認知行動療法実践ガイド:基礎から応用まで 第2版 -ジュディス・ベックの認知行動療法テキスト‐

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認知行動療法における決定版ガイド

本書は事例を取り上げて、治療者と患者の会話形式で解説が進められていく点が特徴的です。分量は多いように見えますが、会話ベースなので読み進めやすく、詳細に記載されているので、認知行動療法についてきちんと学習したいという方にもおすすめです。

ジュディス・S・ベック (著), 伊藤 絵美 (翻訳), 神村 栄一 (翻訳), 藤澤 大介 (翻訳)
星和書店; 第2版 (2015/7/25)、出典:出版社HP

認知行動療法实践力不下
基礎から応用まで
ジュディス・ベックの認知行動療法テキスト
第2版
ジュディス・S・ベック
伊藤 絵美,神村 栄一,藤澤大介
星和書店

Cognitive Behavior Therapy
Basics and Beyond
Second Edition
by
Judith S. Beck
Translated from
English
by
Emi Ito, Ph.D.
Eiichi Kamimura, Ph.D. Daisuke Fujisawa, M.D.
English Edition Copyright © 2011 The Guilford Press
A Division of Guilford Publications, Inc. Japanese Edition Copyright © 2015 Seiwa Shoten Publishers, Tokyo

アーロン・T・ベック博士による巻頭言

著者による『認知療法実践ガイド・基礎から応用まで―ジュディス・ベッ クの認知療法テキストー』(以下『認知療法実践ガイド』)の成功が,その第 2版である本書の出版につながったというのは大変喜ばしいことである。読 者は『認知療法実践ガイド』を通じて認知療法のアプローチを学び,心理療 法に対して新鮮な気づきを得たことだろう。『認知療法実践ガイド』は,心 理療法を学び始めの学生だけでなく,すでに認知行動療法に精通している心 理療法家にとっても大いに歓迎されただろうと私は確信している。認知療 法・認知行動療法の世界では、日々新たなアイディアと研究が生み出され, わくわくするような新たな展開が繰り広げられている。患者をよりよく概念 化し,治療するために,認知行動療法の新たな展開を取り入れ,第1版を大 幅に拡張したこの第2版を完成させた著者の尽力に拍手を送りたい。
私はまずこの巻頭言において,認知療法が提唱された当初を振り返り,そ の後認知療法がどのように発展してきたかを読者とともに見ておきたいと思 う。私自身が後に「認知療法」と命名した一連の治療法(現在では「認知行 動療法」と呼ばれるようになっているが)を通じて,最初に私が患者を治療 し始めた頃,この新しいアプローチ(私が受けた精神分析学のトレーニング からは、かなり逸脱してしまったアプローチ)がいったいどうなっていくの か、私自身にも見当がつかなかった。臨床での観察および体系的な臨床研究 や実験から、私は、抑うつや不安のような精神医学的な症状の中核には思考 障害がみられるという理論を主張するようになった。この思考障害は,患者 が自分の体験を解釈する際に、体系的な偏りとして表れる。これらの偏った 解釈を指摘し、代わりとなる別の解釈(すなわち,より現実的な解釈)を提案することで、患者の症状が速やかに軽減することに私は気づいた。また、 このような認知的スキルを患者に教えることは,患者の回復状態の維持にも 役立った。治療を目の前の現実的な問題に焦点づけすると,ほとんどの症状 が10~14週で軽減した。後に,我々のグループや他の臨床家や研究者らが

追跡調査を行った。これらの調査結果は,このアプローチが不安障害やうつ病性障害,そしてパニック障害に効果のあることを支持している。
1980年代の半ば頃までには,認知療法は,「体系的な心理療法」の地位 獲得したと主張できるまでに成長した。体系的な心理療法とは,以下の3つ の要素から構成されるべきものである。「パーソナリティおよび精神病理, に関する理論。これらの理論は,その療法の基本仮説を支持する強力なり 的発見に基づくものでなければならない。2ひとつの心理療法としてのモデ ル。モデルにおいて,その心理療法における原則と戦略とが一連のセットと して提示される。またモデルは,1の精神病理学理論と整合するものでなければならない。3そのアプローチを支持する強固な実証的結果。この結果 は、臨床的な効果研究から導き出されたものでなければならない。
私が認知療法を始めた初期の頃から今に至るまで,新しい世代の治療者. 研究者・教育者たちが、認知療法を研究し,実践してきた。彼らは認知療法 における精神病理学の理論モデルに関する基礎研究を行い,同時に,広範囲 の精神障害に認知療法を適用してきた。これらの体系的研究が明らかにしようとしたのは、パーソナリティと精神障害における基本的な認知の特性, 様々な精神障害における情報の処理と再生の特異性,脆弱性とストレスとの 関連性などである。
今では、心理学的なそして医学的な諸障害に対して,認知行動療法が広く 適用されているが,それは私が抑うつや不安のごく少数の事例に対し,認知 療法を適用し始めた頃に想定していた範囲をはるかに超えるものである。世 界中の研究者,とりわけ米国の研究者が,認知療法の治療効果研究を行った が、その結果,認知行動療法は,外傷後ストレス障害,強迫性障害,あらゆる恐怖症,そして摂食障害に効果的であることが証明された。また,認知行 動療法が薬物療法と併用されれば,双極性障害や統合失調症にもしばしば効 果的であることが明らかにされた。さらに,腰痛,大腸炎,高血圧,慢性疲 労症候群など、広範囲の医学的な諸症状に対する認知行動療法の有効性も、 明らかにされた。

認知行動療法の適用がこれだけ多様になった今、音欲的な治療者は、いつたいどのようにして認知行動療法の基礎を学び始めればよいのだろうか? 「始まりから始めよう」と『不思議の国のアリス』で言われているように, 我々もまた,この巻頭文の冒頭で発した問いに立ち戻ってみよう。もっとも 意欲的な第二世代の認知行動療法家の一人であるジュディス・ベック博士に よる本書の目的は,読者の認知行動療法の実践に向けて,しっかりとした基 礎的土台を提供することである(まだ10代だった頃の彼女は、私がこの新 たな治療法について語るのを,初めて聞いた一人でもあった)。今では驚くべきほど多様な対象に適用されている認知行動療法だが,いかなる場合でも それは,本書で概説される基本原則に沿って行われる。一方,他の認知行動 療法に関する本(私自身が著した数冊を含む)は,特定の障害に対する認知 行動療法の指針を,詳細に示したものである。本書は間違いなく,認知行動 療法家のための標準的な基本テキストとなるだろう。経験豊富な認知行動療 法家であっても,概念化のスキルを改善したり,治療技法のレパートリーを 増やしたり,より効果的な治療計画を立てたり,治療における諸問題を解決 したりするために、本書が極めて有用であることがわかるだろう。

もちろん、スーパービジョンの代わりになる認知行動療法の本はない。それでも本書が大変重要な書物であることには変わりなく,さらにスーパービ ジョンが本書を補ってくれるだろう。スーパービジョンに関する情報は,ベテランの認知行動療法家のネットワークから容易に入手できる(付録Bを 参照)。
ジュディス・ベック博士は,本書のような認知療法のテキストを出版する のに極めて適した人物である。ここ 25 年間彼女は,認知行動療法に関する ワークショップと事例検討会,および講義を行い,初心者および経験を積んだ治療者に対して数多くのスーパービジョンを行った。また,様々な障害に 対する認知療法の治療プロトコルの構築に寄与し、さらに認知行動療法に関 する調査研究にも積極的に関与してきた。彼女はこのような豊かなバックグ ラウンドから、認知行動療法の適用についての多大な情報を抽出し,本書の 第1版を執筆したのである。第1版は認知行動療法を代表する教科書とし て、心理学,精神医学,ソーシャルワーク, カウンセリングの領域で,多くの人に購読されてきた。

