SDGs・ESGを導くCVO(チーフ・バリュー・オフィサー)―次世代CFOの要件

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現代の経営についてしっかり学べる専門書

CFOのみならず、経営トップや関連部門すべての人に読んでほしい真の統合思考、持続可能な経営が記された良書です。全体を通して読みごたえがあり、辞書機能としても活用することができます。経営へのサステナビリティー統合の原則が把握できる一冊です。

マーヴィン・キング (著), ジル・アトキンス (著), KPMGジャパン 統合報告センター・オブ・エクセレンス (翻訳)
出版社 : 東洋経済新報社 (2019/5/31)、出典:出版社HP

 

この作品は、2019年6月に東洋経済新報社より刊行された書籍に基づいて制作しています。
電子書籍化に際しては、仕様上の都合により適宜編集を加えています。
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日本語版 はじめに

本翻訳の原著『Chief Value Officer: Accountants Can Save the Planet』(会計士は地球を救う)はマーヴィン・キング博士によるものであり,博士は南アフリカが今日の発展に至るに際し,はかりしれないほど大きな貢献をされた方です。さらに博士は,この地球という美しい感星で協働生活を営む我々に対し、人類が抱える共通の課題に向けて、今もなお高潔な信念と理性を体現し続けておられます。
私は、そのマーヴィン・キング博士の原著を日本語でお届けできる光栄を深く感謝しています。本書はその翻訳に,日本での現状を鑑みて3つの補章を追加し、一冊の本となっています。
さて,現在の地球は気候温暖化や急速な人口増加に伴う環境破壊で危機に瀕しており、この地球で事業活動を営む企業が取るべき行動のあり方や倫理は,これを取り囲む多くのステークホルダーの複雑さと相まって、まさに暗中模索にあるとも言えます。このような中、本書が提示する統合的思考と,それに支えられた統合報告は私たちが進むべき道を指し示す一筋の光とも言えます。本書は,21世紀の企業活動の中において,統合的思考と統合報告こそが企業の長期的価値創造に最も貢献できることを極めて論理的に説明しており,しかも特筆すべきは,そこに会計プロフェッショナルに対する高い期待が込められていることです。
第12章は「価値創造(と地球の保全)に不可欠な会計士の重大な役割」となっており,そこでは,会計士とは“数字の計算ばかりしている人”ではなく,“価値創造プロセスを企業に確実に存在させるための中枢的な役割”を担う人と記述されています。
そして第14章「会計士(と地球の保全)の研修を変革する」では,“会計士自身が統合的思考,統合報告,そして,それらと価値創造とのつながりについて精通しないかぎり,真の統合報告書が作成されることはまずないであろう”とまで書かれています。
私は,ながらく公認会計士として多くの企業の方々との深い関わりを持ちながら仕事をしてまいりました。その中で,我々のような「会計」に関わるプロフェッショナルが、社会から期待されている責務を遂行するには、誠実であり続けることは言うまでもなく、関係者との深い信頼関係がその根幹になければならない、と感じています。そのためには、常に自らの役割を深く自覚し、責任ある行動を取ることに臆さない者であらねばならないと考えています。
本書の原題で付された『Accountants Can Save the Planet』を心にとめるとき,我々は,そのような存在であることが期待されているのだと、
そして、私が勤務する監査法人のように,法制度上で一定の業務を独占することが許されているような存在は,この大きな変革の時代の中で自ら変わり続ける努力と勇気ある試みを持続していかなければならないのだと強く感じています。
本書の刊行にあたっては、青山学院大学名誉教授・首都大学東京特任教授であられる北川哲雄先生に1章を寄稿いただくことができました.また,東洋経済新報社の村瀬裕己氏には、企画の段階から、大変お世話になりました.心からの御礼を申し上げます。
2019年5月
KPMGジャパンCEO
酒井弘行

 

