都市計画学: 変化に対応するプランニング

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何年も使える都市計画の教科書

本書は、成長時代の都市計画を学んだ著者たちが試行錯誤中の低成長時代の都市計画をまとめたものです。変化の時代を体験した著者だからこそ、広い視野を持って今後の展望について解説しています。どのように都市計画学が変化をしていったのか知りたい人はぜひ本書を読んでください。

中島 直人 (著), 村山 顕人 (著), 髙見 淳史 (著), 樋野 公宏 (著), 寺田 徹 (著), 廣井 悠 (著), 瀬田 史彦 (著)
学芸出版社 (2018/9/20)、出典:出版社HP

まえがき

本書の著者7人のうち6人(中島・村山・高見・樋野・廣井・瀬田)は、1970年代に生まれ、1990年代から2000年代前半に東京大学工学部都市工学 科/大学院工学系研究科都市工学専攻(以下、「都市工」)の都市計画コース に学生として在籍し、その後、他の大学や研究機関を経て、2010年代になって都市工で教鞭を取るようになった中堅の教員である。寺田は、もう少し若く経歴も異なるが、他の著者が学生の頃には都市工になかったランドスケープ系の専門家で、本書の準備を始めた頃、都市工に特任講師として在籍していた。

都市計画の新しい教科書をつくってほしいというリクエストは、これまで も多方面から頂いており、既に体系的に整理された都市計画の教科書が多く 存在する中、何か特徴的な教科書をつくらなければという気持ちはあったが、 都市工に着任して担当することになった自分たちの講義や演習を準備・実施 するので精一杯だった。なぜ自分たちの授業だけで大変かと言うと、都市工は、建築系学科や土木系学科の都市計画とは異なり、都市計画コースだけでも、研究室・研究グループ毎の系列を持った講義が多数あり、一つひとつの1日は、講義の内容が狭く深いからである。また、敷地・地区・都市・広域の各スケールの空間計画・デザインを扱う演習は、学生との対話が重要なので、多くの時間を要する。

それよりも大きな問題は、自分たちは基本的に成長時代の都市計画を習ったにもかかわらず、自分たちが教鞭をとる頃までには社会経済状況が大きく変わっており、試行錯誤中の低成長時代・成熟時代の都市計画をも学生に教 えなければならないことである。そして、大げさに言えば、「都市計画学」を 成長時代・低成長時代・成熟時代という変化に対応するプランニングの学問 として再構築する必要があることである。

本書は、現在の都市工の研究室・研究グループや中堅教員の構成に基づき、シンプルに「1章 土地利用と施設配置」「2章 都市交通」「3章 住環境」「4章 都市デザイン」「5章 都市緑地」「6章 都市防災」「7章 広域計画」とし、これに都市工の教育の要である演習の内容に関連した「8章 計画策定 技法」「9章 職能論」を加えた。「序章」は1章から7章までの内容を時代区分によって体系的に整理したものである。企画の段階では、例えば、「土地利用と交通を統合したプランニング」など従来の分野を融合した内容を共著で執筆する、「低炭素社会・脱炭素社会」という枠組みの下で各分野の内容を関連づけながら執筆する、分野融合的な「地区の計画とデザイン」の章をつくるなどのアイディアもあったが、教科書としての網羅性を維持しながら分野を大きく再構成することは無謀であることが分かった。従来の縦割りから何ら変わっていないとの批判を受けるかも知れないが、各執筆者は、現在の都市を取り巻く環境を幅広い視野で捉えた上で、それぞれの分野を核に分野融合を図ろうとしているし、都市計画の入門書としては、これまでに確立された分野の構成を尊重する方がむしろ良いとも考えた。

執筆にあたり、自分の研究室・研究グループが取り扱う講義の入門的内容を体系的に整理することが求められた。しかも、成長時代から低成長・成熟時代への接続、今後の展望についても考える必要があった。「一体自分たち は何を学生に教えているのだろう。これで良いのか」と落ち込み、執筆作業 が長期に渡ってストップすることもあった。学芸出版社の井口夏実さんの後 押しもあって、一応、教科書としての体裁は何とか整えることができたが、正直、これで良かったのかとの不安も残る。時代の大きな転換期に学生から教員になってしまった1970年代以降生まれの都市計画専門家が試行錯誤しながら今の学生に教えている内容が本書にまとめられている。10年後にはもっとまともな切り口の「都市計画学」ができると良いが、そのような学の発展の足がかりとして、思い切って、本書を世に出すこととした。

