サブスク変革 チェンジリーダーとチェンジモンスターの戦い

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アドビ変革の経緯を描く

本書は、アドビでのサブスクリプションを用いた変革の苦難を解説している本です。組織の変革がテーマになっており、変革を阻むチェンジモンスターとの向き合い方が詳しく解説されています。アドビの変革は成功例として単純に捉えられがちですが、その背景には、どの組織も抱えている課題が根強くあったことがわかります。

小沢 匠 (著)
出版社 : 日経BP (2020/4/9)、出典:出版社HP

目次

プロローグ 戦いの始まり
「やってみない?」のひと言で始まった
「なぜチェンジしなくてはならないのか?」を突き詰める
「変革を阻害するのはチェンジモンスターの存在である」
解説 「チェンジモンスターの正体」
チェンジモンスターは人ではない
満足要因と不満足要因は同じではない
チェンジモンスターが卵からかえらないようにする

第1章 最初の壁
変革対象メンバーに抱いた違和感
14人のメンバーと1オン1をセット
1オン1にあたって自分に課した7つのルール
前向きな発言を聞けて楽観的になる
冷え切ったチームミーティング
解説 「フォロワーシップ」
チームを率いる「リーダー」、リーダーに従う「フォロワー」
リーダーシップがあってもチームは機能しない
チェンジマネジメントでは「フォロワーシップ」が重要
フォロワーが身に付けるべき3つのスキル
フォロワーの5タイプ

第2章 経営プレゼンを100日プランで乗り切る
経営陣へのプレゼンは「8月25日」と決まる
参考になる文献を見つける
PMI 100Days(100日プラン)と出合う
上位概念の統合より、最下層レイヤーの統合が難関
「物ごとを変えるのは、人が生み出す価値である」
100日プランで経営陣のモンスター化を防ぐ
100日プランで作成した資料
100日プラン⇨ 1. プリンシプル
100日プラン⇨ 2. 100日ロードマップ
100日プラン⇨ 3-1. 100日間で決着すべきイニシアチブ
100日プラン⇨ 3-2. コミュニケーションプラン
100日プラン⇨ 3-3. Decision Making Process/Criteria
100日プラン⇨ 4-1. チェックイン 4-2. マンスリーレビュー
100日プラン⇨ 5. マイグレーションチーム
経営プレゼン——乗り切る
解説 「100日プランの効用」
100日プランの効用は「見える化」
100日プランの中で重視したこと
「WHAT」(何を)、「WHO」(誰が)、「WHEN」(いつまでに)
経営陣・マネジメント陣・メンバーなど、隅々に広げる

第3章 キックオフミーティング、「チェンジモンスター」出現
メンバーに初めて伝える
キックオフで使ったプレゼンテーション資料
過去の経緯を振り返り、非礼をわびる
会議中に膨らみ始めた「違和感」
アカウントマネジメント部のマネジャーとの1オン1
マネジャーの危機感は不安感、そして不信感に
部内で連鎖的にチェンジモンスター誕生
上司の言葉に見えた「別のモンスターの卵」
上司の考えは今なら理解できる
解説 「バリュープロポジションの阻害」

第4章 カスタマーサクセスへの「4つのサービス指針」
サブスクリプションとカスタマーサクセス
「4つのサービス指針」を示す
(1) Solution Roadmap Management
(2) ROI Management
(3) Maturity Management
(4) Stakeholder Management
サービス指針示すも、メンバーは変わらず
次のマネジャー候補を4つの指針のオーナーに指名
解説 「サブスクリプションモデル」

第5章 最大のピンチ、ついに四面楚歌
メンバーが次々辞めていく
「このままだと全員辞めてしまうよ。どうする?」
私がモンスター?
採用見直しで現状打破狙う
マネジャー候補の頑張りでようやく好転
私もメンバーも「違い」を実感

第6章 行動と意識を変えた「KBOワークショップ」
納得感を得るためのワークショップ
ジブンゴト化するのに最適
投資を通す際のお客様視点のKBOツリー
カスタマーサクセスのKBOツリー
KBOの要素ごとのアクション、手法、ツール、頻度

