運輸・交通インフラと民力活用:PPP/PFIのファイナンスとガバナンス

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実務家・政策担当者必携の1冊

本書は、PPP(Public Private Partnership)とPFI(Private Finance Initiative)を利用した政策と経済学的な観点についてまとめた本です。従来の経済学の課題をPPPやPFIの活用によってどのように改善できるのか、各国の交通インフラのスキームの事例を紹介しながら解説しています。

山内 弘隆 (著, 編集)
出版社: 慶應義塾大学出版会 (2014/7/4)、出典:出版社HP

はじめに

1990年代初頭にイギリスで導入された PFI は、公共的目的と民間の事業活動を程良くバランスさせることに特長があった。周知のように、当時のイギリスは、80年代を通じて推進された公企業の民営化について、総仕上げか行 われる段階にあった。イギリスの民営化は、長く続いた保守党と労働党の攻権交代の結果として膨張した公的部門の再整理を主目的としていた。当初イギリス政府は、公共事業に民間資金を導入することに慎重であったが、事業リスクの移転とVFM (Value for Money)の達成を条件にそれを認め、誕生したのがPFI である。最初の PFI プロジェクトとなったクイーン・エリザベス爪橋(ダートフォード橋とも呼ばれる)は、既存トンネルの激しい混雑を緩和 し、当初予定を圧倒的に短縮する期間で資金回収が実現した。まさに、公共 の目的と民間的な事業能力の両立が成功した事例となった。

遡れば、1920年代に登場したイギリスの公企業は、民間企業の効率性と公的部門の公共性を融合することによって、公共目的の実現と社会的費用の最 小化をめざすものであった。その後公企業は、労働党政権のもとで拡大を続 け、一時は、電力、ガス、水道、鉄道などの公益事業だけでなく、炭鉱、自動車製造のような一般産業にまで及んだ。しかし、市場によるテストの圧力が小さく、また、経営に関する「ソフトな予算制約」のために、その結末は 「親方のユニオンジャック」と揶揄された非効率の塊の出現であった(少なくとも多くの経済学者の目にはそう映った)。1979年首相の座についたマーガレット・サッチャーは、民営化と市場原理の導入によって非効率を徹底的に排除するとともに、一般市民を株主とすることを促進して大衆の参加意識を高めた。それは、資本主義を復活、定着させるという政治的方針を明確にするものであった。

イギリスに生まれた PFI が、このようなある種イデオロギー的葛藤を背景としていたことは事実であろう。資本主義を「資本の論理を原点とする経済システム」と位置づければ、産業活動の市場化の延長として、公共事業への民間資金投入は、いわば当然の施策であった。注目すべきはそれが徹底していたことで、病院や学校等の建築物だけでなく、橋梁に始まり道路、鉄道な ど、大規模な交通インフラ整備が対象とされた。また、資本という観点からすれば、金融部門が先導して社会資本の整備、維持管理を担うビジネス・モ デルを構築したことは驚くにあたらない。

このように、発祥の地ではダイナミックに展開されたPFI であったが、わが国の PFI は必ずしも本家のような大胆な政策転換とはならなかった。イギリスに遅れること約10年、1999年の通常国会で「民間資金等の活用による公 共施設等の整備等の促進に関する法律」(いわゆるPFI法)が成立した。しかし、そのもとで実施されたわが国の PFI は、対象が庁舎や公務員宿舎、教育 施設等のいわゆる「ハコモノ整備」に終始した。ほとんどの事業の施設整備、維持管理の内容は建築物であり、社会インフラとしての道路、港湾、空港のような大規模施設は対象とならなかった。数少ない例外は、羽田空港の国際 線旅客、貨物それぞれのターミナル・ビルとエプロン整備に関するものだが、ターミナル・ビルの運営はまさに羽田空港の日本空港ビルデングやその他の三セク会社による運営実績があり、また、エプロン PFI は、技術的な問題は ともかく形としては、発注者側が大半のリスクを負う、いわゆる「サービス購入型」の域を出ていなかった。

