5G 次世代移動通信規格の可能性 (岩波新書)

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5Gを多面的に考える

高速で遅延が少なく、あらゆるものをネットに接続するIoTと相性の良い次世代のモバイル通信規格「5G」の入門書です。5Gに対する、技術、ビジネス、政治、歴史、等の多面的な見方がコンパクトにまとまっています。ネット環境がより身近で生活に欠かせないインフラになることを予感させる一冊です。

森川 博之 (著)
出版社 : 岩波書店 (2020/4/18)、出典:出版社HP

目次

序章 5G×デジタル変革
5Gはスマートフォンだけではない
「低遅延」「多数同時接続」の2つが新しい軸
5GはF1、4Gはゴーカート
デジタル変革のドライバー

第1章 5Gの本質
5GとIoTやAIの関係
なぜ5Gが注目を集めているのか?
5Gは周波数帯に着目せよ
5Gは無線部分と有線部分とから構成される
5Gでは光回線が重要
「超高速」「低遅延」「多数同時接続」
上り通信の高速化
B2CからB2Bへ
ローカル5G―通信事業者以外が対象の自営5G
5G基地局は徐々に広がっていく
人口カバー率からエリアカバー率へ
地方でも均等に設置が始まる5G基地局
B2CからB2B2Xへ
少しずつ進化する5G
5Gテクノロジー自体は非連続なものではない
新しいビジネスの余地が生まれる
5Gは産業を激変させるのか

第2章 5Gの潜在力と未来の姿
バルセロナのMWC2019
自動運転―自律型と遠隔型
クルマのコモディティ化とゲームチェンジ
いろいろな形態の自動運転
安全運転支援のための5G
作業現場の無人化
無線化スマート工場
Industry 4.0を支える5G
ローカル5G工場の誕生
データ駆動型医療・ヘルスケアを後押しする
5Gが切り開く新たな医療・ヘルスケアの姿
モバイルヘルス―「プロアクティブ型医療」に向けて
ゲームがテクノロジーを進化させる
ゲームの変遷とクラウドゲーム
クラウドゲームならではの特徴
IT業界の巨人参入により変わるゲーム業界の構図
将来を深く洞察していたネットフリックス
動画配信を軸にした地殻変動
動画とゲームの垣根がなくなる
テレビとスマートフォンの垣根もなくなる
ARやVRは5Gで離陸するか
現実と仮想の境目が消える
4K遠隔作業支援などの産業応用も
都市の安全を見守る
地方も変わる
5Gが地方の生産性向上の起爆剤に
地方ならではの強み
データに基づくまちづくり

第3章 モバイル興亡史をふり返る―通信規格の世代交代
10年ごとに進化してきたケータイ
5Gでも事業や生活が一変するのか
アナログだった第1世代
携帯電話が普及し始めた第2世代
なぜ、携帯が一気に普及したのか
PHSの登場
世界に衝撃を与えたiモード
高機能化が進んだ3G
iPhoneの登場
3.5Gと3.9G、そして4G
人々のコミュニケーションスタイルを変えた
スマートフォンはどこに向かうのか

第4章 激化するデジタル覇権争いのゆくえ
市場に群がる多彩なプレイヤー
5Gの「世界初」競争
三者三様の5G
日本の立ち位置
寡占と競争―第4の事業者
基地局整備
基地局に加えて災害対応も
隠れた王者クアルコム
クアルコムの特許ライセンス
裾野分野での日本企業の存在感
米中5G戦争
デジタル覇権のせめぎ合い
デジタル・シルクロード
セキュリティとファーウェイ
国家情報法
制裁措置の影響
ファーウェイの発展史
研究開発と顧客中心主義
業界再編の嵐
垂直統合的な産業構造
日本企業の命運

第5章 5Gを支えるテクノロジー
電波―共有の財産
電波の性質
5G割り当て周波数
「多段ケーキ」でカバー
ハイバンド
ミッドバンド
ローバンド
信号機を5G基地局に
多彩なテクノロジーの取り合わせ
Massive MIMO
低遅延―1ミリ秒は無線区間のみ
エッジコンピューティング
クラウドへの対抗軸
IoTを支える多数同時接続
コアネットワークの仮想化
無線アクセスネットワークの仮想化
ネットワークスライシング
ローカル5Gの周波数
自営BWA
ローカル5GとWi-Fi 6

