【レビュー】タックス・オブザーバー――当局は税法を理解しているのか

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はじめに

次のような質問に答えていただけないだろうか。
1日本の税制は、格差の是正に役立っているか。
2 日本の所得税は、金持ちほど税金を多く支払う累進構造になっているか。
3 日本の税務行政は、公平で正確か。
4日本国政府は、公平・公正に徴税し、そのおカネを国民のために使っているか。

おそらくこれらの何れについても「ノー」という答えが頭に浮かぶのではなかろうか。 驚くべきことに、その「ノー」という答えはいずれも全く正しいのである。

毎年の税制改正は、納税者の知らないところで、利権がらみで、密室で作られている。 密室の中では、国民の間で格差が拡大しないようにとか、公平・公正な分配を行おうなどと考えている関係者はほとんど全くいない。壊滅的にいない。いかにパイのかけらを少し でも多くぶんどるかということしか考えない輩が群がっている。

多くの納税者は何を言っても仕方がないととっくに諦めていて、関心を示すこともしな い。そして自分たちの納めた税金が何に使われているかについて、知ることも考えること も諦めてしまっている。なかには、日常生活を送るうえでどんな税をどこへ納めているの かさえ無意識なこともある。例えば、消費税を買い物の時に支払うが、その内訳は国税と 地方税に分けられていることを知る納税者はどれくらいいるだろうか。

諫早湾干拓工事のように、地裁と高裁が全く別の判断を示さなければならないような事 業が行われている。裁判所の判断さえ分かれるような事業に税金を注ぐことそのものが、 そもそも正しい判断だったのだろうか。

ここでも納税者は、自分たちが何を言っても仕方がないと諦めている。
ことは税だけではない。社会保険料の負担は低所得者層にも容赦なくふりかかって来る。 多くの家計では社会保険料の方が、所得税と消費税の合計額よりも多い。おまけに支払済 みの年金の記録がどこかに行ってしまったなどという文明国では考えられないあほな事態 が引き起こされている。

羊のようにおとなしい納税者は、かくして踏んだり蹴ったりである。このような有様で あると、納税者の側に、国家・政府に対する信頼感が生まれるはずもない。
日常の税務の現場に行ってみよう。税務署の職員は、税法が複雑になり過ぎているから 読んでも理解することができない。だから税法の条文などは見たことさえない。税務大学 校でも税法は教えないで、課税のテクニックしか教えていないから「課税要件」という概 念さえ知らない。現場では勘と正義感を頼りに、業績を上げることだけしか考えていない。
平成3年の税制改正で、処分をするときは理由を書きなさいということになった。これ を「理由附記」という。税務署では、「理由附記の教育などは受けていないから、そんな ことはできない。もう現場の一線には出たくない」と言い張る職員まで見かけるようになった。新規採用者を税務大学校で教育する国税庁の責任は重い。

職員がこの程度であると、納税者の側では、国税行政に対する信頼感などはあるはずも ない。
ある国税庁長官は、「迷ったら課税しろ。もめて裁判になったら国税庁でしっかりサポートする。後のことは心配しないでいい。」と公式の訓示で言い放った。最高裁の事務総局では、国税庁長官がそんなことを言ったと聴いて、椅子からころげ落ちんばかりに驚いた と聴いた。それまでは、「国税のやることだから、そんなに無茶はしないだろう。裁判になって、よく分からないところがあっても、国税を勝たせておけば、大間違いをすることはないから、心配はないだろう。」と思っていたからだそうである。

ここのところ、国側が敗訴する大がかりな租税事件が新聞紙上で見られるようになって いるが、因果関係があるのかも知れない。
最大の問題は、日本の税制は、所得の再分配にはほとんど貢献していないということで ある。特に、所得税は、その累進構造によって所得の再分配機能を果たすことが期待され ているにも拘わらず、日本の所得税は、合計所得金額がちょうど1億円に達したところか ら、逆進的になる。かつては1億総中流といい、分厚い中堅層が日本経済の強みであると 言われていた。いまでは誰もそのようなことは言わない。