第7章 「お客様の声」がカスタマーサクセスの会社に変えた
周りの部門を変える
「お客様の声」は企業の経営アジェンダにひも付く
社内の誰も持っていない情報を武器に
お客様にとっての「トラステッドアドバイザー」
アカウント会議の仕切り役を変えた意図
社長へのレポートでカスタマーサクセスへの信頼を得る
「私はお客様の声を誰よりも持っている」
解説 「『お客様の声』の指標と正しく導くメソドロジー」
「お客様の声」を正しく導くメソドロジー
「ペインチェーン」を使ってお客様の声を聞く
お客様から「聞きづらい情報」を聞き出すには
なぜ他部門のペインチェーンを知らなくてはならないのか?
インフルエンスマップ
「誰に話を聞き、誰に情報を伝えるか」がわかる

第8章 チェンジマネジメントの振り返り 危険な「バイアス」
人の意思決定をゆがませてしまう「バイアス」
数字バイアスと近親バイアス
「近親バイアス」に支配されたチェンジマネジメント
時間の経過とともに美化されがちな「成功体験」
「バイアス」を知ることで意思決定が変わる

第9章 プレッシャーとの戦いで生きた「マインドフルネス」と「コーピング」
チェンジマネジメント時の強烈なプレッシャー
マインドフルネス「自分のインナーメンタルに問う」
「大事な仲間に失望されたくない。正直、それが一番怖い」
マインドフルネス、私のやり方
ストレスカード
コーピングでストレスを消す
心落ち着けるもの/心躍るものを書き出す

第10章 新たな挑戦「Discipline」
営業部門のチェンジマネジメントを引き受ける
対象部門に欠けていた「Discipline」
自律的に続けることができる状態に持っていく
「結果を出すか自律するか」をメンバーに問い続ける
承認と達成を繰り返す
やるべきことをやり続け、成果を出し、協力者に感謝する
Disciplineがチェンジマネジメント成功の最大要因

エピローグ

小沢 匠 (著)
出版社 : 日経BP (2020/4/9)、出典:出版社HP

プロローグ
戦いの始まり

「やってみない?」のひと言で始まった

当社(アドビ)には「1オン1」と呼ぶ、上司と1対1の面談が隔週であります。その場で、当時の上司である常務から次の言葉を聞いたのが始まりでした。

「あの部門を変えたいと思ってるんだけど、やってみない?」

「あの部門」とは、当時「アカウントマネジメント部」と呼ばれ、当社のデジタルマーケティングのソフトウエアを扱う部門の1つでした。当社では、日本はもちろん全世界で、すべてのソフトウエア製品をパッケージ販売からサブスクリプションモデルに移行していました。その中でも特にデジタルマーケティングに関するソフトウエア製品はパッケージ販売のような売り切りモデルではなく、サブスクリプションモデルによってお客様との一定期間のライセンス契約をしていました。サブスクリプションモデルではお客様と複数年の契約を結ぶ場合もありますが、たいていは1年間の契約です。アカウントマネジメント部の目的は、お客様とのサブスクリプションモデル契約を更新してもらうことでした。そのために、製品に対する問い合わせや、製品の障害やバグがあった際の顧客とのやり取りを一手に担っており、当社にとって重要なポジションでした。

「アカウントマネジメント部」は私の上司配下の部署ですが、私は当時「アカウントマネジメント部」ではなく、「コンサルティング本部」という別の部署の本部長でした。

上司の「やってみない?」の問いかけに、私は「やります」と即答しました。

振り返るとこれが、組織変革の始まりであり、「チェンジリーダー」になった瞬間でした。

「なぜチェンジしなくてはならないのか?」を突き詰める

1オン1で即答した後、私が最初に着手したことは「そもそも、なぜ組織変革をしなくてはならないのか?」を自分の中できちんと理解し整理することでした。

ここからは当社の事業に関することですが、しばしお付き合いください。私は組織を変革する理由を3つ見いだしました。

1つめは当社のソフトウエア製品が直面していた変化でした。これまでの提供形態は、パッケージ販売という名で、電気量販店などに陳列された「箱」に入ったソフトウエアを販売する「売り切り&使い切りモデル」でした。それをすべて、クラウド上にあるソフトウエアをユーザーがダウンロードすることによって簡単に提供できるようにし、月額課金制や使用度合いによって課金する「サブスクリプションモデル」に全社的に変わろうとしていました。特に変革の対象となったデジタルマーケティング製品群は大半をクラウドベースで提供し、サブスクリプションモデルが主力ビジネスとなりつつありました。