事業手法については、法務省の矯正施設の事例や自治体が実施している病院のケースのように、民間事業者がある程度のリスクをとって運営を広く実施するような事例も見られるが、多くの場合はサービス購入型 PFI であり、整備事業費の延べ払い、闇起債的な手法とのりも聞かれるところであった。イギリスの PFI が資本主義と価格メカニズムの再構築を謳い、公共部門の守備範囲と事業手法の再定義を伴っていたのとは対照的である。このような意識もあってか、制度導入以来案件数、投資金額ともに順調に伸びていた PFI 事業も、2000年代末には新規案件の減少が顕著となり、ある意味では見直しの時期に入ったと理解できる。サービス購入型として公共が民間債務の負担を保証する方式は、財政の抜本的改善をもたらすものではなく、逆に割賦払いのツケによって後々の財政の硬直化、窮乏を招くものである。PFIの「公共の肩代わり」的な運用に限界があることが明らかになったのである。

このような中、2011年 PFI法改正によって、「公共施設等運営権事業」(いわゆるコンセッション方式)が導入された。コンセッション方式は、公共施設について、所有権を公共側に残したままその運営権を設定し、選定された事 業者が対価を支払って運営するものである。選定事業者は事業収益によって投資資金を回収する。つまり、公共の資産を民間事業者によって有効かつ効 率的に利活用することを通じて、公共サービスの提供を確保するとともに民 間事業者への投資機会を与えるものである。この種の事業スキームは、国に より若干の制度上の違いはあるが、主としてヨーロッパで広く活用されており、道路、空港など対価の徴収が可能な大規模交通インフラストラクチャーがその対象となっている。わが国でも空港施設が有力な候補として挙げられ、 本書執筆時点で、コンセッション第1号となる仙台空港の事案が進行している。

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登場以来15年を経過し、変容しつつある日本の PFI事業をいかに成功に導くか。効率的かつ有効な仕組みをいかにして構築するか。言うまでもなく、本書を通じたわれわれの問題意識はここにある。日本の PFI は、最初の法律が議員立法であったことに見られるように、主として政治主導で実現した。その主目的は、公共と民間の関係に新しいフレームワークを持ち込むことにより行政全体の革新、変革をもたらすことのはずであった。しかし、歴代内 閣の意図は、この制度を使って公的資本形成を増加させ、経済の拡大、景気浮揚を促進することであったように思われる。国も地方自治体もそれに便乗 して、懸案になっていたさまざまな案件を実施に移した。公共がリスクを抱えたまま推進する事業は PFI 本来のものではなく、その顛末が上述のような 事業の停滞になったと考えられる。本書では、諸外国の事例や後半部分での数量分析を通じて、制度設計、方針策定に寄与する知見の提供に腐心したつもりである。

本書のもう1つの目的は、PFIについて経済理論からとりまとめを行うことにある。PFI の歴史もイギリスの最初の事例から25年を超えようとしている。経済研究者は当然それを1つの経済現象と捉えて分析を加えてきた。特にPFIは、公共部門という組織の中で行われてきた作用を市場に委ねるなど、組織と市場の新しい関係性を提示していること、また、事業の本質が公共部門と民間部門の契約のあり方に依存することなど、最近の経済分析に格好の 材料を提供しており、その結果、論文の集積もある程度の段階に達している。本書の前半部分では、それらの研究動向をとりまとめて紹介している。紙幅と作業の都合上、詳細かつ網羅的な分析は今後の研究に委ねるとして、本書 は、その性格上、理論と政策、考え方と実務の相互関係を重視して構成した。より多くの方に評価していただければ幸いである。

なお、本書における「PFI (Private Finance Initiative)」、「PPP (Public-Private Partnership)」という用語について付言しておく。イギリスその他の国におい て、当初 PFIとして事業が導入されたが、事業手法や事業範囲の多様化、拡 大とともに PPP が使われるようになった。わが国においてもPFI事業として出発し、コンセッション方式の導入等を契機としてPPP という名称が用いられるようになった(それ以前にも PPP が用いられなかったわけではない)。本書では、原則として PFI という用語を用い、著者の意図からより広い概念を扱う場合に PPP/PFIという表現を用いることとする。

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本書は、平成24年度、一橋大学大学院商学研究科および同大学公共政策大 学院と一般財団法人運輸政策研究機構とで行われた共同研究「運輸・交通事 業におけるPFI・PPP の活用可能性について」の成果に基づくものである。同プロジェクトの立案、構成、実施に尽力された同財団ほか多くの関係者の 方々に御礼申し上げる。また同研究会および本書の出版については、日本財 団から多大な支援をいただいた。ここに記して感謝の意を表す次第である。

