世界一わかりやすいDX入門 GAFAな働き方を普通の日本の会社でやってみた。: デジタルトランスフォーメーションで組織スピードを上げる

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デジタル組織の作り方

GAFAな働き方を日本企業に当てはめるということを、実践し実際にドワンゴの組織改革を成し遂げた著者が実践したことが体系化され非常にわかりやすくまとめられています。欧米的な機械的な組織ではなく、それを日本的なファジーさや機微も大切にしようと試みながら、どうDXを実現するのか。かなり図解が多く、難しく複雑に思える内容でも右脳的に理解をすることができます。

この作品は、2020年1月に東洋経済新報社より刊行された書籍に基づいて制作しています。
電子書籍化に際しては、仕様上の都合により適宜編集を加えています。
また、本書のコピー、スキャン、デジタル化等の無断複製は、著作権法上での例外である私的利用を除き禁じられています。本書を代行業者等の第三者に依頼してコピー、スキャンやデジタル化することは、たとえ個人や家庭内での利用であっても一切認められておりません。

プロローグ―DXの実践にはGAFAな働き方が不可欠

2016年8月、私はある面談に向かっていた。
会場に指定された歌舞伎座タワーのエレベーターの中でキャリアを振り返ると、いろいろなことに挑戦し続けてきたからこそ、今があるのだと感じていた。

はじめての転職は1997年6月にさかのぼる。当時の私はわずか4年のITエンジニアとしての経験と、TOEIC400点レベルの英語力という、完全に実力不足の状態であったが、三浦知良さんの『「足に魂こめました」――カズが語った[三浦知良]』(文藝春秋、1993年)を読んで、自分はまだまだ挑戦が足りないと感じてしまったのだ。この本をきっかけに、典型的な日本企業から外資系企業に転職した。このとき以降、そのつどそのつど試行錯誤してきたことが、「この会社のインフラ改革を実施するために役立つのではないか」と考えながら、起きたさまざまなことを思い出し、ある会社の採用前のカジュアル面談を受けていた。

面談をしたのはドワンゴの人事の採用チーム、そしてインフラx1チームの部長だった。話の内容はニコニコ動画・生放送のインフラの現状と、それに対する彼らの課題意識であった。当時の私はアマゾンウェブサービス(以下、AWS)のコンサルティングチームを率いており、その仕事を楽しんでいた。しかしドワンゴの話を聞いていると、この仕事は私でないとできないのではないか、と思い始めてしまったのだ。その後、数回の面談と面接を経て、2017年1月に私はドワンゴのインフラチームの部長として、会社の入り口をくぐった。
2020年4月、ドワンゴのインフラ改革はほぼ終わった。これにより私が入社した2017年1月に立てた仮説が正しいことの検証ができたのである。その仮説とは、「GAFA的な働き方(以下、「GAFAな働き方」とする)に日本的な要素を加えることで改革は成功する」というものである。GAFAとは、ご存じの通り、Google(グーグル)、Apple(アップル)、Facebook(フェイスブック)、Amazon(アマゾン)の4社を指し、GAFAな働き方とはそうした企業が目指している、あるいは、実践している働き方である。
多くの日本企業が今、課題としているデジタルトランスフォーメーション(DX)でも同じことがいえる。DXの本質はデジタル技術と合理的マネジメントを融合すること。そして、DXを実践する上で不可欠なのはGAFAな働き方なのである。私たちが行なってきたデジタルネイティブx2企業のインフラ改革の手法が、DXを進められている方々に対して、なんらかの役に立つのではないかと考え、本書を執筆しようと考えた。

