GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略

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この8社なしにビジネスは語れない

GAFA、BATHとして挙げられる米中メガテック企業8社を分類、比較、分析しています。特に分析に関しては、孫氏の兵法の五事に基づく、筆者独自の「5ファクターメゾット」という観点でまとめられていて興味深い一冊です。

田中 道昭 (著)
出版社: 日本経済新聞出版 (2019/4/10)、出典:出版社HP

はじめに

◎GAFAとBATHなしに未来は語れない

GAFA (米国のグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)とBATH (中国のバイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)を代表とする米中の巨大テクノロジー(メガテック)企業の動向が、今グローバル 経済に大きな影響を与えています。それぞれの戦略や最新技術が産業を牽引し、各社に不祥事”が生じれば「○○ショック」として世界同時株安を招きもする……これらメガテック企業の影響を受けない人も国家も存在しないといっていいほどです。
当初は米国企業が先駆者利益を確保し、それを模倣する格好で中国企業が事業展開してきました。しかし、もはや多くの分野において、中国メガテック企業が技術そのものやその社会実装という点で「本家」の地位を脅かしています。

2018年春頃から一気に顕在化してきた米中貿易戦争。私は、その本質を「貿易×テクノロジー覇権×安全保障」の戦いであると見ています。資易戦争自体は表面的には比較的早期に収束する可能性がある一方、テクノロジー覇権と安全 保障に関する戦いは長きにわたると予測されます。これらについては後述しますが、中国企業が最先端テクノロジーを巡って米国の大きな脅威となったからこそ、この戦いが一気に顕在化したといえるでしょう。

◎8社を分類し比較する

本書はGAFAとBATHという米中メガテック企業8社の分析をテーマとしていますが、分析にあたっては、そもそ もの事業ドメインから次のように分類し、比較していきます。

・アマゾン×アリババ(Eコマースからスタートした2社)
・アップル×ファーウェイ(「メーカー」[ものづくり」からスタートした2社)
・フェイスブック×テンセント(SNSからスタートした2社)
・グーグル×バイドゥ(検索サービスからスタートした2社)

分類し、比較するということが、本書の大きな特徴の1つです。分析の本質である「比較すること」によって、今もっともベンチマークすべき米中メガテック企業8社をより深く包括的に理解することができます。8社間比較、4社間比較、3社間比較、2社間比較などを縦横無尽に行うことで初めて見えてくるものが少なくありません。
GAFAとBATHについては、「存在はもちろん知っているけれど、何が本業なのか、何がすごいのか、正直、キャッチアップできていない」という方もいるでしょう。
そのため、本書では、分析に際して、まずは知っているようで実は知らない。各企業の基本的な事業構造などを平易に解説、次に「5ファクターメソッド」という筆者独自のアプローチでそれぞれの戦略を読み解いていきます。このメソッドは、中国の古典的な戦略論「孫子の兵法」の中でも特に重要な要素である「五事」(「道」「天」「地」「将」「法」)を筆者なりにアレンジし、現代マネジメントの視点から再構築したものです。これは序章で詳しく説明します。その後、第1章~第4章で最新動向を交えて各企業・産業の今後を考察していきます。

第5章においては、「ROAマップ」を用いた8社の総合的な分析と共に米中新冷戦の分析も行います。通常のビジネスに従事する者にとって、米中新冷戦がプラスになることはないといっていいでしょう。米中新冷戦に勝者はいないはずなのです。それでも、戦いの構図を丁寧に分析していくと、国と国がつながり、産業と産業がつながり、企業と企業がつながり、人と人がつながってきたからこそ分断化の流れが起きていることがわかります。こうした問題意識から、8社の分析と政治・経済・社会・技術の4分野を同時に戦略分析(PEST分析)していきます。そして、終章で日本への示唆 に言及していきます。ここでキーワードとなるのは目的設定のリセットと戦略の要諦です。

