MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ

MaaS、CASE、現代のモビリティーのイノベーションを知る5冊を確認する

序章 MaaSは危機か、それとも輝ける未来か

北欧の国フィンランドで、2016年冬、MaaS Global(マース・グローバル)によるモビリティサービスの統合アプリ「Whim(ウィム)」は、期待と不安を入り混じらせながらサービスをスタートさせた。スマートフォンの普及、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)など、デジタリゼーションの熱狂も一段落しつつあるなか、「移動」という巨大なマーケットに次なる変化を告げる1つのが打ち込まれた瞬間だったー。

モビリティ革命「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」。あらゆる交通手段を統合し、その最適化を図ったうえで、マイカーと同等か、それ以上に快適な移動サービスを提供する新しい概念だ。日本ではウーバーテクノロジーズに代表される配車サービスなどの単一のモビリティサービスを指してMaaSと呼ぶ向きもあるが、それはMaaSを構成する一要素でしかない。利用者視点に立って複数の交通サービスを組み合わせ、それらがスマホアプリ1つでルート検索から予約、決済まで完了し、シームレスな移動体験を実現する取り組みが、グローバルスタンダードで示すところのMaaSだ。

それは同時に、シェアリングサービスや自動運転といった個別のモビリティサービスの発展、進化と同期するものである。それらが相まって交通手段の最適化が進展することで、都市の渋滞・環境問題や交通事故の解消、あるいは過疎化、高齢化が進む地方での足”の確保など、社会的なインパクトも大きなものになる。こうした壮大な枠組みをベースにした「MaaSの本質」を語りつくすのが、本書の役例である。

ビジネス面を見れば、トヨタ自動車をして「100年に一度」の変革期といわしめる京大局面にある。若者世代の意識変化やシェアリングエコノミーの台頭により、クルマの所有から利用への流れが進んでいることは、ほんの序章に過ぎない。その根本的な脅威の正体は、MaaSを構築していくことで集まる膨大な移動ビッグデータ、およびそれを統べるプ「ラットフォームをめぐる世界的な戦いにある。これまでクルマも鉄道もバスも個別事業者の内に閉じていた移動データが、MaaSに統合されていく中で新たな価値を生み出す。これは世界を席巻する4大プラットフォーマーであるGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)も十分に取り込めていない巨大なビジネス領域であり、その「未開の交通デジタルプラットフォーム」を握るのは一体誰なのか、ということだ。

有力なのは、何も自動車メーカーや公共交通といった既存のプレーヤーだけではない。中立的なポジションとテクノロジーを武器に切り込むIT企業、インフラビジネスを知り尽くした通信キャリア、そしてモビリティを軸に次世代スマートシティを構築せんとする都市行政など….。あらゆる角度から「交通版GAFA」の座を射止めようと、MaaSへの参戦が相次いでいる。

こうして世界中で新たなデジタルプラットフォーム戦争を予見させるなか、筆者たちはこれまで変化の乏しかった交通「楽界に比べてMaaSのダイナミズムに魅了されながらも、そこに一抹の不安を抱いた。日本では、この速すぎる変化についていけるのか。これまで順調に成長し、経済的な恩恵を享受してきた自動車メーカーや公共交通などは、この構造転換でどうなってしまうのか。GAFAに代表される海外発の巨大プラットフォーマーが日本に上陸し、一気に権を握られるという事態は、この10年余りで見慣れた風景のようになってしまった。その脅威が、いよいよモビリティの世界にやってくる…。

日高 洋祐 (著), 牧村 和彦 (著), 井上 岳一 (著), 井上 佳三 (著)
日経BP (2018/11/22)、出典:出版社HP

 

一方で、MaaSによって人々の移動が自由になることで生まれる商機は、移動の「目的」側に位置するすべての産業にある。買い物をする場所、第く場所、住む場所、人が集まる場所……、本業でいえば小売り、飲食、不動産、医療、イベントなど、MaaSと無縁の座薬を探すほうが難しいほどだ。例えば、これまで移動が不便だったエリアにMaaSが導入されてスマートに暮らせるようになると不動産価値の上昇が見込めるし、送迎込みで一括予約できる医療サービスや大規模イベント、移動時間を含めた新しい買い物体験を創出する次世代コンビニなど、アイデア次第でいかようにも新ビジネスを打ち立てられる。モビリティ合はあくまで「手段」であり、その先にある。果実は世界がこれから模索し、手にするものだ。

