ESG思考 激変資本主義1990-2020、経営者も投資家もここまで変わった

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ESG普及のプロセスを元に全体像を把握する

世界がESG思考に至る経緯が丁寧かつ明確に説明されていて、とても分かりやすいです。経済に関する認識や思想の違いをもとに4つのモデルに分けて説明されるので、それぞれの主張と行動の背景が掴みやすくなっています。この領域の経験者には頭の整理になりますし、初心者には入門書になるような一冊です。

 

はじめに
スターバックスの本当の姿を日本人は知らない

コーヒーチェーンで日本でも有名なスターバックス。今や世界約3の国と地域で3万店舗以上を運営するほどのグローバル企業だ。店舗でコーヒーを販売するために1年間で調達しているコーヒー豆の量は約20万トン。コーヒーは1杯当たり10グラムの豆を使っていると言われているので、この割合で換算すると1年間で300億杯を提供していることになる。
このスターバックスが、2018年7月に「世界中の店舗で使い捨てプラスチックストローを2020年までに廃止する」と発表したことが大きな話題を呼んだ。スターバックスの使い捨てプラスチックストローの年間使用数は推計1億本。このときの発表では、世界では毎年800万トンのプラスチックが海に流れ込み、それが生態系に悪影響を与えているという海洋プラスチック汚染の問題を提起し、業界の一企業としてこの問題を傍観しているわけにはいかないと、使い捨てプラスチックストローを廃止する理由を説明した。
使い捨てプラスチックストローの廃止という衝撃的な発表に対し、私の周辺でも賛否両論が聞かれた。賛成派は、海洋プラスチック汚染問題にグローバル企業が関心を寄せ、廃止を決めたことを大歓迎していた。一方反対派からは、ストローばかりを問題視しても意味がないといった意見や、ストローを必要としている人もいるので一方的な廃止はむしろ社会にとってマイナスだという意見も出た。ちなみにこの日の発表でもスターバックスは、必要な人にはストローを提供すると表明しているのだが、いずれにしても、賛成派にとっても反対派にとっても、企業が何やら最近、環境問題に関心を寄せ始めていることを感じさせるニュースとなった。スターバックスは、シアトルにある本社が作成した年次報告書の中で、次のようなことを言っている。
今日、市場の中でのスターバックスのブランド力のおかげで、当社は範を以てリーダーシップを発揮する機会を得ている。当社の責任は、事業パートナー、消費者、サプライヤー、株主、地域社会など、スターバックスのステークホルダー(利害関係者)に対して説明責任を果たし、事業のやり方やパフォーマンスについてオープンに発信・対話していくことから始まる。
当初での進化は、環境分野で責任ある方針や社内規定を策定することを担う環境問題チームを発足したことにある。環境問題が新たに浮かび上がってくれば、このチームが現状を分析し、改善のための機会を探していく。
これを読んで皆さんは何を思うだろうか。環境問題に関する内容があることから、プラスチックストローを廃止するスターバックスが言いそうなことだと思ったかもしれない。また、最近メディアで「ステークホルダー型資本主義」という単語が登場し始めていることから、いま流行りの言葉が並んでいると感じたかもしれない。
しかし、私がここで伝えたいのは、この内容が記載されている年次報告書がいつのものかということだ。このスターバックスの年次報告書は、2019年度や2018年度のものではない。私がこの引用部分を引っ張ってきたのは、スターバックスの2001年度の年次報告書で、今から約20年も前のものだ。スターパックスの人気メニューの一つである「抹茶クリームフラペチーノ」の日本での販売が始まるのが2002年3月なので、この年次報告書はそれよりも前に世に出ていた。
