャブルに携わっていた起業家のエリカ・スワローが、2012年2月に学部の私のクラスでシェアリングエコノミーに関する先駆的な記事について話してくれたことがきっかけだった(3))。客を乗せる用意のあるドライバーと車で送ってもらいたい利用者を結びつけるプラットフォームの役割を果たす、リフトやウーバーといったアプリを使って、短い距離を移動することができる。オンデマンドのタクシーや自家用車がニーズに合わない場合でも、中国なら滴滴出行(以前の滴滴快的)のアプリでバスの席を確保し、インドならオーラが提供するプラットフォームを通じてオート三輪を手配できる。アメリカならゲットアラウンドやトゥーロ(以前のリレーライズ)、フランスとドイツならドライヴィー、オランダならスナップカー、イギリスならイージーカー・クラブ、ニュージーランドならユアドライブというP2Pレンタルのプラットフォームを使えば、他人の車を数時間から数日まで利用できる。他人の家で食卓を囲むことも可能で、バルセロナならイートウィズ、ニューヨークならフィーストリー、パリならヴィジートといったソーシャルダイニング・プラットフォームが、人を招いて昼食や夕食を振る舞いたいと思っている料理愛好家とつないでくれる。P2P融資プラットフォームのファンディング・サークルなら、流動資産が100ポンドしかない人でも、中小企業に3ポンドだけ貸しつけることができる(4)家の掃除や補修、水道や電気関係の修理、外壁塗装などのサービスを提供したり、逆にこうしたスキルを持っているフリーランスの労働者を雇ったりすることも、ハンディー、タスクラビット、サムタックといった人材マーケットプレイスを使えば可能だ。
こうしたP2Pのサービスを利用するのに必要な準備は、アプリをインストールしてフェイスブックの有効なアカウントのデータを共有して身元証明をするという簡単なものだ。共有サービスの提供者になるのも同様にシンプルだ。ジャーナリストのジョエル・スタインは、2015年2月のタイム誌の有益で面白い特集記事「シェアリングエコノミーの物語」で、さまざまな共有サービス提供者となった体験を書いている。「レンタカー会社の経営者をはじめ、タクシーの運転手やレストランの支配人になり、物々交換もした」と言い、「愛する妻のカサンドラ」に反対されなければ、さらに自宅をホテル兼ペット預かり所にしただろうと述べている(5)。
家を借りる、送迎してもらう、車を借りる、食事をともにする、金を貸す、家事の手伝いを頼むといった行為そのものは、目新しいものではない。ここで新しいのは、「贈与経済型」の無償の行為ではなく金銭がともなうという点だろう。体験したサービスを商売のように表現していることも、こうした事例がすべて共有に関わるものでありながら、空間、自動車、食事、資金、時間などが無料で提供されるものはひとつもないという事実を浮き彫りにしている。サービスを提供すれば報酬を受け取り、サービスを受ければ対価を支払うことになるわけだ。
では次に、営利目的で行なわれる個人間の取引が新しいのかを考えてみよう。世界経済が大企業に支配されるようになったのはいつなのだろうか?経済活動のあり方は歴史を通じてどのように変化してきたのだろうか?大量生産、大量輸送、近代企業が生まれるきっかけとなった産業革命は、200年あまり前に始まった(6)経済史家のアルフレッド・チャンドラーは、アメリカの近代資本主義を研究した著書『経営者の時代」(東洋経済新報社)で、産業革命期のアメリカ経済を次のように活写している。
1790年には、まだ雑貨商がアメリカ経済では支配的だった。こうした経済にあっては、基本的に家族単位で事業が営まれていた。家族による主な事業は農場経営だった。(中略)家庭外で行なわれる生産活動として、小規模店舗を構える職人の仕事があった。(中略)アメリカの産業革命前夜のフィラデルフィア州について、サム・バス・ワーナーは著書でこう述べている。「街の経済の中心にあったのは、個人経営の店だった。フィラデルフィアでは手伝いを雇ってもひとりかふたりで、大多数はひとりで働いていた(7)」
経済活動の変遷を見てみると、産業革命までは大部分の経済的関係が個人対個人の形を取り、コミュニティに根ざし、社会的関係と密接に絡み合っていたことがわかる(8)。経済的関係を結ぶのに欠かせない信用は、さまざまな社会的つながりから生まれていた(9)。よその街から来た旅人を家に泊める、客人と食事をともにする、乗り物で送迎する、個人から金を借りるといった行為が特に目新しいわけではないことに異論はないだろう。それどころか、なんらかの小規模事業を経営したり、個人のサービス提供者として取引やもの作りをしたりすることも、新しいとは言えない。実際、5世紀初頭のアメリカでは、賃金労働者のほぼ半数が自営業者だった(8)。これが1960年になると5パーセント未満に減った(図0-1参照)。19世紀以前には自営業者が労働人口の過半数を占めていたと考えるのが妥当だ。
労働者の構成が8世紀に入って数十年でこれほど大きく変わった背景には、ひとつには個人経営が多かった農業から別の職業に転じる動きが全米で拡大したことがある。しかし、同時期に自営(かつ非法人)の労働者は農業以外の分野でも割合が減少し、1900年には3割近かったのが1960年には約1割となった。以後3年間もほぼ同水準で推移し、その間にアメリカ経済は大企業が支配するようになった(1)。
以上のことから私が言いたいのは、企業中心の現代は人類の歴史から見ればごく短期間にすぎないというだけでなく、シェアリングエコノミーの特徴とされている取引・商売・雇用の形態が目新しいものではないということだ。かつて存在した共有体験、自己雇用、コミュニティ内での財貨の交換が、現代のデジタル技術によって復活しつつあるというのが正しい。経済活動にも労働形態にもこの「まったく新しいわけではない」という特徴があることは重要である。なぜなら、人々に馴染みのあるものの改良版のほうが、新たに生み出された消費体験や雇用モデルよりも速く普及し、経済効果も大きくなるからだ。
ここまで読んで、シェアリングエコノミーに新しさは全然ないのかと思った方がいるかもしれない。「新しい」とされている活動がすべて過去にも一般的だったのに、なぜもてはやされているのか、と。そのわけは、第一に、馴染みのある活動を新しい形で実現する技術により、「経済的コミュニティ」が家族や近隣住民の枠をはるかに超えて、デジタル的に身分証明された全世界の人々に広がることにある。社会学者のジュリエット・ショアの言う「ストレンジャー・シェアリング(赤の他人との共有)」に参加できるのだ(?)。第二に、こうした「シェア」をともなう起業家的行為が現在の資本主義市場を支えるテクノロジーによって劇的に増大し、これまでの近代国家とは比較にならないほど普及したために、商業価値の源泉が今までの企業からデジタル市場で活躍する一般大衆の起業家へと移ってきていることが挙げられる。本書のテーマに、クラウドベース資本主義』を掲げているのは、このような理由による。
2010~2015年にかけて、この新しい資本主義を形づくっている若い企業は、投資家から多額の資金を集めている。とりわけ活発なプラットフォームにペンチャーキャピタルから投じられた資金額を、図0-2にまとめた。ここに挙げたプラットフォームのほとんどは、評価額10億ドル以上の非上場新興企業、すなわち「ユニコーン企業」である。しかし、こうした企業が起こしている変化の影響は、ベンチャーキャピタルの行動にとどまらない。クラウドベース資本主義によって、職を得るという概念が大きく変わる可能性がある。各種の規制や、雇い主が負担することの多い社会的セーフティネットは見直されるだろう。財、サービス、都市インフラにまつわる資金調達、生産、輸送、消費のあり方も変わる。経済活動の新しい形が生まれることで、信用する相手と判断材料、チャンスをつかむきっかけ、他人との距離感も違ってくる。
ここ数年、私はこうした新しい潮流に強く引きつけられてきた。しかし、2011年に初めてデジタル市場が急拡大していることを知ったときは、腑に落ちなかった。私はデジタル技術がビジネスと社会に与える影響を1990年代後半から研究・教育している。インターネットを使った大規模な市場の先駆けであるイーベイは1995年に創業し、1998年に株式公開され、本書を執筆している2015年まで勢いを保っている。なぜエアビーアンドビーなどの企業が現われるのに2007年までかかったのだろうか?それ以前にはどのような条件が欠けていたのか?