2018年8月
著者一同

目次

まえがき
カラー口絵
序章 時代認識——都市計画はどこから来て、どこに向かっているのか
1 なぜ、時代認識なのか?
2 「「つくる都市」から「できる都市」への転換
3 「ともにいとなむ都市」の時代へ

1章 土地利用と施設配置——都市の構造をつくり、都市の変容をマネジメントする
1 「都市を構成する要素と都市計画の基本的枠組み
都市の構成要素/「構想 – 計画 – 実現手段」という捉え方
2 都市計画図一土地利用と施設配置の計画を示す図
事例1:名古屋市(日本)/事例2:デトロイト市(米国)/事例3:ポートランド都心部(米国)
3 なぜ土地利用や施設配置の計画が必要なのか
都市計画法の目的と理念/土地利用の「自然性」と「社会性」/建築規制から施設配置・土地利用計画へ
4 日本の土地利用・施設配置計画の歴史
都市の骨格となる施設をつくる/市街地の拡大・拡散を抑えながら市街地を更新する/都市再生と都市構造再編を進める
5 日本における現行の土地利用・施設配置計画制度
日本の都市計画制度の枠組み/都市計画制度の中心を担う土地利用計画/土地利用計画の構成/都市計画事業/都市計画の手 続きと財源
6 マスタープランの策定を通じた都市構造の再構築とマネジメント
マスタープランの都市計画制度への導入/低成長時代のマスタープランの事例/三重県都市計画方針(2017 年策定)/三重県 北勢圏域マスタープラン(2018年策定)/鈴鹿都市計画区域マスタープラン(2012年策定)/鈴鹿市都市マスタープラン (2016年策定)
7 目指す都市の構造に関する論点
「コンパクトシティ」や「集約型都市構造」の流行/「コンパクトシティ」と「間にある都市」
8 これからの土地利用計画:地区スケールの都市再生とそれを編集する都市のプランニング

2章 都市交通——都市の機能と暮らしを支える
1 都市交通の計画とは
都市における交通の基本的な捉え方/都市交通計画の施策ツールと目標
2 「トラディショナルな目標と計画
同吸収長期からの主要な目標と供給側の交通施管 /都市道路網の計画/公共交通の計画/都市父通計画の立案のための調査・分析手法
3 需要追随型アプローチからのパラダイムシフト 都市交通施策のパラダイムシフト/交通需要マネジメント/長期的な TDM 他東と交通需要マネジメント/長期的な TDM 施策としての都市計画
4 都市交通計画のこれから
低灰素社会、超少子高齢・人口減少社会における課題と目標/都市交通のユニバーサルデザイン/コンパクトシティ・プラス・ネットワークを支える公共交通/新しい交通手段と交通サービス/交通まちづくり

3章 住環境——都市居住の礎を築く
1 住宅政策と人々の住まい
住宅の大量供給と「量から質」への転換/ストック重視の住宅政策へ/多様化する住まい方
2 住環境の理念とマネジメント
住環境の理念/防犯性/買い物の利便性/ウォーカビリティ/住環境マネジメント
3 超高齢化・人口減少時代の住環境
郊外ニュータウンの衰退/空き家問題/高齢者の安定居住/高齢者の地域参加

4章 都市デザイン——魅力的な都市空間をつくる
1 都市デザインとは何か?
2 都市デザイン思潮の歴史的展開
源流としてのシビックアートとモダニズム/アーバンデザインの誕生と都市デザイン論の展開/公共政策としてのアーバンデザイン/現代の都市デザインへ
3 関係性のデザインとしての都市デザイン
空間の関係性/時間の関係性/主体の関係性
4 近年の都市デザインの課題と動向
景観の創造的コントロール/公共空間の再編成とリノベーション/アーバンデザインセンターの展開