◎8社の分析で何が見えてくるのか

米中メガテック企業8社を分析する意義はどこにあるのか。私は、それを以下の5つと考えています。
①「プラットフォーマーの覇権争い」が読める
8社のほとんどは「プラットフォーマー」とも呼ばれ、それぞれの領域で独自の経済圏を拡大しています。プラットフォームとはもともとは台、土台、基盤などの意味。プラットフォーマーとは、「ビジネスや情報配信を行うに際して基盤となるような製品・サービス・システムを、第三者に提供する事業者」です。いわば今後のビジネスの最重要となる部分を担う事業者であり、日本のみならずグローバルなレベルでの産業変革を知るためにこの8社の分析が重要なのは論をまたないでしょう。
②「先駆者利益を創造する存在となった中国勢の動向」が読める
模倣からスタートした中国メガテック企業が、今や独自でイノベーションを起こし、新たな価値を創造しています。後発者利益を獲得し、先駆者利益を創造するようになってきた中国勢の一連の流れには大いに注目する必要があります。
③「同じ事業ドメインから異なる進化を遂げる理由」が読める
前述したように本書では、「同じ事業ドメインからスタート」という括りで米中の企業を2社ずつ分類しています。たとえば、フェイスブックと同様にSNSからスタートしたものの、多くの産業に進出し大きな存在感を示しているテンセントなど、同じ種から、異なる果実が実ることがあるのはなぜか。事業展開の方向性やスピードを左右する根底にあるものを考察する意義は大きいと思います。
④「産業・社会・テクノロジー・あるべき企業の未来」が読める
8社の分析から主要産業の動向や近未来の姿が読み解けます。電機、電子、通信、電力、エネルギー、自動車、エンターテインメント……今や、主要産業の動向とGAFA、BATHの動向とは表裏一体であり、主要産業の近未来予測を行う上でも、本書の分析は不可欠なプロセスなのです。
さらに、社会全体の動向や近未来の姿も読み解くことができます。それぞれの分野において、自らの事業を通じて社会的問題と対時し、新たな価値を生み出してきた8社。「自由か統制か」「所有かシェアか」「開放か閉鎖か」など、社会の方向性や価値観を占う意味でも、この分析は重要です。
もちろん、テクノロジーの動向や近未来の姿を読み解く意義もあります。AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、5G(第5世代通信)、VR(バーチャル・リアリティ=仮想現実)/AR(オーグメンテッド・リアリティ=拡張現実)などです。特にAIという最重要テクノロジーにおいては、すでに普及段階に入ってきた音声AIアシスタ ントやAIの応用としての自動運転など、8社の動向が最先端テクノロジーの動向とほぼイコールといえるでしょう。
もう1つ重要なことは、この8社の分析から、企業の動向や近未来の姿が読み解けることです。大胆なビジョンを掲げ、高速でPDCAを回していくこと、プラットフォーマーが独占しつつあるビッグデータとプライバシー問題への意識の高まりなど、それぞれの企業の戦略や抱えている課題は、業種・規模を問わず、すべての企業に大きな示唆を提供してくれると確信しています。
⑤「日本の未来」が読める
最後に、GAFA、BATHの分析を踏まえて、日本や日本企業の活路を見出すという意義があります。かつて日本という国はテクノロジーの代名詞ともなっていました。「電機・電子立国」が崩れたといわれる中で、自動 車産業は日本の最後の砦となっています。そんな自動車産業も、異業種間戦争に突入し、全産業の秩序を激変させる戦いが起こっているのです。そこで、日本や日本企業の活路を見出すためには8社の分析は不可欠です。たとえば、米国テクノロジー企業が従事している産業での国際的なルールのできあがり方を観察すると、「はじめにルールありき」ではないことがわかります。
米国のプラットフォーム企業は、まずは自らが事業を通じて対峙したい社会的な問題を定義し、その問題に対する解決 策を自社の商品・サービスを通じて提示することを徹底的に考えます。そして自らの新たな事業や商品が提供されること でどのような問題が解決され、どのような価値が新たに生まれるかを顧客や社会に対して提示していきます。もし既存の 法律やルールの中で実現困難であれば、自主的に必要なルールを考え、業界内でルール化し、政府に働きかけ、さらに他の国にも働きかけていく――これが、たとえば現在の自動運転を巡る米国でのルールづくりの流れなのです。日本企業はこのようなやり方を米中メガテック企業から学ぶ必要があるでしょう。以上の5つの意義を念頭に、