日本語版への序文

日本は,過去10年の間,経済的な変化,そしてコーポレートガバナンス改革の最前線にあり続けたと言えます。それは、いち早く統合報告を支持,導入し,そして、21世紀における価値創造のありようを理解する土台となるコーポレートガバナンスコードとスチュワードシップコードが策定されたことにほかなりません。日本の企業や大学が,多様な資本を考慮して価値を創造し,長期的に財務パフォーマンスを向上させてきていることからも明らかです。
多種多様な要素同士のつながりを理解して初めて、安定的で想定可能な範囲での経済的成果は実現できるものなのです。このことを私たちは統合的思考と呼んでいます。統合的思考は,縦割りの組織を打ち崩し,多様な資本―いわゆる社会関係資本,自然資本,財務資本,人的資本,知的資本,製造資本を縦横して存在するリスクと機会をより適切にとらえ,その変化を見定めることで、これまでの価値の概念を解き放つことができる,世界のあらゆる取締役会や経営層にもたらされる革命です。
価値創造の説明に資するモデルを提供する統合報告と、企業による多様な資本の活用の実態に関わる計測と説明の手法に変革をもたらす統合的思考により,日本は政府と民間のいずれにおいても,よりサステナブルな経済への移行に向けた,国際的なリーダーシップを発揮しています。
KPMGジャパンの調査報告で紹介されているように,日本で統合報告に取り組む組織は400を越えていますし,金融庁による開示要請の高度化や,経済産業省が提供する様々なガイドラインは、よりサステナブルな経済への移行を後押しするものとなるはずです。
2019年に開催されたB20サミットにおいても,日本は、国連が提唱する17の持続可能な開発目標(SDGs)の達成におけるビジネスの重要な役割について強調しました。すなわち、限りある天然資源の責任ある消費を促し、その恩恵を将来にわたり維持していくための、民間企業の協調に焦点を当てているのです,
移行の長い旅路(ジャーニー)のあらゆる局面において、会計の専門家は、これまで大きな役割を果たしてきました。日本公認会計士協会やアカウンティングファームは,国際統合報告フレームワークの開発において中心的な役割を担い,日本市場の価値観や商慣習が,この新たな国際的な規範に反映されるよう尽力されました.また,国際統合評議会のグローバルカウンシルメンバーを7年間つとめた東京証券取引所も,熱心に統合報告をサポートしてくださいました.
この先,日本がリーダーとして取り組むべき大きな課題は二つあります。一つは、劇的に変化するメガトレンドやコーポレートガバナンスの進展に後れをとることなく、監査と保証のマーケットを革新していかなければならないという点です。国際会計士連盟(IFAC)や,その他の検討の場において,日本が引き続き意見発信していくことを願っています。二つ目は,統合的思考を合理的にガバナンスと連動させるために,これまでのCFOの役割を発展させ,企業のビジネスモデル,戦略,そして将来のパフォーマンスにインパクトを与える多様かつ相互に関係しあう価値創造の源泉に配慮することです。新たな企業像を体現するチーフ・バリュー・オフィサー(CVO)は、将来の業績を多面的に監視し、事業と社会と環境の関係性について、投資家や他の主要なステークホルダーが理解できるよう努め,対話の質と信頼を高めていくでしょう。
これが,本書のタイトルを「チーフ・バリュー・オフィサー」(日本語版書名は「SDGs・ESGを導くCVO次世代CFOの要件』)とした理由です。本書を日本の皆様にお読みいただけることを,私も共著者も大変光栄に感じています。日本の皆様のリーダーシップは,すでに次世代のビジネスリーダーたちのインスピレーションとなっています。本書が,偉大で素晴らしい日本経済の根幹をなすイノベーションに導かれた未来において,新たな明るい展望へとつながることを願っています。
2019年4月
マーヴィン・キング

★1Business20の略称であり,G20参加各国のビジネスリーダーによる会合.2019年のB20サミットは、日本経済団体連合会(経団連)がホストとなり3月に東京で開催された.

マーヴィン・キング (著), ジル・アトキンス (著), KPMGジャパン 統合報告センター・オブ・エクセレンス (翻訳)
出版社 : 東洋経済新報社 (2019/5/31)、出典:出版社HP

 

