入門 観光学

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観光学の入門テキスト

初学者や観光学を専門にしない方にもわかりやすく書かれた観光学のテキストです。各国、各地域の実践事例なども取り入れられているので、具体的にイメージでき、楽しみながら学ぶことができます。入門テキストとしておすすめです。

竹内正人 (編集), 竹内利江 (編集), 山田浩之 (編集)
出版社 : ミネルヴァ書房 (2018/3/20)、出典:出版社HP

はしがき

ここ数年,わが国における観光の果たす役割や位置づけが大きく変わりつつある。特に現象面で顕著に表れているのがインバウンド観光の隆盛である。それに伴い観光教育や研究の位置づけも変化が見られてきた。
ほんのひと昔前までの日本では「貿易立国」や「工業立国」あるいは「技術立国」が国家戦略であったといえるが,1963年に制定された旧「観光基本法」を全面に改定した「観光立国推進基本法」が2006年に成立し,翌2007年に施行されたことにより「観光立国」が国家的戦略として位置づけられた。
観光の振興は観光消費の拡大と観光産業や関連産業の成長をもたらし,雇用の創出や所得の増大にもつながる。今後、観光産業をわが国の成長に資する基幹産業とし,さらに高いレベルの観光立国を目指すためには,「観光産業をリードするトップレベルの経営人材」や「観光の中核を担う人材」,「即戦力となる地域の実践的な観光人材」など観光に関する必要な知識と経験を持った人材の育成や強化の必要性が高まってきている。
観光への期待が高まる中,観光研究と人材育成の高等教育機関である大学の観光学部や観光関連学部・学科を有する大学が増加傾向にある。本書はまさにこうしたタイミングでの出版である。にもかかわらず観光という学問領域はいまだに独立した「学」という体系を示すことができない状況にあるといえよう。しかし本書ではあえて「観光学」という言葉を用いて,これから観光を学ぶ方への目標を明確にすることとした。また観光という現象を極めて学際的に捉え,これから観光を学ぶ多くの学生のためのテキストとして相応しく,かつ「観光学」の確立を目指すためにも,できるだけ多様な領域からのアプローチを試みた。執筆は観光関連領域分野の第一線での研究者や実務家の先生方にご担当いただいた。
末筆ながら,本書が上梓されるに至るまでには,多くの先生方からのご指導ご鞭撻を頂戴し,深く感謝の意を表したい。また編者を巡る慌ただしいあったため,当初の予定が大幅に繰り下がることとなった。そのために執筆者の先生方には何度かの加筆修正をお願いすることになりながらもその責務に応えていただいたことに対しこの場を借りて心よりの御礼を申し上げたい。最後に本書の出版にあたり,ミネルヴァ書房の前田有美氏をはじめ同編集部の皆様に多大なるご尽力をいただいたことに執筆者を代表して重ねて衷心より敬意と謝意を表したい。

2018年1月
編者一同

竹内正人 (編集), 竹内利江 (編集), 山田浩之 (編集)
出版社 : ミネルヴァ書房 (2018/3/20)、出典:出版社HP

目次

はしがき

序章 観光学を学ぶために
1 観光とは何か
2 観光教育の展開
3 本書の特徴と構成

第1部 観光学の基礎
第1章 観光の歴史
1 世界の観光史
(1) 古代
(2) 中世から近世
(3) 近代――産業革命から1930年代
2 日本における観光前史
(1) 道の歴史と旅の始まり
(2) 巡礼の旅―――熊野詣と伊勢参詣
(3) 江戸の旅人たち
3 日本の観光時代――観光の国際化と大衆化
(1) 日本の近代化と外客誘致
(2) 鉄道の敷設と国内観光の進展
(3) マスツーリズムの到来
(4) 海外旅行の拡大と観光地の変容

第2章 観光と旅行者の行動
1 観光サービスと観光行動
(1) 観光サービスの特性
(2) 消費行動におけるニーズ、ウォンツ、需要
(3) 観光行動の要因
2 観光対象の分類
(1) 観光地の魅力——観光対象
(2) 複合型資源の重要性
(3) 観光客の行動の多様化と観光対象の変化
3 消費者行動論と観光行動
(1) 消費者と消費行動
(2) 観光行動への消費者行動論の適用
(3) 観光行動を把握する必要性

