国際経済学入門

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国際経済学を体系的に学ぶ

本書は、国際経済学の中の国際貿易論について解説している教科書です。経済学の入門の基本を学んだ方で、国際経済学を学びたい方などがターゲットとなっています。説明も比較的わかりやすく、実際の事例などを交えた内容となっているため、理論の実際についてもわかります。項目も整理されているため、理解しやすいでしょう。

木村 福成 (著)
出版社 : 日本評論社 (2000/5/1)、出典:出版社HP

はしがき

本書は国際経済学のうち、とくにミクロ面の国際貿易論について解説した教科書です。国際経済学は、少なくとも次のような3種類のグループに属する方々に興味を持って勉強していただける学問分野だと思います。

第1は、現実のさまざまな国際経済問題に興味を持っている人たちです。ここ数年の新聞をながめてみても、国際競争力の変遷、内外価格差、企業の海外進出と国内産業の空洞化、サービス産業の自由化、国際間資本移動とアジア経済危機、WTO(世界貿易機関)を軸とする国際経済体制の再編成など、国際経済学からのアプローチを抜きにしては分析枠組みさえ定まらない経済問題が生じていることがわかります。国際経済学がすべての国際問題について解決策を示してくれるわけではありませんが、しかし不可欠な学問体系であることは明らかです。国際経済学の基礎がわかっていると、現実を明確に把握でき、解決の糸口が見つかることも多いのです。

第2は、経済理論一般に興味を持っている人たちです。国際経済学、とくに国際貿易はかつて一般均衡分析の中心的な応用分野でしたので、それを学ぶことによって経済問題を部分均衡ではなく一般均衡の枠組みでとらえる思考法を学ぶことができます。また、伝統的な厚生経済学では政府の介入のない状態でパレート最適な均衡が実現されるケースをベンチマークとしていますが、それに基づいて政策論を展開する練習にもなります。応用問題を解く前に、まず経済学における標準的な考え方を学んでおくことは大変重要であり、そのためにも国際貿易論を勉強しておくことは大いに役に立ちます。

第3は、そもそも経済学は現実経済とどのような接点を持ちうるのか、経済学の社会的役割は何なのか、を考えている人たちです。経済学は、演繹的な構造を持つ経済理論と現実経済の観察という、全く方法論の異なる2つのアプローチがせめぎ合いながら成り立っている学問分野です。なかでも国際経済学は、理論体系の成熟度と政策論からの強い需要を背景に、2つのアプローチの間に建設的な緊張関係が成立しうる分野です。2つのアプローチの間のすり合わせがどの程度うまくいくのかを見ていただくことを通じて、経済学がどう現実社会の役に立ちうるかを判断することができるでしょう。

本書は、ミクロ、マクロの入門コースを終えて初めて国際経済学を学ぼうという学部生から学部上級、大学院初級の学生諸君、さらには官庁や民間の研究所で経済分析に携わっているがこれから新たに国際経済学を勉強しようと考えている人たちを、主たる読者と想定しています。英語で書かれたものも含めこれまでの国際貿易論の教科書では、とくに理論の説明において、平易な内容にとどめてしかも紙幅を節約しようとするあまり、かえってわかりにくくなってしまっていることも多いように思います。学生諸君を子供扱いして不完全な説明に終わってしまうよりも、少々難しくてもきちんと考えれば全部理解できるようにした方が、むしろ知的興味をかきたてることができると、私は考えています。

したがって本書ではあえて内容的に妥協せず、一度わかっていただければその応用ができるところまで書き込んだつもりです。とくに、卒業論文などのテーマ探しや最初のとっかかりとなる文献を見つけるためにも役立つよう、かなり上級向けのものも含めて多くの論文を紹介しました。とはいえ、経済原論の基礎固めが十分でない読者にも読んでもらえるように、私の能力と紙幅の許す限り、丁寧に説明しました。