・米中メガテック企業8社をベンチマークする(分析し、参考にする)
・8社と直接競合する企業は対策を考える
・8社の分析を踏まえて自社の戦略を研ぎ澄ませる

という3つの視点を持って、本書を読み進めていただければと思います。

◎戦略やリーダーシップの「教科書」にも

私は、2017年に「アマゾンが描く2022年の世界』、2018年に『2022年の次世代自動車産業』(ともにPHPビジネス新書)を上梓しました。前者では、国家や社会に大きな影響を与えているアマゾンという企業の戦略を筆者の専門である「ストラテジー&マーケティング」と「リーダーシップ&ミッションマネジメント」という視点から分析、さらには同社を通じて近未来の予測を行いました。後者では、次世代自動車産業における戦いの構図を分析し、主要各社の戦略を読み解き、関連するテクノロジーを解説、日本の活路について考察しました。2作ともにそれぞれのテーマに興味をお持ちの方はもとより、登場する企業と競合する企業の方々、さらにまったく異業種の企業経営者やビジネスパーソンにも広く読まれました。

本書も、幅広い業種における幅広い職種の方々や学生の方などに向けて、GAFA、BATHを題材とする「ストラテジー&マーケティング」と「リーダーシップ&ミッションマネジメント」の教材としてもお読みいただけるものとなるよう腐心しました。米中メガテック企業8社の分析は、企業戦略やリーダーシップ、ミッションマネジメントの「教科書」であり、本書もそれを重要な目的の1つとしています。
冒頭で述べたように、今やGAFAとBATHなしに未来は語れません。8社を同時に見ていくことで、いろいろな問題意識を持ち、さらには自分自身の使命感を新たにすることができるのではないかと思います。
本書が、読者の皆さんの学びの気持ちや日々のビジネスに貢献するだけでなく、日本や日本企業の活路に少しでも貢献するものになることを切望しています。

2019年3月
田中道昭

田中 道昭 (著)
出版社: 日本経済新聞出版 (2019/4/10)、出典:出版社HP

目次

はじめに

序章
「5ファクターメソッド」でメガテックを分析する
全体像の把握に最適なアプローチ
“知っているようで知らない”メガテックの全体像
既存のフレームワークだけではメガテックは分析できない
「孫子の兵法」を戦略分析に応用する「5ファクターメソッド」

第1章 アマゾン メアリババ
アマゾン経済圏とアリババ経済圏の戦い
本章の狙い

amazon
01 アマゾンの事業の実態は?
ECから「エブリシングカンパニー」へ
近年の注目サービスから見えてくるもの
「君の仕事は、いままでしてきた事業をぶちのめすことだ」
プラットフォーム構築で独占状態をつくり出す
02 アマゾンの5ファクターは?
「道」「天」「地」「将」「法」で戦略分析
03 アマゾンの進化を読み解く3つのカギ
①顧客第一主義
②高度化するニーズへの対応
③大胆なビジョン×高速PDCA
04 「マーケティング4・0」とアマゾン
オンラインとオフラインの完全統合

Alibaba
05 アリババの事業の実態は?
中国の新たな社会インフラ企業
06 アリババの5ファクターは?
「道」「天」「地」「将」「法」で戦略分析
07 “神様”ジャック・マーの退任の意味
中国政府との蜜月の終わり?
08 アリババが先行するOMOを深く読み解く
アマゾン以上の先進性

第2章 アップル×ファーウェイ
プラットフォーマーとハードウエアメーカー。「ショック」をどう越えるか
本章の狙い

Apple
01 アップルの事業の実態は?
ものづくり+プラットフォームの構築者
02 アップルの5ファクターは?
「道」「天」「地」「将」「法」で戦略分析
03 「ブランド論」としてのアップル
プレミアムブランドとしてのずば抜けた価値
04 プライバシー重視への強いこだわり
「アップルはAIにおいて出遅れている」?
05 メディカルビジネスのプラットフォーマーに
アップルウォッチはもはや医療機器