認知行動療法を実践することは,それほど単純なことではない。
私はこれまで,臨床効果研究に参加する多くの臨床家を観察してきたが,たとえの中には,患者が抱いている世界に対する見方を十分に把握せずにあっは認知行動療法の原則である〈協同的実証主義〉について全く理解せず)。〈自動思考〉に対する作業を患者に提案してしまった人がいた。ジュディス・ ベック博士の仕事は,認知行動療法の初心者と経験者の両者に対し,教育 訓練を行うことをその目的としているが,本書は,彼女がこの使命を見事。 成功させたことを示している。
アーロン・T・ベック博士 (ベック認知行動療法研究所・ペンシルヴァニア大学精神医学研究科)

序文

認知行動療法の領域において,この20年間は非常にエキサイティングな 期間であった。次々と新たな研究が生み出され,認知行動療法は今や,数多 くの障害にとって第一選択となる治療法となった。その理由としてまず挙げられるのは,認知行動療法が人々の苦しみを除去し,すみやかに寛解に導く ことができる治療法であるということである。しかしもうひとつ重要な理由 がある。それは,認知行動療法が,人々が寛解後の良好な状態を保つために 役立つから(すなわち再発予防), というものである。我々の運営する非営 利組織であるベック認知行動療法研究所(Beck Institute for Cognitive Behavior Therapy) の第一の使命は、フィラデルフィアおよび国内外の精 神保健の専門家に対し、最先端のトレーニングを提供することである。しか し心理療法をしっかりと身につけるためには,種々のワークショップと訓練 プログラムだけではどうにも不十分である。私は 25年間にもわたって何千 人ものトレーニングに携わってきたが,認知行動療法の理論,原理,そして 実践について十分に学ぶためには,繰り返し何度も参照することのできる基 本的な教科書がどうしても必要であると考えている。

本書は,心身の健康に携わる様々な領域の専門家に向けて書かれたもので 「あり,認知行動療法の初心者のみならず,かなりの経験を積んだ専門家もその対象である。どのように患者の抱える問題を認知的に概念化し,どのよう に治療の計画を立て,どのように多様な技法を適用し,どのように治療効果 を評価し、そしてセッション中に生じる様々な問題にどのように対応する か、といったことを学ぶことを通じて,認知行動療法のスキルを向上させたい専門家であれば誰でも,本書が役に立つであろう。本書では認知行動療法 についてできるだけわかりやすく提示するため、ある一人の患者の事例を一貫して提示することにした(もちろん患者の氏名や個人を特定できる情報は 改変してある)。サリー”は、私が以前に担当した患者で、教科書的には 《理想的な》患者である。彼女の事例は、あまり複雑でない単一のエピソードによる抑うつに対する〈標準的な〉認知行動療法の進め くれるからである。サリーの事例は,不安の強い抑うつ症状に ルな認知行動療法を示したものだが,そこに提示される技法は 問題を抱えた様々な患者に適用することができる。参考文献の欄 害に対する認知行動療法の文献を挙げたので、読者はそれらを 書で提示した標準的な認知行動療法を,個々の障害や患者に合わせてカスタマイズしてほしい。

本書の第1版は 20 以上もの言語に翻訳され,世界中の人が私 想を寄せてくれた。私はそれらに基づき第2版である本書を書いか 加えた内容としては、インテークセッション,行動活性化
(治療者のスキルを測定するための尺度で,多くの訓練プログラムや調究で使われている), ケース提示のための書式(Cognitive Case Write ITm) (認知療法アカデミーで資格審査のために用いられるケースレポートのみ の書式)が挙げられる。私は本書において,治療関係,誘導による発見し、 クラテス式質問法,患者の強みとリソースを引き出すこと,およびホーム ワークについて、第1版よりもさらに強調して記述した。私を成長させてく れたのは、私自身の臨床実践,人に教えたりスーパービジョンを行ったりすること、そして認知行動療法に関わる研究や出版といった諸活動であるが、 同様に、国内外の認知行動療法を志す多くの専門家(初心者からエキスパー トまで、その専門性も様々)との数多くの議論が,私を導いてくれたのは言うまでもないことである。
認知療法の父であるアーロン・T・ベックによる革新的な仕事がなければ、本書は生まれなかったであろう。彼は私自身の父でもあり,非常に優れた科学者,理論家,実践家である、そして人間的にも素晴らしい人物である。私が出会ったすべてのスーパーバイザースーパーバイジー,患者から も,私は多くのことを学んだ。これらすべての方々に対し,心から感謝の意 を表したい。

ジュディス・S・ベック博士

ジュディス・S・ベック (著), 伊藤 絵美 (翻訳), 神村 栄一 (翻訳), 藤澤 大介 (翻訳)
星和書店; 第2版 (2015/7/25)、出典:出版社HP

目次

アーロン・T・ベック博士による巻頭言
序文
第1章 認知行動療法入門
1. 認知行動療法とは何か?
2.認知行動療法の根底にある理論とは?
3.様々な研究からわかること
4.ベックの認知療法はどのように構築されたか
5.認知行動療法の基本原則8
6.認知行動療法における治療セッション
7.認知行動療法の治療者としての成長
8.本書の活用法20

第2章 治療の流れ
1. 治療関係を形成する
2.治療計画を立て、セッションを構造化する
3. 非機能的な認知を同定し、対応する
4. ポジティブな側面を強調する
5.セッション間において認知と行動の変容を促す(ホームワーク)

第3章 認知的概念化
1. 認知モデル
2.信念
3. 自動思考と行動の関係

第4章 インテークセッション
1. インテークセッションの目標
2. インテークセッションの構造
3. インテークセッションを開始する
4. アセスメント
5. アセスメントの最終段階
6. 家族との関わり
7. 治療者の見立てを伝える
8. 治療目標を設定し,治療計画を伝える
9. 治療に対する見通し
10. 認知的概念化と治療計画の作成を開始する

第5章 初回セッションの構造
1. 初回セッションの目標と構造
2. アジェンダ設定
3. 気分をチェックする
4. 現状を把握する
5.診断について検討する
6.問題を同定し、目標を設定する
7.認知モデルについて心理教育を行う
8. 患者の抱える問題について,あるいは行動活性化について話し合う
9.セッション全体をまとめ,ホームワークを設定する
10. フィードバックを引き出す

第6章 行動活性化
1. 「不活性」の概念化
2. 「達成感や喜びの欠如」の概念化
3.予測の正確さを検証するために活動チャートを用いる

第7章 第2セッション以降:面接の構造とその進め方
1. セッションの序盤
2. セッションの中盤 154
3. セッション最後のまとめと患者からの感想
4. 第3セッション以降

第8章 治療セッションを構造化する上での諸問題
1.治療者の認知
2.患者の話をさえぎる
3.患者に進め方に親しんでもらう
4.主体的に取り組む姿勢を患者に維持してもらう
5.治療同盟を強化する
6. 気分のチェック
7.前回の後で起こったことを簡潔に表現してもらう

8. セッション間の橋渡し
9. ホームワークの振り返り
10. アジェンダの各項目について話し合う
11. 新たなホームワークを設定する
12. セッション全体のまとめ
13. 患者からのフィードバックを引き出す

第9章 自動思考を把握する
1. 自動思考の特徴
2.自動思考について、患者に説明する
3.自動思考を引き出す
4.自動思考の把握の仕方を患者に教える

第10章 感情を把握する
1. 自動思考と感情を区別する
2. 感情にラベルづけをする際に生じやすい問題
3. 感情の強度を評定する
4. 感情強度の評定を治療の指針とする

