IPOビジネスの本質

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はじめに

——70%のIPOプロジェクトは失敗に終わる

2016年6月27日、私にとって7社目のIPOが成功した。その日、イギリスのEU離脱のニュースで世界中の金融界に激震が走った直後、東証マザーズへIPOしたのは株式会社キャリア。高齢化社会型人材サービスを手掛ける急成長のベンチャー企業だ。2015年10月には、バッドロケーション戦略で外食企業のかたちを変革しようとしている株式会社バルニバービの上場にも成功した。

さらに現在も、数社のIPOプロジェクトを推進している。
2003年から2005年にかけて2年ちょっとの間に4社のIPOに成功してから10年以上IPOから遠ざかっていたが、久しぶりにIPOの業界に戻ってきてみるとIPOプロジェクト全体を見渡せる人材があまりにも少ないことに驚きを隠せない。

まさに隔世の感だ。その理由は新規上場会社数の推移を見れば一目瞭然。2007年までは100社以上の企業がIPOをしていたものの、株式市場の低迷、ライブドア事件、コンプライアンス強化の風潮、審査の厳格化などにより、2008年に半減、さらに2009年には19社とどん底まで落ち、IPO業界自体がシュリンクしてしまったためだ。

これまでIPO業界で活躍してきた人たちは仕事がなくなり、IPOプロジェクトをマネジメントしてきた優秀な人たちも海外ビジネス、M&A、企業再生など他の領域に軸足を移さざるをえなくなった。一時的にではあるが、IPOはコンサルティングの世界の中で花形の仕事ではなくなり、IPOを目指す企業も激減。IPOをマネジメントできる人材は、業界からいなくなってしまったというわけだ。

しかし、アベノミクスによる株価回復以降、ようやく、証券会社や監査法人もIPOに注力し始めたため、2015年はIPO企業数も100社近くにまで回復した。これからはIPOを経験する人材も徐々に増加していくと思われる。とはいえ、2009年に壊滅した業界はそう簡単に元通りにはならない。

証券会社はIPO部門の人員増加を急いではいるが、人材育成が間に合っていないため、IPO業務を細分化することで経験不足を補おうとしている。となると、今後もIPOプロジェクト全体を見渡せる人材は少なくとも5年は増加しないだろう。プロジェクト全体を見渡すためには、人事異動により各業務を経験した上で、さらにそれを統合して考える能力が必要となるためだ。

このような分業化された証券会社の体制下におけるIPOは、2013年以降顕著になっている。それ以降3年間のIPO実績を見ても、たった200社程度しかIPOできていない。しかも、ほとんどのIPOプロジェクトはCFOなど企業内のIPOプロジェクト責任者が全貌もわからないままマネジメントを行うこととなっている。

IPO責任者を経験したCFOは、当然そのほとんどが今もIPOした企業に在職しているので、IPOを目指す企業が本当に信頼してIPOプロジェクトマネジメントのアドバイスを依頼できる人材は全国で20名もいないのではないだろうか。

となると、IPOを目指す企業は、企業サイドに立ったアドバイザーがいないまま、証券会社の指導を受けIPOを目指さざるをえない。しかも、証券会社の指導を受け、いうことを聞いていればIPOが成功するのであればまだ納得もできるのだが、実態は、証券会社とコンサルティング契約を締結し、IPOを目指している企業のうち、たった30%程度しかIPOすることができないのだ。

多くの企業は、どうすればIPOできるのかもわからないまま、内部管理体制を強化し、経営者は公私混同の取引を整理させられ、監査法人からは決算処理の修正を求められたあげく、IPOできないという現実に直面する。

IPOできなかった企業のダメージは大きい。これはコストの面だけではない。本当に深刻なダメージは、企業の成長にとって重要な組織体系や内部管理体制をIPOに向けて厳格に変更してしまったことにより、企業の勢いや活力が損なわれることにある。IPOを目指そうとするような有望なベンチャー企業の多くがこのステージで大きなダメージを受けることになる。
IPOできない理由は、証券会社の担当者曰く、企業の業績悪化であることが多いのだが、企業経営の経験も素養もない証券会社や監査法人のサラリーマン担当者に組織体系や管理体制を変更され、そのことが業績悪化に繋がっている可能性も否定はできない。実際、私自身も当初は教科書どおりの組織体系や管理体制を企業に要求し、企業の活力を奪った経験がある。