アルン・スンドララジャン (著), 門脇 弘典 (翻訳)
出版社 : 日経BP (2016/11/17) 、出典:出版社HP

エアビーアンドビー―自分の世界を正しくデザインする

2013年の夏、エアビーアンドビーのCEO(最高経営責任者)、ブライアン・チェスキーに初めて会った。マンハッタンのヘルズキッチンにある事務所のロフトで、旅行者を受け入れるホスト、ニューヨークの起業家、シェアリング事業の有識者を集めた会食があり、私も招待されたのだ。チェスキーは美術大学のロードアイランド・スクール・オブ・デザインで学んだデザイナーで、エアビーアンドビーを起業したことは人生を構成する第5章における確かな一歩だったと考えている。「小さい頃はホッケーに夢中でした」と2015年の春に会ったときに彼は言った。「カナダに行って、ユース向けのホッケー選手養成校の門を叩いたほどです。プロにはなれそうにないと気づかされましたが」。ニューヨーク州のニスカュナ高校に通っていた頃、「子供のときから画家のノーマン・ロックウェルを尊敬していました」というチェスキーは教師に才能を見出されて美術の道を志し、6歳のときには作品がアメリカの国会議事堂に展示された。その後美術大学に入学し、産業デザインを学んだ。
当初、チェスキーが抱いていたエアビーアンドビーのビジョンは控えめだったという。「始めようと思ったのは、家賃を稼ぐ必要があったからです。2007年10月のことで、値上げされて1150ドルになった家賃の詩求書が届きました。当時住んでいたサンフランシスコで、デザインの国際コンテストが間近に迫っているときでした。開催日の週末はホテルがどこも予約で埋まっていて、そこで考えたんです。部屋を朝食付きの宿泊所にして、コンテストの関係者に貸したらどうだろう、と。ジョー(エアビーアンドビーの共同創設者で、チェスキーと大学で知り合い当時同居していたジョー・ゲビア)がエアベッドを3つ持っていたので、クロゼットから引っ張り出してきてエアベッド・アンド・ブレックファスト”と名づけました」
チェスキーはこう続けた。「問題を解決して人の役に立つという、いわば純粋な目的を持っていたことがよかったんでしょうね」。私が初めて会った2013年には、チェスキー、ゲビア、もうひとりの共同創設者のネイサン・ブレチャージクの3人の手で、ごく小規模だったエアベッド・アンド・ブレックファストはすでにエアビーアンドビーという全世界的なプラットフォームに成長していた。何百万人という宿泊者に来客用寝室、アパートメント、家屋、ツリーハウス、別荘、ボートなどを貸す「ホスト」は数十万人が登録し、ペンチャーキャピタルから1億ドルを超える出資を受けていた。2016年の時点でも急成長が続いており、同年ダボスで開催された世界経済フォーラムのパネルディスカッションで、ブレチャージクは次のように述べた。「これまでに7000万人のゲストが他人の家に泊まり、そのうち4000万人は昨年のみの数字です。昨年だけで、それ以前の7年間を合計したより多かったわけです」
私がエアビーアンドビーのビジネスモデルに常に感じてきた可能性のひとつに、経済効率の大幅な改善がある。一方では寝泊まりできる空間を遊ばせている人々がおり、もう一方では短期間だけ空間を使いたい人々がいる。インターネット上のプラットフォームを通じて、双方をつなぐことができれば、ある規模から経済的利益が生まれるのではないだろうか。多額の投資をしてホテルなどを建てなくとも、来客用寝室や所有者不在のアパートメントが世界には何百万とあるのだから、それを利用すればいいのではないか。
このように、エアビーアンドビーのビジネスモデルは、企業中心の時代よりもクラウドベース資本主義のほうが経済の基礎的条件に優れていることを端的に示している。シェアリングエコノミーのサービス提供者が規制当局に注視されている一因が、古い体制とのあいだに生じるこのずれである。従業員が常駐する専用施設が当たり前の時代につくられた、宿泊者の安全を守るための規制は、個人的空間とゲスト向けの空間との境界線がどんどん曖昧になってきているエアビーアンドビーの時代に合わないのではないだろうか。P2Pプラットフォーム上で、規制の新たなアプローチがすでに生まれているということはないだろうか。
エアビーアンドビーが興味深い企業だと感じる理由はこれだけではない。短期間のうちに洗練された組織をつくりあげたこと、シェア事業を行なっている新興企業のなかでも広報とマーケティングに優れていること、政府との関係構築に気を配っていること、そして最も重要な(しばしばウーバーと対比される)点として、サービス提供者のコミュニティにとても好評であることが挙げられる。2014年1月にハーバード・ビジネス・レビューに書いた記事で、私はシェアリングエコノミーの二大巨頭であるエアビーアンドビーとウーパーの「プラットフォーム文化」の違いに着目し、チェスキーの持つデザイナーとしての素養がその違いを生んでいるのではないかと推測した。
チェスキーも同感だという。「人生の指針のひとつとして、自分がデザインした世界に住みたいと思っています。デザインするのは、理想の人生、会社、世界などです。だからエアビーアンドビーでは、コア事業から文化にいたるまで多くのことを見直しつづけています。私たちの文化は、デザインされたものなんです。避けられない事態とか運命といったものを私は信じていません。文化は自分でつくらなくてもひとりでにできあがってしまうので、それなら後悔しないように自分からデザインしたほうがいい、というのが私の考えです」
非常に考えさせられる哲学だ。自分の世界を正しくデザインしよう、そうしなければ世界はひとりでにできあがってしまい、その結果に後悔するかもしれない。だが、ここでひとつ疑問が浮かぶ。将来的な規制の枠組みについても、同じことが言えるのではないだろうか?