そこで、海外を含めて少しでも筆者たちの見聞きしたこと、感じたこと、考えたことを日本に伝えたい。また、MaaSの「本質」及びその「先」にある交通および社会、あらゆる産業のビジネスモデルの変革が、果たして危機なのか、理ける未来なのか。モビリティの世界に閉じるのではなく、日本再興を期する全産業のチャンスとして捉え、MaaSのその先にある「Beyond MaaS(ビヨンド・マース)」の答えを、本書をきっかけとして読者の皆様と創り上げていきたい。これこそが、筆者たちが本書を世に問う一番の動機である。

18年10月、トヨタ自動車とソフトバンクによる新会社で、自動運転車を使ったモビリティサービス事業を志向するMONET Technologies(そネテクノロジーズ)が発生した。国内の時価総額1位と2位という、まさに日本を代表するビッグプレーヤーの提携はインパクト絶大であった。「MaaS」という言葉も豊田章男社長の口から何度も飛び出し、この会見でトヨタの危機感、そしてモビリティサービスへと急激に変革が進むダイナミズムを再認識した人も多いのではないだろうか。日本における交通サービスの変および新たなビジネスプラットフォームの発に期待を抱きつつも、世界に目を転じると、これがMaasの実現に至る動きの一でしかないことに危機感を覚える。海外のプレーヤーはもっと先を行き、虎視眈々と次なる面を進めている。

18年9月、デンマークのコペンハーゲンにおいて、「ITS世界会議2018」が開催された。主にICT(情報通信技術)を活用して、よりスマートな交通システムの実現を目指す世界的なカンファレンスである。従来はクルマや道路などの交通インフラに特化した報告や展示が多く、ETC(電子科金収受システム)やカーナビゲーション、位置情報技流などが主流であった。しかし、5年ごろからMaaS分野のセッションが増え始め、5年については実に100回を超えるMaaS関連のプレゼンテーションがなされた。そして、それら世界各国からの報告は実証実験レベルではなく、MaaSが社会に実装され、そのビジネス生装不や具体的な社会価値にまで踏み込まれている。夏に海外ではMaaSが単なるパスワードではなく、人のらしや都市の道をよりよく変える実効力のあるツールとして機能している証左である。

日本でも今後、MaaSをさまざまな観点でえて、アクションが起きてくることが予想される。実際に東日本旅客鉄道や小田急電鉄など、いくつかの鉄道会社は複数の交通モードを統合して沿線住民に価値をもたらすMaaS事業を開始すると宣言。また、トヨタ自動車は西日本鉄道と組んで、電車やバス、タクシー、自転車シェアリングといった複数の交通手段に応じたルート検索、一部決済ができるMaaSアプリの本格的な実証実験を、5年11月から福岡市と周辺エリアで始めた。

 

まさに今、日本は「MaaS元年」を迎えた

モビリティ革命による全産業のビジネス・社会変革のとば口に立っている。日本政府も「未来投資戦略2018」において、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでにMaaSの取り組みを加速させるとしている。先述したように、MaaSはプラットフォームビジネスとしての側面があり、通信や電力と並ぶ巨大インフラ市場である「交通」においては、国家的な産業政策としての非常に重要なかじ取りが求められる。MaaSをどうえて、どのように産業や地域に実装していくのかが重要なカギとなる。

そのため本書では、大きく2つの構成として総合的にMaaSを理解できるように努めた。【基本編】である第1章~第4章では、海外で巻き起こるMaaS提風の本質的な理解と、日本におけるMaaS海入の大後、そして海外プレーヤーも交えた先進的なMaaS事例を取り上げる。

また、【実践編】を意図した第5章~第8章では、プラットフォーム戦略として、システム戦略としてのMaaSを構造的に理解し、「日本版MaaS」に資する具体的な検討につなげられるよう議論を展開した。また、都市政策や交通政質に大きく関わるモビリティ発の新たな都市デザインの在り方についても詳述した。そして、自動車メーカー、ディーラー、鉄道、バス、タクシーといったMaaSど真ん中のプレーヤーについては、現状の題分析から今後のアクションプランまでまとめた。

最後に、来るべく「Beyond MaaS」の世界、エネルギーや保険、不動産、金融・FinTech、観光、小売り(コンビニ・スーパー)、エンタメ、医療・介護・保育といった他産業とMaaSが照合する中で生まれる新たなビジネスチャンスについても、可能な限り盛り込んでいる。移動の先にあるものは人々の生活そのものであり、故にMaaSは決してモビリティサービスだけの話では終わらない。あなたのビジネスや暮らしに直結するものだということを強調しておきたい。