日本語版刊行にあたって

本書は,国際統合報告評議会(IIRC)カウンシ
ル議長の役割を設立時から担われ,現在は同カウンシルの名誉議長であるマーヴィン・キング博士の著作「Chief Value Officer: Accountants Can Save the Planet」の翻訳に,日本の実情を踏まえた補章を追加したものです。キング博士は,IIRC設立に深く関わり,その職責において名高いだけでなく、南アフリカの発展を支える経済的土台の論理的な枠組みを提起し、実現を推進し続けてきた方であり,世界中の関係者から深い敬意がはらわれています。
私たちは,本書が刊行された2年前から,翻訳版を上梓したいとの思いを持ち続けてきました。いくつもの理由があるのですが,なかでも,現在,日本企業が取り組んでいる様々な施策の進捗とそのありようを見るときに,「統合的思考」の必要性を深く実感しているからです。本書の刊行にあたり、私たちは,本書で展開されている議論が,多くの方々の課題解決に至る道筋に,必ずや貢献できるものである、との思いをさらに強くしています。
コーポレートガバナンスの強化,スチュワードシップ・コードに適合するような投資家との対話の進展,統合報告書の作成等による報告の充実への取組,SDGsやTCFDなど,グローバルで展開するムーヴメントへの対応など、個々の課題に対する社会の関心は高く,企業の担当者のみなさまは「一つとして同じ答えのない」課題に向き合い,多忙をきわめておられようです。
しかしながら,これらのムーヴメントの背後にある課題認識への理解や,期待されている成果と目標についての関係者との共有は,はたして十分でしょうか?私たちが共通して直面している深刻な課題は、一つの組織の努力だけで解決することが不可能なほど,複雑に絡み合い深化しているのです.キング博士が指摘しておられるように「我々は,より少ないものから多くのものを生み出すことを学ばなければならず,これまで通りに事業を続けるという選択肢はない」のだとすれば,企業は,社会にある限られた資源を活用して価値を提供していくという役割を担うための「一つの機能」としてつなぎ合わされ、響きあうものとして存在していくのではないでしょうか?だからこそ,個々の企業の個性が活かされることも,また,然りなのであろうと考えます。
「統合的思考」の実践は,解を導き出すための考え方を示すものです。IIRCは「統合的思考」の必要性について指摘はしているものの,実際にはどのように思考を展開していけばよいのでしょうか?本書は,コーポレートガバナンス,企業報告,そして、価値創造の三つの側面から,歴史的な経緯も含めて,根源的な問いを振り返り,企業における包括的なアプローチを支持し、統合的思考を展開するためのヒントを多く提供しています。
時に、内容は大変抽象的と感じられるかもしれません。もっと「具体的な例がほしい」という感想もあるでしょう.しかしながら,社会科学の多くの事象は,具体的な事例を一般化し抽象化したうえで理論化し,さらに,それを実務に展開するという営みの連続から成り立っています。本書で述べられている事柄の多くを,「抽象的でわからない」ととどめることなく,実際に取り組んでいる課題へと適用していただきたいと考えました。そこで,補章をそれぞれの側面ごとに付すこととしたのです。ぜひ、その二つの「化学反応」から,「統合的思考」に基づく取り組みへと進化するステップの自社にふさわしい「道筋」を見つけて出していただけたら,と思います。
本書の翻訳にあたり、担当者が悩み,留意した事項について記しておきます。内容理解の参考にしていただけたら幸いです。
まず,「Accounting」という言葉があります。通常,この言葉に該当する日本語は,「会計」です。しかし,そう訳してしまうと文脈に組話が出てしまう場合が多くありました.AccountingはAccountを変換したものですから,本書の翻訳にあたっては,「Accountを行う」という意味合いとしてとらえ,目的や内容を考察したうえで、言葉を選び、時に補足しつつ対応することとしました。同時に,Accountabilityについても通常の日本語訳「説明責任」を付すことはせずに,そのままカタカナ表記とすることを原則にしています。