リフト―交通にホスピタリティを

サンフランシスコのサウスオブマーケット、ブラナン通り888番地に建つエアビーアンドビーの真新しい本社オフィスから数ブロック離れた568番地に、リフトが創業時から構えているオフィスがある。一言で表わすと、リフトはオンデマンドのライドシェアサービスだ。アプリを起動して現在地を入力すると、近くを走っている自動車が表示されるので、配車を頼めば数分ほどで迎えが来る。より高度な使い方もあり、車で出勤する際にアプリを起動して目的地を入力しておけば、似たルートを通りたいユーザーを乗せて小遣い稼ぎもできる。オンデマンドだが自分のスケジュールに合わせて使える相乗りサービスだ。
私がここ何年かリフトを通じて乗せてもらった車のドライバーには、スタンドアップコメディアン、ソフトウェアエンジニア、DJ、教師、退職したCIO(最高情報責任者)、次の仕事に向かうデジタルマーケティング企業の経営幹部などがおり、大学生も多かった。リフトを利用すると、タクシーを拾うのとはまったく違う顧客体験を得ることができる。助手席に座ってドライバーと話すのは、新しい知り合いに送ってもらっているかのようだ。
2012年の秋、私はエミリー・キャスターに招かれてリフトのオフィスを訪れた。キャスターは創業メンバーのひとりで現在は同社の「地域住民による交通の専門家」を自任しており、このときはミーティングに向かうときに同社のサービスを使えるよう、乗客としての利用者登録を通常より早く行なってくれた。迎えにきた車にはリフトのトレードマークである巨大なピンクの口ひげがついていたので、すぐにわかった(ミーティングの終わりに、キャスターは私が他社の販促品を持っていることに気づくと、その口ひげをひとつくれた。今でも私のオフィスにあり、入ってきた学生を大勢驚かせている)。
私が初めてリフトを利用したときのドライバーはアーティストで、活動資金の足しにするためにハンドルを握っているとのことだった。2012年にはリフトがまだ「タクシーサービス」を提供する法的な許可が下りていなかったので、正式な利用料というものがなく、ドライバーが送迎してくれたことへのお返しに「募金」をするようアプリが勧めるという形が取られていた。オフィス訪問で印象に残ったのは、従業員からハロウィーンの衣装を借りて着たことだ。段ボールをうまくつなぎ合わせてつくった、リフトの車だった。
その後の3年間でリフトはベンチャーキャピタルから10億ドルを超える資金を調達し(うち1億ドルは、伝説的な投資家のカール・アイカーンによるもの)、アメリカの3都市でサービスを展開するようになった。ウーバーとの熾烈なシェア争いでニュースに取りあげられることの多いリフトだが、規模では負けていても親しみやすさでは明らかに勝っており、それはピンクの巨大口ひげをやめて控えめなブランド戦略に転換してからも変わらない。共同創業者で社長のジョン・ジマーとは私も何度も議論を楽しんだことがあるが、彼が自社の競争相手はウーバーではなく「ひとりで車に乗るドライバー」だと言ったことはよく知られている(3)。
リフトを始めた動機を私が尋ねると、ジマーはこう答えた。「個人的には、ホスピタリティへの興味ですね。ホスピタリティの成功にはふたつの大きな要素があります。すばらしい体験を提供することと、高い収容率を実現することです。交通にはそのどちらも欠けていました」。収容率について、さらに詳しく語ってくれた。「自動車の利用率はおよそ4パーセントで、利用されている自動車の席が埋まっている収容率は3パーセントほどです。基本的に、1パーセントの利用率は全世界のGDPの3パーセントに相当します。これはビッグチャンスだと思いました」
ジマーの考えは当を得ている。世界中の自動車の収容能力には莫大な余裕がある。新車と中古車を合わせた購入額は、アメリカだけでも年間1兆ドルにもなる。世界的に見れば、各国政府は入り組んだ公共交通システムの構築に何十億ドルもの資金を投じており、都市経済を財政と利便性の両面でひどく悪化させることもしばしばだ。リフトのようなアプリによって都市交通インフラの構築アプローチが変わり、一般大衆に根ざした政府対民間の新しいパートナーシップが生まれるかもしれない。硬直的な中央集権型システムをつくるのではなく、デジタル技術を使って分散した遊休能力を活用するようなパートナーシップだ。

オンデマンド労働力の出現