第3章 観光と産業・経済
1 訪日観光の現状
(1) 拡大する訪日観光
(2) 観光経済の成長と日本
2 観光産業の定義
(1) 産業分類と観光
(2) TSA(旅行・観光サテライト勘定)
(3) 観光GDPと観光雇用
(4) 観光消費と国内経済への影響
3 観光統計
(1) 旅行・観光消費動向調査
(2) 訪日外国人消費動向調査
(3) 宿泊旅行統計調査
(4) 共通基準による観光入込客統計
(5) 訪日外客数

第2部 観光產業論
第4章 旅行産業
1 旅行産業の特質
(1) 旅行産業とは
(2) 旅行会社の業務
(3) 旅行会社の分類
(4) 旅行産業の市場
2 旅行産業の形態
(1) 旅行商品と仕入れの仕組み
(2) 消費者と「標準旅行業約款」
3 旅行産業の現状と展望
(1) インターネットの普及とノーコミッション時代
(2) 旅行産業にとってのインバウンド
(3) 旅行産業の展望

第5章 宿泊産業
1 宿泊産業の現状
(1) 宿泊産業の定義
(2) 宿泊産業の市場規模
(3) 宿泊産業と外部環境
(4) 宿泊産業の経営構造
2 宿泊施設の運営
(1) 宿泊施設の業態分類
(2) 宿泊施設の事業主体
(3) 宿泊施設の施設構成
(4) 宿泊施設の販売
3 宿泊産業の新しい展開
(1) インバウンド需要による宿泊産業の拡大
(2) ホテル業の展開
(3) 旅館業の展開
(4) 民泊サービスの拡大

第6章 運輸産業
1 運輸産業の特質
(1) 交通サービスの特性
(2) 運輸産業における市場構造
(3) 運輸産業と観光
2 航空会社の経営戦略
(1) ハブ・アンド・スポーク型の路線ネットワーク
(2) イールド・マネジメント
3 LCC の発展
(1) LCCとは
(2) LCCの史的展開
(3) LCCのビジネスモデル

第7章 テーマパーク産業
1 テーマパークの歴史
(1) テーマパークと遊園地
(2) 遊園地の近代化と郊外化
(3) テーマパーク時代の到来
2 テーマパーク産業について
(1) 遊園地・テーマパーク産業の現状
(2) テーマパークの事業領域
(3) テーマパーク産業の事業特性
3 テーマパーク産業の現在地と展望・
(1) テーマパークの現在地
(2) USJ再生への取り組み
(3) USJ再生にみるテーマパーク産業のこれから

第3章 文化施設と集客
1 文化施設と観光
(1) 文化施設の機能
(2) 観光からみた文化施設
2 博物館・美術館と集客
(1) 博物館の概要
(2) 博物館・美術館の基盤コレクション・展示・施設
(3) 企画展と集客国立の施設を中心に
3 地域に生きる博物館・美術館
(1) コレクションの地域性と独自性
(2) 観光都市と博物館・美術館 金沢観光と金沢21世紀美術館
(3) これからの博物館・美術館

第9章 観光産業とホスピタリティ
1 サービスと観光
(1) サービスの意味
(2) 観光というサービス商品
2 ホスピタリティの論理
(1) ホスピタリティの解釈と特性
(2) 心に訴えかける経営要素としてのホスピタリティ・マネジメント
3 観光の本質とホスピタリティ
(1) 観光の本質と観光商品
(2) ホスト・ゲストがともに“しあわせ”を感じる観光
(3) 異文化理解とホスピタリティ

第3部 観光政策論
第10章 観光立国と国際観光
1 観光政策と観光立国の推進
(1) 日本の観光政策
(2) 外国人旅行者誘致による地域再生
(3) 観光立国推進基本法
(4) 観光立国推進基本計画
2 近年における国際観光の動向
(1) アウトバウンドからインバウンドへ
(2) 観光後進国としての日本
3 国際観光と社会変容
(1) 激増する訪日外国人旅行者
(2) 外国人観光客の受け入れと地域の対応
(3) 観光は平和へのパスポート

第11章 諸外国の観光政策
1 諸外国の特徴的な観光政策
(1) 国によって大きく異なる観光政策の方針
(2) 福祉向上手段としての観光政策
(3) 国家発展のアピール手段としての観光政策
(4) 経済発展手段としての観光政策
2 シンガポールの特徴
(1) 都市国家シンガポールの経済戦略
(2) 経済発展手段としての観光と観光政策の特徴
3 シンガポールの観光政策
(1) 統合型リゾート政策
(2) メディカルツーリズム政策
(3) 効率性を重視した「量より質」の観光政策