HUAWEI
06 ファーウェイの事業の実態は?
「ファーウェイ・ショック」だけでは見えないもの
07 ファーウェイの5ファクターは?
「道」「天」「地」「将」「法」で戦略分析
08 他社にはない3つの特徴
09 メガテックの争いの中で今後の立ち位置は?
プラットフォームビジネスのレイヤー構造から分析
10 チャイナリスクと「ファーウェイ・ショック」後の世界
熱心な情報開示の意図「ファーウェイ・ショック」の根底にあるもの

第3章 フェイスブック×テンセント
目的としてのSNSか、手段としてのSNSか
本章の狙い

Facebook
01 フェイスブックの事業の実態は?
把握しづらい企業の全体像
マーケティング・プラットフォームとしての圧倒的存在を目指す
02 フェイスブックの5ファクターは?
「道」「天」「地」「将」「法」で戦略分析
03 「ハッカーウエー」を標榜する理由
経営者の大胆さを具現
04 メディアとしてのフェイスブック
米大統領選挙の結果を左右した?
05 相次ぐ個人情報漏洩問題。打開策は?
「つながる時代」から「データの時代」への対応

Tencent
06 テンセントの事業の実態は?
テクノロジーの総合百貨店
07 テンセントの5ファクターは?
「道」「天」「地」「将」「法」で戦略分析
08 テンセントのAI戦略
「AI×医療」「AI×自動運転」に注力
09 テンセントをプラットフォーマーにする「ミニプログラム」
スマホアプリの概念を変える存在に?
使用頻度と顧客接点が勝者の条件
10 「新小売」におけるアリババとテンセントの戦い
「ニューリテール」か「スマート・リテール」か

第4章 グーグル メバイドゥ
検索サービスから事業を拡大。狙うはAIの社会実装
本章の狙い

Google
01 グーグルの事業の実態は?
「検索の会社」からさまざまに事業を拡大
02 グーグルの5ファクターは?
「道」「天」「地」「将」「法」で戦略分析
03 存在価値を定義した「Googleが掲げる10の事実」―強さの源泉①
「どのような存在を目指すのか」の行動指針
04 グーグルの開発力の秘密「OKR」―強さの源泉②
「さまざまな組織が目標に向かって前進するのに役立つシンプルなプロセス」
05 グーグルの価値観の象徴「マインドフルネス」―強さの源泉③
「サーチ・インサイド・ユアセルフ」

Baidu
06 バイドゥの事業の実態は?
中国の検索市場で一人勝ちではあるが
07 バイドゥの5ファクターは?
「道」「天」「地」「将」「法」で戦略分析
08 「デュアーOS」によるエコシステム形成、そしてスマートシティヘ
「人々の生活にAIを」がコンセプト
大きなエコシステムを形成していく
スマートシティ建設について各地方政府と協力
09 世界でもっとも自動運転車の社会実装を進めている会社
中国政府から「AI×自動運転」事業を国策として受託
自動運転バスを2018年から社会実装化

第5章 GAFA ×BATHの総合分析と米中の新冷戦
01「5ファクターメソッド」による分析のまとめ
「ミッションが事業を定義し、イノベーションを起こす」
02 「ROAマップ」による分析
業種や企業の特徴を端的に表す手法
ROAマップ全体から8社を総合分析する
03 8社への強い逆風は今後どう影響するか
対応次第では存亡の危機も?
04 世界が米中で分断されるとどうなるか―新冷戦の本質
今後を占うもっとも重要な要素
米中で二極化され分断した世界はどのようになっていくか
存亡の危機のカギを握るもの

終章 GAFA ×BATH時代、日本への示唆
日本に求められる目的設定のリセット
戦略の要諦

装幀○小口翔平+岩永香穂 (tobufune)
本文設計・DTP○ホリウチミホ (nixinc)
編集協力○千葉はるか(株式会社パンクロ)
取材協力○村上利弘
校正○内田翔