第11章 自動思考を検討する
1. 鍵となる自動思考の選び方
2.自動思考を評価する質問をする
3.自動思考の検証のプロセスの結果を評価する
4.自動思考の検討が効果的でなかった理由を概念化する
5. 思考の検討に役立つ他の方法を試す
6.自動思考が正しいときの対応
7. 思考を評価するよう教育する
8. ショートカット:質問を全く使わない方法

第12章 自動思考に対応する
1. 治療ノートを振り返る
2.セッション間で新たな自動思考を評価し対応する
3.他の方法で自動思考に対応する

第13章 媒介信念をとらえて変容する
1. 認知的概念化
2. 信念の変容

第14章 中核信念をとらえ変容する
1. 中核信念の分類
2. 中核信念をとらえる
3. 中核信念の提示
4. 中核信念の心理教育と成果の確認
5. 新しい中核信念を形成する
6. 新しい中核信念の強化
7. ネガティブな中核信念の変容
8. 中核信念ワークシート

第15章 その他の認知技法と行動技法
1.問題解決法とスキル訓練
2.意思決定
3.再焦点付け法
4.活動記録表を用いて気分を測定する
5.リラクセーション法とマインドフルネス
6.スモールステップ化
7.エクスポージャー
8.ロールプレイ
9.円グラフ法を使う
10.比較癖と「いいね」リスト (credit list)の作成

第16章 イメージ技法
1. イメージを同定する
2. イメージ技法についての心理教育を行う
3.自発的に浮かんでくるイメージに対処する
4.治療ツールとしてイメージを導入する方法

第17章 ホームワーク
1.ホームワークを設定する
2.ホームワークのアドヒアランスを高めるためのコツ
3.困難を概念化する
4.ホームワークを見直す

第18章終結と再発予防
1. 治療早期で行うこと
2. 治療の全期間を通じた活動
3. 終結が近づいたら行う活動
4. ブースターセッション

第19章 治療計画
1. 大きな治療目標を立てる
2. セッション間にまたがる治療計画を立てる
3.治療計画を立てる
4.各セッションの計画を立てる
5. ある問題を取り上げるかどうかの決め方
6.特定の障害に合わせて標準的治療を柔軟に適用する

第20章 治療上の問題
1.問題の存在を明らかにする
2.問題を概念化する
3. 行き詰まったとき
4. 治療上の問題を解決する

第21章 認知行動療法家としての進歩

付録A 認知行動療法ケース報告書
付録B 認知行動療法のリソース
付録C 認知療法尺度
文献
訳者あとがき
索引

ジュディス・S・ベック (著), 伊藤 絵美 (翻訳), 神村 栄一 (翻訳), 藤澤 大介 (翻訳)
星和書店; 第2版 (2015/7/25)、出典:出版社HP

第1章 認知行動療法入門

メンタルヘルスの世界で革命が起きたのは, 1960 年代の初め頃であった。 革命を起こしたのは、アーロン・T・ベック博士(Aaron T. Beck, MD) で、彼は当時、ペンシルヴァニア大学の精神科の助教授であり,十分な訓練 を受けた精神分析の実践家でもあった。科学者としてのベックは,医学の領 域で精神分析がもっと受け入れられるためには,精神分析の理論の妥当性を 実証的に示す必要があると信じていた。そこでベックは、1950 年代後半か ら1960年代の初頭にかけて、精神分析の妥当性を証明するための一連の実 験を行った。当時ベックは、これらの実験によって精神分析の妥当性を示せるものと信じていた。しかし一連の実験の結果は,精神分析の理論的妥当性 を示すものではなかった。ベックは,実験結果を説明するために,抑うつに ついての新たな視点を探索し始めた。そしてついに,偏った否定的認知(思 考と信念)が抑うつの主要な特徴であるとの視点に達し,患者の抑うつ的な 思考を現実的に検討することを主眼とする短期間の治療を考え出した。 本章では、以下の問いについて読者の皆さんにお示ししたいと思う。

・認知行動療法とは何か? ・認知行動療法はどのように構築されたのか? ・認知行動療法の効果研究からどのようなことがわかるか? ・認知行動療法の基本原則にはどのようなものがあるか? 有能な認知行動療法家になるにはどうしたらよいか?

1. 認知行動療法とは何か?

アーロン・ベックは 1960年代初頭,新たな体系的な心理療法を機 それに「認知療法(cognitive therapy)」と名づけた。現在「認知 いう用語は、「認知行動療法(cognitive behavior therapy)」とは 用いられており,本書では基本的に「認知行動療法」という用語を用 とにする。ベックの認知療法は,構造化された,短期の,現在志向的、 療法であり,非機能的な(正確ではない,そして/あるいは,有用であり、 思考や行動を修正し,今抱えている問題を解決しようとするものである。) ベックたちはそれ以降,認知療法に様々な工夫を加え,驚くほど多種多様も 障害や問題に適用させることに成功した。それによって時には治療の進占が 変わったり,用いられる技法が異なったり、治療の期間が長くなったりはさ るものの、根底にある治療理論そのものが変化することはなかった。ベックのモデルから発展した認知行動療法はすべて,それがどのような形態を取る うとも、認知的フォーミュレーションに基づくこと,そして治療の対象となる障害に特有の信念を扱い,それを変容させるための行動的戦略を用いる、 とに変わりはない。

認知行動療法の治療は、個々の患者の信念および行動パターンを理解し 概念化したものに基づいて進められる。治療者は患者の認知的変化(患者の 思考と信念システムの変容)を引き起こすために様々な手立てを探索し,認 知的変化が患者の感情や行動にしっかりとした変化をもたらすよう工夫する。
ベックは多種多様な思想や理論を統合して認知行動療法を構築した。それ はたとえば古代ギリシャ哲学者のエピクテトスの思想や、カレン・ホーナ イ,アルフレッド・アドラー,ジョージ・ケリー アルバート・エリス,リチャード・ラザルス, アルバート・バンデューラらの理論である。それに えて、ベックは米国内外の最新の研究や理論を多数、認知行動療法に組み込んだ。

現在,認知行動療法には数多くのアプローチが存在する。どのアプローチ も概念化や強調点に多少の違いはあるが,ベックの理論との共通点を有する。 主なアプローチとしては,論理情動行動療法 36),弁証法的行動療法 61,問題 解決療法”, アクセプタンス&コミットメント・セラピー 45,曝露療法”, 認知処理療法 75,認知行動分析システム精神療法 6,行動活性化 10.0″, 認知 行動変容 70 などである。ベックの認知行動療法はこれらのアプローチの技 法を統合的に用いるが,他の心理療法の技法も,認知的な枠組みの中で用い ることがある。認知行動療法のこれまでの歴史を概観すれば,多くの異なる 流れが認知行動療法の名のもとに統合されていったことがよく理解できるだ ろう 4.11.28.34.47) 「認知行動療法は多様な人々に適用可能である。すなわち教育レベルや収入 の高低に関わらず、また文化的背景にも関わらず,そして子どもから高齢者 まで幅広い年齢層の人に適用できる。認知行動療法が行われる場も様々であ る。それはたとえばプライマリケアの場であったり,他の医療機関であった り,職業訓練の場であったり、刑務所であったりする。個人療法やグループ 療法で使われることもあれば、カップル療法や家族療法で用いられることも ある。本書では1セッション 45 分の設定の,個人療法として行われる認知 行動療法について具体例を紹介するが, セッションの時間はもっと短くても 構わない。たとえば統合失調症を有する患者などは,長時間のセッションに 耐えられないかもしれない。また,たとえば通常の医療やリハビリテーショ ンの場,そして健康診断の場などでは,認知行動療法を通しで行うのではなく,部分的にその技法を適用することもできるだろう。

2. 認知行動療法の根底にある理論とは?