本書は、日本におけるMaaSの在り方を同じ目線で検討している以下のメンバーの連名で執筆した。

日高洋祐
Maas TechJapan代表取締役。東京大学の博士課程でMaaSをテーマに研究、研究者として、また実務者として日本版MaaSの社会実装に向けて取り組む

牧村和彦
一般財団法人計量計画研究所理事教研究本部企画戦略部長、将来の交通社会を描くモビリティ・デザイナーとして活動

井上岳一
日本総合研究所創発戦略センターシニアマネジャー。持続可能な地域社会をつくるため「ローカルMaaS」のエコシステム構築に挑む

井上佳三
自動車新聞社社長、モビリティサービスの専門誌である「LIGARE(リガーレ)」を発行

主に、海外の最新事例の分析や交通・都市計画・地方創生の観点では牧村和彦、井上岳一が、公共交通、テクノロジー・ビジネス戦略の観点では日高洋祐が、自動車やモビリティサービスの観点では井上佳三が執筆を担当した。

本書には専門的な内容も含まれるが、おのおの興味のある章から読んでいただき、そこから関連する京に興味の赴くまま読み進んでもらえれば幸いだ。読者の皆様が、広く深く「MaaSの世界」に入り、ビジネスを成功させるうえで役立つものとなることを願っている。
2018年11月吉日

日高 洋祐 (著), 牧村 和彦 (著), 井上 岳一 (著), 井上 佳三 (著)
日経BP (2018/11/22)、出典:出版社HP

目次  – MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ

序章MaaSは危機か、それとも輝ける未来か
MaaSの「今」が分かる
Chapter1 モビリティ革命「MaaS」の正体
社会を変える究極のモビリティサービス
日本の10年先を行く世界のMaaS
国内の現状は、MaaS「レベル1」
MaaSビジネスとステークホルダー

Chapter2 なぜMaaSのコンセプトは生まれたのか
「as a Service」時代の幕開け
フィンランド発・MaaSグローバルの誕生秘話
「マイカー依存脱却」のトレンド
Interview MaaSグローバル Sampo Histanen (サンポ・ヒータネン)氏

Chapter3 日本におけるMaaSのインパクト
都市と地方が抱える交通の大問題
MaaSが地域社会にもたらすもの
個人の生活は低コストでスマートに
国家としてのMaaS戦略の必要性

Chapter4 「新モビリティ経済圏」を制すのは誰か?
自動車メーカー & MaaS ダイムラー
トヨタ自動車
フォルクスワーゲン
鉄道・交通オペレーター & MaaS ドイツ鉄道
ケオリス
東日本旅客鉄道
小田急電鉄
配車サービス & MaaS
Uber
Lyft
滴滴出行
自治体 & Maas
ロサンゼルス市
通信サービス & Maas
ソフトバンク
NTTドコモ
ナビゲーション・地図 & Maas
Google
SkedGo
HERE
日本のナビゲーション
Interview 東京大学 生産技術研究所 須田義大氏

MasSの「これから」が分かる
Chapter5 プラットフォーム戦略としてのMaaS
「交通成ネットフリックス」の出現
MaaSレベル別のブラットフォーム戦略
日本におけるMaaSプラットフォームの在り方
Interview MaaSアライアンス Piia Karjalainen(ビア・カルジャライネン)氏

Chapter6 テクノロジー戦略としてのMaaS
オープンAPIによるMaaSシステムの全体像
MaaS時代の「情報提供系システム」
MaaS時代の「予約・決済・個人認証系システム」
MaaS時代の「オンデマンド系システム」

Chapter7 MaaSで実現する近未来のスマートシティ
MaaSは都市に何をもたらすか
米国で先行する「交通まちづくり」
街路空間、駐車場:都市のリ・デザイン

Chapter8 産業別MaaS攻略のアクションプラン
自動車業界、公共交通はどう生きるべきか
自動車メーカー&部品メーカー
自動車ディーラー
鉄道
タクシー

MaaS時代の公共交通とクルマに求められること
Beyond MaaS 〜モビリティ革命の先にある変化~
エネルギー × MaaS
保険サービス × MaaS
金融・FinTech × MaaS
不動産 × MaaS
観光業 × MaaS
小売り・コンビニ x MaaS
エンタメ × MaaS
医療・介護・保育 × MaaS

終章 「日本版MaaS」に向けて

巻末収録
MaaSカオスマップ201912020

日高 洋祐 (著), 牧村 和彦 (著), 井上 岳一 (著), 井上 佳三 (著)
日経BP (2018/11/22)、出典:出版社HP