リフトとウーパーがエアビーアンドビーと異なる点のひとつに、プラットフォームを通じて時間や資産を共有しサービスを提供する「プロバイダー」の費やす時間がはるかに長いことがある。2014年、当時リフトの政府渉外責任者だったデイヴィッド・エストラーダが語ったところによると、リフトのドライバーの3分の2は1週間あたりの運転時間が5時間足らずだったが、数字としては「パートタイム労働」に近づきつつある。これはタスクラピットやハンディーといった多種多様な労働サービスのプロパイダーでも、買い物代行サービスのインスタカートのアプリで依頼を受けて食料品を購入・宅配するパートタイムの代行員でも事情は同じだ。これらのプラットフォームでは、多くのプロバイダーが週に10~0時間も作業に携わっている。
こうした流れが加速して、将来的には福利厚生が貧弱で収入源が安定しない働き方が中心となるのではないかと懸念する声が増えている。もちろん、そのような未来が暗いものだとは一概には言えない。フルタイムで働かずにデジタルプラットフォームを通じて仕事を請け負えば、柔軟で融通が利き、自由度も高い働き方ができるだろう。ジマーもこう指摘している。「日中ずっと拘束される仕事はできないという理由から、片親でリフトのドライバーをしている例は多いです。子供を学校などに迎えにいかなければならないし、子供の習い事のためにいつでも時間を空けておきたいからです」
たしかに、プラットフォームを掛け持ちしてオンデマンドで働くのは魅力的で、自由度も高い。しかし、安定収入がある仕事に就くのも将来設計がしやすいという意味では自由度が高く、使っているアプリの組み合わせによって需要と供給、ひいては収入が急変しかねない状態では難しい。しかも、サービス労働の専門化を推し進めるプラットフォームが現われており、将来的に社会的不平等が拡大することも懸念される。たとえば、ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得したマーセラ・サポーンとジェシカ・ペックが立ちあげ、注目度の高い起業家コンテストのテッククランチ・ディスラプトで2014年に勝者となったハロー・アルフレッドというプラットフォームは、『バットマン」で主人を支える忠実な執事から名前が取られていることからもわかるように、一般家庭に個人的アシスタントを提供するというものだ(もちろん、2014年にジャーナリストのサラ・ケスラーが執事を置くほどのアパートメントを持つ難しさについて書いたすばらしい記事で指摘しているように、作品中のアルフレッドと異なり、ハロー・アルフレッドは「住み込みではない執事」だ)(4)。
ハロー・アルフレッドは、オンデマンドの人的サービスとしては氷山の一角だ。2015年5月のウォール・ストリート・ジャーナルに載ったジェフリー・フォウラーの記事「いまやウーバー式サービスはどこにでもある」では、次々と現われるニッチな人的サービスが紹介されていた。次に引用するのは、記者お気に入りの、ラックスの説明だ。
スマートフォン時代だからできる、まさにロジスティクスの驚異だ。ラックスはGPSを使ってまるで魔法のように駐車代行員を派遣する。利用者は自分の車に乗り込んだらラックスのアプリを起動し、目的地を入力する。運転中はスマートフォンの位置が追跡され、到着する頃にはもう駐車係が待っている。先週の金曜日には、サンフランシスコの金融街にあるオフィスに8時9分頃着いた私を、駐車係のケヴィンが迎えてくれた。ブルーの制服に身を包み、身元保証も接客態度も保険もしっかりしていた。キーを手渡すと、駐車場へと車を走らせていった。
午後6時になると、またラックスのアプリを起動し、朝とは違う場所に車を戻すよう依頼したが、まったく問題なかった。10分もしないうちに、今度はロスという名のサービス係が車を届けにきた。ロスがトランクを開けると、折りたたみスクーターとウクレレが入っていた。スクーターは坂の多いサンフランシスコを移動するのに使い、ウクレレは仕事の合間に弾くのだという(同)。
ラックス以外に人気のオンデマンドサービスとしては、1時間以内に商品を買って配達するポストメイツ、自宅に来て荷物の梱包・発送をするシップ、洗濯物を回収・洗濯・返却するワシオ、犬の散歩をするワッグ、シェフがつくった料理を配達するマンチェリー、飲み物を配達するミニバーやドリズリーなどがある。
われわれは大勢のオンデマンド労働者が少数の特権階級に奉仕する世界に向かっているのだろうか?クラウドベース資本主義の効率性が追求され、経済活動全体に占めるP2Pプラットフォームの比重が大きくなっていったとき、オンデマンド労働者には健康保険、雇用保険、有給休暇、育児休業といった社会的セーフティネットベーシックインカムをどのように確保するのか?政府支給の最低所得保障が必要だろうか?それとも、政府と民間のパートナーシップに妙案が現われ、複数の職種にまたがった社会保障制度を実現し、人々の所得を長期的に安定させられるようになるだろうか?