ドワンゴのインフラ改革について少し触れたいと思う。課題の本質を一言で表すと、仕事の属人化であった。ドワンゴのようなデジタルネイティブ企業でもそれが課題であった。多くの方が実感されていると思うが、属人化はDXを推進する上で最大の障壁である。デジタルサービスに限らず、サービスを急いでつくる場合、チームで動くより個人のスキルに任せるほうが早いため、十分な情報が記載され、記録されることもなく、サービスがつくられてしまうことがある。まずは、その属人化というものを徹底的に解消するようにした。
たとえば、システム構成図x3やパラメータ×4、時にはroots5のパスワードを知っている人が1人しかいないこともあり得る。また、システムのAPIk6や仕様が仲間内に公開されず、そのつど問い合わせる必要が生じる場合もある。
なぜ属人化が起きてしまうのかを理解するために、ドワンゴのチーム体制について少し説明しておきたい。ニコニコ動画・生放送という大きなサービスを多人数でつくっているため、多くのデジタルサービス企業と同様に、アプリペ7チームはサービスごとに縦割りチームとして分かれ、インフラチームは横串チームとして独立した状態で機能し連携が十分といえる状態ではなかった。
2010年代中盤に、ニコニコビジネスが急速に拡大したことと、ユーザーの高画質化への期待により、必要なインフラの規模が数年間で数倍になったことによって、数百Gbpsのネットワークと、数百台の配信サーバにより動画/生放送を配信することになった。数百Gbpsとさらっと書いたが、Gbpsはデータの伝送速度を示す単位で、数百Gbpsの規模をわかりやすく説明すると、例えばリモートワークでよく使われる会議・ミーティングのアプリZoomで表現すると20万人が同時にライブで使えるくらいの規模に相当する。そのように規模が拡大している中で、仕事が属人化していたがゆえに、チームでインフラの仕事を回すことが難しくなり、スピードが下がり、コストが上がり、サービスレベルが下がるという悪循環に陥っていた。
たとえば、購買や契約が個人に依存し、組織としてスケールメリットを活かせず、コストダウンができないケースがあった。また、個人に仕事が集中し、十分な技術選定をするスキルと時間が不足した結果、購買時の業者選定のコンペも十分にできない状況であった。
特に、技術の選定の際に、その担当者の知っている技術の範囲が限定的であったのが大きな課題であった。ある領域だけは尖った技術を使っているが、他の領域では最新のコスパが良い技術にチャレンジできていないなど、バランスの悪い設計になっており、時にはその技術の選定がサービスの品質を下げてしまっていることもあった。
ドワンゴは、ニコニコ動画のインフラ改革に何度もチャレンジしており、数年間トライ&エラーを繰り返していた(くわしくはhttps://cakes.mu/posts/4758を参照)。
これを解決するためには、私が今まで経験してきたGAFAな働き方のマネジメント手法が特効薬であると考え、入社直後から担当する部門において、そのマネジメント手法を実行することにした。その内容について、2018年のデブサミx8のセッションにおいても、GAFA的なアプローチで改革をしていることを発表している(https://togetter.com/li/1200101)。
そのプレゼンを期間を決めてネット上で公開・共有していたがそれに対しても、「ドワンゴらしくない」というコメントを社外の人よりいただいたことから、当時の外から見たドワンゴの文化とGAFA的アプローチが対極にあったのではないかと思う。
属人化をなくすために、まずサービス型チーム*9を形成することから着手した。その目的は、社員にチームの一員としてオーナーシップをもってもらうことであった。つまり自分のチーム、そして社員個人個人が何に責任をもって仕事をするかということを理解し、仕事を遂行してもらうためであり、これを徹底的に行なった。
最初に、サービス型チームとは何かを、課長以上のマネージャー陣に教え込んだ。そして、サービス型チームを構成するために必要なサービスオーナー、スクラムマスター、アーキテクト、エンジニア、オペレーターというロール(役割)を徹底的に浸透させた。ロールについての詳細は第4章で詳しく説明する。
ロールによって分担された仕事のオーナーシップが明確になったことで、あいまいさがなくなった。各々の仕事の目的がクリアになり、そして関係者の仕事への期待値の差がなくなったことによって、実作業に集中でき仕事の品質が劇的に向上した。そして、障害続きだったインフラが安定化していくことで、失われていたアプリチームとの信頼関係が徐々に改善し、仕事がスムーズに進むようになってきた。
特に、サービスオーナー会という毎週行なわれる会議に加えて、開発の状況をWikik0や口頭での会話、チャットでの議論等を通じて共有することにより、関係者の信頼関係が強固になり、さらに仕事の品質とスピードが上がっていった。