山内 弘隆

山内 弘隆 (著, 編集)
出版社: 慶應義塾大学出版会 (2014/7/4)、出典:出版社HP

目次

はじめに

序章 交通社会資本と民間活力
1 経済社会の構造変化と交通社会資本
2 民間活力を用いた交通社会資本整備
3 新しい民間活力の必要性
4 交通 PFI の方向性

第I部 「PPP/PFIの経済学」入門
第1章 市場と組織の経済学——取引費用と範囲の経済
1 PFI事業の特徴と可能性
2 組織の経済学
3 組織の経済学からの PFI への示唆
4 おわりに

第2章 公共の経済学——契約の失敗と政府の失敗
1 はじめに
2 なぜPFIか
3 発想の転換
4 公共サービスの質的向上
5 なぜPFIは進まないのか?
6 2つの失敗
7 契約の失敗
8 モデルによる説明
9 政府の失敗
10 政府間関係
11 おわりに
Column 新しい公共と民間活用

第3章 情報の経済学——不完備契約と情報の非対称性
1 はじめに
2 PFIと再交渉の問題
3 不完備契約と建設と運営のバンドリング
4 おわりに

第II部 日本の現状と制度・政策課題
第4章 日本におけるPFI 制度の歴史と現状
1 はじめに
2 わが国におけるPFIの導入
3 2001年12月の PFI法改正 42005年8月のPFI法改正
5 競争的対話方式の導入、2007年 PFI推進委員会報告およびそのフォローアップなど
6 コンセッション方式の導入等——2011年6月の PFI法改正
7 PFI推進機構の設立——2013年6月の法改正
8 PPP/PFIの現状と課題

第5章 所有形態と資金調達コスト——PFI・財投・民営化
1 はじめに
2 所有形態と資金調達
3 PFI、財投、民営化の比較
4 交通事業とPFI
5 おわりに

第6章 ファイナンス・スキームの選択——民営化関連法とPFI法
1 はじめに
2 民営化関連法のスキーム
3 PFIのスキーム
4 分析と検討
5 おわりに

第7章 日本のPPP/PFI 制度活用の課題と方向性
1 現行 PF 制度の課題
2 原因は何か
3 今後の方向性
4 おわりに

第Ⅲ部 イギリスの代表事例と実施スキーム
第8章 イギリスのPPP/PFIの動向とその特徴
1 はじめに
2 イギリスにおけるPPP/PFIの導入と発展の経緯
3 PFI事業の検証
4 PPPに対する新たな取り組み
5 イギリスにおける教訓とわが国への示唆

◆イギリスにおける PPP/PFIの事例
事例1 ロンドン地下鉄
1 事業スキームの概要・導入背景
2 事業の状況
3 事業スキームの制度的特質、ガバナンスの特徴

事例2 M6 有料道路
1 事業スキームの概要・導入背景
2 事業の状況
3 事業スキームの制度的特質、ガバナンスの特徴
4 事業の社会的効果

事例3 ルートン空港
1 事業スキームの概要・導入背景
2 事業の状況
3 事業スキームの制度的特質、ガバナンスの特徴
4 事業の社会的効果
■諸事例から得られる政策的含意——考察に代えて

第8章補論 イギリスにおける最近の動向
1 はじめに
2 IUKと国家インフラ整備計画(National Infrastructure Plan)
3 欧州政府債務危機とPPP/PFI

第Ⅳ部 アジアの代表事例と実施スキーム
第9章 アジアの PPP/PFIの動向とその特徴
1 はじめに
2 アジアの運輸・交通インフラ市場
3 アジアの運輸・交通セクターにおけるインフラ PPP

4 運輸・交通セクターにおける PPP のビジネスモデルと日本企業にとっての事業機会
5 事例

◆アジアにおけるPPP/PFI の事例
事例4 ソウル地下鉄9号線
1 PPP導入背景
2 事業スキーム
3 事業の状況

事例5 マニラMRT3号線
1 PPP導入背景
2 事業スキーム
3 事業の状況

事例6 クアラルンプール STARなど
1 PPP導入背景
2 事業スキーム
3 事業の状況

事例7 デリー空港線
1 PPP導入背景
2 事業スキーム
3 事業の状況

第V部 PPP/PFIをめぐる国際研究動向
第10章 世界のPPP/PFI の実施状況
1 はじめに
2 低・中所得国の PPP/PFIの実施状況
3 ヨーロッパの PPP/PFI の実施状況
4 日本の PPP/PFI の実施状況
5 おわりに