田中 道昭 (著)
出版社: 日本経済新聞出版 (2019/4/10)、出典:出版社HP

序章 「5ファクターメソッド」で メガテックを分析する

全体像の把握に最適なアプローチ

“知っているようで知らない”メガテックの全体像

本書の目的は、メガテック企業8社の戦略について知ること、そして8社を分類し適切な軸を置いて比較することにより、企業戦略やリーダーシップ、ミッションマネジメントについて学ぶことにあります。しかし、メガテック企業について全体像を知り、適切な軸で比較するというのは、そう簡単ではありません。当然のことながらどの企業も事業領域は幅 広く、すべてを仔細に理解するのは困難ですし、新たにリリースされた製品やサービスばかり追っていても「実際のところは何で稼いでいる企業なのか」「どんなところに強みがあるのか」「今後の注力事業は何なのか」といったことは見えてきません。「どの会社も名前は知っている」「何をやっている会社なのか、なんとなくイメージは持っている」という人でも、「全体像を説明してほしい」といわれれば言葉に詰まるかもしれません。

また、メガテック各社の事業を見ていくと、その一部では非常に似た製品やサービスを展開していることがわかります。たとえば音声AIアシスタントではアマゾンの「アマゾン・アレクサ」、グーグルの「グーグルアシスタント」、アップルの「シリ」、バイドゥの「デュアーOS」、アリババの「アリOS」というように各社が類似のコンセプトでサー ビスを展開してしのぎを削っています。これはクラウドサービスや決済サービスについても同様です。こうした類似サービスを持つ各社の位置づけや現在の状況はなかなか把握しきれるものではないでしょう。一方、近年はメガテック企業の間で「ビッグデータ×AI」により自社サービスの先鋭化をはかる動きが顕著ですが、具体的にどのように「ビッグデータ×AI」の活用を進めているのか、その方向性には違いがあります。各社の取り組みについておぼろげに知っているという人でも、「なぜ違いが生じているのか」「各社の方向性をどう読み解くべきなのか」と問われれば、すぐには答えられないのではないでしょうか。

既存のフレームワークだけではメガテックは分析できない

通常、企業の戦略を分析する際にはさまざまなフレームワークが用いられます。皆さんも、ビジネスの現場でフレームワークを活用することが多いでしょう。たとえば「SWOT分析」では、「外部環境」「内部環境」という軸を置き、「強み」「弱み」「機会」「脅威」について考察しますし、企業を取り巻くマクロ環境を見たい場合は「政治」「経済」「社会」「技術」の4つについて洗い出す「PEST分析」を行ったりします。マーケティングについては「カスタマー(顧客)」「コンペティター(競合)」「カンパニー(自社)」を調査する「3C分析」がよく知られています。しかし国家にも匹敵するような規模のメガテックについて理解しようとする場合、既存のフレームワークをいくつか活用する程度ではとても全体像を押さえることはできません。そこで私は、国家レベルの企業を網羅的に分析することを目的としたメソッドを考案しました。それが、先に少し触れた「5ファクターメソッド」です。

「孫子の兵法」を戦略分析に応用する「5ファクターメソッド」

5ファクターメソッドは、中国の古典的な戦略論である「孫子の兵法」に基づいたものです。「そんなに古いものがメガテックの分析に役立つのか」と疑問に思われるかもしれませんが、「孫子の兵法」は今なお軍事戦略や企業戦略に活用されており、ビジネスの世界ではソフトバンクグループ会長の孫正義氏も影響を受けているといわれています。
孫子は「一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法なり」と述べ、戦いをデザインするにあたってこの5項目が戦力の優劣を判定するカギであるとしています。この孫子の考え方は、現代の企業経営戦略にそのまま応用できるものです。そこで5ファクターメソッドではこの「五事」、つまり「道」「天」「地」「将」「法」を現代経営学の視点でアレンジしています。孫子のいう「道」「天」「地」「将」「法」を企業経営に置き換えるかたちで、1つずつ見ていくことにしましょう。