また、大半の既存の教科書には含まれていない特殊要素モデルや市場の歪み理論、さらに新たな展開が見られた貿易政策の政治経済学、貿易と経済成長の関係、サービス貿易、海外直接投資、地域経済統合とWTO、為替変動と国際貿易などのトピックも盛り込みました。したがって、時事的経済問題を取り上げる学部・大学院の講義や演習などで、本書を部分的に使っていただくことも可能でしょう。大部の本となりましたので、章単位で取捨選択して使っていただくこともできるように工夫したつもりです。

国際経済学は決して学ぶのが難しい分野だとは思いませんが、ジャーナリストやエコノミストの発言を聞くにつけ、十分に理解されていないと感じることもしばしばあります。国際経済学はある1つの分析的な断面を提供するに過ぎません。しかし、国際経済学の基礎があればはっきりと誤っていることがわかったり、背後にある前提条件が明らかになったりすることもよくあります。本書を通じて皆さんが国際経済学の基礎を身につけ、それを現実の経済問題の理解に応用していってくださることを願っています。

2000年3月
木村福成

木村 福成 (著)
出版社 : 日本評論社 (2000/5/1)、出典:出版社HP

目次

はしがき

序章 国際経済学の守備範囲と本書の構成
1. 国際経済学の守備範囲
2. 本書の構成
3. 本書の使い方

第1部 国際貿易パターン決定の理論
第1章 国際貿易モデルの構造
この章のポイント
1. 復習:ミクロの一般均衡モデル
2. 2財の国際貿易モデル
3. 生産構造と各種国際貿易モデル
練習問題

第2章 リカード・モデル
この章のポイント
1. なぜリカード・モデルを学ぶのか
2. 標準的な設定
3. 貿易がない場合の均衡
4. 自由貿易下の均衡
5. 2国多財モデル
練習問題

第3章 へクシャー=オリーン・モデル
この章のポイント
1. ベンチマークとしてのヘクシャーオリーン・モデル
2. 2財2要素2国モデル
3. 生産面を表現する5種類の図
4. 要素集約度逆転
5. ストルパー=サムエルソンの定理
6. リプチンスキーの定理
7. 要素価格均等化定理
8. ヘクシャー=オリーンの定理
9. 4つの定理に必要な諸仮定
10. 高次のヘクシャー=オリーン・モデル
練習問題

第4章 特殊要素モデル
この章のポイント
1. 基本構造
2. VMPLダイアグラム
3. 財価格が変化した場合
4. 労働賦存量が変化した場合
5. 資本賦存量が変化した場合
6. 政策論における短期と長期
練習問題

第5章 国際間生産要素移動
この章のポイント
1. 国際貿易モデルと生産要素移動
2. 生産要素の国際間移動の厚生効果
3. 財の貿易と代替的な生産要素移動
4. 財の貿易と補完的な生産要素移動
5. ヘルプマンの多国籍企業モデル
練習問題

第6章 「新」国際貿易理論
この章のポイント
1. 規模の経済性と「新」国際貿易理論
2. 規模の経済性
3. マーシャルの外部性
4. 不完全競争と製品差別化
5. 製品差別化モデルと産業内貿易
練習問題

第2部 国際貿易の厚生効果と貿易政策
第7章 完全競争下の貿易政策の厚生効果
この章のポイント
1. 貿易政策論の重要性
2. 貿易政策とは何か
3. 関税・輸出補助金の厚生効果
4. 数量的貿易制限政策の厚生効果
5. 国内政策の厚生効果
練習問題

第8章 市場の歪み理論
この章のポイント
1. ミクロ経済学と政策論
2. 市場の失敗と厚生経済学の大原則
3. 市場の歪み理論
4. 市場の歪みと政策例
5. 最適な政策選択
練習問題

第9章 規模の経済性・不完全競争と戦略的貿易政策
この章のポイント
1. 戦略的貿易政策論の台頭
2. 外国の独占に対する貿易政策
3. ブランダー=スペンサー・モデル
4. イートン=グロスマン・モデル
5. その後の研究動向
6. 戦略的貿易政策論の評価
練習問題