次に,「Materiality」です。通例,日本で翻訳されている文書や刊行されているものの多くでは,「重要性」と訳されているようです。しかし,本書においては,「重要性」「重要である」
という表現は用いないことにしました、原書でMateriality,あるいは,Materialが使われている場合には,そのままカタカナ表記とし,他書で「重要性」「重要」が日本語として付されることの多い「important」「significant」「critical」等についても,前後の文脈や意味合いを読み解き,別の訳語をあてています。
これは,日本企業の多くの統合報告書を調査している私たちの問題意識に基づきます。
企業の統合的思考の根幹を形成するマテリアリティ,また,マテリアルな課題への分析の記載において,企業価値との結びつきが表現されていないことが多いのです。その結果,企業のビジネスモデルや戦略,施策等に対する説明が論理的でなく,エンゲージメントの質向上にも影響を及ぼしているのでは、と見ています。統合的思考は,現時点の「つながり」だけではなく、過去から現在,現在から未来へのつながり,すなわちストーリーを描くことに貢献するものです。そして、そのストーリーの「重奏低音」の役割を担うものこそが「マテリアリティ」であり,統合的思考で検討した中で、企業価値に影響を持つと判断されるものが「マテリアルな課題」と言えるのではないでしょうか。次に,あえてカタカナ表記をした言葉に「レスポンシビリティ」があります。通常は「責任」という訳語が使われる言葉ではありますが,本書における「レスポンシビリティ」は、それぞれの主体が果たすべき根源的な役割を深く考察させられる側面で用いられていました。今ある存在としての責任,換言すれば,過去からの歴史を背負い、現在の役割を担い,どう未来につなぐのか,という社会のストーリー,循環の中での役割を自覚,実行することへのコミットメントといったニュアンスをおびています。
日本においては,「企業情報の開示の充実に向けた取り組み」が進行中です。コーポレートガバナンスの改革に続いて,「記述情報の充実」が示されていることは,まさに,本書の構成のとおりです。続く課題は,本書の順番で言えば,これをどう「価値創造」へと結びつけるか,となっていくでしょう。SDGs実現に向けた施策の中でも指摘されている
ように、今の社会的課題の解決の主役は企業にほかなりません。企業の価値創造が,社会的課題の解決と一体化していけば,きっと私たちは共通の目標を達成できるでしょう。では,それぞれの組織において推進の役割を担うのは誰なのでしょうか?企業のリーダーはCEOですが,リーダーがなすべき役割を支え実行の道筋を導く役割としてのCFO,なかでも、その「発展型」としてのCVOがカギであるとの主張が本書では展開されています。そして,様々な事象を定量的/定性的な情報で表して包括的に取り扱い,その実情を把握し、課題解決に貢献する役割を果たしうる存在として、会計的/財務的に高度なスキルを持つ会計士への期待を表しています。私たちは、その提言を強く支持したいと考えています。
かつて会計基準の構築に多くの努力が払われたと同様の,法律等に基づくルールや社会的な仕組みの構築が必要と主張する方々もおられるでしょう。しかし、たとえ確固とした枠組みがなくても,社会的にプロフェッショナルとしてみなされた存在が,自らのレスポンシビリティを誠実,かつ,謙虚に自任し,具体的な行動に移すことはできるはずです。
キング博士が高い理想と信念,見識のもとに著された本書から,日本語版の編集・訳に関わったすべての者が多くの励ましを受けることができました。深く感謝しています。私たちが抱えている課題はひとりの存在では解決しえないほど深刻なものです。しかし,この混沌とした社会をあきらめることなく、個々をリスペクトしあいながら,次の世代へとつなげていけるよう、努力と研鑽を続けていきたいと決意を新たにしています。
本書を読んでくださった方と、私たちが「どうやって地球を救えるのか」議論させていただける機会のあることを待ち望みつつ、
編著者を代表して
芝坂佳子