ブラブラカー―信用に基づくグローバルインフラ

興味深いことに、当初リフトの事業計画は、都市と地方の交通事情を変えようとするものではなかった。ジョン・ジマーとCEOのローガン・グリーンは、ジムライドという都市間ライドシェアシステムを立ちあげたもの
の、アメリカで事業が伸び悩んだために「ピボット」したのだ(新たなビジネスモデルへの転換を意味する、シリコンバレー用語)。その頃には、アプリを利用して別の都市まで見知らぬ人に車で送ってもらうというアイデアは、ヨーロッパなどで多大な人気を集めるようになっていた。ヨーロッパ市場を席巻しているのは、フランスを拠点とするブラブラカーだ。自家用車に空席を抱えるドライバーと、その席を買いたい乗客をつないでおり、2015年には1日あたりの乗客数が全米鉄道網のアムトラックを超えるほどになっている。
ブラブラカーの共同創業者であるフレデリック・マゼラは、スタンフォード大学でコンピュータ科学の修士号、INSEAD(欧州経営大学院)でMBAを取得し、研究者としてNASAに3年間勤めた。そんなマゼラがブラブラカーを立ちあげたきっかけは、ジマーと同じく、大きな非効率性に気づいたことだった。2015年、パリの本社で彼はこう言った。「最初の動機は、ムダでした。道を走っている車の空席がムダになっているのが、我慢できなかったんです。いつか、誰もが目を見開いておいおい、どの車もガラガラじゃないか!と言うレベルに達しなければならないでしょう」。また、こうも言っていた。「物事を最適化するのが好きなんです。自動車はまさに最適化の宝庫ですよ」ブラブラカーのようにウェブサイトやモバイルアプリを通じて空席と乗客をマッチングしようとする企業が、多くの国で現われた。2014年から翌年にかけて、マゼラは後発企業を5カ国で1社ずつ買収した(主要競合のカープーリング・コムも含まれていた)。合計買収金額は3億ドルを超え、フランスの新興企業がベンチャーキャピタルから調達した資金としては過去最高となった。同社は順風満帆で、シリコンバレーの合理化されたソフトウェア企業のようでありながら、フランスらしい社会主義的感覚をはっきりと示している。風変わりな社名も、丁寧な市場調査に基づいてつけられたものだとマゼラは言う(本社から2分ほど離れたところにル・プラプラという似た名前のレストランがあるが、なんの関係もないらしい)。「候補は250もありました。それを30まで絞り込んで、何人かの友人に送りました。1~2カ月後にこのあいだ送った名前のリストは覚えてる?と尋ねると、半数以上がブラブラカーを挙げたんです」
「アクティビティ・ペースモデレートシーンやマゼラが好んで話題に出すのは、信用のことだ。信用こそがブラブラカーの核心であると考えており、信用の重要性を熱く語る(スーパーマンのような衣装を着て胸に「信用」の頭文字Tを配した「トラストマン」の等身大パネルを段ボールでつくり、本社オフィスに飾っているほどだ)。信用に関するマゼラの考えの土台にはDREAMSという枠組み(公表、評価、関与、実践本位、節度、SNS)があり、同社では信用ある取引への理解を深めようと常に取り組んでいる(6)。
このように信用を重視するのは、もっともなことだ。人々がイーベイというP2P取引市場を通じて商品を送り合うようになって3年がたち、社会にはインターネット上の半匿名の個人とやり取りする際にデジタルな信用を築くシステムができている。しかし、相手が見ず知らずの他人であることは同じでも、宅配便で荷物を送ってもらうのと、車で送迎してもらうのでは信用のレベルが違う。信用レベルは、どうすれば向上できるのだろうか?」