終章 5Gにどのように向き合えば良いか
まずは土俵に上がる
5G活用の考え方
隠れたニーズに気づく
フットワーク軽く動く
通信事業者やローカル5G構築・運用事業者との戦略的連携
6Gヘ―モバイル進化の底流を読む
産業構造の激変の中で創り上げる

森川 博之 (著)
出版社 : 岩波書店 (2020/4/18)、出典:出版社HP

序章 5G×デジタル変革

第5世代移動通信システム(5G)のサービス開始を目前にして、いま(2020年)、株式市場では5G関連銘柄が期待を集めている。しかし、新しい技術が登場するときには、必ず期待と落胆が交錯するものだ。期待と落胆が入り交じりつつある5Gにどのような姿勢で向き合えば良いのだろうか、本書では、私なりの視点も交えながら5Gを紹介していくこととしたい。

移動通信システムは10年ごとに新しい世代に切り替わってきた。1980年代の第1世代(1G)からおよそ10年ごとに第2世代(2G)、第3世代(3G)、第4世代(4G)と進化し、いよいよ2020年春には、第5世代(5G)の移動通信システムが登場する。5Gの商用化が迫りつつある中で、メディアでも5Gに関する特集が多くみられるようになってきた。この分野に携わるものとしてはとても嬉しいことである。

5Gは、5Gを使う側の人たちと一緒になって育てていくものだからである。5Gでは、4Gまでの消費者だけではなくすべての産業分野が対象となる。対象となる産業分野を理解していなければ、5Gをどのように使えば良いかわからない。あらゆる産業分野の人たちに5Gのことを知ってもらうことで、新しいデジタルの世界を一緒に創り上げていくことができるようになる。

ここ数年、IoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)といった言葉が世間を賑わせているが、これらに5Gが加わる。IoTやAIが第1章で述べるデジタル変革(DX:デジタルトランスフォーメーション)を実現するための手段であると同様、5Gもデジタル変革を支える無線通信技術である。5Gが登場することで、デジタル変革を支えるインフラが完成するといっても過言ではない。

・5Gはスマートフォンだけではない
5Gが今までの移動通信システムと大きく異なる特徴は、5Gの主役がスマートフォンに限られないことだ。ありとあらゆる「モノ」が5Gに取り込まれていく。今までインターネットに接続されていなかった「モノ」までもが、5Gの登場によってインターネット接続されるようになる。建設機械、工作機械、物流で使われるパレット、スーパーマーケットの値札、手術ロボットなど、あらゆるモノが5Gでインターネット接続される。4Gまでのサービスの主たる対象は、人であった。電話、コミュニケーション、インターネットなど、人に対するサービスがメインであった。

これに対して、5Gでは、「モノ」が加わる。まさにIoTと呼ばれるモノのインターネットの世界だ。20年前にユビキタスという言葉でクルマや機械などありとあらゆるものがネットにつながる世界が注目を浴びたが、IoTを支えるセンサー、クラウド、通信技術などは20年かけて使いやすく身近なものとなり、移動通信システムにおいても5Gで「モノ」が取り込まれ、インターネットにつながることになる。移動通信システムの開発には長い年月を要する。要件の検討から実用化まで10年程度かけて行われる。5Gの検討が始まった2010年頃には、既にあらゆるモノがインターネットに接続される動きは予想されており、モノまでを対象とする移動通信システムとして5Gは開発されることになった。

・「低遅延」「多数同時接続」の2つが新しい軸
現行速度の100倍ともいわれる「超高速」、情報のやり取りの遅延時間が1000分の1秒という「低遅延」、1平方キロメートル圏内に100万台もの端末(デバイス)を接続できる「多数同時接続」の3つが5Gの特徴だ。これらのうち、5Gで新たに登場した軸が「低遅延」と「多数同時接続」である。「超高速」は1Gから4Gまでの高速化の流れを延伸したものであるのに対して、5Gでは新たに低遅延と多数同時接続という2つの軸が加わる。高速化は今までのサービスの延長線上にあるため理解しやすい。高精細の映像伝送、スタジアムでの多視点映像配信、AR(Augmented Reality:拡張現実)/VR(Virtual Reality:仮想現実)でのリアルな体験など、5Gでは映像系のサービスを円滑に提供できるようになる。