第11章 PPP/PFI の成功要因・評価方法の研究動向
1 はじめに
2 PPP/PEI の実施に影響を与える要因に関する先行研究
3 PPP/PFI 成功の決定要因に関する先行研究
4 おわりに

第12章 PFI入札過程における VFM 変化要因分析
1 はじめに
2 入札理論のインプリケーション
3 データの整理
4 実証分析
5 おわりに

終章 運輸・交通インフラにおける民力活用の展望
1 施設整備から資産活用へ
2 コンセッション事業の展望
3 運輸・交通分野における官民連携のあり方
4 運輸・交通分野におけるPPP/PFIの可能性

索引
執筆者紹介

山内 弘隆 (著, 編集)
出版社: 慶應義塾大学出版会 (2014/7/4)、出典:出版社HP

序章 交通社会資本と民間活力

1 経済社会の構造変化と交通社会資本

わが国経済社会の構造変化が言われて久しい。グローバル経済への対応、高度情報通信ネットワークの構築とその活用、人口減少と超高齢社会への準備。いずれもが今後21世紀の日本の進路に大きく影響するものであり、わずかとはいえ余力の残された現代の日本社会にとって喫緊の課題である。
経済社会の構造変化は、当然ながらそれを支える交通社会資本へのニーズ を変化させる。経済のグローバル化には、国内・国際の切れ目がなく、かつ適切な費用負担で利用可能な交通インフラストラクチャーが必要である。 ICT の進展は、貨客の移動の質的な変化をもたらすとともに、ICT により交通システム自体が高度化する可能性がある。さらに、少子高齢化の時代に は、バリアフリーを実現する移動摩擦を極力抑えたハードの構築や、都心回帰やコンパクトシティといった都市構造の変化への対応が要請される。

交通社会資本に対するこの種の新しい要求に応えるためになすべきことは、まず既存のインフラストラクチャーを可能な限り有効に利用し、時代の要請に見合った交通システムを構築することである。長期にわたって蓄積された 欧米先進国のそれと比較して、わが国の交通社会資本整備は立ち後れているとの指摘がなされてきた。しかしながら、8,000kmを超えた高速自動車国道ネットワーク、国土を縦貫しつつある新幹線、100を数えようとする空港の存在を考えるとき、大規模な交通インフラストラクチャーの整備は、「概成」の域に達したと判断できる。まず第1に必要なのは、それらをいかに活用するか、新しい経済社会からの要請にいかにそれを整合させるかである。

ただ、それでも今後、交通社会資本整備の必要が消滅するわけではない。大都市部の道路交通は深刻な渋滞問題から抜け出せず、首都圏では鉄道の混 雑状態が続いている。大都市圏の空港は都市自体のグローバルな競争という観点から必ずしも十分ではない。物流コストの低減と産業のグローバル展開を前提としたロジスティクスの確立こそ、わが国製造業の国際競争力回復に欠かすことはできない。地方では人口減少を前提としながらもサステイナブルな集約型都市の構築が求められ、新たな産業振興として観光を主体とする まちづくりが注目されている。そしてさらに重要なのは、上で「概成」と表現した社会資本ストック自体が今後、維持・更新の時期を迎え、本来の性能 を発揮するために多大なリソースが必要になることである。言うまでもなく、失業対策、景気浮揚目的の公共投資が許容されるわけではない。また、政治的「ばらまき」は論外である。しかし、まさに経済基盤としての交通社会資 本の重要性に変わりはなく、整備も含めそれを適切にマネイジする能力が問われているのである。

本格的な高齢社会の到来に向けて、特に公共用交通サービスについては、質的な面でのボトムアップが求められる。戦後、わが国の公共用交通の整備は、量的充実を旗印に行われてきた。それは、急速に拡大する経済を支えるためのものであり、肥大化する都市とその周辺部における移動需要の急増を 満たすものであった。このような時代的背景を考慮すれば、絶対的な輸送量を確保することは当然の施策であった。しかし、人口構成上高齢者の割合が高まれば、そこで求められるのはバリアフリーなど、利用者の立場に立った施設の再構築である。高齢者にとっての「優しい乗り物」の実現が今後の課題であり、そのために官民挙げての対応が必要とされているのである。