商取引とコミュニティの融合

マゼラのこだわりは、信用に対する興味からシェアリングエコノミー研究を始めた私にはよくわかる。2011年、私はミネソタ大学のラヴィ・バプナとアロック・グプタ、テキサス大学のサラ・ライスと共同で研究プロジェクトを進めていた。フェイスブックのアプリを使った経済学的実験で、フェイスブックの友達同士がどの程一度お互いを信用しているのか、その信用度がフェイスブック上での付き合いとどのように関連しているのかを測った。
とても鋭い問題設定とアプローチだと私たちは考えていたが、結果を学術会議で発表しても、なんの役に立つのか例を挙げてほしいと言われるばかりだった。そこで、フェイスブックでの友達関係を信用ある取引の基盤として利用している企業を探した。その結果見つかったのが、小さな新興企業だったゲットアラウンドだ。フェイスブックでつながるという、当時はまだ珍しかった手法で、ゲットアラウンドは身元と信用を担保していた。
私は2011年8月に共同創業者のジェシカ・スコーピオとフェイスブックでつながり、ゲットアラウンドが立ちあげ間もない頃だったこともあってすぐに協力を得ることはできなかったが、同社の発展はチェックしつづけた。2年ほどたった頃から、CEOのサム・ゼイドと戦略責任者のパッデン・マーフィーのおかげで研究に取りかかれるようになった。ゲットアラウンドは科学のために無条件で協力してくれるすばらしい情報源で、経済的影響のモデルを組み立てるのに不可欠のデータを提供してもらっている(同社はカリフォルニア大学のスーザン・シャヒーンとも協働して、カーシェアリングの環境面での恩恵をよりよく理解する助けとなっている)。ゲットアラウンドは4000万ドル以上のベンチャー資金を調達するなどして急成長を遂げている。自動車を予約すれば所有者の承認なしで使える同社の「インスタント」方式は、購買中心の消費者行動が共有中心に変わる強いきっかけとなるだろう。このP2Pレンタルのモデルこそシェアリングエコノミーの核心部分であり、「所有権なき利用」と「ヒエラルキーに代わるネットワーク」というふたつのアイデアを両立させる完璧な答えとなる。
しかし、大規模でデジタルなP2Pレンタル市場は、自動車以外にはまだ存在しない。電動のこぎりから掃除ロボットまでなんでも扱う、スナップグッズという先駆的サービスがあったが、利益の出るビジネスモデルを見つけることはできなかった。新しいビジネスチャンスの鉱脈になる可能性があるのは、あまり裕福でない人々が所有している高価なものを対象としたレンタル市場だ。たとえば、ニューヨーク大学の学生のリスペス・カウフマンとクリスティーナ・ブデリスが2014年に立ちあげたキットスプリットでは、カメラ、レンズ、バーチャルリアリティ用ヘッドセットといったプロ用の機材を、個人の映像作家同士で貸し借りしている。ただ、2015年後半の時点では、規模拡大に成功したほかの例を挙げるのは難しく、P2Pレンタルは主に掲示板に近いサービス、たとえばアラン・バーガーが率いるネイバーグッズなどを通じて行なわれている。伝統的な短期貸し出しの仕組みである図書館にならい、家庭用品のレンタル事業で成功している例は多い。ジーン・ホミッキはウェスト・シアトル・ツール・ライブラリーを立ちあげて2012年まで運営し、今ではマイターンというソフトウェア企業を経営して、地域で「資産の図書館」をつくるサービスを展開している。ホミッキによれば、こうした貸し借りサイトではコミュニティが自然発生することがしばしばあるといい、2014年にオンラインマガジンのシェアラブルでこう述べている。「これまでに見られたのは、まず、ツールの図書館から市場が生まれるという現象です。それから、協働スペースと市場によって増強される例も見られます。どちらも自然な流れです(7)」
高級アパレルやアクセサリーは、一見するとP2Pレンタルにそぐわないように思える。しかし、高級衣料を定価の1分の1ほどで数日間貸し出す(2015年時点)レント・ザ・ランウェイが成功したことを受けて、P2Pアパレルレンタル市場が多数生まれている。アメリカではスタイルレンドやレント・マイ・ワードローブ、ヨーロッパではレンテヴー、ドバイではデザイナー4などがある。
ファッションモデルからシリアル・アントレプレナー(連続起業家)に転身し、スタイルレンドの共同創業者でCEOを務めるロナ・ダンカンと、2015年初めに興味深いミーティングをする機会があった。ダンカンは、衣料品とアクセサリーのP2Pレンタルには大きな可能性があると力説した。「所有権がなくても利用するというのは、購入するより自然なことです。女性というのは身に着けるものをより柔軟に選びたいものですから。それに、貸し出して収入が得られるとなれば、衝動買いが増えるかもしれません」。レンテヴーの創業者、フィオナ・ディゼニとも2014年に話をした。ディゼニは、このビジネスモデルが小規模でニッチなデザイナーには特に有意義であると指摘した。P2Pレンタルという活動によって、潜在顧客のファッション嗜好を詳しくつかむことができ、好みが似ているユーザーのあいだでコミュニティが発生し、フィードバックのルートと市場調査の手段がデザイナーの手に入り、レンタルに続いて抵抗なく購入する流れがつくられるからだという(面白いことに、これらの利点はソーシャルメディアが持つ商業的価値として私が2007年に大学で教えていた内容とよく似ている)。
しかし、ダンカンによれば、最大の問題は物流にあるという。商品は所有者から借り手へと運び、使用後はドライクリーニングをしてから確実に返却しなければならない。レント・ザ・ランウェイのようなB2C企業であれば大規模かつ効率的にできるが、小規模なP2P市場には常につきまとう問題だ。その結果、2015年半ばの時点で、スタイルレンドとレンテヴーは両社とも衣料品交換会のようなイベントを主に手がけており、顧客は用意された会場で顔を合わせて品物の受け渡しや交換をしている。ディゼニとダンカンが指摘した商業とコミュニティの融合は、ホミッキの言うツールの図書館における出会いや交換の相互発展と近いものがある。
しかし、まだ肝心の疑問が残っている。「所有権なき利用」により効率性が大きく向上するのは明らかだが、P2Pレンタル市場は家屋や自動車のような高額資産でなくとも規模を拡大できるものなのだろうか?商業とコミュニティがこうしてつながることに、長期的価値はあるのだろうか?P2Pレンタル市場が急拡大することがあれば、経済にどのような影響が出るだろうか?取引の機会が増え、成長が促されるのか?ダンカンの予想する「衝動買いからの貸し出し」という流れが実現するのか?あるいは、商品が売れなくなって景気が減速することになるのか?