このモデルの変化によって、「既存顧客に継続的に製品を使い続けてもらうこと」の重要度は一段と高まりました。当社のビジネス成長に関わる戦略が一変したと言えます。

当社は米国に本社があり、世界中に拠点があります。日本以外にもかつて「アカウントマネジメント部」はありましたが、現在はすべて「カスタマーサクセス部」に名称を変更しています。当時、日本だけが遅れた状況だったのです。カスタマーサクセス部は、サブスクリプションモデルの中核を担う部門です。

2つめは競合の台頭でした。当社は、買収した「SiteCatalyst(サイトカタリスト、現・Adobe Analytics)」というソフトウエアを中心に、デジタルマーケティングの統合ソリューションのラインアップを充実させています。この分野は成長していましたが、ライバルとの競争が厳しくなっていたのです。

ライバルに勝ち続けるには、積極的に顧客との関係性を深め、顧客の声を聞き、その声と期待を超えるサポートをしていく必要がありました。それが「カスタマーサクセス」であり、今回の組織変革の対象となった新部署の名称にもなっています。

3つめは、お客様との関わり方の変革です。「既存のお客様に継続的に使い続けてもらうためのカスタマーサクセス」の基本原則は、「お客様の課題を積極的に見つけて解決していく」というプロアクティブな関わり方です。「お客様から何かお問い合わせがあったら応える」というリアクティブな関わり方ではいけません。

この変革のためには、アカウントマネジメント部の役割と業務を変える必要がありました。米国や欧州地域、アジアパシフィック地域では続々とアカウントマネジメント部をカスタマーサクセス部へと名称変更すると共に、サービスレベルを変更したのです。何よりもお客様への関わり方が、今までのサポートから「お客様の成功=ソリューション導入による投資対効果(ROI)を創り出す部門になること」に変わったことが大きな理由でした。

「変革を阻害するのはチェンジモンスターの存在である」

私が自分の中で理由付けが整理できた時点では、実際のところ何一つ事態は変わっていません。しかし理由付けをしたことで、「なぜ組織変革をするのか」の問いに対して、誰もが理解できる言葉を得たのです。これが、組織変革の原動力となりました。

変革に関係するすべての人に、変革の必要性を理解してもらわねばなりません。これこそが最初に取り組むべきことです。「自分の言葉で話せるようになること」は、変革を起こす上で不可欠であり、関係者からの協力や賛同を得ることにつながっていくのです。

当然ながら、「なぜ」を伝えるだけでは関係者全員の協力を得ることはできません。「変革する」ということは、それまでの価値観ややり方を否定する面があり、変革しようとしても、それを阻害する要因が多く現れます。

その代表が「チェンジモンスター」です。マサチューセッツ工科大学の元教授であるマイケル・ハマー氏は次のように述べています。

「新しい変革を取り入れるようになったときに反対する人の気持ちは様々です。『今の体制に慣れているから壊したくない』『失敗するのが怖い』『失敗したときの後処理が面倒くさい』などと考えている人を、1人ひとり説得するのは非常に難しいものです」

変革に失敗する組織の敗因の多くは、変革そのものの内容ではなく、変革に反対する人の心情にあるというのです。

ボストンコンサルティンググループに属していたJeanie Duck氏は自らの著書『The Change Monster – THE HUMAN FORCES THAT FUEL OR FOIL CORPORATE TRANSFORMATION AND CHANGE』の一節で、

「変革を阻害するのはチェンジモンスターの存在である」

と述べています。その日本語訳から以下に引用します。

チェンジモンスターとは、人間的・感情的なものから生まれる変革に対する「阻害要因」を指す。人間関係のもつれ、慣れ親しんだ伝統を捨てることへの恐れといったものだ。通常、これらは変革過程で最も軽視されているものだが、様々に姿を変えて出現し、変革を妨害し、ときには挫折に追い込む。いわば、変革をかきまわす「怪物」である。
(『チェンジモンスター―なぜ改革は挫折してしまうのか?』東洋経済新報社、ジーニーダック著、ボストンコンサルティンググループ訳)