端的に言うと,「認知モデル(cognitive model)」が提唱するのは、すべての心理学的な問題の背景には,非機能的な思考(それが患者の気分と行動 に影響を与える)が存在するというものである。もしある人が、自らの思考 をより現実的かつ適応的に検討することができるようになれば、その人の感情的な状態や行動の仕方は改善されることだろう。たとえば、あれ 気持ちがひどく落ち込んだり動揺したりしているとする。あなた、 思考(automatic thought)といって、心の中にポンと浮かんで 思考が生じるだろう。それはたとえば「私は何ひとつちゃんとでき、 いった思考かもしれない。そのような自動思考は, 悲しみ(感情)。 に引きこもる(行動)といった,特定の反応を誘発する。しかし いったんそのような自動思考の妥当性を検討し,それが物事を過度, した思考であったことに気づけば,あなたは再び物事にうまく対処す ができるようになる。新たな視点から自分の体験を眺められるよう ば、ネガティブな感情は和らぎ,より機能的な行動が取れるようにな患者の気分や行動の改善をより確実なものにするために,認知療法の治療 者は、患者の認知のより深い面に焦点を当てる。それは,患者の自分自身 自分を取り巻く世界、そして他者に対する基本的な信念である。背景にある 非機能的な信念を修正することができれば,患者の治療的変化はより確実な ものとなる。たとえば、もしあなたが常に自分の能力を過小評価していると したら、おそらくあなたの中には「自分は無能である」といった信念が存在 すると思われる。このような一般化された信念を修正することができれば (すなわち、自分自身について,長所と短所の両面から現実的に見ることが できるようになれば),日常生活における個々の状況におけるあなたの感じ 方も変わってくるだろう。「私は何ひとつちゃんとできない」といった自動 思考が頻発することはなくなり,たとえ何かうまくいかないことがあったと しても、「私はこの課題が得意ではない」といったぐらいの思考に留まるようになるだろう。

3. 様々な研究からわかること

表 1.1 認知行動療法の効果が高いことが示されている障害と問題のリスト(一部)
精神医学的な障害
大うつ病性障害
老年性うつ病
全般性不安障害
老年性不安
広場恐怖
社交恐怖
強迫性障害
行為障害
物質乱用
注意欠如/多動性障害
健康不安
身体醜形障害
摄食障害
パーソナリティ障害
性犯罪
習慣の障害
双極性障害 (藥物療法併用)
統合失調症 (藥物療法併用)

心理学的な問題
カップルの問題
家族の問題
病的赌博
複雜性悲嘆
介護者のストレス
怒りと敵意の問題

医学的な問題における心理学的要因
慢性腰痛
鎌状赤血球症による痛み
偏頭痛
耳鳴り
癌による痛み
身体表現性障害
過敏性腸症候群
慢性疲労症候群
リウマチ性疾患による痛み
勃起不全
不眠症
病的肥满
外陰部疼痛症
高血圧症
湾岸戰争症候群

認知行動療法は、1977年に最初の効果研究が示されて以降,幅広くその効果を検証され続けている。現時点で500以上もの効果研究が行われ, 精神医学的な諸障害,心理学的な諸問題、そして医学的な諸問題における心理学的要因など、幅広い対象に対する効果が示されている(たとえば,文献 23,24)。表 1.1 は,認知行動療法の効果が高いことが示されている障害と 問題をリスト化したものである。より詳細なリストを知りたければ,ベック 研究所のウェブサイトをご参照いただきたい(www.beckinstitute.org)。

地域で行われる認知行動療法の効果を示した研究も,いくつも発表されて いる(たとえば,文献82, 83,85)。コンピュータを用いた認知行動療法の 効果を示した研究もある(たとえば,文献 53,92)。さらに,様々な障害に 対する認知行動療法が神経生物学的な変化を引き起こすことを示した研究も いくつか発表されている(たとえば,文献 42)。何百もの研究によって、うつと不安の認知モデルの妥当性が示されている。これらの研究について包括 参照していただきたい。

4. ベックの認知療法はどのように構築されたか

1950年代の後半および 1960年代の前半,ベック博士は、精神分析におけるうつ病の概念,すなわち「うつ病は自己の内面に向けられた敵意である」という概念を検証しようとした。彼はうつ病患者の夢を調べることにした うつ病患者の夢は、統制群の健常者の夢に比べて,敵意をテーマにしたもの が多いのではないかと考えたのである。しかしベックが驚いたことに、と なに調査研究を重ねても,うつ病患者の夢における「敵意」は統制群に比べて少なく,むしろ「欠陥」や「剥奪」,そして「喪失」というテーマのほう がはるかに多いという結果となった。これらのテーマ(「欠陥」「剥奪」「喪 失」)はうつ病患者の覚醒時の思考と類似しているとベックは結論づけた。 ベックは他に行った研究からも,「うつ病患者は苦悩への欲求をもつ」と いった精神分析的な見解は妥当ではないと結論づけた。これは「精神分 析」という長いドミノが一気に倒れていくようなものであった。精神分析の これらの理論が妥当でないとしたら、我々はどのようにうつ病を理解することができるのだろうか?

ベック博士は,カウチに横たわる患者の話に耳を傾けながらあることに気 づいた。それは,患者の報告する思考の流れには2種類あるということであ る。ひとつは一連の自由連想で,もうひとつは自分自身に対する素早く評価 的な思考である。たとえばある女性患者は,自らの性的経験を詳細にわたって語った後,不安な感情を報告した。ベック博士はその不安を、「私があなたを批判するのではないかと考えて、不安に感じているのですね」と解釈し たところ、彼女はこう答えた。「いいえ。私は、先生が私の話にうんざりしているのではないかと思って不安になったのですか。他の患者にもこの 質問を重ねることを通じて、ベック博士は、患者たちがこの種の「自動的(automatic)」でネガティブな思考を経験し,それらの思考が感情と強く結びついていることに気づいた。これが2種類ある思考のうち,2つめの思考 である。ベック博士は、患者が自らの非現実的で不適応的な思考を同定し評 価するよう,そしてこの種の思考に対応するよう手助けすることを始めた。 するとどうだろう,患者は速やかに回復に向かったのである。

ベック博士は次に,ペンシルヴァニア大学の研修医たちに,自らが構築し たこの新たな治療法について教えることにした。するとそれら研修医たちの 担当患者も皆,この治療法に対して良好な反応を示した。当時,主任研修医 であったジョン・ラッシュ博士は(彼は現在,抑うつの認知行動療法の第一 人者である),ベック博士とともに,この新たな治療法の効果検証を行うことを計画した。認知療法の効果を対外的に示すためには,この種の研究が不 可欠であるとの合意に至ったのである。うつ病患者に対するランダム化比較 試験を通じて、認知療法が当時抗うつ薬として主流だったイミプラミンに比べて効果的であるという結果が得られ,この研究は 1977 年に公表された。 この研究結果は驚くべきものであった。というのも,これは対話による治療 (トークセラピー)が薬物治療に匹敵しうることを示した最初の研究だった からである。その2年後,ベックとラッシュらは他の共同研究者とともに, 認知療法の初の治療マニュアルを出版した。