社会資本の新しいニーズに対して財政的余裕は限られている。あらためて 指摘するまでもなく、多額の財政赤字と公的負債は経済を圧迫し将来への不安を残している。財政を立て直し、それを再建することが国家的見地から喫緊の課題である。つまり、現在の日本においては、公的資金が絶対的に不足 していることを前提として、新しい社会資本整備や大規模維持・更新投資を行うという、相矛盾する諸問題の解決が求められているのである。

わが国において20世紀末に導入された PFI (Private Finance Initiative)は、このような困難な状況の打破を意図したものであったと理解することができる。 PFI は、1990年代初頭にイギリスで開発された社会資本整備の一手法であるが、本来柔軟な事業スキームの設計が可能であり、理論的には、求められる目標を実現するために最も効率的な仕組みを見出すことができる。さらに、 PFIによって新しいビジネス・モデルが提供され、それは公共サービスに関 する費用負担の新しい仕組みに結びつく。PFIをどう利用するか、交通に限らず現代の社会資本整備に投げかけられた課題であろう。

2 民間活力を用いた交通社会資本整備

(1) 運輸・交通における民間の役割
このように PFIに期待される役割は大きいと考えられるが、これまでのところ、わが国における交通社会資本整備において PFI が積極的に用いられてきたわけではない。地方自治体で、駐輪場、駐車場などの相対的に小規模な交通関係施設が PFI方式によって整備された事例は散見されるが、道路、港 湾、空港のような大規模インフラ整備における事例は稀である。唯一の事例は、東京国際(羽田)空港再拡張に伴う国際線整備地区の国際線旅客、貨物ターミナル事業、エプロン等整備事業である(2005年実施方針公表)。

このような状況は PFI発祥の地イギリスと対照的である。同国において PFI 第1号案件となったのは、クイーン・エリザベスII橋であった。同プロジェクトは混雑著しい旧来のトンネル事業と新架橋事業を一体化するなど、巧みな需要リスク回避策によって早期の投資回収を可能としたことで知られる。また、ドックランドの再開発における鉄道システムや地下鉄の更新事業なども PFI スキームが活用された。イギリスでは交通分野が PFIの主要な対象だったのである。

わが国の運輸・交通分野において、なぜ PFI がそれほど利用されてこなか ったのだろうか。これにはいくつかの理由が考えられる。最も重要なのは、若干逆説的だが、そもそもこの分野では公共部門だけでなく民間部門が大きな役割を果たしてきたことである。
たとえば、鉄道は、長い間日本国有鉄道という公社によって主要路線が運営されてきた。しかし、国鉄時代にも主要都市、地方には有力な私鉄が存在 した。さらに1987年の国鉄分割民営化によって、日本の鉄道すべてが「民鉄」に分類されるようになった。たしかに、JR 北海道、四国、九州の三島 会社と貨物は政府が株式を保有しており、大都市では地方公営業による地下鉄が存在する。地方第三セクター鉄道の中には公的部門の役割が大きいもの が存在する。しかし、もはや鉄道の太宗は民間資本によって運営されているのである。日本の鉄道事業は官営により出発したが、拡大し発展させたのは民間資本である。明治期の鉄道整備は当時急速に蓄積されつつあった民間資本にとって格好の投資先であった。国鉄は、明治期末に国策としてそれを国 有化して登場したものである。

鉄道だけでなく、公共部門の役割が大きいと思われる港湾や空港でも民間の役割は小さくない。港湾の場合には、自治体直営の埠頭公社に加えて、民 間資本による埠頭が数多く存在し、港湾地区を形成する上屋、蔵置地区の多くは民間資本によって整備されている。空港については、当初滑走路、誘導 路、エプロンなどの基本施設を公共(国、自治体)が整備し、旅客・貨物のターミナルについては純民間資本ないし第三セクターによって整備された。さらに、成田国際空港は公団方式をとったが、旧関西国際空港、中部国際 空港については国、自治体、民間出資の株式会社(特殊会社)によって整備された。特に中部国際空港については、国、自治体、民間の出資比率が4:1:5ときわめて民間色の強い事業スキームが採用された。この結果、同空港の整備事業費は当初計画7,680億円に対し実績5,950億円とじつに約22%の節約を果たすなど、これまでの大規模公共工事としては異例(空前絶後?)の成果を上げているか。