マーヴィン・キング (著), ジル・アトキンス (著), KPMGジャパン 統合報告センター・オブ・エクセレンス (翻訳)
出版社 : 東洋経済新報社 (2019/5/31)、出典:出版社HP

 

前書き

ガバナンスは,もはや広く知られる言葉である。その語源は,ラテン語で「操縦する」を意味するグベルナーレ(gubernare)である。古代の海は,澄みわたっていることが少なく,多くの場合,嵐の中での操舵を余儀なくされたという.これは今日の船員にとっても、大きなチャレンジである。いかなるコンディションの下でも船を航行し,操縦することは,すべての乗務員,貨物や船そのもの、そして船のオーナーと運搬する貨物の売買主,また,船と何らかの影響や関係性を有する者に対する重い責任を伴う.船,そして船とともに航海するあらゆるものの安全は,船長と操縦士の手に委ねられているのである.このアナロジーは、コーポレートガバナンスにも言えるであろう.役員研修は,船長や操縦士のトレーニングと同じく,会社のため、もしくは何かを達成するためだけでなく,株主,従業員、サプライヤー,顧客,債権者,地域住民,自然環境など、企業に関係するあらゆる者の福利のために不可欠である。研修マニュアル,ガイドライン,原則,ベストプラクティスを示すコード,規制,礼儀,倫理的行動は,取締役への適正かつ適切な研修のためであり,航海する船長へのトレーニングに,それらが必要であるのと何ら変わりはない。
本書は、21世紀の取締役,会計専門家、そしてコーポレートガバナンスに関わるすべての人への完全にたる,そして包括的なガイドとなるだけでなく、ミニマムスタンダードをはるかに超越するベストプラクティスのフレームワークを提供するものである。
本書で述べるコンセプトの多くは、南アフリカ共和国のコーポレートガバナンスコードであるキングレポート第1号から第4号に着想を得ている。私見では,キングレポート第1号は革命的であり,そのアプローチと範囲は先鋭的であった。キングレポート第1号が公表された1994年の時点で,明らかに存在が認められる実践的なコードは英国のキャドバリーコードと,それに付随するキャドバリーレポート(1992年)のみであった。このコードは、本質的には株主中心のものであり,株主アクティビズムや,機関投資家によるエンゲージメントと対話という画期的な要素を,初めてガバナンスの中核に盛り込んだ.しかし、私が大きな期待と喜びをもって完成版を手にしたキングレポート第1号は,それとはまったく異なるものだ.キングレポート第1号は、まさに、ステークホルダーと企業に対するビジネス上の倫理を盛り込んでいた.2002年に発行されたキングレポート第2号は,さらに踏み込んだものであった。私にとって、キングレポート第2号の最も大切な要素の一つは、アカウンタビリティとレスポンシビリティを,以下のように明確に区別した点である.
人はアカウンタブルであるときに説明責任を負い,レスポンシブルであるときに説明責任を問われるものである。ガバナンスにおいては,取締役であれば,コモンロー(common law)と企業に対する法令に従いアカウンタブルであり,事業に関連性を有すると識別されたステークホルダーに対してレスポンシブルなのである。すべての法規上のステークホルダーに対してアカウンタビリティを負うというコンセプトは、否定すべきである。なぜなら、取締役にあらゆるステークホルダーへの責任を負わせるならば,結果的に誰に対する責任も負えなくなるからである。現代のアプローチは,株主を含むステークホルダーを取締役が識別し,それらのステークホルダーとの関係性をいかに進展させ,会社の利益に適うよう,いかに管理するかの方針に合意することである。(キング委員会2002,p.5)
14年の時を経て公表された2世代あとのキングレポートにおいても,このようなステークホルダーへのレスポンシビリティを中核に据える考え方は,コーポレートガバナンスにおいて、引き続き重みのあるものだ。2009年のキングレポート第3号は,企業のステークホルダーに対する責任ある行動の必要性をさらに強調し,一体的ガバナンス(holistic governance)のコンセプトを導入している.しばしば述べられているとおり,キングレポート第3号の最も意義深い成果は,南アフリカに統合報告を義務づけた点である.本書でも述べられているが,統合報告は,南アフリカ企業の社会的,倫理的な課題や環境問題に関する報告と,それらの要素の統合的思考を通じ,戦略的事業計画に組み込む方法に根本的な変化をもたらした、統合報告は,統合報告を実践する世界中の先進企業に導かれ、あるいはその内容とアプローチに導かれて、すでに世界的に浸透しつつある。