うつ病に対する認知行動療法の重要な構成要素はすべて,患者の問題解決 を手助けすることに焦点を当てている。すなわち,行動を活性化したり、抑 うつ的な思考,とりわけ自分自身や自分を取り巻く世界や将来に対するネガ ティブな思考を同定し評価したり,それらの思考に対応したりできるように なるよう、患者を手助けする。1970年代の後半には、ベック博士とペンシ ルヴァニア大学の共同研究者たちは不安障害に関する研究を開始し,うつ病 とはまた別の視点が必要になることに気づいていった。不安を訴える患者にとって必要なのは、患者が恐れている状況の危険度を正しく評価し,自らの 内的なリソースや自分を取り巻く外的なリソースを正しく認識すること,そ してそれらのリソースを増やしていくことである。不安障害患者はまた,回 避行動を減らし、恐怖の対象となる状況に直面することを通じて、自分の否

定的な予言が正しいかどうかを行動的に検証する必要がある。不安障 様々なタイプがあるが,その後の研究によって,個々の不安障害 知モデルが個別に構築され,それらのモデルの妥当性は認知心理学に 確認された。そして多くの効果研究によって、不安障害の認知行動療法 果が示されることになった。
その後の数十年についてはざっと述べるにとどめる。その後もベック と彼の共同研究者,そして世界中の多くの研究者が,認知行動療法の研グ 続け,理論化を行い,現場で実践し,治療効果を検証することを続けた。初 知行動療法が対象とする症状や問題のリストはいまだに増え続けている
知行動療法は今や、米国や他の多くの国々の大学院教育において必須のカリ キュラムとして教えられている。

5.認知行動療法の基本原則

認知行動療法は個々の患者に合わせて調整されるにせよ、すべてのケース に共通する基本的な原則がある。本書ではサリーといううつ病患者の例を用 いて、それらの原則について具体的に示す。そしてさらにサリーの例を通じ て、認知行動療法では患者の抱える問題をどのように理解し,その理解を治 療の計画や実践にどのように生かすことができるかについて具体的に解説する。認知行動療法の進め方をわかりやすく示すという点で、サリーの事例は ある意味理想的な患者である。私は別のところで,サリーのようには治療に うまく反応してくれない患者に対しどのように治療を工夫できるか述べたことがある。うつ病以外の診断や何らかの意味で治療が困難な患者に対して, どのように患者の問題を概念化し,治療の戦略を立て、技法を適用したらよ いかについては,それらの文献を参照していただきたい(たとえば,文献 18,54,71)。
サリー”は18歳の女性で、現在大学2年生である。彼女はこの4カ月 間,非常に抑うつ的で不安感が強く、日々の活動がままならなくなっていた。彼女は DSM-IV-TR2 の大うつ病性障害の診断基準を満たし,重症度 は中等症である。サリーについての諸情報は付録 A に記載したので,そちらを参照されたい。
以下に認知行動療法の基本原則を挙げる。

原則1:認知行動療法では,認知的視点に基づき,患者の抱える問題を絶え 間なく定式化 (formulation)し,個々の患者の概念化(conceptualization) を行う

私はサリーの治療者として,彼女の抱える問題を3つの時間的枠組みから 概念化した。第一に私は, サリーの悲哀感を持続させている現在の考え(「私 はダメな人間だ」「私は何ひとつちゃんとできない」「私は決して幸せになれ ない」)と,現在の問題行動(引きこもる。ほとんどの時間を部屋で何もしないで過ごす、誰かに助けを求めることを回避する)を同定した。思考に影 響を受けたこれらの問題行動が,今度はサリーの非機能的な思考をさらに強化することになる。第二に私は、数カ月前に抑うつ症状が生じる直前に,サ リーの物事の感じ方に影響を与えたと思われる誘発要因を同定した(例:実 家から離れての生活が初めてだったことと,大学の勉強に苦心したことが, サリーの「自分はちゃんとしていない」という信念の一因となっていた)。 第三に私は、サリーが発達過程において体験した出来事と,それらの出来事 をサリーが解釈する際の固定化されたパターンが,彼女の抑うつ傾向の要因 であると仮定した(例:サリーは自分の長所や成し遂げたことを、必ずと 言っていいほど《単なる幸運〉に帰属し,一方で,自分の短所を〈本当の》 自分の現れであるとみなしていた)。

私は、サリーがインテークセッションで語ったこと(すなわちデータ)と 抑うつの認知的定式化の両方に基づいてサリーについての概念化を行った。それ以降のセッションで新たなデータが加わると,概念化はその都度改訂された。治療的戦略として、私は概念化をサリーと共有し,それが彼女に とって「ぴたりとくる」かどうかを確認し続けた。さらに私は、サリーが認知モデルを用いて自らの体験を理解できるように,治療を通) た。たとえば彼女は、自分のつらい感情と関連する思考を把握 たりし、そのような思考に対するより適応的な対応を再定式化する、 んだ。そのような作業を通じてサリーの気分は回復し,彼女はより機 行動できるようになった。

原則2:認知行動療法は,確固たる治療同盟を重視する

サリーは、それほど複雑化されていない抑うつや不安を訴える他の患者 同様に,比較的すんなりと治療者である私を信頼し,治療者との協同作業。 取り組むことができた。私はカウンセリングにおいて不可欠な基本的要件 (すなわち、あたたかさ、共感性,思いやり、純粋な関心,治療者としての 力量)を、努めてサリーに対して示そうとした。サリーへの関心を示すため に、私はきめこまかく注意しながらサリーの話を傾聴し,共感的に対応し 彼女の考えや気持ちを正確に要約してみせた。私は現実的でありながらも楽 観的に、そして快活に振る舞うように努め、さらにサリーの示した様々な小さな成功を指摘し続けた。私はまた、サリーが「理解された」「わかっても らえた」と感じられるよう、そして治療を肯定的に受け止められるよう, セッションの終了時には必ずセッションに対する感想をサリーに話してもらうようにした。認知行動療法の治療関係については、第2章でさらに詳しく 解説する。

原則3:認知行動療法は,協同作業と治療への積極的関与を重視する

私はサリーに対し,治療とはチームワークによるものであることを伝え, 励ました。セッション中に取り組む課題も,セッションの頻度も,次回まで に取り組むホームワークの課題もすべて、私たちが一緒に決めるのである。 最初のうちは、治療者である私の方がより積極的にセッションで行う。 を提案したり、セッション中に話し合ったことを要約したりする。サ 治療そのものに慣れ、抑うつ症状が軽減した時点で、彼女自身が話し合うべきテーマを決定し、自らの思考の偏りを同定し、重要なポイントをまとめホームワークの課題を設定するよう,つまり治療においてより積極的な役割 を取るよう,私は彼女を励ました。

原則4:認知行動療法は,問題に焦点を当て、目標志向的である。

初回セッションで私はサリーに対し,自分の抱える問題を挙げ,それらに 対する目標を設定するよう求めた。それによって私たちは、今後の治療でどのようなことに取り組んでいくのかを共有することができる。たとえばサ リーはインテークセッションにおいて孤独感を訴えたが,私の手助けによって、それを行動的な目標として表現しなおした(例:新たに友人を作る。今の友人と会う機会を増やす)。その後,私たちはサリーの日々の活動の改善 について話し合ったが、その際私は、目標(活動の改善)の妨げとなる思考 (例:「私といても退屈だから、友達は私と一緒に出かけたくなんかないだろ う)を評価し,それらに対応するようサリーを手助けした。具体的にはま ず,思考の根拠を検討することを通じてその思考の妥当性を検証するようサ リーを導いた。次にサリーは、行動実験によって思考をより直接的に検証するという作業を積極的に行った。サリーは行動実験において、友人とともに 過ごすいくつかの計画を立て、実践した。自らの思考の偏りに気づき,それ を修正することができるようになると,サリーはその後,孤独感を減少させ るため、より直接的な問題解決を試みるようになり,実際に孤独感は減少した。