第12章 地域観光とまちづくり
1 国内観光の動向と観光まちづくり
(1) 国内観光の動向
(2) 観光とまちづくり
(3) まち歩き観光の展開
2 新潟市の観光政策――まちを知り、まちを歩く
(1) 地域資産の発掘——新潟市におけるNPO活動概要
(2) 地図による表現とガイドによる伝達
(3) まちづくりのためのまち歩き
3 西宮市の観光政策―「まちたび事業」を事例として
(1) 文教住宅都市を基調として発展してきたまち
(2) 西宮ならではの観光事業「西宮まちたび博」
(3) 情報発信拠点の整備と観光キャラクターを活用したプロモーション
(4) 観光がシビックプライド醸成と地域の活性化にもたらす効果

第4部 応用観光論
第13章 コンテンツツーリズム
1 コンテンツとコンテンツツーリズム
(1) コンテンツツーリズムの定義
(2) コンテンツツーリズムとクール・ジャパン政策
(3) コンテンツツーリズムの変遷
2 コンテンツツーリズムとまちおこし
(1) アニメツーリズム
(2) コンテンツツーリズムと観光振興
(3) コンテンツツーリズムによる地域振興
3 大阪市船場地区にみるコンテンツツーリズム
(1) コンテンツと物語性
(2) 船場が舞台のコンテンツ
(3) 現代の船場とまち歩き

第14章 ブライダルと観光
1 ブライダルの推移と現状
(1) ブライダルの解釈
(2) ブライダル市場の推移と現状
2 観光要素を含むブライダル
(1) 海外ウエディングの市場
(2) 観光としての新婚旅行
(3) リゾートウエディング
3 ブライダルツーリズムの可能性
(1) ツーリズムとしてのブライダル
(2) 日本古来の伝統的結婚式体験
(3) ブライダルツーリズムの展望

第15章 メディカルツーリズム
1 メディカルツーリズムの現状
(1) メディカルツーリズムとは
(2) メディカルツーリズムの背景
2 アジアにおけるメディカルツーリズムの勃興
(1) アジアでの勃興の背景
(2) タイの事例
(3) 韓国の事例
3 日本のメディカルツーリズム
(1) 日本の事例
(2) 日本においてメディカルツーリズムが難しい理由
4 これからのメディカルツーリズム
(1) 世界における今後
(2) 日本における医療と観光

第16章 ダークツーリズム
1 ダークツーリズム概念の登場と拡散
(1) ダークツーリズムとは何か
(2) ダークツーリズム概念の出現
(3) 日本での広まり
2 ダークツーリズムの種類と特徴
(1) 戦争のダークツーリズム
(2) 災害のダークツーリズム
(3) 様々なダークツーリズム
3 世界のダークツーリズムの実際
(1) ヨーロッパ
(2) アメリカ
(3) 東南アジアと太平洋地域
(4) 中国
(5) 韓国
4 日本におけるダークツーリズムの特徴と展望
(1) 日本型ダークツーリズムの特徴
(2) ダークツーリズムの役割
(3) 復興の現実
(4) 今後のダークツーリズム

第17章 フードツーリズム
1 観光と食
(1) 観光資源としての食
(2) 食を主体とした観光
(3) 観光になりうる食の境界線と差別化戦略
2 各国における食と観光
(1) フランスのガストロノミー
(2) イタリアのスローフードとアグリトゥリズモ
(3) 日本型フードツーリズム
3 フードツーリズムによる地域活性化
(1) 古い建物のリノベーションと日本型オーベルジュ
(2) 食のイベント化――「バル」と「B級グルメ」
(3) ワイナリー・酒蔵の活用
(4) 食の可能性

第18章 祭礼文化と観光
1 日本の祭り
(1) 種々の祭り
(2) 祭りの進化
2 観光資源としての祭り――祇園祭など
(1) 祇園祭の魅力
(2) 祇園祭の起源と伝播
3 祭りと地域
(1) 祭りと地域経済
(2) 祭りと地域社会
4 祭りと観光の政策課題
(1) 政府による支援の必要性
(2) わが国における文化遺産保護
(3) ユネスコの文化遺産保護
(4) 祭りと政策