5章 都市緑地——都市と自然を接続する
1 都市・自然・ランドスケープ
2 都市緑地計画の展開
①公園からグリーンベルトへ (1870 – 1940 年代)/②市街地の拡大と緑地保全(1950 – 1970年代)/③環境保全・グローバル化と緑地(1970-1990年代)
3 都市緑地計画の現在とこれから
①人間と緑地−マネジメントの時代へ(2000 年代 – )/②これからの都市緑地計画

6章 都市防災——都市災害を軽減し、安全で快適な都市を創造する
1 都市防災の概念整理
都市防災の定義/都市防災を計画する基本的アプローチ/都市防災の三つの特徴/都市防災の計画体系と方法
2 都市防災の文化と思想
江戸の大火対策/基盤整備としての都市防災/相次ぐ風水害と都市不燃化の希求/地震火災対策の進展/建物の耐震化と地域 防災/これからの都市防災–ハードとソフトの連携
3 都市防災の課題対応
建物倒壊/市街地火災/避難行動/帰宅困難者対策/地下街の防災対策
4 都市防災の将来ビジョン
都市防災マネジメント/複合災害リスクへの対処/巨大災害リスクと大都市防災/都市の復興とレジリエンス

7章 広域計画——拡大・変化する都市圏の一体的な発展のために
1 広域計画の基本概念
広域計画の意義/広域計画の役割・機能/広域計画の要素と構成
2 広域計画の歴史と変遷
広域計画の歴史を学ぶ意義/戦前までの広域計画/高度成長期の広域計画/安定成長期の広域計画/低成長・成熟期の広域計
3 広域計画の成果と課題
広域計画の評価の難しさ/国土計画と人口動態/広域計画の現代的課題

8章 計画策定技法——都市計画はどのような方法や技術に支えられているのか
1 計画策定技法を捉える視点
計画策定への期待/計画策定の三つの側面とそれを支える技法/計画策定技法の研究・開発の経緯
2 事例に見る成熟都市の計画策定技法
1980年代の米国諸都市のダウンタウン・プラン策定/ポートランド・セントラル・シティ・プラン (1988年)/ダウンタウ ン・シアトル土地利用・交通計画(1985年)
3 米国におけるプランニングの定義とプランナーに求められる技師
プランニングの定義とプランナー/プランナーに求められる技術/都市プランナーに求められる技術に関する美歌
4 計画策定技法の日本の都市計画への適用
日本の都市マスタープランの計画策定技法/克服すべき日本の計画策定の現実

9章 職能論——都市計画マインドを育む
1 都市計画家という職業
国と自治体の都市計画職/民間の都市計画職
2 都市計画家を育成する教育
大学・大学院での都市計画の専門教育/マルチスケールの都市工学演習/社会人向けの大学・大学院/さまざまな都市計画の 学びの場
3 先人たちにみる都市計画への志
草創期の都市計画技師たちの志/民間都市計画家のパイオニアたちの志/都市計画家に必要なものは何か

10章 ブックガイド——都市計画を学ぶための72冊

索引

中島 直人 (著), 村山 顕人 (著), 髙見 淳史 (著), 樋野 公宏 (著), 寺田 徹 (著), 廣井 悠 (著), 瀬田 史彦 (著)
学芸出版社 (2018/9/20)、出典:出版社HP

序章 時代認識——都市計画はどこから来て、どこに向かっているのか

中島直人

1 なぜ、時代認識なのか?