原則5:認知行動療法は、まず「今・ここ」を強調する。

ほとんどの治療ではまず,患者が今,現実に抱えている問題と、患者を悩ませている具体的な状況に焦点を当てる。サリーの場合も,自らの否定的な 思考に対応したり、生活改善に着手したりできるようになると、気分も改善 され始めた。診断に関わらず,治療ではまず〈今・ここの問題(here-andnow problems)〉に焦点を当て、検討する。ただし次の2つの場合は、患者 の過去に目を向けることもある。ひとつは、患者が治療において過去に焦点 を当てたいと強く希望し,そうしなければ治療同盟が危機に陥ると思われる場合,もうひとつは、患者が非機能的な思考にどっぷりとはまって、 おり,そのような固定された思考を修正するためには,幼少期において の信念がどのように形成されたのかを理解することが役立ちそうだと思われる場合である(例:「あなたが今もなお自分のことを無能だと信じては、無理もないかもしれませんね。あなたと同じような幼少期を過ごした どもであれば誰でも,その信念が合っているかどうかに関わらず,そして2 の信今が完全には正しくなくても,自分のことを無能だと信じるようになってしまうでしょう」)。

私はサリーとの治療の中盤で、幼少期に形成された信念を同定するよう サリーを手助けしたことがある。それはたとえば「完璧な結果を出せば、私 は価値がある人間だということだ」「完璧な結果を出さなければ,私は失防 者だということだ」といった信念である。次に私は,過去と現在の両面において、サリーがこれらの信念の妥当性を検討するよう手助けした。これらの 作業を通じて、サリーの中には多少とも機能的で合理的な信念が形成され た。もしサリーがパーソナリティ障害を併せ持っていたら、私もそれに対応 して、サリーの生育歴について、そして幼少期に形成された信念と対処行動 について、より時間をかけて話し合うことにしただろう。

原則6:認知療法は心理教育的であり,患者が自分自身の治療者となること を目指す。そして再発予防を重視する

私はサリーとの治療の初回セッションで、彼女の障害の特徴や経過について説明し、さらに認知行動療法のプロセスと認知モデル(思考がどのように 感情と行動に影響を与えるか)について心理教育を行った。私は、サリーが 目標を設定したり、思考や信念を同定しそれらを評価したり,新たな行動を 計画したりするのを援助するだけでなく、そのやり方についても彼女に教え た。私はまた、サリーに「治療ノート」を用意してもらい、セッションで学んだ重要ポイントを記入してもらうことにした。そのようなノートがあれば、セッションとセッションの間に、そして治療が終結した後も,サ 治療で学んだことを自分のために活用することができるからである。

原則7:認知行動療法は,治療の回数や期間を制約のあるものとして考える

抑うつや不安を主訴とし,症状がそれほど複雑でない患者の治療は, 6~ 14 回のセッションで終結となるのがほとんどである。終結に至るまでの治 療者にとってのゴールは,症状を軽減し,障害の寛解を促進し,切迫した問 題の解決を手助けし,再発防止のためのスキルを教えることである。サリー の場合,治療の初期段階では週に1度の頻度でセッションを行った(サリー の抑うつ症状がさらに深刻だったり,彼女が自殺念慮を抱いたりしていた ら,初期のセッションはもっと頻繁に行われただろう)。治療開始2ヵ月 後、サリーと私は話し合ってセッションの頻度を隔週ベースに落とし,様子 を見ることにした。その後さらに頻度を落として、月に1度のセッションと した。終結後も私たちは「ブースターセッション(追加のセッション)」を 定期的に行うことにし、3カ月に1度のセッションを1年間続けた。
しかしすべての患者が、ほんの数カ月の治療で十分に回復できるわけでは ない。患者によっては、強固な非機能的信念や行動パターンを修正し,慢性 化した苦痛を緩和するために、1~2年(あるいはもっと長い期間)を必要 とする場合もある。また非常に深刻な精神病理を抱える患者の場合は,かなり長期間にわたって定期的にセッションを実施し,安定した状態を維持し続 ける必要があるだろう。

原則8:認知行動療法ではセッションを構造化する

どんな診断であれ、また治療がどの段階にあろうとも,各セッションを構 造化することが,治療の効率と効果を最大化する。セッションの構造は,導 入部分(気分チェック,1週間の簡単な振り返り、セッションにおけるア ジェンダを協力して決める),中間部分(ホームワークの振り返り,各ア ジェンダについての話し合い、新たなホームワークを設定する, セッション の振り返り)、そして終わりの部分(フィードバックを引き出す)から成 る。このような構造に沿ってセッションを進めることによって、患者は治療 の進行を理解しやすくなり,終結後に患者が認知行動療法を使って自己治療 できるようになる可能性が高まる。

原則9:認知行動療法は,患者が自らの非機能的な思考や信今 したり,それらの思考や信念に対応したりできるようになるよう手助けする

患者は日々,何ダースもの、いや何百もの自動思考を経験し, 考が患者の気分,行動,身体反応(身体反応については不安においある)に影響を与える。治療者は患者が鍵となる認知に気づき,より。 で適応的なものの見方ができるように手助けする。より現実的で適応的な 知によって、気分は改善され、行動がより機能的になり,身体反応も緩和されては不安において顕著だろう。治療者はこれらの作業を,「誘導的発見(guided discovery)」 と質問法(認知行動療法で使われる質問法はしばしば「ソクラテス式管用 法」と呼ばれるが、これについては誤解も少なくない)を通じて行う。治療 者はまた、「行動実験 (behavioral experiment)」という技法を用いて患者 に新たな体験をさせ,患者が自らの思考(たとえば「もし一瞬でも蜘蛛が 写っている写真を見てしまったら、私は不安でたまらなくなり,何も考えられなくなってしまうだろう」)を直接的に検証することを手助けすることも、 できる。これらの作業をする際に,拠りどころになるのが「協同的実証主義 (collaborative empiricism)」という理念である。治療者は,患者の自動思考 がどの程度妥当なのか,あるいは妥当でないのかを予め知っているわけではない。治療者と患者は一緒に協力しながら患者の思考を検証し,患者にとってより安当で助けになる思考を見つけていく。

サリーの抑うつ症状が重症だったとき、彼女には毎日多くの自動思考が 生じていた。それらの自動思考の中には、サリー自身が自発的に同定できた ものもあれば、治療者である私が引き出したものもある(「気が動転した り、不適切に振る舞ってしまったりしたとき、どんなことがあなたの頭をよぎりましたか」といった質問による)。我々はしばしば、サリーの抱える特定の問題について話し合っているとき、彼女にとって重要な自動思考を けることができた。我々は次に、それらの自動思考の妥当性や有用性を一 に検討した。私は新たに得た思考を改めてまとめるようサリーに求め、 らの思考を書き留めることにした。そうすれば次のセッションまでのいたような自動思考が生じたときに、書き留めた新たな思考によって適切に対応することができるだろう。一方,私は彼女に対して次のような働きかけは しなかった。それはたとえば,無批判にポジティブな見方を取り入れても らったり,彼女の自動思考の妥当性に疑いの目を向けたり,彼女の思考が非 現実的なまでに悲観的であることを知らしめたり、といったことである。 我々はそのようなことをする代わりに,協同作業を通じて,彼女の思考に対 する証拠(エビデンス)を一緒に探索したのである。