「道」とは「企業としてどのようにあるべきか」というグランドデザインのことです。それを具体的に言語化した「ミッション」「ビジョン」「バリュー」「戦略」といったものを包括しています。このうち特に重要なのは企業の「ミッション(使命)」です。企業が何を使命としているのか、企業として自社の存在意義がどこにあると考えているのかを知ることは、企業のこれまでの歩みを分析したり今後の方向性を予測したりする上で欠かせないポイントといえます。また、ミッションが明確であるか、ミッションが製品やサービスに練り込まれているか、企業トップから従業員まで全員がミッションを果たすことを常に念頭に置いているかといった点をチェックすると、その企業の強みや弱みも見えてきます。
そして優れた組織は、戦略を支える「天」と「地」を備えています。「天」とは、外部環境を踏まえた「タイミング戦略」のことです。中長期的な世の中の変化を競合に先んじて予測し、計画的に大きな目標を実現していくことが求められます。企業分析においては、「どれだけ時流に即してスピードをもって変化できるか」に注目したいところです。

なお、一般的なフレームワークの中では、SWOT分析やPEST分析が外部環境の分析ツールとして活用可能です。「地」とは、「地の利」を指しています。孫子は、戦地が自陣から遠いのか近いのか、広いのか狭いのか、山地なのか平 地なのか、自軍の強みを活かせるのか活かせないのか、そういった環境に応じて戦い方を変えるべきだと述べています。
つまり有利な環境を活かし、不利な環境をカバーする戦略です。企業分析においては、業界構造や競争優位性、立地戦略などの「地の利」を見極め、それに応じてどう戦っているのか、どのような事業領域でビジネスを展開しているのかに注目します。一般的なフレームワークの中では、3C分析のほか、経営学者マイケル・ポーターが提唱する業界構造分析の手法で「参入障壁、買い手の力、供給者の力、代替品の力、競合」について把握する「5フォース分析」などが活用可能です。
「将」と「法」は、戦略を実行に移す際の両輪です。経営学でいえば、それぞれが「リーダーシップ」と「マネジメント」の関係にあたります。どちらも人や組織を動かす手段である点は共通していますが、リーダーシップは「人対人」のコミュニケーションでモチベーションを上げて人や組織を動かしていくものであり、マネジメントは仕組みで人や組織を 動かすものという違いがあります。リーダーシップについては企業トップがどのようなリーダーシップを発揮しているか、組織として期待されるリーダーシップがどのようなものかという観点で見ていきます。マネジメントについては、事業構造、収益構造、ビジネスモデルのほか、企業が構築しているプラットフォームやエコシステムなどを確認します。

■序―1
分析手法「5ファクターメソッド」

このように「道」「天」「地」「将」「法」という5つの要素で分析していくと、企業をさまざまな角度からマクロ・ミクロの両面でチェックすることができ、メガテックのように規模が大きく事業領域も広い企業であっても全体像と部分を把握しやすくなります。
なお、5ファクターメソッドを使ってメガテックを仔細に分析しレポートをまとめれば、1社だけでも書籍1冊分を超えるボリュームになります。実際に、アマゾンを対象に同メソッドを使って分析を行ったのが既刊「アマゾンが描く2022年の世界』(PHPビジネス新書)でした。
一方、本書では米中のメガテック8社をまとめて取り上げ、各社の大枠をつかんで重要なポイントを理解した上で、最新情報を交えて比較・分析することを主眼とするため、「道」についてはもっとも重要な「ミッション」を、「天」については「道(ミッション)を実現するためのタイミング戦略」を、「地」については各社の「事業領域」を、「将」につ いては「各社トップのリーダーシップ」を、「法」については「事業構造、収益構造」を主に取り上げて解説します。5ファクターメソッドによる仔細な分析結果については図序―1のフォーマットで1社ずつ図示しますので、参考にしていただければと思います。では、いよいよ米中メガテック8社の分析を進めていきましょう。

田中 道昭 (著)
出版社: 日本経済新聞出版 (2019/4/10)、出典:出版社HP