以上のように、鉄道、港湾、空港においては、従前から民間の役割が大きく、PFI のスキームが開発されたことで、それを何とか活用して事業を推進 しなければならないというインセンティブに乏しかったと理解される。その意味で、現段階においてなぜ PPP/PFI スキームを活用する必要があるのかという疑問は残る。この点については後に述べるが、さまざまな改正を経て PPP/PFI のスキームは新しい公共と民間の関係を規定しており、交通社会 資本を取り巻く環境、条件の変化への対応がこれによって可能になるという利点が指摘できる。

(2) 道路事業の特殊性
鉄道、港湾、空港と比べれば、道路整備については民間の役割はそれほど 大きいものではない。道路の歴史を振り返れば、英米でターンパイクと呼ばれる民間有料道路が存在したが、その後道路整備の主役は公共部門に移行した。わが国においても、芦ノ湖スカイライン、箱根ターンパイク、比叡山ドライブウェイ等の民間所有の「有料道路」が存在するが、そもそもこれらは道路法上の道路ではなく、道路運送法を根拠とする(道路運送法第2条第8項) 自動車専用道路であり(「自動車専用有料道路」と呼ばれる)、通常の意味での道路(高速自動車国道、一般国道、都道府県道、市町村道[道路法第3条])以外に位置づけられる。もちろん、道路運送法上の自動車専用道は道路ネットワークの中でごくわずかを占めるだけであり、その役割は大きいものではない。

道路運送法上の自動車専用道路の存在が例外的なことは、運輸・交通分野においてPFIが目立った存在になっていない2つ目の理由に関係する。「公物管理」の問題である。上で「通常の意味での道路」は高速自動車国道、一般国道、都道府県道、市町村道であると書いたが、名称から明らかなように道路は公的部門によって管理されることが法的に決められている。道路は不特定多数のものの利用を前提として、法的に、公的な物いわゆる「公物」と分類され、その管理者が特定されている。したがって、この法律が存在する限り単純に言えば民間部門が運営することを前提とする PFIには馴染まないことになる。

道路運営には、高速道路をはじめとする各種の有料道路が存在する。道路は道路法によって無料開放の原則が規定されているが、有料道路は、整備 促進のために無料開放原則に対する例外措置として導入されたもので、道路整備特別措置法によって導入されたものである”。原則が無料開放であるから、一定期間利用者から料金を徴収するが、料金収入の合計によって、建設費、維持管理費、運営費、その他の費用が「償還」されれば、当該道路は無 料開放されることになっている。これは「償還主義」と呼ばれ、高速道路を含む有料道路に独特のシステムである。

周知のように、高速道路公団の民営化については、2002年末から道路関係四公団推進委員会において議論が行われ、05年には日本道路公団、首都高速道路公団、阪神高速道路公団、本州四国連絡橋公団が9つの株式会社と1つの独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構に組織替えされた。ただ、株式はすべて国が保有したままの特殊会社であり、民間資金が経営に関与しているわけではない。また、民営化後も償還制度は維持されている。

民間会社による有料制は、必ずしも道路の整備と維持運営を PFI手法で行うための必要条件ではない。第8章で詳しく論じられるが、イギリスの道路 整備では、シャドー・トールと呼ばれる擬似的な有料制によって行われた事 例がある。これは道路の設計、建設、資金調達、運営を民間会社が行い、発 注者である公共部門が通行した車両台数に応じて会社側に支払いをするという仕組みである。この方式は原理的にはわが国でも一般道路について適用可能ではあるが、上記の管理者の特定という問題等もあり、わが国では実施されていないのが実態である。