信頼関係ができると、すべての打ち手を一致団結して進められるようになった。ムダをなくすために、アプリとインフラのエンジニアが一丸となって、設計や設定の変更、過去のしがらみを捨てるなど、できることをどんどん進めていった。そして良いサイクルが回り出すと、社内外からやる気のある人材が加わるようになった。削減する予定であった費用を原資に、優秀な人材を集め、2018年3月末には、3年をかけてやろうとしていた改革が終わる見通しが立った。インフラ改革のゴールである、コストダウンと品質アップを同時に達成する目処が立ったということになる。
もともとなぜ3年計画だったかというと、今までできなかったから、3年は最低かかるだろうというザックリした見込みと、3年以内にどうにかしないとビジネス上厳しくなるだろうという予想から、その期間で計画を行なった。
改革を進めた際に作成したインフラ投資に対する予想PL(損益計算書)も、3年でどうにかするという内容になっていたし、周囲もそれ以上のスピードで実施することよりも、何より安全に進めることを期待していた。
当時のKADOKAWAのIRの情報にも記載されているように(https://ssl4.eir-parts.net/doc/9468/ir_material_for_fiscal_yml/48151/00.pdf)、3億を費やしていたインフラコストが3年をかけて8億に下がり、高画質化を実現するという計画であった。実際は3年ではなく1年で終わらせることができたのである。
このように短期間で実現できたのは、GAFAな働き方のおかげである。今まであった状態から、未知の領域へ進むために必要な道のつくり方、感情を理解しながらも合理的に企業設計をする横串チームと縦割りチームの接点マネジメント、それを進める際の人材マネジメントについて、私がキャリアの中で学んだことをドワンゴでただ実践しただけであった。くわしくは第1章で解説したい。

この改革の成果を認められたからかは不明であるが、その後私は株式会社KADOKAWAの執行役員となった。同時に、エンジニアの企業である株式会社KADOKAWAConnectedを代表取締役社長として立ち上げ、400名規模の人材をベースに、KADOKAWAグループのDXを推進している。
ここでも、ドワンゴでニコニコのインフラ改革を行なったときの進め方、言い換えると「日本型のGAFAな働き方」が、KADOKAWAのDXを進めるための成功のポイントであると日々感じている。

最後に、本書を執筆している2020年夏、新型コロナウイルスの影響で世界は大変なことになっている。KADOKAWAもこの苦難に向かって攻めと守りのDXを掲げ、今できるあらゆる打ち手を打っている。グループ全体で6000人の在宅勤務が可能になったものの、まだ道半ばである。チーム一丸となり、すべての関係者(クリエイター、社員、ビジネスパートナー、お客様)に対して、彼らの日々の体験を最高にするソリューションを開発しているところである。
そして、ドワンゴのニコニコ事業はチーム一丸となってサービスを提供している。従来までのファンだけではなく、これから利用される方々にも、サービスを体感していただき、日本を代表する配信インフラをもっているニコニコを、プレミアム会員やチャンネル会員になって支えていただけるとありがたい。