「都市計画は単なる計画では意味がない、単なる青写真では正に絵に描いた餅である。都市計画の実施は、その本質からして通常長年月を要するのは当然であるが、それだけに自分で樹てた計画の実現した姿を自分の目で確かめることが、City Planner の秘かな願望である。いわんや自分で発想し、自分で樹てた計画が、自分の在職 中に次から次へと実現できたということは、City Planner である私にとってはこの上もない歓びである。こんなことは、いつの世でも誰でもできるということではない。たまたま私が、日本の歴史が、そして日本の都 市の歴史が急速に転回した35年の間に、それぞれのポ ストでそれぞれの任務に巡りあわせたに過ぎないが、この意味において、私は City Plannerとして誠に幸運であったといわざるを得ない」
(山田正男(1973) 『時の流れ都市の流れ』*)

都市計画が対象とする都市をとりまく状況は、時代によって変化していく。政治、経済、社会、科学・技術、環境など、いずれの分野においても、10年ひと昔といってもよいような速さで、時代の相は移り変わっていく。都市の実際の姿はもちろん、そこに見出される課題、その前提にある「望ましい都市」に関する価値観も、時代 による遷移の中にある。都市計画が、都市の現実と都市に対する価値観との相互作用の中からかたちつくられるものだとすれば、都市計画を学ぶ、あるいは都市計画を 学術的に議論するためには、まずは時代の変化を捉える歴史観、これからの都市のありようを展望していくための時代認識が必要となる。一方で、変化だけでなく、持続や継承、蓄積に着目することで見えてくるものがある。というのも、現実の都市 も都市に関する価値観も歴史的な生成物だからである。 過去の都市の姿を前提として、現在の都市がある。これまでの都市に対する価値観の蓄積の先に、現在の都市に 対する価値観がある。未来も同様である。現在の都市計画も、都市計画自体の経験の積み重ねがあって初めて存 在している。都市計画を理解するための最も素直なアプーチは、都市計画の来歴を理解することである。
つまり、都市計画はどこから来て、どこへ向かっているのかについての考えを整理し、現代という時代に対する共通の認識を探ることから、この都市計画学を始めたい。

2 「つくる都市」から「できる都市」への転換

わが国の都市計画の起点は、法制度の整備を重視すれば、都市計画法(旧法)が制定された1919年となる。欧州を中心とした第一次世界大戦の勃発に伴う大戦景気の 中での重化学工業の進展を背景として、東京や大阪、名古屋といった大都市への人口集中、結果としての郊外部 での無秩序な都市化が顕在化し始めた時期であった。1919年に制定された旧法は都市計画を「交通、衛生、保安、防空、経済等ニ関シ永久ニ公共ノ安寧ヲ維持シ又ハ福利ヲ増進スル為ノ重要施設ノ計画」と定義し、都市計画事業を実施する都市計画区域の設定、道路や公園といった都市施設、土地区画整理事業などを規定した。建 築物の用途や高さを規制する地域地区は、同時に制定された市街地建築物法で規定されることになった。この旧 法を軸とした都市計画は、「重要施設ノ計画」という定義に端的に示されているとおり、都市の近代化を目指して、道路網をはじめとする都市施設を計画的に建設していくというものであった。旧城下町を初めとして近世以来の 都市基盤を継承していた各地の都市の中心部や、まさに 都市化の波にさらわれる前夜にあった周辺農村部に、近 代都市の基盤としての都市施設が建設されていった。

旧法は、第二次世界大戦後の憲法改正を中心とした社会制度改革期においても、大幅に改正されることはなかった。しかし、高度経済成長を背景として、戦前をはるかに凌駕する急激な都市人口の増加によって都市問題 の深刻度が次第に増していく中、郊外のスプロール化の 抑止、既成市街地の更新等の必要性が強く認識されることになった。そして、1968年に都市計画法は全面的に改定された。都市計画法(新法)では、都市計画の基本理 念として「農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で 文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的 な利用が図られるべきこと」を謳った。旧法から引き継いだ都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域とに区分し、後者での開発事業を抑制する線引き制度の設定や従来の建物の高さ規制に替えて、開発量=都市活動量を直接反映する容積率による形態規制への移行などがこの全面改訂で実現した。新法を軸とした都市計画は民間の旺盛な建設行為をコントロールし、合理的な土地利用を目指すものであった。
旧法から新法への移行期、つまり高度経済成長曲 中に、東京都の首都整備局長(1960 – 67)、