1) ITS: Intelligent Transport Systemがその具体的事例である。
2) わが国の交通社会資本整備の考え方、沿革、政策については、竹内・根本・山内(2010)、第 1音第4節「交通社会資本の整備政策と費用負担」を参照されたい。
3) 2007年7月、株式会社に移行。
4) 中部国際空港は1990年代後半に事業が決定されたが、その事業方式について、当時導入が議論 されていたPRIL 方式を採用してはどうかという提案があった。しかし、PFI法の成立が遅れたこともあり、形態的には第三セクター的な事業方式となった。
5) 道路法第3章第1節「道路管理者」。
6) 道路法第25条は「有料の橋又は渡船施設」を規定しており、その反対解釈として、それ以外については無料で開放されるとされている。
7) 道路整備特別措置法第1条「この法律は、その通行又は利用について料金を徴収することができる道路の新設、改築、維持、修繕その他の管理を行う場合の特別の措置を定め、もつて道路の 整備を促進し、交通の利便を増進することを目的とする。」
8) ここで用いられる「償還」は全額が返済されることを意味しており、通常の用法と異なるが、 道路整備特別措置法第23条第1項で定められる料金基準の1つを満たすものとして、有料道路の 場合に用いられる。
9) 償還制の原理について詳しくは、山内・竹内(2002)を参照されたい。
10)この点は成田国際空港株式会社法により株式会社化された成田空港も同じである。

3 新しい民間活力の必要性

(1) 日本型 PFIの限界
PFIは、比較的柔軟な事業スキームの設計が可能であり、公共施設、インフラの費用負担のあり方を変える可能性がある。しかしながら、わが国の PFI が、このような求められる役割を十分に果たしてきたかについては疑問 が残る。発注者である公共主体は、柔軟な事業手法を手にしたにもかかわらず、前例主義、形式主義に陥りがちであり、画一的、硬直的な事業設計に終始したように思われる。

庁舎、宿舎、学校等施設、いわゆる「ハコモノ」を民間資金によって建設させたうえで、15年から20年にわたって維持・管理させる。発注者側がその間に施設建設費と維持・管理・運営費の代金を割賦で支払う。すなわち「サービス購入型」と呼ばれる手法であるが、このやり方は本来ならば公的負債であったものを民間に付け替えただけであると批判を浴びた。事業者側も、基本的にリスクをとらずに事業運営が可能なこの方式に安住し、革新的な事 業の提案を怠ってきた。気がつけば「後年度負担の増加」と呼ばれる借金返済問題が財政をさらに硬直化させるというジレンマに陥っている。それが日本の PFIの実態なのかもしれない。

サービス購入型の PFI事業にまったく意味がなかったわけではない。筆者は神奈川県が行ってきた各種の PFI事業について客観的な評価を行う研究会に参加したが、これまで PFIに大きな関わりを持たなかった中立的委員から、意外なことに、サービス購入型の事業は整備を早期に実現するという音 味を持ったと指摘された。たしかに、公的必要性が確認されている整備事業については、民間事業者を介在させることによって整備を早め、その便益効果を早い時点で手にすることに意義がある。問題は、PFI の能力はそれに限られるわけではなく、さらに重要な民間の革新性や効率性を現実のものにすることである。

(2) コンセッション制度の導入
2011年の PFI法改正によって、わが国でも「公共施設等運営権事業」いわゆる「コンセッション制度」が導入された。コンセッションとは、将来にわたって収益を生むことが期待される公的施設についてその運営権(公共施設 等運営権)を設定し、その権利を民間事業者に売却することによって公共側は収入を得、民間事業者は事業からの収益によって利益を上げていく事業方 式である。PFIはさまざまな柔軟な事業方式を設計できると指摘したが、事実ヨーロッパで実施されてきた PFI事業では日本のコンセッション方式に あたる手法が見られる。見方によっては、日本の PFI自体が PFI法により規定されていることもあって形式的であり、このような方式が実現すること自 体遅きに失したと言えるかもしれない。いずれにしても、この新しい手法を使って、いかにしてわが国が抱える社会資本整備の課題を解決するか、これこそが現段階で議論すべきテーマであろう。

コンセッション方式とこれまでの PFIとの最も大きな違いは、ビジネス・モデルすなわちお金の流れである。旧来型の典型的な PFI はサービス購入型であり、民間事業者が提供する施設と維持・運営サービスの費用負担は少なくとも、形式的には発注者の公共主体が行う。事業者は提供するサービスの質が要求水準を満たしていれば、ほぼリスクを負うことなく事業を進めることができる。一方、コンセッション方式は、民間事業者が運営権を「購入し て」 事業を行うのであり、事業者は施設の利用者から収入を得る。当然事業者は需要の変動等種々のリスクを負うことになる。このリスクが事業者側の 効率化と需要対応、創意工夫へのインセンティブになることは言うまでもない。