私の仕事は、早い段階からベンチャー企業の経営に参画し、成長過程の中で経営者とともにIPOも含めた経営戦略全般をマネジメントし、そしてIPOも成功させることである。これは、私が公認会計士であることに加え、これまで数百社のベンチャー企業の相談に乗り、多くのベンチャー企業の経営に取締役や監査役、アドバイザーとして参画し、私自身が上場企業の経営者までをも経験した上で、IPOプロジェクトをマネジメントしていることをバックグラウンドとしている。いわゆるドキュメンテーションや審査対応を主たる業務としたIPOコンサルとは、全く目線の異なる仕事をしていると自負している。

しかし、私が実際にIPOをマネジメントできる企業は年間1~2社が限度だ。であれば、IPOを目指す企業の方々や証券会社、監査法人、IPOコンサルタントなどIPOプロジェクトに関わる多くの人たちにIPOの本質とは何か、どうすればIPOに成功するのかを伝えることは、きっとIPOに失敗するであろう70%のベンチャー企業の役に立つはずである。

本書には、私の経験の中で培ったノウハウや机上の空論ではないリアルなIPOプロジェクトの過程をできる限り盛り込み、逆に監査法人などの書籍に見られるいわゆるIPO実務については必要最小限の記載としている。本書に記されたIPOの本質と多くのノウハウや考え方が、一社でも多くのIPOビジネスの成功に貢献することを願う。 2016年9月 谷間真

谷間 真 (著)
出版社: リスナーズ株式会社; 初版版 (2016/11/3)、出典:出版社HP

目次 – IPOビジネスの本質

はじめに
70%のIPOプロジェクトは失敗に終わる

第1章 IPOビジネスの本質
1)IPOの本質=自社株式のマーケティング
2)IPOの可否=成長への期待感と裏付けとなる業績
3)IPOの目的=株式売却による資金獲得
4)株式売却の3つの目的

第2章 IPOの基本戦略—コーポレートストーリーの構築
1)プロジェクトリーダーに必要なビジネスセンス
2)IPOプロジェクトに必要なブレインの人物像
3)コーポレートストーリーこそIPOの基本戦略
4)バルニバービのコーポレートストーリー
5)キャリアのコーポレートストーリー
6)企業評価と直結する事業領域

第3章 IPOプロジェクトチームの編成
1)IPOプロジェクトチームメンバーの編成
2)主幹事証券会社候補は5社
3)証券会社IPO部門の組織の理解
4)主幹事証券会社の選定プロセス
5)監査法人への相談の前準備
6)監査法人の役割と選定方法
7)社外取締役と監査役、内部監査人の選任
8)証券代行と印刷会社の役割と選定

第4章 IPOプロジェクトのプランニング
1)上場株式市場、成長企業は東証マザーズへ
2)IPOスケジュールの決定要因
3)ベンチャーキャピタルはIPOにとってはマイナス
4)資本政策の本質的な考え方

第5章 IPO準備開始から審査まで
1)キックオフミーティングでIPO準備スタート
2)チェックリストで課題を抽出
3)主幹事証券会社の審査へのラストスパート
4)主幹事証券会社の審査の実際
5)証券取引所の審査の実際
6)同時進行する財務局や監査法人への対応

第6章 株価決定プロセス
1)株価には種類がある一想定価格、仮条件、公開価格、初値
2)あまりにも単純な主幹事証券会社のバリュエーション方法
3)主幹事証券会社IPO部門との株価交渉
4)主幹事証券会社内での株価決定プロセス

第7章 ファイナンスに向けての準備
1)引受シ団の編成方法
2)引受シ団の審査に向けた引受審査資料の作成
3)IPOのオファリング内容決定の考え方

第8章 ローンチそして上場へ
1)ローンチ日、実際の1日
2)コーポレートストーリーが問われる機関投資家ロードショー
3)ブックビルディング仮条件決定、募集開始
4)感動の上場日、実際の1日。東京証券取引所の鐘が鳴り響く

おわりに
IPOは、経営者と社員たちがこれまで生きてきた軌跡

谷間 真 (著)
出版社: リスナーズ株式会社; 初版版 (2016/11/3)、出典:出版社HP