地球をめぐる不都合な物質 拡散する化学物質がもたらすもの

プラスチック問題を知る4冊も確認する

まえがき

私たち人類は、これまで数多の化学物質を作り出してきました。そして2015年、アメリカ化学会が構築しているCAS(Chemical Abstracts Service)データベースに登録されている化学物質の数が「1億個」を超えました。この中には天然の化学物質も多く含まれており、すべて人類が生み出した化学物質というわけではありません。しかし、科学技術の進歩に伴い、登録される新たな人工化学物質の数が年々増加の一途をたどっていることは、まぎれもない事実です。

深刻な被害をもたらした公害病を経験した日本では、その反省のもと、1970年代の初頭に、さまざまな対策や規制がなされました。その結果、目に見えた形の環境汚染は改善され、問題はなくなったかのようにも思えます。

しかし、世界中にこれだけ多くの化学物質が存在し、日々その数が増え続けている中、新たな問題は起きていないのでしょうか?
実は4世紀に入る頃から、「ダイオキシン」や「環境ホルモン」など、化学物質をめぐる問題は、新たなステージに入っています。

害虫を駆除する目的で作り出され、畑や水田などで使用された農薬が、遠く離れた北極圏の大自然の中で生活をしているホッキョクグマや広い海を泳ぎまわるイルカの体内からきわめて高い濃度で検出されています。また、日常的に便利に使われているプラスチックは、川から海に流れ出て、劣化するうちに小さくなり、大陸からはるか遠く離れた太平洋の真ん中にまで運ばれていることがわかってきました。

海を漂うプラスチックを、海鳥やクジラなどが誤飲してしまった例も数多く報告されています。さらにPM2・5と呼ばれる微粒子が、大気を経由して他の国から日本にやってくる様子も観測されています。つまり、化学物質をめぐる問題に、新たに「地球をめぐる」というキーワードが浮上してきたのです。すなわち、かつての公害病のように日本国内だけの問題ではなく、世界中でその問題と対策に取り組んでいかなければならない時代へと突入しているのです。

では、化学物質が与える影響については、どのように理解が進んでいるのでしょうか?例えば、ヒトへの健康影響については、公害病発生当時のような高濃度の化学物質にさらされる機会はほぼなくなった一方で、近年、これまで問題とされていなかったごく低濃度でも、胎児や乳児に対しては、悪影響を与える化学物質があることが明らかとなってきました。また、近年のアレルギー疾患患者の増大には、衣食住などライフスタイルの変化がもたらす新たな化学物質の曝露が関与していることも示唆されています。

さらに、化学物質が野生生物に与える影響は、生物種差だけでなく、時には個体差までもあることがわかってきました。つまり、化学物質の数が増加の一途をたどる中、化学物質が与える影響については、これまで以上に、対象やとりまく環境を細分化しながら考えていかなくてはならないのです。

今から約10年前に、アメリカのアル・ゴア元副大統領が環境問題を世界各地で訴える様子を記録したドキュメンタリー映画「不都合な真実」が公開されました。この映画では、より便利で快適な社会を追い求めた結果、温室効果ガスである二酸化炭素の放出量が増大し、地球規模の気候変動が引き起こされつつある現状に警告がなされました。

本書では、これまであまり知られてこなかった「地球をめぐる不都合な物質」について、第一線で活躍する環境化学者たちが解説します。取り上げた物質は、POPS(残留性有機汚染物質)、マイクロプラスチック、PM2.5や水銀など、多岐にわたります。こうした物質がどのように地球をめぐるのか、ヒトや野生生物にどのような影響を与えるのか、またそれぞれについて何がどこまでわかり、何がまだわかっていないのか、どう判断し行動することが大切なのかなど、最新の情報を詳しく説明していきます。

本書を通じて、地球をめぐる不都合な物質の現状についてご理解いただくとともに、この本を読んだ有為の若者たちの中で環境化学の分野を志す方が現れることを願ってやみません。