コラム1 観光と温泉
コラム2 観光と世界遺産
コラム3 観光と景観
コラム4 観光と環境
コラム5 観光とものづくり
コラム6 観光と福祉

索引

竹内正人 (編集), 竹内利江 (編集), 山田浩之 (編集)
出版社 : ミネルヴァ書房 (2018/3/20)、出典:出版社HP

序章 観光学を学ぶために。

1 観光とは何か。

2006年に「観光立国推進基本法」が成立して以来,わが国の観光は注目を浴びている。その前文の書き出しは以下のとおりである。「観光は,国際平和と国民生活の安定を象徴するものであって,その持続的な発展は、恒久の平和と国際社会の相互理解の増進を念願し,健康で文化的な生活を享受しようとする我らの理想とするところである。また,観光は,地域経済の活性化,雇用の機会の増大等国民経済のあらゆる領域にわたりその発展に寄与するとともに,健康の増進,潤いのある豊かな生活環境の創造等を通じて国民生活の安定向上に貢献するものであることに加え,国際相互理解を増進するものである」。ここでは観光の意義と役割を高らかに述べている。観光の役割は次の点に集約される。国際平和の増進と国民および地域経済の発展,そして国民生活の安定向上である。われわれが観光を学び研究する上でもこの意図を十分に理解しておく必要があることは言うまでもない。しかし,この法律においても観光の定義について触れられているわけではなく,まず観光とは何かという問題は,これから観光を学ぶにあたり避けて通れないであろう。
一方で、観光に関連する観光行動や観光産業などの諸事情は,経済環境や交通技術の革新などにより時代とともに変化している。また観光そのものが発展途上の学問であることから,観光を普遍的に定義するのは極めて難しい状況であるといえる。
そもそも観光の語源は,古代中国において編纂された『易経』の中の「観国之光,利用賓子王(国の光を観るは,もって王に資たるによろし)」に基づくものである。この場合観光とは「国の光」を見ることであり,国の光とは国王の人徳と善政により国が繁栄し,その国を訪れた人々にはその国が光り輝いて見えることであった。また「観」という漢字は同時に示すということも意味しており,下から上へは仰ぎ見るという意味で,上から下へは示すという意味になるとのことである。「観光」という言葉は受け入れ国側からみれば国威発揚の意味を含んでおり,明治年間までは概ねこの意味で用いられた。今日では「観光」はツーリズム (tourism)の意で用いられるが,大正時代にツーリズムの訳語として「観光」を当てたことに始まる。ツーリズム(tourism)とはtour+ismの合成語であるが,tour はラテン語の「tounus(ろくろ)」が語源であり,そのため tourは「巡回」「周遊」をもともと意味しているが,それに行動や状態,主義を意味する接尾語ismをつけることで,観光や観光現象,観光事業という意味になる。また接尾語のistをつければtourist,すなわち観光者という意味になる。ツアー,ツーリズム,ツーリストという言葉が一般的になったのは1930年代以降である。
わが国の観光の公的な定義としては,1970年の観光政策審議会が内閣総理大臣諮問に対する答申の中で規定した「観光とは自己の自由時間(=余暇)の中で,鑑賞,知識,体験,活動,休養,参加,精神の鼓舞等,生活の変化を求める人間の基本的欲求を充足するための行為(=レクリエーション)のうち,日常生活圏を離れて異なった自然,文化等の環境のもとで行おうとする一連の行動をいう」とした表現があった。さらに1995年に新たな答申を行うにあたり再検討され,「余暇時間の中で,日常生活圏を離れて行う様々な活動であって,触れ合い,学び,遊ぶということを目的とするもの」と定義された。この定義の中で用いられている「様々な活動」すなわち観光活動については,特定することは極めて難しいといえよう。「触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」の文面からビジネス即ち「商用旅行」は除外されると読み取れるが,2000年度版「観光白書」では「兼観光」という言葉が用いられており,楽しみを兼ねる商用旅行の存在も認められている。
一方で,国際観光の分野では「商用の活動」も含まれている。国連世界観光機関(UNWTO)では観光(tourism)を次のように定義している。
“Tourism comprises the activities of persons traveling to and staying in places outside their usual environment for not more than one consecutive year for leisure, business and other purposes.”
この定義の日本語訳としては次のようになるであろう。「観光とは,継続して1年を超えない範囲で,レジャーやビジネスなどの目的で日常生活環境以外の場所に旅行し,滞在する人の活動を指す」。また観光庁が実施している「訪日外国人消費動向調査」では来訪目的に「業務」という項目があり,商用も含めての調査となっている。観光の研究や調査をする場合に,この観光や観光客の定義が重要になってくることはいうまでもない。そのために観光庁では「観光立国推進基本法」に基づいて観光に関する統計の整備を実施している。観光客に関しては,国連世界観光機関を中心に標準化が推進されているとして以下のように定義し,統計資料として整備,集計し始めた。それによると観光客の定義としては「ビジネス,レジャーあるいはその他個人的な目的で,1年未満の期間,非日常圏に移動する旅行者」とし,「国内居住者の国内観光(domestic),国外の居住者の国内への観光(inbound),国内居住者の国外への観光(outbound)を区別する」としている。また,宿泊客旅行に関しては「自宅以外で1泊以上の宿泊をする全ての旅行」,日帰り旅行は「片道の移動距離が80km以上,又は所用時間(移動時間+滞在時間)が8時間以上の非日常圏への旅行」としている。観光がわが国の重要な産業の構成要素として認識されつつある状況の中で,ようやく観光の概念が整理されつつあるといえよう。
以上のことから,本書なりに観光を一言で表現するなら,日常の居住地を離れ,飲食や鑑賞,体験をすることであるといえるだろう。また観光は広い意味での「観光客」や「旅行者」,非日常体験をする観光地などの観光対象となる「観光資源」,それらをサポートする観光産業や交通手段も含めての「観光関連産業」,そして観光客を受け入れる「地域社会」等によって構成されている。居住者が観光を意識する要因は,その人の経験や日常生活にある内部的要因やマスコミやネットからの情報,アクセスや施設の話題性などの複合したものであり,それらを支える観光産業や施設,そして観光資源や地域社会の歴史・風土・産業も多彩である。またそれらは技術革新や意識変化などにより時代とともに変化している。