ステークホルダー指向のコンセプトをガバナンスに包含したコーポレートガバナンスの定義の構築へと私を導いてくれたのは、まさにキングレポートである。私自身の定義は,コーポレートガバナンスは、「企業内外の抑制と均衡(checks and balances)」のシステムであり,企業がステークホルダーに対するアカウンタビリティを確実に遂行し、あらゆる事業活動において社会的責任を意識した行動をとるよう促すものである(Solomon,2013,p.7).
たしかに、コーポレートガバナンスのエッセンスは、企業にステークホルダーや自然環境、そして広く社会に対して責任ある行動と、アカウンタビリティ,いや、むしろキング氏が言うところのレスポンシビリティを促すための特定の抑制と均衡(checks and balances),またはメカニズムであろう。私はしばしば,なぜ南アフリカが,真のステークホルダー包括主義的ガバナンスの発祥地となったのだろうかと考えることがある。おそらく,複雑な政治的背景や,壮大な収入格差,貧困,社会的難題や,世界的にも豊かな環境および生物の多様性などに起因するのであろう。しかし,私の結論は,これらのすべての要素の一つひとつと,ある一つの魔法の構成要素が組み合わさったためだと考えている。それは,マーヴィン・キングである。まさに,社会的活動家ともいうべきインスピレーショナルな意見が,変革の役割を果たし、ガバナンスとアカウンタビリティに多くの優れた改革をもたらしたケースである.これは,英国のガバナンスにおけるキャドバリー卿,国連責任投資原則を創設したジェームス・ギフォード氏のケースと並び称されるものであろう。
本書は,株主,ステークホルダー,そして企業に対する価値向上をもたらすと同時に,社会的厚生の向上に寄与するコーポレートガバナンスを実現するために必要不可欠なメカニズムを包括的に紹介する。それが適切に実装されれば,生態系へのダメージが回避でき,まさしく地球を救うことができる誠実かつ善意をもって、統合報告,統合的思考,実効性あるCVO(チーフ・バリュー・オフィサー),適切なチーフ・ステークホルダー・リレーションズ・オフィサー,そしてコーポレートガバナンスの原則を実践する企業は,高潔な成長,価値創造,ステークホルダー満足度,社会的厚生の向上,適切な環境スチュワードシップのサイクルを作り出すことができるである統合報告のコンセプトは、会計と報告の機能へのポジティブな変革を意味している。生物多様性や地域社会,従業員の安全や福利厚生,二酸化炭素排出量,生態系などへの影響に関する記述的な(かつ,次第に定量的かつ財務的となる)報告は,完璧に機能する統合報告の根幹となる要素である。統合報告を下支えする統合的思考のプロセスは,これらの課題をマテリアルな財務的課題として,企業戦略に影響を与える要素として,また,価値創造の構成要素として考慮すべきである.これらの関連性の認知と理解を拒む類の企業は、21世紀の社会が進展するにつれ、落ちこぼれていくであろう。本書で議論する新たなコンセプト「絶滅会計(extinction accounting)」は、企業報告,特に統合報告が地球を救うための一つの方法となりうる。これと同様に,チーフ・バリュー・オフィサーおよびチーフ・ステークホルダー・リレーションズ・オフィサーが本書の提案したとおりに実装されれば,それも地球を救うことができる、いや救うであろう。
キング教授のガバナンスへの貢献は,しばしばスキャンダルや非人道的行為,贈収賄,腐敗,従業員の虐待,環境破壊などにより、暗く停滞しがちな企業社会にもたらされた一筋の光である.ガバナンスを船の舵取りであるとらえるならば,本書と本書が提案する頑強かつ広範なフレームワークは、最も危険な海に,明確な道しるべと警告,そしてアドバイスを提供する灯台となり,企業とそのステークホルダーを守ってくれるであろう.会計的な手法による説明は,これまで企業活動に光を当て,それを映し出す手段としてとらえられてきた。本書は,企業活動に光を当てるだけでなく,企業の会計およびアカウンタビリティが,ステークホルダーとの対話を啓発・改善し,レスポンシビリティ,持続性,そして社会的厚生の改善への暖かな光をもたらす手段を提供する.灯台の保全に対する配慮が,船員と船,そして、その航海に関わりを有するすべてのものの安全を確保し,次世代の便益のために自然環境の保全へとつながっていくのである。
シェフィールド大学ジル・アトキンス