★1インフラ
デジタルサービスを提供するための、コンピュータ等のハードウェアや、OSやミドルウェア等のソフトウェアのことを指す。標準化できるものはすべてインフラで、そうした意味では、最近はアプリケーションもインフラになっている。
★2デジタルネイティブ
デジタル技術を企業の根幹とし、その価値を最大限使い切っている企業。
★3システム構成図
システムの設計図となるもの。システム設計をする際に必ず作成し、チームで作業をするようなときに他のエンジニア等が理解できるようにするドキュメント。
★4パラメータ
システム設計をした際に、ソフトウェアやハードウェアに設定する値。これによってそれらの動作や速度が変わる。
★5root
特権ユーザー。システムのすべての設定を変更できるもっとも強力な権限をもつユーザー。このログイン情報を失うと、ログインできなくなり、システムの変更ができなくなる。
★6API
アプリケーションプログラミングインターフェイスの略。アプリケーションソフトウェアを構築および統合するために使われるツール、定義、プロトコルのこと。
★7アプリ
ニコニコ動画では、WEBサイトやスマホアプリなど、ユーザー体験に直結するソフトウェアのことを指す。サービスごとに個別につくられることが多い。
★8デブサミ
デベロッパーズサミットの略。技術者コミュニティとの連携から生まれた総合ITカンファレンス。IT技術者のお祭りのようなもの。毎年開催される。
★9サービス型チーム
仕事をサービスという機能として定義し、その中で各々の役割分担を明確に行ない、利用者に対する機能と品質の約束を守るチーム。
★10Wiki
WEBブラウザを使って情報共有をする仕組み。簡単に文書の整形や装飾が可能で、多人数、双方向で情報共有をする際に便利な仕組み。社内ポータルのように使える。

目次

プロローグ|DXの実践にはGAFAな働き方が不可欠
第1章GAFAな働き方を日本企業で活かす
GAFAな働き方と逆GAFAな働き方
【コラム】WindowsNT + 8CPUサーバでUNIXを負かす
カスケード――リーダーシップの連鎖
本気で人材育成を行なう会社
ベストな日本型マネジメントを探る
アマゾンの働き方は素晴らしいが……
【ポイント1】企業文化や行動規範が明文化されている
【ポイント2】仕事の役割が明確に設計されている
【ポイント3】コミュニケーションが最適化されている
【ポイント4】実力主義で多様性がある
【ポイント5】 KPIやOKRがクリア

第2章攻めのDXと守りのDX
アマゾンは意思決定と実行のスピードがなぜ速いのか
アマゾンの仕組みを日本企業に移植することは可能か
DXの定義の再確認
攻めのDXは大きく分けて5つ
攻めのDXの打ち手を比較する
守りのDXは大きく分けて5つ

第3章 デジタルビジネスに成功すればOKか?
「デジタルビジネスの成功=DXの成功」ではない
DXの成功とは何か?
DXは「企業の再設計」を強いる
従来よりも良い受け皿を用意する以外に手はない
AI導入を進める前にまず標準化
DXには大きく4つのタイプがある

第4章 DXの基本となるサービス型チーム
DXの基礎となるマトリックス型組織
サービス型チームをつくる
コミュニケーション改革
人材マネジメント
人材マネジメントのサイクル

第5章改革に抵抗する人々とどうつき合うのか
DXを進めるのは難儀
まずは社内の仲間を探せ、抵抗勢力は後からついてくる
ギバーの力を最大化する
ギバーとマッチャーはどこにいるのか
ダイレクトに影響を与えることと枠組みづくりを分けて考える
ダイレクトな力と枠組みを使い分ける

第6章 DX人材のなり方・育て方
DXは変わりたいという人にチャンスを与える GAFAで評価される人材とは
日本企業のDXで評価される人材とは
チャレンジ・約束・スピード
ハンター型とファーマー型人材の持ち味で分類
全員で成し遂げるDX 変化に対するストレスを減らすコツ
心身を整えるためのHP/MPマネジメント
自分の価値を理解する
自律できる人材になる
世代・役割別DX成功のポイント

第7章 「守りのDX」リモートワークは成功するのか
守りのDXの重要課題であるオンライン会議
オンライン会議の体験を構成する要素
コロナ禍で問われる「オフィスとは何か?」

エピローグ|生産性を「自分らしく」高めるためのDX