ラ・リュッシュ・キ・ディ・ウイー完璧さの再定義

フランスでも、顔の見えるP2Pビジネスモデルが食料品の買い物という分野で人気を集めている。2014年の春、ニューヨーク大学スターン・スクールでMBAを専攻している優秀な学生チーム(フマイラ・ファイズ、シドニー・グラシャック、アンドリュー・ング、ジャラ・スモール)を連れて、マルクダヴィッド・シュクルンに会いにいった。シュクルンはラ・リュッシュ・キ・ディ・ウイを共同創業したCEOで、同社は「イエスと言う蜂の群れ」と訳すことができ、英語圏ではザ・フード・アッセンブリーという名称で知られている。パリに拠点を置くシュクルン率いる活発なチームが開拓しているモデルは、農作物の市場をデジタル技術で拡張する、バーチャルと現実の見事な融合体だ。シュクルンが説明してくれた事業内容は、次のようなものだ。まず、有志が居住地域に「群れ」をつくる。群れは、同社が提供するソフトウェアを通じて、地元農家があらかじめ掲載した作物の出来と価格を見て注文する(ソフトウェアからは市場の宣伝ツールも得られる)。群れと農家の集まりが週2回ほど、有志により時間と場所を決めて開かれ、注文の農産物が引き渡される。有志には少額の手数料(8パーセントほど)が支払われ、ラ・リュッシュ・キ・ディ・ウイにも手数料8パーセントが入り、残りは農家の収入となる。
同社は2010年に着想を得てから、2015年半ばまでに700以上の群れを抱えるまでに成長し、ニューヨークのベンチャーキャピタルであるユニオン・スクエア・ペンチャーズ(USV)から800万ユーロの投資を受けた。USVがフランス企業に投資したのは初めてだった。「土曜の朝に群れの集まりに行き、コーヒーを飲みながら参加者が次々と来るのを眺めました。ここではほかとは違う、独自のことが行なわれていると感じました。アメリカでは誰もやっていません。少なくとも成功例は聞いたことがない」とUSVのパートナーのフレッド・ウィルソンは、2015年にテッククランチの電話インタビューで述べた(8)。会場のにぎわいや参加者が交わす会話と笑顔は、蛍光灯に照らされながら商品棚のあいだをカートを押してひとりで買い物するのが普通のアメリカ人とはきわめて対照的だ。
ラ・リュッシュ・キ・ディ・ウイには、より大きな変化をもたらす可能性がある。農産物の市場で買い物をしたことがあればわかるように、大手スーパーの商品に期待される完璧な色や形をしていない作物にも、消費者は慣れる。しかし、シュクルンによれば、慣れが生じるのは商品の見た目だけではないという。2014年の夏にニューヨークで開かれたラ・フレンチ・タッチ・カンファレンス(技術を切り口にフランスと世界を結ぶことを目指すイベント)の機会に話を聞いたところ、その慣れは悪くないもののようだ。「消費者は、サービスに対する期待を変えなければなりません。有名ブランドにより合理化された、変化のない体験を当たり前だと思っているのです。当社では、合理化されたシステムを提供することはできません。コミュニティによってまったく違ったものになります。利用者は多少の不完全さを受け入れる必要があります。小規模農家が消費者と直接コンタクトを取るシステムで、完璧なサービスを提供するのは非常に難しいですから。ときには商品がなかったり、農家が渋滞で遅れたりすることも受け入れないといけません。ですが、実際に消費者の期待には変化が現われていますよ。人々の理解が進もうとしています」
シュクルンの話を思い出すことが私にはよくある。ホテルの部屋に入り、タオルがきっちりと昼まれ、すべてがあるべき場所に収まっているのを見たときや、ルームサービスがたった1分遅れただけでいらいらしたときなどだ。企業中心の社会を生きてきた私たちは、考えてみればあまり重要でない高品質の商品やサービスに過剰な投資をしているのだろうか?個人対個人の関係が復権すれば、自然とかつてのように本当に重要な品質だけを求めるようになるのだろうか?