2 観光教育の展開

政府は2016年に「明日の日本を支える観光ビジョン会議」を開催し,新たなビジョンを取りまとめている。それによると東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年には訪日外国人旅行者数4000万人と推計し,さらにその10年後の2030年には6000万人,消費額を15兆円とする目標に挑戦すると発表した。同時に,各地にある観光資源の魅力を高めて観光を地方創生の礎にすることや,観光産業の国際競争力を高めわが国の基幹産業にするというビジョンを掲げた。政府は今まさに観光先進国の実現に向けての施策を講じようとしている。
観光への期待が高まる中,観光研究と人材育成の高等教育機関である大学の観光学部や観光関連学部・学科を有する大学も増加傾向にある。
観光研究および観光教育は,1967年の国連の国際観光年を記念して立教大学の社会学部に観光学科を,大阪成蹊女子短期大学(現大阪成蹊短期大学)に観光学科を設置したのが始まりである。その後1998年には立教大学に初の観光学部が設立されている。そして2003年に小泉内閣によって発せられた「観光立国宣言」により観光が国家的重要課題として捉えられるようになったが,前後して大学の観光学部や観光関連学部・学科・コース設立が増加し始めている。
国立大学としては2005年に山口大学の経済学部に観光政策学科,琉球大学の経済学部に観光学科が創設され,2008年に和歌山大学および琉球大学に初の観 光(産業科) 学部が設置された。2009年段階では観光研究や観光教育を有する学部のある大学は39に達した。その後もさらに増え続け,2017年では観光学部や観光関連学科のある大学は94にも及んでいる。さらに大学の募集の際に観光を学ぶことができるとしている大学・短大は,大手進学サイトによると全国で225校も存在する。それらの大学の中で学部名称として「観光」もしくは「ツーリズム」を用いているのは16大学である。具体的名称としては観光学部,西際観光学部,観光産業科学部,観光経営学部,観光ビジネス学部などである。また,その他にも経済学部,経営学部,社会学部,商学部,地域創造学部,現代ビジネス学部,現代人間学部といった学部名の中に観光関連の学科やコースを設けていることが多い。
そこで,高等教育機関である大学で観光を学ぶことや観光研究とは何なのかという問題が,改めて問われることとなる。観光という学問領域はいまだに独立した「学」という体系を示すことができない状況にあるといえよう。しかし,現在ではたとえば経済学,経営学,社会学,環境学,心理学などの関連領域からのアプローチもさることながら,それらをまたがった学際的分野での研究や教育活動が盛んに行われている。「はしがき」でも述べたが,本書ではあえて「観光学」という言葉を用いて、これから観光を学ぶ方への見取図を示すこと とした。