そして建設局長(1967 – 70)として辣腕を振るい、その権力の集中 ぶりから時に「山田天皇」とも呼ばれた都市計画家の山田正男 (1913 – 1995)は、都市は「つくる」ものではなくなり、「できる」ものになったという時代認識を示した。高度経済成長にともなう民間企業の活発な投資を背得として、都市空間形成、開発の主導力が官から民へと移行していることを感じ取った。そして、道路や公園などの公共施設計画に傾注していた従来の「つくる都市」での都市計画は、民間建設という需要=中身を調整し、その需要に対応する受け皿として公共施設を供給していくという、「できる都市」に対応したコントロール型の都市計 画へ転換していくべきだと説いたのである。

COLUMN 都市計画の時代区分

都市計画はどこから来て、どこへ向かっているのか、その問いに直接向き合う研究分野は都市計画史である。都市計画の誕生から現在までの歴史的な展開を記述した通史は都市計画史研究の骨格をなすものであるが、わが国では都市計画史の通史と呼べる書籍は、石田頼房『日本近現代都市計画の展開1868-2003』 *2がほぼ唯一である。石田はこの書籍において、日本の都市計画の展開を計画制度の確立への道程として捉え、 1)欧風化都市改造期(1868 – 1887)、2)市区改正期 (1880-1918)、3)都市計画制度確立期(1910-1935)、4) 戦時下都市計画期(1931-1945)、5)戦後復興都市計画期(1945-1954)、6)基本法不在・都市開発期(19551968)、7)新基本法期(1868-1985)、8)反計画・バブル経済期(1982-1992)、9)住民主体・地方分権期(1992-) という九つの時代に画期して論じている。

本書では、「つくる都市」、「できる都市」、「ともにいとなむ都市」というかたちで都市計画の歴史的展開を大掴みしてみるが、おおまかにいえば、「つくる都市」は石田の時代区分では1)~5)、「できる都市」は6)~9)、そして、「ともにいとなむ都市」は石田の通史(- 2003)が対象とした時代以降に対応している。

3 「ともにいとなむ都市」の時代へ

山田の「つくる都市」から「できる都市」へという見 立ては、確かにわが国の都市計画の来し方を説明してくれる。そして、現在もコントロール型の「できる都市」の都市計画は健在である。むしろ、経済のグローバル化 の進行を背景とした、2001年の日本版 REIT(建築の金 融商品化)や翌2002年の都市再生特別措置法に基づく都 市再生特区の導入(大幅な容積率緩和が可能)により、一つの極点に達しているといってもよい。しかし一方で、こうした「できる都市」の都市計画が必要とされる地域 は、かなり限定的になっていることに注意したい。すでに人口減少、都市縮退の局面に入ったわが国では、都市 に対する積極的、前向きな民間投資、開発需要が全国に 満遍なく存在している状況ではない。大都市圏でも都心を離れた周辺商業・業務地や郊外部、そして地方中小都 市では、もはや民間の開発需要を前提に受け皿を用意する「できる都市」の発想は有効ではない。基本的には新しい都市開発や新たな建築物の建設が自ずと次々と生じる状況ではない、つまり「できない都市」の時代に突入している地域が多い。都市拡張のフェーズから都市縮退のフェーズに移行しているのである。

なお、「つくる都市」にせよ、「できる都市」にせよ、その背後には近代化、あるいはそれを支える近代的価値への素朴とも言える信頼があった。技術の進展が都市の発展をもたらすというもので、その際には過去との切 断、変化が最も望まれるものであった。そして、そうした技術を独占的に扱うのは専門家であるという合意も あった。しかし、1960年代には全国規模での工業開発の結果として公害問題が生じ、生活環境を脅かす事態が到来していたし、1970年代には「成長の限界」*3が指摘され、科学技術が包含する普遍性や専門家のありかたに対 する疑義も呈されるようになった。都市計画においても合理性の再検討が行われ、抵抗的な市民運動や市民参加 の取り組みが登場するようになった。