税は所得再分配機能を果たしていないし、社会保障制度が果たしている再分配機能も「金 持ちから貧乏人へ」という方向の再分配ではない。現役世代が高齢世代に所得移転をしているだけのことである。国民年金制度が崩壊の色機に瀕しているのも当たり前のことである。
再分配は、税と社会保障を一体でやらなければうまくは行かない。与党税調も政府税調 もそのような権限は与えられていないから、一体で考えることに対して敵意をむき出しに する。

本書は、冒頭に掲げた4つの質問についての回答である。一気にばっさりと改めること ができる解決策がないわけではないが、ただちに実現することは難しい。しかしながら、 税制と執行と社会保障がかくも惨憺たる有様になっていることを、納税者の各人が知って 声を上げるところから始めないことには、なにも起こらない。いつまでも「羊のようにお となしい」ということであってはならない。日本国の惨憺たる現状は、納税者がおとなし いのが原因であるというぐらいの自覚は持ってもらってもよいのではなかろうか。 志賀櫻

志賀 櫻 (著)
エヌピー通信社; 初版 (2015/9/1)、出典:出版社HP

 

 目次 – タックス・オブザーバー――当局は税法を理解しているのか

はじめに
第1章
国税通則法の改正と国税調査
1国税調査の方法。
2不服申立制度
3 通則法97条改正の欠陥と今後の課題
4 税務調査と行政指導―――ハイブリッド調査という名の脱法行為

第2章 租税争訟の実際……
1 租税争訟あれこれ1
2 租税争訟あれこれ2。
3 大島訴訟を考える1
4 大島訴訟を考える2。
5大島訴訟を考える3

第3章 一 課税庁は税法を理解しているのか
1 タックス・ヘイブン対策税制
2 正規の租税法教育を受けていない国税職員
3 税務大学校の罪は深い
4 瑕疵ある裁決
5 英語もろくに話せない調査官
6 ハイブリッド調査の問題

第4章 タックス・ヘイブン……
1キプロス危機
2 ICIJオフショア・データベース
3 租税立法、英国間接税、不利益課税遡及立法 |
4 タックス・ヘイブンの資金規模
5 ピケティとタックス・ヘイブン

第5章 –
国際的租 税回避とBEPS
1 国際的租税回避の問題と国際金融システムの問題
2 ニュー・ケインジアンのモデルの限界
3 BEPSとAEOI
4 BEPSの弱点
5自動的情報交換(AEOI)
6 FSB
7問題の本質

第6章 ピケティの『1世紀の資本』を読む……
1 ピケティ『今世紀の資本』のインプリケーション
2 ガブリエル・ズックマンの『タックス・ヘイブンの経済学』
3 ニコラス・シャクソン『タックス・ヘイブンの闇』の突きつける問題
4 ブリュノ・ジュタン『トービン税入門』のアイデア

第7章 成長政策批判
1成長VS長期停滞論
2アベノミクスの評価
3 クロダノミクス
4 ケインズとシュンペーター

第8章 民間税制調査会……
1 民間税調の設立趣旨 地
2 分配の公平と公正

第9章 日本国が直面する「税」の諸論点
第1節 消費税…
1基幹税
2消費税率の10%への引き上げ
3 軽減税率
4 逆進性対策としての社会保障給付
5 インボイス方式
6 VATナンバー制
7 国際課税問題

第2節 法人税…
1 国際的動
2 経済理論からの帰結。

第3節 所得税
1所得税についての税制固有の観点からのアプローチ
2支出税
3包括的所得概念
4 分配の公平と公正明
5 国際的租税回避
6 失われたロウバストな中堅層以
7 分配の公平・公正の観点からの所得税の検討
8 社会保険料と租税法律主義
9 納税者の権利意識

第4節 – 資産税・富裕税
1 資産税の論点整理 沖
2 資産税
3 相続税
4 富裕税

第5節 金融取引税(FTT) …
1 トービン・タックス
2 フランスの金融取引税
3 金融取引税の問題点

第6節 二重課税…
1 所得税と相続税の二重課税問題
2 所得税内部での二重課税問題。
3「金銭の時間的価値」
4 所得税と消費税の二重課税問題

あとがき

志賀 櫻 (著)
エヌピー通信社; 初版 (2015/9/1)、出典:出版社HP