3 本書の特徴と構成

観光学はまだ歴史の新しい分野である。未解明な課題も多い。そのために観光研究は観光が内包する多面的で流動的な現象を,学際的な視点から捉えることが理解を深めることにつながると考えられる。本書では観光という現象の全体像を明らかにするために,多彩な視点で解説し,かつ幅広い領域をカバーできるように努めた。
本書はまず4つの大きな部から構成されている。第1部「観光学の基礎」では第1~3章として「観光の歴史」「観光と旅行者の行動」「観光と産業・経済」を取り上げ,観光における基礎的かつ全般的な解説を行った。観光を学ぶ上で観光という現象を歴史的視点,需要側である消費者行動の側面と,供給側の産業経済的側面から解説している。
第2部「観光産業論」は伝統的な観光ビジネスの主要産業を中心に構成している。第4~9章まで,「旅行産業」「宿泊産業」「運輸産業」に加えて「テーマパーク産業」「文化施設と集客」といった現在の観光産業を象徴するようなテーマも取り上げた。観光産業は観光活動の推進役でもあり,観光を学ぶ上で各産業を理解することは不可欠である。各産業の概要と役割そして特徴や将来展望などの具体像を鮮明にできるような解説を心がけた。また「観光産業とホスピタリティ」では各産業に共通するサービスとホスピタリティについては今日的な課題も含めて解説した。
第3部「観光政策論」は,第10~12章「観光立国と国際観光」「諸外国の観光政策」「地域観光とまちづくり」の3章からなり,観光行政に関連するテーマ構成とした。観光における様々な活動や現象において観光行政の果たす役割は大きく観光政策はそれらの基盤をなすものとして位置づけられる。「観光立国と国際観光」ではわが国の観光政策,「諸外国の観光政策」では主にシンガポールの観光政策について取り上げた。さらに「地域観光とまちづくり」では国内観光の中でもニューツーリズムを主体とした観光まちづくりについて概説した。具体例として,新潟市と西宮市における取り組みを紹介している。
第4部は「応用観光論」として,第13~18章までわが国の観光を学ぶ上で焦点となるテーマを取り上げた。具体的には「コンテンツツーリズム」「ブライダルと観光」「メディカルツーリズム」「ダークツーリズム」「フードツーリズム」そして「祭礼文化と観光」である。観光を巡る潮流は激しく「ニューツーリズム」と呼ばれるものは多岐にわたる。第4部で取り上げたテーマや事例で,観光の多様かつ多彩な魅力をさらに学修されることを願っている。
また本文とは異なった視点やテーマを補足するため,できるだけ最新の情報を交えたコラムを設けている。併せて読むことで観光学への理解を深めていただきたい。

引用・参考文献

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岡本伸之編『観光学入門」有斐閣,2009年。
河村誠治「新版 観光経済学の原理と応用」九州大学出版会、2008年。
観光庁「観光統計」 http://www.mlit.go.jp/common/000138677.pdf(2017年10月10
日)。
観光庁「明日の日本を支える観光ビジョン」概要 http://www.mit.go.jp/kanko
topics01_000205.html (2017年9月25日)。
国土交通省「今後の観光政策の基本的な方向について(答申第39号)」 https://www.mlit.go.jp/singikai/unyusingikai/kankosin/kankosin39.html(2017年10月10
日)。
国土交通省『平成12年版観光白書の概要』 http://www.mlit.go.jp/hakusyo/kankou
hakusyo/h12/index.html#joukyou (2017年10月10日)。
高橋一夫・大津正和・吉田順一編 『1からの観光』碩学舎,2010年。
谷口知司『観光ビジネス論』ミネルヴァ書房,2010年。
中﨑茂『観光の経済学入門」古今書院,2002年。
日本政府観光局「統計データ訪日外客数(2016年)」https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/visitor_trends/(2017年9月20日)。
溝尾良隆編著『観光学の基礎」古今書院,2009年。
溝尾良隆「観光学基本と実践」古今書院,2015年。
文部科学省「観光関連学部・学科のある大学一覧」 file:///C:/Users/USER/Desktop/
観光関連学科のある大学1.pdf(2017年9月10日)。
Definition of Tourism (UNWTO Definition of Tourism) “What Is Tourism ?” http://www.tugberkugurlu.com/archive/definintion-of-tourism-unwto-definitionof-tourism-what-is-tourism(2017年10月12日)。

竹内正人 (編集), 竹内利江 (編集), 山田浩之 (編集)
出版社 : ミネルヴァ書房 (2018/3/20)、出典:出版社HP