これまでも独立採算型の PFI 事業がないわけではない。前述の羽田空港の 旅客・貨物国際線ターミナル事業は独立採算であり、PFI事業の破綻第1号で有名になった福岡の温浴施設事業も、基本的には当該事業からの収入によって公的施設、サービスを提供することが前提になっていた。新設されたコンセッション方式がこれらと異なるのは、コンセッションで設定される事業 権は、原則として公共側に所有権がある施設、既存事業を前提としていることであり、新規施設建設は例外的な扱いになる点である。
いずれにしても、ここで言うビジネス・モデルの違いは、社会的観点から大きな意味を持つ。典型的な公共サービスは公的主体が提供し、税金によってその費用が負担される。最終的な費用負担者は納税者である。日本で導入された旧来型の PFIは、サービス供給の部分を民間に任せた。基本は施設を整備することだが、市民・住民に具体的サービスを提供するケースも含めて、費用負担の方式は財政を通じて行われる。これも最終的な費用負担者は納税者一般である。

これに対してコンセッション方式の PFIはビジネス・モデルが異なる。原則としてコンセッショネアは事業運営権を取得してその費用を利用者からの 料金収入によって返済し、投資家へのリターンを生む。この場合、費用の最 終負担者はそのサービスを享受するものになる。つまり、通常の公共サービスの提供の場合とはお金の流れが違うのである。

もちろん、このようなビジネスモデルが成立するためにはいくつかの条件が必要である。そもそも、民間事業者が事業の運営権を取得して事業を行うためには、サービスを享受するものから対価を収受できなければならない。経済学の定義で言う「純粋公共財(消費の競合性が存在せず、排除原則が適用 できない)」は、原則として対象にならない。シャドー・トールは道路という公共財に民間活力を導入した例になるが、対価の支払いが利用者の負担に 結びついていない。コンセッション方式はある意味での擬似的な市場を公土サービスの供給に持ち込むことであり、財政を通じた費用負担から直接的な 利用者負担に転換することにより、財政と事業自体の効率化を促すことに の意義があると思われる。

4 交通 PFIの方向性

PFI 自体が1つの転換点にある現在、交通社会資本整備は、PFI の方向性を先導する形で、この制度の活用を図るべきであろう。すでに述べたとおり、交通分野事業はその形態からして、民間資本が活躍できる素地を備えている。これまでわが国では、成長拡大する経済を前提として、交通社会資本整備は 民間事業者が担ってきた。公共サービス提供における公的主体の役割を見直すことによって、新しい形での「ビジネス・モデル」が成立する。
人口減少や超高齢社会の到来といった社会構造の変化とともに、移動・交通への基本的な欲求が変容している。一方で、わが国の公的部門の余力は限られており、新しい社会的ニーズに対応するためには、新しい事業のあり方、 費用負担のあり方について工夫が必要である。PFIとりわけ新しく制度化された「コンセッション方式」は、相矛盾するこれらの要求を満たす可能性がある。本書で述べられる交通社会資本整備における民間活力の活用事例とその分析から、できるだけ多くの示唆が与えられれば幸いである。
[山内弘隆]

11) 2011年8月神奈川県設置「県有施設の整備に係るPFI検証委員会」。
12) 「公共施設等連営事業とは、特定事業であって、・・・・・・公共施設等の管理者等が所有権・・・・を有 する公共施設等(利用料金・・・・・・を徴収するものに限る。)について、運営等(運営及び維持管理 並びにこれらに関する企画をいい、国民に対するサービスの提供を含む。以下同じ。)を行い、利用料金を自らの収入として収受するものをいう。」(PFI法第2条第6項)

参考文献
竹内健蔵・根本敏則・山内弘隆編(2010)『交通市場と社会資本の経済学』有斐閣。
山内弘隆・竹内健蔵(2002)「交通経済学』有斐閣。

山内 弘隆 (著, 編集)
出版社: 慶應義塾大学出版会 (2014/7/4)、出典:出版社HP