第10章 貿易政策と政治経済学
この章のポイント
1. 政治経済学的アプローチの必要性
2. 貿易政策とレント・シーキング活動
3. 貿易政策についての政治経済学モデル
4. 政治経済学に関する実証的観察
5. 今後の研究課題
練習問題

第3部 国際貿易と経済成長
第11章 経済成長が貿易に与える影響
この章のポイント
1. 貿易と成長
2. 経済成長と貿易パターン
3. 経済成長要因と生産可能性フロンティア
4. 貿易パターンの変化と社会的厚生
5. 輸入代替と輸出化
練習問題

第12章 貿易が経済成長に与える影響
この章のポイント
1. 国際貿易の経済成長に対するインパクト
2. ステープル理論とオランダ病
3. プロダクト・サイクル論
4. 幼稚産業保護論と動学的な規模の経済性
5. 貿易自由化と経済成長
研究課題

第4部 企業活動の国際化と国際経済
第13章 国際収支統計とサービス貿易
この章のポイント
1. 重要性高まる国際収支統計とサービス貿易
2. 居住者概念と国際収支統計
3. 企業活動の国際化と既存の統計体系の限界
4. サービス貿易とは何か
5. サービス貿易の統計的把握
6. サービス貿易をめぐる政策論
研究課題

第14章 海外直接投資と企業活動の国際化
この章のポイント
1. 直接投資の特殊性
2. 直接投資決定の理論
3. 直接投資をめぐる実証研究
4. 直接投資関連政策と投資ルール構築
研究課題

第15章 地域経済統合と新しい国際経済体制
この章のポイント
1. 重層的な国際通商政策チャンネル
2. 地域経済統合とは何か
3. 地域経済統合の理論
4. 地域主義と WTO
5. ウルグアイ・ラウンドとWTO体制の成立
6. WTOの基本理念
7. 地域主義と多角主義をめぐる最近の動き
研究課題

第5部 為替変動と国際貿易
第16章 為替レートと貿易
この章のポイント
1. 為替レートと国際貿易の関係
2. 国際貿易モデルと為替レートの決定
3. 為替レートの決定理論
4. 貿易が為替レートに与える影響
5. 為替レートが貿易に与える影響
練習問題

第17章 為替変動のミクロ的帰結
この章のポイント
1. 代替の弾力性と商品裁定
2. 輸入価格の浸透と貿易障壁
3. 為替変動と輸出価格
研究課題

練習問題のためのヒント・略答
あとがき
引用文献
索引

木村 福成 (著)
出版社 : 日本評論社 (2000/5/1)、出典:出版社HP

序章 国際経済学の守備範囲と本書の構成

ここでは、第1部以下の本論に入る前に知っておいていただきたいことをまとめておきます。はじめに、国際経済学あるいは国際貿易論という分野について概説します。次にそれを踏まえて本書の構成を説明します。最後に、本書を大学での講義の教科書や参考書、勉強会の教材、あるいは自習用の読み物としてお使いいただく場合、どのように使われることを意図したものであるかを説明します。

1.国際経済学の守備範囲
・国際経済と移動性
国際経済学、とくに国際貿易論の理論モデルの不可欠な要素となっているのは、国が複数存在し、しかも国境を越えて動かない何かが存在するということです。これが閉鎖経済モデルと一線を画すものとなります。国際経済モデルを見る時には、まず何が国境を越えて動くことができ、何が動けないことになっているかを、しっかりと確認することが大切です。