アルン・スンドララジャン (著), 門脇 弘典 (翻訳)
出版社 : 日経BP (2016/11/17) 、出典:出版社HP

本書の読み方

ここまで、いくつもの問題を提起してきたが、こうした疑問に答えることが本書を執筆した目的である。読者の方々には、台頭しつつあるクラウドベース資本主義と、人々が受ける可能性のある強い影響への理解を深めていただければ幸いだ。
本書の内容は、大きく原因と結果のふたつに分かれている。もちろん、初めから終わりまで通読するのが理想的だ。しかし、違う順番で読みたい方のために、概要を示しておく。
第1~4章は「原因」のパートで、過去と未来の両方に目を向ける。第1章ではシェアリングエコノミーが市場経済と贈与経済のどちらなのかを論じており、本書の後半に向けた重要な予備知識となる。同じ章で述べているシェアリングエコノミーの考え方の変遷は、研究者にはとりわけ興味深いと思う。
第2章は、ここ数年でシェアリングエコノミーがにわかに活況を呈している理由を知りたいという方に向いている。デジタル技術によって今後起きうる変化を考える枠組みが欲しい場合も、役に立つだろう。専門的すぎることはないが、あとの章を読むのに必須というわけでもない。同様に、第4章では、この先1年でクラウドベース資本主義を変える可能性のある「ブロックチェーン」という新しい技術を概観する(後述するように、この技術により一般大衆は単なる供給源ではなくなり、暗黙のうちに市場そのものを集団で所有し、実際の運営を担う「仲介者」に変わる)。2015年のブロックチェーンの議論には、特に許可なきイノベーションに関して、1995年の商用インターネット黎明期に行なわれた観念的な論争と似たところがある。ブロックチェーン技術により、P2P市場とデジタル契約の新時代が到来すると考えられる。この章も本書の後半を読むのに絶対必要ではない。
第3章では、シェアリングエコノミーのプラットフォームによって生み出されつつある、新たな「機構」の性質を掘り下げる。組織と市場の境界線にデジタル技術がもたらす変化を長年研究してきた結果を踏まえた議論となっている。これまでにないシェアリングエコノミー事業を組み立てる枠組みを探している場合や、経済活動の仕組みを決めているものは何かというより一般的な疑問を持っている場合に役立つだろう。
第5~8章では、経済・規制・労働にもたらされる影響、すなわち「結果」を扱う。経済的影響を論じた第5章と規制問題について述べた第6章は、それだけ読んでも理解できるよう努めたが、本書の前半部分を読めばより多くの学びを得られるはずだ。労働の問題にだけ興味があるという場合は、第3、7、8章を読むことをお勧めする。
2013年のニューヨーカー誌の記事で、ジャーナリストのジェームズ・スロウィッキーはクラウドベース資本主義の可能性を正確に指摘した。ウーパーがベンチャーキャピタルから4億ドルを調達したことに触れてから(当時はあまりに高額だと思われていた)、スロウィッキーはこう結論づけた。
こうした新興企業に資金が流れ込んでいる状況は、ミニバブルが起きつつあるかのように感じられる。しかし、この活況の背後には、経済に多くのリソースが眠っているという賢明なアイデアがある。自家用車が平均して1日に1時間しか使われていないなど、資産は遊ばされているし、働き手には使われない時間とスキルがある。資産を持っている人々と、代金を払ってでも借りたい人々を結びつけることができれば、ムダを減らし、結果的により効率的なシステムが実現できる。
インターネット上の市場は、スロウィッキーが可能性を指摘した結びつきに基づく「コミュニティ」の一種だ。そして、もちろんほかの種類もある。本書では、議論の的を絞るため、人気を集めているシェア活動でも言及しなかったものがいくつもある。食品協同組合、カーシェア協同組合、タイムパンク、自転車シェア計画、コハウジング、コワーキングなどだ。ただし、こうした活動が取るに足りないとか望ましくないということではない。私が設定したクラウドベース資本主義にぴたりと収まらないのだ。では、これまでに挙げた事例に話を戻そう。私はいわゆるシェアリングエコノミーの分野で、非常に多くの経営者、思想家、組織と出会い、刺激を受けてきた。ここで挙げたのはそのほんの一部であり、各章でさらに多くの例を紹介していく。それらは組み合わさって、すばらしいイノベーションのタペストリーを織りなしている。数十年後の資本主義社会の姿を垣間見ることができるだろう。そこからは多くの疑問も湧いてくる。信用に関する疑問や、ブロックチェーンのような新しいデジタルインフラ、経済的影響、働き方、社会的セーフティネット、あるべき規制などについての疑問だ。本書では、ここに挙げた以外にも多数の疑問に対する答えを探っていく。
まずは、おそらく誰もが抱く大きな疑問から始めよう。「シェアリングエコノミー」の正確な定義とは何か?その答えを求めて、またヨーロッパに飛ぶことにしよう。舞台はパリのウイシェア・フェストだ。

アルン・スンドララジャン (著), 門脇 弘典 (翻訳)
出版社 : 日経BP (2016/11/17) 、出典:出版社HP