「カスタマーサクセス」の導入に向けた組織変革の生々しい活動を本書に書いています。振り返ってみると、組織変革の具体的な活動(=チェンジマネジメント)のすべては、「チェンジモンスター」との戦いでした。本書では、チェンジリーダーがいかにしてチェンジモンスターと戦ったのか、その記録であると同時に、読者自身が組織変革を担う際に役立つように、その方法論を整理したものです。

小沢 匠 (著)
出版社 : 日経BP (2020/4/9)、出典:出版社HP

解説
「チェンジモンスターの正体」

本編では「チェンジマネジメントはチェンジモンスターとの戦いだった」と書いています。では、「チェンジモンスター」とは何でしょうか。

・チェンジモンスターは人ではない

チェンジモンスターについて誤解を招かないように、きちんと伝えておきたいことがあります。それは、「チェンジモンスターは人ではない」ということです。チェンジマネジメントに向き合った経験のある方なら実感していることでしょう。

チェンジモンスターとは、「人々の志向/思考のギャップや防衛本能から生まれる発言と行動」です。「心の衛生」が侵される危機感から生まれる発言や行動とも言え、それは、人であればとても自然なことです。人を指さして「あのひとはチェンジモンスターだ」と言ったり、「あの人ってチェンジモンスターかもしれない」と思ったりするのは誤りです。誤りであるだけでなく、その指さしている人の発言や思考自体が、チェンジモンスターの卵になり得るのです。

・満足要因と不満足要因は同じではない

なぜ「人間であればとても自然なこと」と言えるのでしょうか。その点について、米国の臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが「動機付け・衛生理論」で説いています(図表0-1)。

ハーズバーグは、ピッツバーグ心理学研究所で働く約200人のエンジニアと経理担当事務員に聞き取り調査を実施しました。「仕事をしているとき、どういうことによって幸せな気持ちや満足に感じることがあったか」「どういうことで残念な気持ちや不満を感じることがあった」と質問したのです。その答えから、私たちの仕事において「満足」を引き出す要因(=「動機付け要因」)と、「不満足」を引き起こす要因(=「衛生要因」)は、別ものだとわかったのです。

仕事上の満足は、「達成感を得ること」や「承認されること」、また、仕事そのものへのやりがいや責任を持つことを実感して「昇進」した時に強く感じることが多いとわかりました。興味深いのは、たとえこれらが欠けていたとしても、仕事上で不満足にはならないということです。

一方、仕事上の不満足は、「会社の方針とマネジメント」や「上司自身そのもの」「上司との関係」が原因であることがわかりました。具体的には、中期経営計画などの戦略とその管理方法、上司の振る舞い/発言/行動/服装/歩き方、などです。その他、「労働環境・条件」「給与・昇給」などが満たされないことも不満足の要因でした。「仕事上の満足」と同様に、これらが満たされたからといっても、満足感が得られるわけではありません。

私自身も実感していますが、自分が達成感を得られたり自分自身を承認されたりすることは、心地の良いものであり高い満足度につながります。一方で、会社が進もうとしている方向性や方針、そして上司を含む上位マネジメントの人間性、思考、発言、行動、打ち出す方針や判断のすべてにおいて、「共感できない」と不満足感を抱きます。

・チェンジモンスターが卵からかえらないようにする

ここで「不満足」の中身を見ると、それは会社や上位マネジメントへの「反発」であることがわかります。この反発は一概に悪いわけではありません。例えば、「お客様と日々向かい合う現場の方が正しく、マネジメントが上位になるほどお客様の声から遠ざかってしまい、現場の声とお客様の声をきちんと理解しないまま間違った意思決定をしてしまう」といった事象は、多くの企業で実際に起こっているはずです。

ハーズバーグの「動機付け・衛生理論」と、この「上位マネジメントは基本的に間違っている」という事実を理解していると、マネジメントの方針を柔軟に変えることで、チェンジモンスターが卵からかえることを極力抑えられます。

正直なところ、私は最近になってようやくこの考えに至りました。本書で紹介しているチェンジリーダーを担っていた当時30代半ばの私は、ハーズバーグの理論を聞いたことはありましたが、まだうまく使いこなせていませんでした。

小沢 匠 (著)
出版社 : 日経BP (2020/4/9)、出典:出版社HP