国際間の移動性が問題となるものとしては、まず財(goods)と生産要素(productivefactors;資本や労働のこと)が挙げられます。第2章、第3章でお話しするリカード・モデルやヘクシャー=オリーン・モデルの標準的なケースでは、財は国内、国際間を問わず自由に移動できるが、生産要素は国内でのみ自由に動けると設定しています。第4章の特殊要素モデルではさらに、一国内の産業間の生産要素移動にも一定の制限が設けられます。一方、第5章のように資本や労働の国際間移動を議論する際には、生産要素が国際間で移動しないという仮定をはずしてやることになります。また、財の中でも国際間で動くもの(貿易財)と動かないもの(非貿易財)を区別することもあります。第7章以下で議論する貿易政策の厚生効果についての分析では、貿易政策は第一義的には財の国際間移動を阻害するものとして登場します。

さらに第13章、第14章で解説するように、近年の企業活動の国際化やサービス貿易の拡大に伴い、国境という地理的概念ではとらえきれない取引形態の重要性も増してきています。例えばサービス貿易とは、サービスという目に見えないものがフワフワと国境を越えていくのではなく、地理的な位置はどうであれ、居住する国の異なる経済主体間のサービスの売買です。ここでは移動性がモノの場合と違う形でとらえられることになります。また直接投資の本質は、企業の活動が国境をまたいで展開されるところにあり、ここでも国境をはさんで動きうるものとそうでないものが問題となってきます。

生産技術の国際間の移動性も、モデル設定の際の重要なポイントとなります。第2章のリカード・モデルにおいては、技術は国際間で異なると仮定されますが、これは技術を国際間で自由に移動できないものとしていると解釈することもできます。それに対し第3章のヘクシャー=オリーン・モデルでは、生産技術は国際間で共通と設定されています。これは技術がどこへでもコストなしで動きうるとの設定がなされていると考えることもできます。

その他、規模の経済性や政府の政策も、国境をめぐる移動性にかかわってきます。第6章でお話しする「新」国際貿易理論では、規模の経済性がどのような範囲で生まれるのかが重要な問題となります。また、大半の政府施策の適用範囲は、国境内あるいは国境線上に限られています。それに対し、第14章で見るように企業活動は近年急速に国境をまたがるものとなってきており、政府施策との境界の食い違いがこれからの国際貿易論の重要な課題となってくることが予想されます。第15章で取り上げる地域統合や多角主義の動きは、複数の国に横断的に適用される政策ルールの構築の動きとも解釈できます。

実態面で国境の概念が次第に希薄となっていく中、国際経済学の守備範囲は次第に狭まってきているのではないかという人もいます。しかし逆に、国境を越えて動くものと動かないものが変化していく時代であるからこそ、国際経済学の出番は増えるかもしれません。また、理論の適用範囲を国境線をめぐる議論に限定する必要はないわけで、空間的(spatial)な要素をモデルに入れようとする時にはいつも応用可能性が存在するとも考えられます。

・国際貿易論と国際金融論
国際経済学は伝統的には、国際貿易論と国際金融論(近年は国際マクロ経済学とも呼ばれる)に分けられてきました。この2つの分野の境界線は必ずしも明確でない部分もありますが、ベースとなる理論モデルの出自は明らかに異なっています。国際貿易論では、国際貿易パターンがいかに決定されるかを説明する理論の構築と、貿易・産業政策の経済効果の分析がなされます。ベースとなる理論はミクロ経済学であり、通常は貨幣の存在しない実物経済を分析対象とします。貿易パターンを議論するためには複数の財をモデルに入れざるをえず、モデルの複雑化を避けるために静学的枠組みにとどまるものが主流となります。また、ミクロの均衡に注目するという意味で、財・生産要素市場における需給が均衡した後の超長期均衡の分析が前面に出てきます。

一方国際金融論では、国際収支、為替レートの決定、開放経済下のマクロ経済学、途上国の債務累積問題、マクロ政策の国際協調などが主要なトピックとなります。ベースとなっているのはマクロ経済学です。多くの場合貨幣を含めたモデルを分析のベースとし、動学的モデルへの拡張もしばしば行われます。単純化のため、多くの場合、1時点では(貨幣あるいはアセットを除き)1財のみ存在するという設定がなされます。マクロ経済学がベースであることから、短期の均衡に対する関心が強いという傾向もあります。本元のマクロ経済理論の方はますますミクロ的基礎(microfoundation)を重視するようになってきたのに対し、国際金融論の方にはむしろ昔風のケインジアンの考え方が色濃く残っています。