マーヴィン・キング (著), ジル・アトキンス (著), KPMGジャパン 統合報告センター・オブ・エクセレンス (翻訳)
出版社 : 東洋経済新報社 (2019/5/31)、出典:出版社HP

 

序文

本書の目的は,数多くの提案事項を掘り下げ、なぜそれらが真実であるかの証跡を提供することである.本書ではまず、株主は本当に企業の所有者なのか,という問題を取り上げ、昔ながらの財務理論に反し,それが真実ではないという結論を導く、伝統的かつオーソドックスな株主指向モデルのガバナンスの議論も存在するが,今日の世の中においては,もはや、それが目的適合性を失っているという結論に至る.さらに,取締役が企業の最善の利益を考慮しつつも、企業とその固有性に鑑みてマテリアルなステークホルダーとの継続的な関係性といった企業価値の源泉に,同等の注意を払う責務を果たす「包括的なステークホルダー指向モデル」への変革が必要とされる。本書はまさに,株主優先主義に基づく株主指向モデル,さらには「賢明なる投資家(enlightened shareholder)」との考え方も、持続可能な価値向上につながる企業行動へ変革をもたらすガバナンスのアプローチではないと主張する.地球温暖化により,気候と自然は危機に瀕し、人口問題も脅威となっている。株主指向アプローチでは,これらの地球規模の壊滅的な課題に対処できないのである.会計と財務も,根本的な変革を迫られている。今日の会計専門家は、財務報告基準に則って財務諸表を作成するだけであってはならない、財務専門家は,株主のための利益の極大化から、持続的な価値創造の継続という変化の中で果たすべき役割がある。その役割とは、単なる財務責任者(financial officer)ではなく、価値の責任者(value officer)としてのものである。結果的には,CFO(chief financial officer)は,CVO(chief value officer)として認識されるべきである。このコンセプトは、世界中の企業が、二酸化炭素の排出量ターゲットなど,持続可能性の目標に合致した価値創造を行うために必要不可欠である。
会計の専門家が地球の保全に貢献し,他の専門家をも導くことができるようになるためには,彼らの教育や研修のやり方の劇的な変化を要する.会計の専門家を目指す者の教育や研修は、社会や環境を犠牲にしても株主の利益追求を重視する思考から,持続可能な価値創造を目指す思考への転換が必要なのである。この思考転換には、会計や財務の管理者が統合的思考を実践し、真に統合された報告書をいかに作成するかを学ぶ必要があるとどのつまり,あらゆる事業戦略と企業レポーティングにおいて,持続的な開発を優先させることにつながる価値創造の源泉と,株主の長期的な最善の利益は,取締役にとって同等の価値を有するのである。

SDGs・ESGを導くCVO(チーフ・バリュー・オフィサー)――目次

日本語版はじめに
日本語版への序文
日本語版刊行にあたって
前書き
序文
略語一覽
第I部 企業,取締役の責務,コーポレートガバナンスの発展
第1章 企業の発展
第2章 所有者のいない「オーナーレス企業」の出現
第3章 取締役の責務の進化
第4章 ガバナンスの包括的アプローチと排他的アプローチ――一体的ガバナンスとアカウンタビリティへの動き

第1部 補章投資家と企業との新しい関係——意味共有化のための対話の必要性北川哲雄
第1節 時間軸のズレとイノベーションの予兆への想像力
第2節 取締役会とステークホルダー企業体理論の復権
第3節 強靭な意思と高い見識を持った投資家・アナリストの出現
第4節 あるがままを描き出そうとする経営者の開示姿勢

第II部 企業報告の新しい時代の到来
第5章 財務報告から企業報告へ
第6章 サステナビリティ報告とIIRCの設立
第7章 企業における変革
第8章 統合的思考と統合報告書
第9章 企業報告の新時代

第Ⅱ部 補章
企業価値向上とコーポレートコミュニケーション芝坂佳子
第1節 はじめに
第2節 情報開示のパラダイムシフト
第3節 なぜ,統合報告書を作成するのか
第4節 統合報告書に取り組むメリットと企業価値への影響
第5節 持続可能な社会を実現するための統合的思考
第6節 コーポレートコミュニケーションを支えるもの

第II部 価値創造とチーフバリュー・オフィサー
第10章 価値創造
第11章 統合報告のメリット
第12章 価値創造(と地球の保全)に不可欠な会計士の重大な役割
第13章 チーフバリュー・オフィサー
第14章 会計士(と地球の保全)の研修を変革する

第II部 補章1
持続可能な資本主義における事業目的と会計機能の再定義新名谷昌
第1節 はじめに
第2節 六つの資本による価値創造
第3節 持続可能な資本主義における事業の目的と成功
第4節 会計に求められる機能

第II部 補章2
持続的な価値創造のマネジメント新名谷昌
第1節 はじめに
第2節 戦略策定と資源配分
第3節 リスクマネジメント
第4節 インタンジブルズの管理
第5節 持続可能な資本主義のための会計

マーヴィン・キング (著), ジル・アトキンス (著), KPMGジャパン 統合報告センター・オブ・エクセレンス (翻訳)
出版社 : 東洋経済新報社 (2019/5/31)、出典:出版社HP