原則 10:認知行動療法は,思考,気分,行動に変化を起こすために多様な 技法を活用する。

認知行動療法ではソクラテス式質問法や誘導的発見などの認知的技法を用 いるが,同時に行動的・問題解決的な技法も用いるし,認知的枠組みの中で あれば認知行動療法以外の流派の技法を用いることもある。たとえば私はゲ シュタルト療法からヒントを得た技法を使って、家族との関わりが「自分は できそこないだ」という信念にいかにつながったのかを,サリー自身が理解 するのを手助けしたことがある。私はまた,精神力動的なアプローチを, パーソナリティ障害を持つ患者に適用し,患者の偏った人間観が治療関係に 投影されていることについて検討したこともある。各技法は,患者をどのように概念化したか,どのような問題に焦点を当てるのか,そしてセッション の目的は何か,といった視点から選択される。

これらの基本原則はすべての患者に適用される。しかし治療というのは, 個別の患者に応じてかなり柔軟に行われる必要がある。個々の患者の抱える 困難,人生のステージ,発達や知能のレベル, ジェンダー,文化的背景は 様々だからである。また,患者の目標,強力な治療関係を形成できるかどう か、変化への動機づけ、これまでの治療経験,治療に対する好みなど、他に も多くの要因が個々の治療に影響を及ぼす。
治療の重点はまた、患者の抱える障害によっても異なる。たとえばパニッ ク障害を持つ患者への認知行動療法であれば、心身の感覚に対する破局的で 誤った解釈(たいていは、生命や正気が脅かされているという誤った予期的認知)に焦点を当てるだろう。拒食症の患者であれば、個人 コントロールに関わる信念を修正することが必要となるだろう 用の治療であれば、自己についての否定的な信念と,物質使用を促 許容したりする信念に焦点を当てる必要があるだろう。

6. 認知行動療法における治療セッション

認知行動療法の介入は個々の患者に合わせて大幅にカスタマイズされる が、認知行動療法の治療セッションの構造自体は、対象がどのような障害で あれ共通して適用される(認知療法アカデミー(the Academy of Cognitive Therapy)のウェブサイト(www.academyofct.org)に,認知的フォーミュ レーション、主な強調点,治療的戦略,様々な診断・障害に対する諸技法に ついて記載された書籍リストが紹介されている)。以下に示すのは,主にうつ病を対象とする場合の,認知行動療法における一般的な治療セッションの あり様と、一般的な治療の進め方である。

セッションの冒頭では、治療者は治療同盟を再確立し、患者の気分や症状 をチェックする。そして一週間の日々の体験も併せてチェックする。次にどのような問題にも手助けが必要か患者に尋ね、その問題に名前をつけても らう。これらの問題は、患者の日常生活の中ですでに生じているものもあれ ば、今後出くわすであろうと患者が予測している困難もある。治療者はまた。これまでのセッションで、患者にとっての課題として共有されたセルフ ヘルプのための諸活動(「ホームワーク」とか「アクションプラン」などと 呼ばれる)についても確認する。特定の問題について話し合いをするという流れの中で、アジェンダを設定し、問題に関わるデータを収集し、その問題 についての認知的概念化を行い(問題に関わる特定の思考、感情,行動 き出す)治療者と患者は協力してその問題に対する戦略を練る。戦 として直接的な問題解決の場合もあれば、問題に関わる不定的な思考をする場合もあるし、行動的な変化を計画する場合もある。 たとえばサリーは大学生であったが、学業に問題を抱えていた。ただしサリーの場合,学業に十分に取り組めるようになるための問題解決を行う前 に、学業に対する彼女の思考(「勉強なんて,それが一体何になるのだろ う? どっちみち私は落第するに決まっているのだから」)を検討し,そのような思考に対応できるようサリーを手助けする必要があった。私は,サ リーが状況に対してより正確で適応的な見方ができるようになったのを確認 した後,次の週にサリーが取り組むべき解決策を設定した(例:比較的簡単な課題に手を付ける,教科書を1~2ページ読んだらいったん頭の中で要約 する,休憩時間に散歩に出かける,教育助手 (teaching assistant)に手助けを求める)。各セッションは、次の週に向けてサリーの思考や行動が良い 方向に変化するようにお膳立てされており,ひいてはそれらの変化が彼女の 気分や機能を改善するように見込まれていた。

ある問題についての話し合いとホームワークの設定を終えたら、サリーと 私は次の問題,すなわちサリーがアジェンダに加えたり,繰り返し取り組む 必要があったりする問題に取りかかった。セッションの最後には,その回の 重要なポイントについて改めておさらいをし,ホームワークの課題に取り組 むようサリーを励ました。そしてセッションに対する感想をサリーに話して もらった。

7.認知行動療法の治療者としての成長

認知行動療法は、訓練を受けていない者が観察すると、驚くほどシンプル に見えることがある。思考が感情と行動に影響を与えるという認知モデルの 定理は、非常にわかりやすい。しかし,経験をつんだ認知行動療法家は、多 くの課題(事例の概念化,ラポールの形成, ソーシャライゼーションと心理 教育の実施(socializing and educating),問題の同定,情報の収集,仮説の 検証,まとめの作業)を同時並行的に実施する。反対に,認知行動療法の初 心者にふつう必要とされるのは、少ない構成要素だけに集中し、それに慎重 に取り組むことである。諸要素を統合し,それを統合されたまま効果的かつ 効率的に治療を実践できるようになるのが最終目標ではあるが,初心者はまず,治療関係の作り方を覚え,概念化のスキルを身につけ、その 的に認知行動療法の諸技法を少しずつ習得することをお勧めする 認知行動療法の治療者としての専門的能力を伸ばすには、以下)つの段階を踏む必要がある(ここでの議論は,治療者がすでに基本的 ンセリングのスキルを習得済みであるということが前提である。

には、以下に挙げる3 療者がすでに基本的なカウンセリングのスキルとはたとえば,傾聴,共感,気遣い,ポジティブな性のことを言う。また患者の発言を正しく理解したり、上手に的確に要約したりするスキルも含まれる。これらのスキルを有して、 療者は,患者から否定的な反応を示されることが多くなる)。まず第一の治療者は、インテークセッションの情報とセッションで集められたデータ に基づいて、ケースを概念化するための基本的なスキルを学ぶ。それと同時 に、セッションの構造化のやり方,患者の概念化と常識を用いて治療計画を 立てるやり方、そして問題を解決したり異なる視点から自らの非機能的な思 考を見直したりできるよう患者を手助けするためのやり方を身につけていく。治療者はさらに、基本的な認知的そして行動的な諸技法を習得する。

第二段階で治療者は、患者の概念化と諸技法についての知識を上手に統合 できるようになり、治療の流れを理解する能力が増す。そして重要な治療目 標を容易に同定できるようになり,患者を概念化するスキルが向上する。また治療が進む中でその概念化を精緻化できるようになり、介入について検討 する際に概念化を活用できるようになる。技法のレパートリーが広がり,適 切な時機に適切な技法を選択,実行することにも長けてくる。
第三段階まで進むと、治療者は新たな情報をたやすく概念化に統合できる ようになる。仮説を生成する能力に磨きがかかり、その仮説を個々の患者に 適用して仮説を支持したり修正したりできるようになる。基本的な認知行動 療法の構造や技法を柔軟にかつ適切に使えるようになり、特にパーソナリティ障害および他の難しい障害や問題にも対応できるようになる。 すでに別のアプローチの心理療法をして北の担

ビーナの心理療法を実践している治療者の場合,認知行動 療法を導入するかどうかは患者と話し合って意思決定を行うことが る。その際,治療者がどうして認知行動療法を導入しようと思か、その理論的根拠を含めてきちんと説明をする必要がある。認知行動療法 が肯定的に説明され,それが患者の利益につながることが示されれば、ほとんどの患者は治療アプローチを変えることに同意するだろう。患者がためらうようであれば、治療者は変化について話し合うことを提案し(アジェンダ に入れるとよい),患者を動機づけるために,認知行動療法を始めるよう説 得するのではなく、「実験」として試してみるのはどうかと提案することが できる。

治療者:マイク,私は、実は先日、より効果的な治療について書いてある,とても重要な本を読みました。それで,あなたのことを思い出したのです。
患者:そうなんですか?
治療者:ええ。そしてあなたの回復を早めるために私たちができそうなことを、いくつか考えてみたのです。[協同的であろうとする」このことについてもう少し話してもいいですか?
患者:わかりました。
治療者:まず私が学んだのは、「アジェンダを設定する」ということです。

どういうことかと言うと、これはセッションが始まるときに、あな たが日常生活で困っていて、私の手助けを必要としている問題について、それに名前を付けて挙げてもらうのです。たとえば、あなた が職場で上司との関係で問題を抱えているとか、休日にベッドから なかなか起き上がれないとか、あるいは経済的に大きな不安を感じているとか、そういったことです。(一呼吸おいて)私たちが取り組む問題に名前をつけてもらうことによって,私たちはセッションの 時間を今よりももっと有効に使えるようになると思います。(一呼 吸おいて「フィードバックを引き出す]今のお話についてどう思われますか?