経済理論全体でミクロ的基礎に基づくパラダイムの共通化が進む中、国際貿易論と国際金融論の間の境界は次第に不明確になりつつあります。また実態面でも、両方の分野にまたがる経済問題の重要性が増してきています。本書は国際貿易論を中心とするものですが、このような両方にまたがる新しい分野もできるだけカバーしていきます。第13章では国際収支、第14章では直接投資に伴う諸問題を取り上げますが、これらの分析には両分野からのインプットが不可欠です。また、為替変動の内外価格差や産業構造変化に与える影響の問題などは、従来は両分野の中間に埋没してしまってどちらでも十分に扱われてこなかったわけですが、第16章、第17章でまとめて議論します。さらに貿易と経済成長の関係についても、過去10年の経済成長理論の発展を踏まえて第11章、第12章で解説します。

2.本書の構成
国際貿易論は、貿易パターンの決定を議論するpositiveな部分と、貿易・産業政策の経済効果を分析するnormativeな部分に分けられます。”positive”、“normative”という言葉はそれぞれ「実証的」、「規範的」と訳されますが、あまりわかりやすい訳語ではないかもしれません。”positive”の方は経済メカニズムを解明しようとするもの、“normative”の方は厚生水準や政策効果を分析するもの、と理解しておけばよいでしょう。前者は国際分業論、後者は貿易政策論と呼ばれることもあります。

私の限られた教職経験に照らしてみると、学部の国際経済学や国際貿易論の講義では、前者だけで大半の時間を費やしてしまい、実際の経済問題に関心を持つ学生諸君が知りたい後者についてはゆっくり議論できぬまま終わってしまうことも多いようです。国際分業論のところがある程度理解できていないと、その応用という側面の強い貿易政策論を語れないという事情ももちろんあります。しかし、貿易論を応用経済学の一分野としてとらえ、政策論議の役に立つものとして学ぼうとするならば、後者にかなりの時間をさくべきだと私は思います。したがって、既存の教科書よりも貿易政策論の部分がやや大きくなるように、次のように目次立てをしました。

第1部 国際貿易パターン決定の理論
第1章 国際貿易モデルの構造
第2章 リカード・モデル
第3章 へクシャー=オリーン・モデル
第4章 特殊要素モデル
第5章 国際間生産要素移動
第6章 「新」国際貿易理論

第2部 国際貿易の厚生効果と貿易政策
第7章 完全競争下の貿易政策の厚生効果
第8章 市場の歪み理論
第9章 規模の経済性・不完全競争と戦略的貿易政策
第10章 貿易政策と政治経済学