では、次の内容は、同じくスターバックスのどの年の年次報告書のものだろうか。
スターバックスとCI(著者注:国際環境NGOコンサーベイション・インターナショナルのこと)は、今後の気候変動に対応し、当社の責任あるコーヒー育成手法であるC.A.F.E.プラクティスのインパクトを測定することで協働するため、5年間のパートナーシップを更新した。スターバックスは今後3年間で750万ドルを提供することにコミットし、その半額以上をメキシコとインドネシアでの現場プロジェクトに投ずる。我々の計画は、そこで得た知見を、アジア太平洋、アフリカ、アラビア、中南米の他のコーヒー農家でも実施支援していくことにある。特に、C.A.F.E.プラクティスに参加する農家を拡大し、当社のガイドラインを通じて、農家の事業支援、世界の動植物の種のための重要な生息地の保護、潜在的な気候変動からの悪影響に対する農家の対応支援に取り組む。
この中に登場するC.A.F.E.プラクティスとは、スターバックス独自の自主的な取り組みで、環境と農家の所得に十分に配慮してコーヒー豆を調達するという、いわば「フェアトレード認証」と「エコ認証」を同時に満たすような高い水準の調達基準のことを指す。この年次報告書が発表された年には、スターパックスは創業以来初めて、調達したコーヒー豆全体に占めるC.A.F.E.プラクティスでの調達割合について目標を定めた。その成果は、定めた目標%に対し実績は一%と、目標を大幅に上回っていた。同じ年には、他にも数多くの定量目標が設定された。たとえば、「今後3年間で直営店舗からの二酸化炭素排出量を%削減」「今後3年間で直営店舗での消費電力の3%を再生可能エネルギーに切り替え」「全新設店舗で環境ビルディング認証を取得」「今後8年間で飲料カップの5%を再利用可能なものに切り替え」というようなものだ。
さて、あらためて、これらの内容が記載されていたのは、どの年のスターバックスの年次報告書だろうか。気候変動や、飲料カップの再利用といった内容があることから、今度こそここ数年のものだと思ったかもしれない。しかし残念ながら答えはまったく違う。これは、2008年度の年次報告書だ。
スターバックスの経営については、カジュアルで洗練された内装、フレンドリーな店舗従業員の育成文化、消費者から支持され続けるブランドマネジメントなどが大きく注目されてきた。しかしその一方で、スターバックスがそれら以上に何を重視し、定量目標まで設定していたかについては、日本ではほとんど着目されることがなかった。それもそのはず、スターバックスの店内表示や広告を見ても、フェアトレードや環境配慮などといった表示はほとんどない。この事実から、スターバックスは、消費者から支持されるために必要なものはフェアトレードや環境配慮といった「きれいごと」ではなく、あくまで「商品の質」と「居心地の良い空間」だと捉えていたことがうかがえる。
では、スターバックスは、消費者に訴求するためでもないのに、何のために、わざわざそこまでしてフェアトレードや環境配慮を大規模に手掛けていたのだろうか。実は、このような「わざわざ」とも思えるアクションを2008年頃から展開していたのは、スターバックスだけではない。日本でもよく知られているグローバル企業はほぼすべてこの時点で同様のアクションをとり始めていた。しかし、今に至るまで日本ではほとんど知られてこなかった。このあまり語られてこなかった大いなる謎を解き明かしていくのが、本書のテーマだ。そこに資本主義の変化の過程が隠れている(文中敬称略。肩書は当時のもの)。