8. 本書の活用法

本書は,認知行動療法の経験やスキルにおいてどのような成長型 うと,認知的な概念化と治療の基本的構成要素の習得を望むすべての 向けて書かれたものである。標準的な認知行動療法の手続きを、個々の患者に適用すべきかを理解するためには,認知行動療法の北 構成要素をしっかりと身につけることが不可欠である。
本書で紹介するツールを自分のために使ってみることは,認知行動療法院 としての成長に役立つ。したがって読者の方々には、ご自分の思考と信今の 概念化をまず行っていただきたい。その際まずはご自身の感情の変化に注音 を向けることから始めるとよいだろう。あなたの感情がネガティブな方向に 変化したり増大したりしたら(または非機能的な行動が増えたら,あるいは ネガティブな感情とともに何らかの身体的感覚を感じたら)、その時の心的 体験がどのようなものであるか、自問してみよう。その際用いる問いは,認 知行動療法でも特に重要なものである。
たった今、どんなことが私の頭に浮かんだのだろうか? 注1)
(What was just going through my mind?)
このように、あなたはまず,自分自身の思考,とりわけあなたの「自動思考(automatic thought)」を把握することを身につける。あなた自身が当事 者として認知行動療法の基本的なスキルを自習することで、同じスキルを思 者に教示する際に必要な能力を伸ばすことができる。
あなたが本書を読む際に生じる自動思考や、あなたが患者に技法を試す時 に生じる自動思考を把握することは、とりわけ役に立つだろう。たとえば,自分が少々落ち込んでいるのに気づいたら、「どんなことが私の頭に浮かん だのだろうか?」と自問してみよう。あなたはたとえば次のような自動思考 に気づくかもしれない。

・「認知行動療法は難しすぎる」
・「認知行動療法を習得するのは、自分には無理だろう」
・「自分にとって認知行動療法は、あまり良いものとは思えない」
・「認知行動療法を試して,もし役に立たなかったら?」

あなたが,認知行動療法とは別のアプローチに基づく治療法をすでに習得 しているベテランの治療者であれば、次のような自動思考に気づくかもしれ ない。

・「認知行動療法は、大して役に立たないだろう」
・「私の患者は,認知行動療法を好きにならないだろう」
・「認知行動療法はあまりにも表面的すぎる/構造化されすぎている/共感的でない/単純すぎる」

このように自分自身の自動思考を明らかにしたところで、あなたはそれを 書き留めておいて本書を読み進めることもできるし、自動思考の評価法と対 処法が書かれてある第11, 12章を先に参照することもできる。自分自身の 思考に光を当てることにより、あなたは認知行動療法のスキルを向上させられるだけでなく、非機能的な思考を修正して自分の気分(と行動)に肯定的 な影響を与えたり、認知行動療法を学ぶことに対してより受容的になったり する機会を得ることができる。
患者に対してよく用いられる次の喩えは,初心の認知行動療法家にもよく 当てはまる。認知療法のスキルを身につけることは,他のスキルの習得とよく似ている。車の運転やコンピュータのキーボード操作を習い始めた頃のことを,思い出してほしい。初めはぎこちなく感じていたのではないだろうか? 今では円滑に,ほとんど無意識的にできるようになった も,初めはかなりの注意を払って行っていたのではないだろうかりするようなことも,あったのではないだろうか? 上達するにし 連の操作はより理解しやすいものとなり,あなたはだんだんと気楽 ようになっていったのではないだろうか? そしてついに,適度に して自信をもって行えるほどに,あなたは様々な操作を習得したのではないあるスキルを学ぶ際,このような体験をする。 このような学びのプロセスは,認知行動療法の初心者にとっても同様で、 る。患者に対して認知療法を適用するそのやり方を学ぶ際には、現実的で 明確で、小さな目標を掲げるようにしてほしい。小さな進歩も,あなた自身 の進歩として認めよう。自分の能力が進歩したことを,本書を読み始めかし きや、初めて認知行動療法を学んだ頃と比較することによって、実感していただきたい。不適切にもベテランの認知行動療法家と自分を比べてしまったり、今の自分の技術レベルを最終目標と照合して自信を失いそうになってし まったりしたら、そのような否定的な思考に対処する機会を得たことに気づいてほしい。

もしあなたが,患者に対して実際に認知行動療法を適用することに不安を 覚えたら、あなた自身のために「コーピングカード」を作り、活用してみよ う。コーピングカードとは、覚えておくと役に立つ数々の言葉を書き留めて おくためのカードである。私の指導する精神科の研修医が,外来患者に初め て認知行動療法を実施しようとする際,自分にとって助けにならない思考が 次々と浮かんでくるという例は決して少なくない。そこで私は、それらの思 考に焦点を当てたコーピングカードを作るよう彼らにアドバイスする。コーピングカードは個別に作られるものだが、たとえばこういった文言が記載されることが多い。
このようなコーピングカードを読むことが不安の軽減に役立ち、彼らは治療を効果的に行うことに目を向け、目の前の患者に集中することができるだろう。

最後に本書の構成について述べる。本書は基本的には章立ての順に読み進められるように構成されている。導入部分を読み飛ばし,技法が記載されて いる箇所に飛びつきたいと思う読者もいるかもしれない。しかし認知的技法 や行動的技法を行うだけであれば,それは「認知行動療法」と呼ぶことはで きない。認知行動療法は多くの構成要素によって成っており、多種多様な技 法を上手に選択したり効果的に活用したりすることが不可欠である。そして それは個々の患者の概念化ができて初めて可能になる。次章では認知行動療 法の全体の流れを概観する。その次の第3章から概念化について解説することになる。第4章ではインテークセッションのプロセスについて紹介し,第 5章から第8章までは治療セッションをどのように構造化し,各セッション で何をするべきか、解説する。第9章から第14章までは,認知行動療法の 基礎となる作業,すなわち認知と感情を同定したり,自動思考や信念に適切 に対応したりするためのやり方について説明する。さらなる認知的技法と行 動的技法については第15章で,イメージを使うやり方については第 16 章で 紹介する。第17章ではホームワークについて触れる。第18章では,終結と再発予防について解説する。以上の章はすべて,治療計画の作 諸問題について論じる第19章,第20章の基礎となるものである 21 章では、読者の皆さんが認知行動療法家としてさらに成長して の指針を提供する。
そしてさらに成長していくための集計を提供する。

ジュディス・S・ベック (著), 伊藤 絵美 (翻訳), 神村 栄一 (翻訳), 藤澤 大介 (翻訳)
星和書店; 第2版 (2015/7/25)、出典:出版社HP