一方、低遅延と多数同時接続は、今までのサービスとは軸が異なるため、それによってどのような価値を創出できるのかをこれから探っていかなければいけない。5Gの実証実験では、遠隔制御、自動運転、手術支援など多くの検証がなされているが、これらにとどまるものではない。例えば、低遅延の特徴を活かせば、カメラ映像を分析して、映像に映っている人物の性別や年齢などの属性情報を取得し、属性情報に応じた広告をリアルタイムに表示するリアルタイムターゲティング広告表示が可能となる。また、監視カメラの映像中の顔部分をリアルタイムに検知して、ぼかしを入れるなどの処理も可能となり、個人情報を考慮しながら監視業務を行うことも可能となる。

・5GはF1、4Gはゴーカート
「超高速」「低遅延」「多数同時接続」の3つが5Gの特徴であるが、提供サービスの視点からみると、今の4Gでも類似のサービスを提供できることに留意されたい。すなわち、4Gと5Gとを無理やり切り離して考える必要はない。4Gに新しい性能軸を加えて、性能向上を着実に図ったものが5Gという認識であっても良い。5Gでしか実現できないサービスというのは、かなりハイエンドのサービスのみと考えて問題ない。「低遅延」や「多数同時接続」の新しい軸に関しても、4Gまではこれらの性能に関して重点が置かれていなかったというだけである。

無理やり喩えてみると、5GはF1レベルのサービス、4Gはゴーカートレベルのサービスという感覚である。ゴーカートレベルであっても、基礎的なサービスは実現できる。これがF1レベルになることによって、違和感なく円滑にサービスを提供できるようになるとともに、新しい体験の提供にもつなげることができる。

例えば、4Gを使った自動販売機の在庫管理システムは既に展開されている。自動販売機に4GのSIMカードを埋め込むことで、在庫情報などを遠隔で把握することができている。5Gになれば、より少ない消費電力で、より多くのIoTデバイスをネットワークに接続できるようになる。遠隔制御などのように、リアルタイムで制御情報をやり取りするようなサービスでなければ、今の4Gでも十分対応できる。

また、LoRaやSigfoxといったIoT向けの無線通信技術を使ったサービスも実現されている。水位量を測る水田センサーなどには、このようなIoT向け無線通信技術が埋め込まれている。必ずしも5Gが必須なわけではない。5Gのインパクトは、このようなデジタルな世界を、全国隅々にまで広く手軽に展開できることにある。5Gが全国エリアをカバーすればどこでもモノのインターネットを実現できるようになる。5Gがあらゆるものに埋め込まれ、無線LANのように手軽に使えるようになる世界になれば、デジタル化があらゆる場所にまで行き渡ることになる。

・デジタル変革のドライバー
5Gは人のみならずモノを対象とすることから、あらゆる産業分野が5Gの顧客だ。IoTやAIとともに、5Gがデジタル変革のドライバーとなる。すべての産業分野に影響を与える技術を「汎用技術(General Purpose Technology)」と呼ぶが、5Gの登場によって、IoTやAIなどとともに情報通信技術が真の意味での汎用技術になるだろう。

経営学者のピーター・ドラッカーは、汎用技術である蒸気機関が社会に与えた影響は鉄道を作ったことではなく、鉄道というインフラがあったからこそ、あらゆる産業が変わっていったことにあると喝破している。同様に、IoT、AI、5Gなどのインフラの整備が、あらゆる産業の変革をこれから引き起こしていく。これこそデジタル変革である。

IoTやAIといった言葉がはやり始めた2015年頃から、地方の経営者協会、経済同友会、商工会議所などから声をかけていただくことが多くなってきた。5Gという言葉が目立つようになってきたことで、より多くの人々の意識が変わりつつあることはありがたい。情報通信技術に親近感を持ってもらい、いろいろな現場でデジタル化を一歩一歩進め、人口減少時代における経済の活性化につなげていくことができれば素晴らしい。

デジタル変革においては、IoTやAIをどこの現場にどのように使うかに気づくことが第一である。5Gにおいても5Gを活かすことのできる現場ニーズに気づくことが重要だ。5Gの特質を踏まえて、仕事や生活のプロセスを見直し、5Gをどこに使えば良いのか考えることで、デジタル変革があらゆる産業領域で進んでいけばと願っている。

本書では、5Gがどのように社会や産業に影響を与えていくのか、5Gの背景や技術も交えながら紹介していく。また、5Gに対して、どのような姿勢で向き合えば良いのか、私なりの視点もお伝えしたい。5Gに対して多くの人々が親近感を抱き、一緒に5Gの活用方法を考えながら、デジタル変革を進めていくことができれば望外の喜びである。

森川 博之 (著)
出版社 : 岩波書店 (2020/4/18)、出典:出版社HP