MaaS入門: まちづくりのためのスマートモビリティ戦略

MaaS、CASE、現代のモビリティーのイノベーションを知る5冊を確認する

はじめに

元号が平成から令和に変わっても、モビリティシーンを取り巻く変革の波は留まることを知らない。中でも注目を集め続けているのがMaaS、モビリティ・アズ・ア・サービスである。
MaaSは北欧フィンランドで生まれた、新しいモビリティサービスの概念である。筆者は2018年9月にフィンランドを訪れ、行政担当者やMaaSオペレーターから説明を受け、意見を交わした。その成果をメディアやセミナーなどで披露しながら、MaaSについての理解を自分なりに深めていくうちに、日本でのMaaSを取り巻く状況が異質だと感じるようになった。

我が国ではMaasを、巨大マーケットを背景とした新しいビジネスと捉える人が多い。しかしMaaSとはICTを用いてマイカー以外の移動をシームレスにつなぐという概念であり、現在の公共交通の財務状況を考えれば、それ自体で大きな利益を上げることは難しい。
フィンランドにおけるMaasは、背景に欧州の長年にわたる公共交通改革があり、ここに同国が推進するICT(情報通信技術)が融合する形で生まれたと認識している。誕生の理由も新規ビジネスの創出ではなく、人口集中がもたらす交通問題を解決するためだった。

我が国では新しいモビリティサービスが登場すると、導入すること自体を目的とする動きが生まれるが、モビリティとはそもそも人間の移動のしやすさを意味する言葉であり、個々の交通は都市や地方の中でスムーズな移動を実現するための手段にすぎない。
MaaSもまた、それ自体が目的ではない。都市や地方の移動に関するさまざまな課題を解決すべく、既存の交通をICTを駆使してつなぎあわせ、便利で快適な移動に変身させるための概念であり、他のモビリティ同様、まちづくりの一環として考えるべきである。

フィンランドでの展開事例は、国や都市による長期的なビジョンのもと、10年という時間を掛けて練り上げており、都市のみならず地方での展開も始まっている。交通まちづくりのためのツールというMaaS本来の目的を、本書を通して日本の多くの人々に理解していただければと思っている。

森口 将之 (著)
学芸出版社 (2019/7/25)
、出典:出版社HP

 

目次

はじめに
序 章 MaaS は交通まちづくりの最強ツール
日本にもやってきた MaaS ブーム
MaaS は単なる新規ビジネスのネタではない
基本は「脱マイカー依存」のための政策ツール
MaaS が都市と地方を持続可能にする
主導するのは「民間」ではなく「公共」
本書について

第1章 フィンランドから世界に広がる Maas
MaaS を生んだフィンランドという国
ノキアが育んだ情報通信社会
日本の 10 年先を行く欧州の都市交通
1 都市 1 組織で分かりやすい運賃体系
まちづくりの一部としての交通整備
米国でも進む公共交通回帰の動き

第2章 MaaSの源流になったスマートテクノロジー
初めにスマートフォンありき
マルチモーダル経路検索の登場
ウーバーが拓いた移動のスマート化
音楽配信が決定づけた定額サービス

第3章 フィンランドとヘルシンキの政策
国土整備に関係する組織と施策
国の情報公開と規制緩和
ヘルシンキ都市交通の概要
HSL が管理し HKLが走らせる

第4章 MaaSが生まれた理由
20 世紀から存在していた改革のうねり
ITS フィンランドの存在
「MaaS の父」と呼ばれた男
2050 年のヘルシンキを考える国際コンペ
再開発がもたらした公共交通移行への流れ 86

第5章 ヘルシンキで MaaS を体感する
MaaS アプリのパイオニア「Whim」
高評価の理由はオールインワン
多数のデザイン賞獲得の理由
積極的な海外展開

第6章 世界で導入が進む MaaS
MaaS アライアンスの発足
MaaS レベル評価基準の誕生
スウェーデンの取り組み
スイスの取り組み
米国の取り組み
台湾の取り組み

第7章 自動車メーカーが MaaSに参入する理由
自動車は MaaS に含まれるのか
ビッグデータが移動を支配する?
トヨタが仕掛けた二つの先進事例
トヨタと西鉄のマルチモーダルアプリ
トヨタとソフトバンクの新会社
ダイムラーの超小型車スマートの展開
ダイムラーと BMW のサービス連携

第8章 ルーラル地域と MaaS
アーバンとルーラルの違い
フィンランドが主導する地方型 MaaS
ニュータウンの足をどうするか
東急とソフトバンクの地域移動対策
貨客混載活用への期待
無人運転+ MaaS が最終到達点

第9章 日本での MaaS の取り組み
国土交通省の対応
経済産業省の対応と両省合同プロジェクト
八戸市のバス改革
京丹後市の複合交通政策
JR東日本と東急の取り組み
電動車いす WHILL の取り組み