目次 -地球をめぐる不都合な物質 拡散する化学物質がもたらすもの

まえがき

プロローグ
地球をめぐる不都合な物質とは
化学物質に支えられた現代社会
「不都合な物質」とは何か?
不都合な物質の厄介な特徴
北極圏―化学物質が最後に集まる場所

第1部
人類が作り出した化学物質が地球を覆う
第1章
世界に広がるPOPs汚染
海生哺乳動物の化学物質汚染と途上国のダイオキシン汚染
世界中に拡散するPOPS汚染
瀬戸内からアジア・世界へ広がったPOPS研究
海生哺乳動物の異常な汚染
世代間でもPOPsが移行
地球をめぐる不都合な物質「POPs」の行方
途上国のダイオキシン汚染
ゴミ集積場周辺内で進む土壌汚染
周辺住民の母乳を調査
乳児のリスク
家畜にも広がるダイオキシン汚染
ゴミ集積場が有害物質の貯蔵庫に

第2章
マイクロプラスチック
「不都合な運び屋」
世界の海に拡散するマイクロプラスチック
地球をめぐる不都合な運び屋の源
さまざまな用途のブラスチック製品がブラゴミに
フリースの洗濯もマイクロプラスチックの負荷源
世界の海をめぐるプラスチック、そして日本にも
海の生物がプラスチックを食べてしまう
不都合な運び屋に選ばれる不都合な物質
生物体内への不都合な物質の移行・蓄積
汚染の急速な進行
使い捨てプラスチックの削減

第3章
水俣病だけではない
「世界をめぐる水銀」
水銀の特徴と利用の歴史
水銀の化学的特徴
水銀に魅了された偉人たち
1850年以降の地球規模で進む急激な水銀汚染
水問題最大の被害「水俣病」放出されてから魚に取り込まれるまで
大気中をめぐる水銀の観測
重金属を規制したはじめての国際的な条約
私たちができる水銀汚染対策
column水銀の動態解明に向けた最新の分析技術

第4章
古くて新しい不都合な物質「重金属」
四大公害病から越境汚染まで
四大公害病を引き起こした「重金属」
元素の必須性と毒性
日本における重金属による環境汚染
新たな問題「越境汚染」の可能性
「越境汚染」をとらえる
空から降ってくる重金属
堆積物コア試料に残された越境汚染の可能性
重金属による環境問題のこれから

第5章
知られざるPM2・5
何が原因?どこからやってくる?
誰でも知っているが誰も知らない
PM2.5は猛毒物質?
PM2・5は何でできている?
PM2.5は突然発生?
あまり知られていない身近な発生源
越境汚染(国外)の寄与はどの程度か?
国や人ができる対策は?
今後の展望と課題

第2部
不都合な化学物質は、私たちにどのような影響をもたらすのか?

第6章
メチル水銀が子どもの発達に与える影響を探る
妊婦への注意喚起
メチル水銀と水俣病
海外の先行研究で得られた知見
低レベルのメチル水銀県の影響
影響の大きさ
リスク管理と基準値
メチル水銀の摂取を賢く減らすには
1日60gの魚を食べると死亡率が12%も低下

第7章
化学物質が免疫機構に異常を引き起こす
免疫かく乱とアレルギー疾患
同レベルの化学物質曝露による健康影響の懸念
生体恒常性のかく乱とアレルギー疾患の増加
バリアを突破した化学物質が免疫系をかく乱する
腸管を模倣した免疫かく乱簡易検出法の開発
免疫かく乱物質の作用機構を探る
母乳中の有害化学物質が免疫寛容を破綻させる
今後の環境毒性研究の方向性
columnアレルギーってなんだろう?

第8章
毒に強い動物と弱い動物
解毒酵素を介した化学物質との攻防
毒性を持つ化学物質から身を守るためには
嘔吐は最大の防御
化学物質に壁を越えさせない
生体防御の最後の砦
化学物賞への適応戦略で活躍する酵素
解毒酵素の種差
解毒酵素の効き目には個体差がある
殺虫剤への耐性
PCBへの耐性
殺鼠剤への抵抗性
殺鼠剤感受性の違いがもたらしていること
正義の味方、でも時々悪役
今後の動物の化学物質感受性の研究

エピローグ
化学物質をめぐる対立
本書で紹介した不都合な物質はどうか
リスクの評価と対策
不都合な物質とどう付き合うか
執筆者紹介
参考文献