※ちなみに、スターバックスは、2018年度の報告の時点で、C.A.F.E.プラクティスに基づく調達率は、コーヒー豆で99%、茶葉で95%にまで到達。すなわちスターバックスのドリンクの原材料調達は100%近くフェアトレードが実現されている。再生可能エネルギー比率は7%となり、2020年までに100%にする目標を掲げている。環境ビルディング認証取得では、すでに既存店舗にまで対象を拡大し、現在好ヵ国1612店舗で取得済み。2025年までに1万店舗にまで伸ばすことが目標だ。容器では、2022年までに再生素材利用率を8%にまで増やした上で、100%堆肥化可能にすることを目標としている。

 

目次

はじめに
スターパックスの本当の姿を日本人は知らない

第1章 環境・社会を重視すると利益は増えるのか
利益が減るから反対する「オールド資本主義」
利益が減っても賛成する「脱資本主義」
利益が増えるから賛成する「ニュー資本主義」
利益が増えても反対する「陰謀論」

第2章 オールド資本主義の時代はいつ終わったか
WTOと反グローバリズムの闘争
ナイキ不買運動とシアトル暴動
企業のグローバル投資がODAを上回る
アナンが始めた2つの装置
国連グローバル・コンパクト
日本独自の「CSR文化」が始まる。
1992年から「サステナビリティ」が広がる
2003年は日本のCSR元年
過激なNGOとアドバイスをくれるNGO

第3章 ESGとともに生まれたニュー資本主義
投資家という存在の大きさ
「機関投資家」とは誰か
日本と世界の運用会社は?
機関投資家には「受託者責任」がある
トリプルボトムラインは投資家受けが悪かった
社会的責任投資とエコファンド・ブーム
〈第1の波〉酒・たばこ・ギャンブル・ポルノの排除
〈第2の波〉武器製造とアパルトヘイトの排除
〈第3の波〉エコファンドの登場
日本にも来たエコファンド・ブーム
たった3年で終わったブーム
国連責任投資原則(PRI)の発足
ニュー資本主義の幕開け
ESG投資は受託者責任に反しないのか
50署名機関で始まったPRI

第4章 リーマン・ショックという分岐点
政府とNGOの対立が消えた
日本企業は徹底したコスト削減
欧米ではサステナビリティ経営が勃興
見えないリスクを掘り出す
1年に1つブームが起こる日本のCSR

第5章 ニュー資本主義の確立
国連責任投資原則署名機関は9年で1400に
SRIファンドとESGの違い
SRIインデックスの登場
ESG評価機関の創始者たち
ESG投資が発展するための4つの基盤
ESGの基盤1(長期思考〉
経営者たちのリスク認識の変化
ESGの基盤2(データ〉
ESGの基盤3(マテリアリティ>
ESGの基盤4(ESG評価体制》
ESG投資のパフォーマンス
日本企業の停滞
自社株買いに貴重な資本を費やす

第6章 ニュー資本主義が産み出したパリ協定・SDGs
気候変動懐疑派の退潮
京都議定書の失敗
先行する金融機関の気候変動対策
気候変動8大リスク
石炭投資引き揚げ
屈服したティム・クック
満を持して開かれたCOPTパリ会議
パリ協定に出遅れた日本
グレタ演説にグローバル企業が共感
国連持続可能な開発目標(SDGs)の採択
サプライヤーを監査する
1320兆円の成長機会

第7章 日本でのニュー資本主義への誘導
世界最大の機関投資家GPIF
GPIFのESGインデックス採用
ESGスコアを引き上げリターンを伸ばす
株主という意識が薄かった運用会社
運用会社が投資先と対話する意味
日本のSDGsブームの罠
SDGsバッジは大流行
やはりSDGs予算が削られる?

第8章 ニュー資本主義時代に必要なマインド
上場企業に必要なこと
非上場企業に必要なこと
金融機関に必要なこと
政府に必要なこと
NGOに必要なこと

おわりに 未来は自分たちでつくるしかない
補遺新型コロナウイルス・パンデミックとESG思考

重要略称
ESG(Environment, Social, Governance)環境・社会・企業統治
SDGs(Sustainable Development Goals)持続可能な開発目標
MDGs(Millennium Development Goals)ミレニアム開発目標
CSR(Corporate Social Responsibility)企業の社会的責任
SRI(Socially Responsible Investment)社会的責任投資
PRI(Principles for Responsible Investment)責任投資原則
UNEP(United Nations Environment Programme)国連環境計画

 

第1章 環境・社会を重視すると利益は増えるのか