第10章 日本で MaaSを根付かせるために
MaaS の拡大解釈を危惧する
BRT の二の舞にならないために
ビジネス重視のまちづくりの弊害
MaaSに留まらない交通改革を
地方こそ Maas に向いている
おわりに

森口 将之 (著)
学芸出版社 (2019/7/25)
、出典:出版社HP

 

序章 -MaaS は交通まちづくりの最強ツール

日本にもやってきたMaaSブーム

本書のテーマであるMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)は、2018年あたりから、わが国でも話題になりはじめたモビリティ関連の言葉である。直訳すれば「サービスとしてのモビリティ」となる。
既存のモビリティにもサービスとしての側面があったと考える人もいるだろう。特に公共交通においては、地域住民や観光客など不特定多数の人の移動を提供するのが本来の業務であり、それはサービスと呼ぶことができる。
しかし既存の公共交通のサービス内容が、世界の多くの地域で自動車優先社会の伸長と公共交通の衰退を招いたことも事実である。
この傾向は大気汚染や交通渋滞、中心市街地の空洞化や都市空間の非効率化など、さまざまな問題を引き起こす要因にもなっていることから、近年は欧米を中心に公共交通復権の動きが目立ってきている。
IRT(次世代型路面電車システム)やBRT(バス高速輸送システム)などはその結果生まれたシステムである。しかしこれらはまちづくりを含めてハードウェア中心の改革である。
一方のMaaSは近年急速に進化を続けているICT(インフォメーション&コミュニケーション・テクノロジー)技術を活用することで、ソフトゥーン分野からモビリティ改革をしていこうという概念である。
国土交通省『国土交通政策研究所報第69号(2018年夏季)』では、Macは次のように記されている。

MaaS(MobilityasaService)は、ICTを活用して交通をクラウド化し、公共交通か否か、またその運営主体にかかわらず、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティ(移動)を一つのサービスとして捉え、シームレスにつなぐ新たな「移動」の概念である。利用者はスマートフォンのアプリを用いて、交通手段やルートを検索、利用し、運賃等の決済を行う例が多い。2015年のITS世界会議で設立されたMaasアライアンスでは、「MaaSは、いろいろな種類の交通サービスを、需要に応じて利用できる一つの移動サービスに統合することである」とされている。

Maasを世界でいち早く提唱したのは北欧フィンランドである。筆者は2018年、中央大学研究開発機構のメンバーとともに、フィンランドの輸通信省、首都ヘルシンキの市役所、その名もMaaSグローバルというオペレーターを訪問し、説明を受けるとともに意見交換を行った。
その結果、フィンランドにおけるMaasはICT活用による公権のアクションの一つであると認識した。
視察を終えた我々は、日本における昨今の報道の中でのMaaSについて以下の三つのタイプに分類するのが適当であると考えた。
タイプ1:移動サービス全体をシームレスに繋ぐ「統合型」
タイプ2:移動サービス内への「付加価値創出型」
タイプ3:移動サービス手段の「利便性向上型」

2018年に視察に行ったフィンランド・ヘルシンキにおけるMaaSはタイプ1となる。交通計画・ネットワークというアプローチとしてもタイプ1が近い。
前に紹介した国土交通政策研究所報の一文や、その中で取り上げていたMaaSアライアンスの言葉とも一致するものである。複数の移動サービスをシームレスに統合するという部分が共通している。
一方のタイプ2と3は、個々の交通手段のサービスを高めていくという過程でMaaSを考えている。
具体的に言えば、タイプ2はタクシー乗車中に利用者が車内に設置したディスプレイを通してショッピングやレストランの情報を取得し、これらの店舗での利用がお得になるクーポンを自分のスマートフォンに取り込んで利用するパターンがある。

一方のタイプ3は、2009年に米国ウーバー・テクノロジーズ(UberTechnologies/以降ウーバーと表記)が開発し、ライドシェアという名前とともに世界的に普及し、近年は既存のタクシーにも導入が進む配車アプリが代表となる。
このように多様な捉え方が生まれた背景として、サービスとしてのモビリティという、やや具体性に欠ける表現があったことはあるだろう。それとともに、MaaSをモビリティ業界におけるトレンドと安易に考え、安易に取り込もうとしている点も否定できない。日本人は協調性に長ける反面、周囲の意見に流されやすく、流行に乗りやすいと言われている。しかも舶来、とりわけ欧米から伝来したモノやコトに弱い。それでいて本来の意味を拡大解釈、独自解釈して使用する例もいくつか見られる。

近年のMaaSを取り巻く状況も、こうした状況の一つではないかと感じている。本書の目的の一つは、MaaSの概念を再確認し、我が国にとって真に必要なMaaSを紹介することにある。

森口 将之 (著)
学芸出版社 (2019/7/25)
、出典:出版社HP