そうした流れが次第に浸透していき、都市や環境を巡る価値観も大きく更新されてきた。とりわけ、環境、経 済、社会のいずれの側面においても持続可能性が重視されるようになっている。地球環境問題に対応して、スマートなエネルギー、低炭素化が都市開発の主要なテー マとなり、全地球的な都市化にともなう災害リスクの増 加を背景として、わが国ではとりわけ東日本大震災を経て、都市の回復力、復元力という意味でのレジリエンスが基本的な都市の要件として認識されるようになった。都市の交通手段という面では、もはや個々の自家用車一 辺倒ではなく、公共交通、そして何よりも歩行者のための、歩ける都市のための環境整備がごく当たり前に目指 されるようになった。この未来志向の回帰は、超高齢化 社会において都市環境と健康との(ポジティブな)関係の構築がますます重視されてきていることとも関係している。

一方で、都市づくりの主体は、国や自治体、あるいはこれまで都市開発を主導してきた大手デベロッパーだけ でなく、住民・市民組織やNPO、多様な規模の企業群や大学をはじめとする研究機関などがそれぞれの得意分野 を活かして地域に参入するようになった。それらの連携のありかたが公民連携、あるいは公民学連携という枠組みのもとで実践的に模索され、都市の空間や土地、施設の管理・運営に関するイノベーションが強く求められる ようになった。

新たな公共インフラの整備や容積率などの開発量規制 の緩和よりも、既存の公共インフラを公民連携の枠組みのもとで再編・再生させることで、サービス水準を維持、向上させていき、それを周辺の既存の民間建物ストック のリノベーションにつなげ、地域・都市の課題を解決していく、そうした地域・都市経営の感覚が都市計画を基礎づけるようになっている。個々の都市開発プロジェクトも、単に高容積を探求することはリスクに過ぎず、むしろ質的にマネジメント可能な適正規模に収斂させていくことを前提とする。また、公民学連携といっても、行政や民間企業、大学研究室が単に寄り合うのではなく、地域共同体に根差した事業体を立ち上げ、新たな生活サービスの担い手として信頼を得ている。そもそも多くの自治体では市計画以前に都市財政の逼迫した状況があり、高度経済成長期に整備された公共施設と公共サービスの再編が求められている。

そして、各地で爆発的に増加している空き地であり、かつて市街地が蚕食状にスプロールしていったのとは異なり、既成市街地に散在的に穴が開き、スポンジ化していくその現象、動態の背後にある構造に介入する組立てと、個々の低未利用地を意味のある場いく手立てが模索されている。

以上のような状況に置かれている現代の都市計画を、山田の「つくる都市」「できる都市」という見立てを敷衍して表現するとすれば、「ともにいとなむ都市」における都市計画と呼ぶことができるのではないか。多様な主体の連携のもとで、従来的な建設でもコントロールでもなく、「いとなむ」という連続性のある時間軸を匂含した持続に価値を置く都市計画である。とはいえ、「つくる都市」や「できる都市」の都市計画が必要とされる局面が失われてしまったわけではないし、都市計画という社会技術は「つくる都市」「できる都市」それぞれに対応するかたちで発展してきており、「ともにいとなあ 都市」の都市計画もその発展の経路と深く関係しながら かたちづくられようとしている(表1)。

以下、1章から7章にかけては、「つくる都市」「できる都市」、そして「ともにいとなむ都市」へという歴史観、時代認識を共通の緩やかな枠組みとして用いながら、都 市計画が対象とする各課題、都市計画学を構成する各分 野の歴史的展開と現代的展望について、それぞれ解説を加えていく。そして、8章で社会技術としての都市計画の技法的な側面を解説、展望したのち、9章において、再び都市計画の全体性、総合性に立ち戻り、都市計画の職能や教育について講じることにする。10章では、読者の方々の継続的な学探究の手引きとして、ブックガイドを提供する。

【注・参考文献】
* 1山田正男(1973) 『時の流れ都市の流れ」都市計画研究所
*2 石田頼房 (2004)『日本近現代都市計画の展開1868 – 2003』自治体研究社
*3 スイスのシンクタンク、ローマクラブが 1972年に発表した研究。地球資源の有限性、人類の危機を指摘した

中島 直人 (著), 村山 顕人 (著), 髙見 淳史 (著), 樋野 公宏 (著), 寺田 徹 (著), 廣井 悠 (著), 瀬田 史彦 (著)
学芸出版社 (2018/9/20)、出典:出版社HP