第3部 国際貿易と経済成長
第11章 経済成長が貿易に与える影響
第12章 貿易が経済成長に与える影響

第4部 経済活動の国際化と国際経済
第13章 国際収支統計とサービス貿易
第14章 海外直接投資と企業活動の国際化
第15章 地域経済統合と新しい国際経済体制

第5部 為替変動と国際貿易
第16章 為替レートと貿易
第17章 為替変動のミクロ的帰結

第1部と第2部がそれぞれ、positiveな議論とnormativeな議論の核の部分に当たります。第1部はごくオーソドックスな構成ですが、省略されることも多い特殊要素モデルについても1章を当てて理論に幅を持たせることにしました。第2部では、分析のベンチマークとなる歪みのない経済を明確に示して、政策論を行う上での道筋を意識してもらうように心がけたつもりです。また、貿易政策をめぐる政治経済学についても、最近の研究の進展を紹介しました。第3部はどちらかといえばpositiveな議論が中心となっていますが、経済成長の貿易に対する影響という伝統的なアプローチだけでなく、近年の新経済成長理論の成果を意識して、貿易が経済成長に与える影響についても断片的に触れておきました。第4部の経済活動の国際化にかかわる分野は将来normativeな議論へと発展していくことが望まれるものですが、現実の変化があまりに速いために、現状の数量的把握も遅れ、経済学の分析枠組みも十分な発達を見せていません。ここでの記述はすぐに改訂を必要とする可能性もありますが、政策論の緊急性を考えてあえて3章を当てて解説しています。第5部は従来、重要でありながら国際貿易論と国際金融論の隙間に沈んでしまっていた部分であり、これまでの国際貿易論の教科書ではほとんど記述のないものですが、あえて取り上げました。

3.本書の使い方
本書は、ミクロ、マクロの入門コースを終えて初めて国際経済学を学ぼうという学生から大学院初級までの幅広い読者を想定していますので、目的に応じて自ずから読み方も変わってくるだろうと思います。内容的にはかなり高度で、しかも近年の研究成果を踏まえたものとなっていますので、相当challengingと感じられる向きもあるでしょう。しかし、中途半端にやさしく書こうとするより、きちんと理解すれば全部わかるようにした方が、むしろ読者の役に立つのではないかと考え、このような本ができあがったわけです。

学部の授業で教科書として使用していただく場合、通年週1回もしくは半期週2回のクラスですべての章を取り上げるのはかなり難しいでしょう。したがって、第1部の国際分業論に重きを置くか、第2部の貿易政策論を中心に取り上げるか、もしくは第4部や第5部の新しいトピックを主たる対象とするかを、最初から決めておく必要があるかもしれません。いずれの方式に従っても使っていただけるように書いたつもりです。各章の冒頭に「この章のポイント」と題する要約をつけておきましたので、とりあえずその章をスキップするという場合などには、それによって全体の流れをつかんでいただければと思います。

ゼミや勉強会でお使いいただく場合には、第1章から第11章、第16章の章末につけた練習問題にぜひ挑戦してください。経済学という道具は、手を動かして学ばなければ、実際に使えるようになりません。これらの練習問題が解けるようになれば、その章の内容はほぼマスターしたと考えてもいいでしょう。とりわけ第2章から第4章、それに第7章は苦労されるかもしれませんが、大変重要です。また、教科書を複数並べて同じトピックのページを開いてみて、違った角度からの説明を対照しながら勉強するのも、遠回りのようで実は効率的な学習方法です。

本書は、卒業論文や修士論文のトピック探しのためにもぜひ使っていただきたいと思います。本文中および注には、かなり上級向けのものも含め、参考文献を数多く挙げておきました。もちろん、これら全部に目を通せ、などとすべての読者に要求しているわけではありません。しかし、現代の研究者がどのような問題に関心を抱いているのか、また実際の経済問題との関係で何が課題になっているのかを肌で感じるには、これらの文献をsurfするのが一番です。英語の文献が大半となっていますが、残念ながらほとんどの重要論文は英語で書かれているというのがこの分野の現状なのです。これを機会に、ぜひ英語アレルギーを打ち破ってください。それらの中に、論文のテーマなどは山ほど転がっています。また、第12章から第15章、第17章の章末の研究課題も、そのまま論文の種となりうるものです。

本書は理論の解説を主眼としていますので、読者が自分で実証研究を試みたいと考えるのであれば、本書の「姉妹編」も参照してください。『実証国際経済入門』(日本評論社、1995年、共著)には、さまざまな実証研究の実例を示しておきました。『テキストブック経済統計』(東洋経済新報社、2000年、共著)の第8章「国際経済関係」では、各種統計データの解説をしました。また、論文をまとめる際には、『経済論文の作法』(日本評論社、1998年増補版、共著)も役に立つはずです。

木村 福成 (著)
出版社 : 日本評論社 (2000/5/1)、出典:出版社HP