人に話したくなる世界史 (文春新書)

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事実を生き生きと語らせる

本書は、人に聞かせておもしろい歴史を伝えることを目指して書かれた、歴史の解説本です。歴史は面白くないという認識は、かなり広がっているとされています。この課題を克服するために、本書では、ストーリー性を持たせたり、叙述的な方法で、世界史におけるいくつかのポイントを解説しています。

玉木 俊明 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2018/5/18)、出典:出版社HP

はじめに

「いいか、歴史っていうのはな、居酒屋で人に聴かせて、ああなるほどって思わせるような話をしないといけないんだ」と、文春新書の編集長が言った言葉がきっかけとなって、本書の執筆ははじまりました。
本書の担当者である前島篤志さんが是非そのような本を書いて欲しいと、私にメールを送ってくれたのです。二〇一七年の一〇月のことでした。

これは正直言って、大変な難題だと感じました。しかしその一方で、もし私がそのような本を書くことができたらとても幸せだと感じ、その申し出を引き受けることにしたのです。
歴史のストーリーは、本来、とても面白いものであるはずです。それを面白くなくしているのは、むしろ歴史家の責任です。歴史家は、歴史的事実に忠実であろうとします。できるだけ正確な歴史を書かなければならないと思っています。それが、歴史学者として認められる最良の道だからです。

歴史家にとって、事実の探究=ファクトファインディングが、もっとも重要な仕事であることはいうまでもありません。それはいいのですが、専門の歴史家は、ストーリー性を犠牲にすることをあまり気にしていません。どうすれば説得力があり、しかも面白い歴史が書けるかということを、ほとんどの歴史家は考えません。歴史をつまらなくしている原因の一端には、専門の歴史家のそのような態度があると思われます。
本来の歴史家は、歴史的な事実に解釈を加えます。それにより、事実に生命を与えるのです。事実を、生き生きと語らせるのが叙述なのです。私たち歴史家は、それを歴史叙述と呼びます。面白い歴史とは、すぐれた歴史叙述によって彩られた歴史のことなのです。
私はそのようなことを意識しながら、本書を執筆しました。

本書は、全部で一三章から成り立っています。古代から現代まで、アレクサンドロス大王の時代から一帯一路まで、さまざまな時代が取り扱われています。ヴァイキングに対する叙述は、おそらく読者の予想とは大きく違うものではないかと期待しています。保険に関する章では、われわれが日常的にかけている保険が、どのようにして発展してきたのかがわかるものと思います。イギリスが大きな借金をかかえていたことを書いた章では、現代の日本との類似点もみえてくるでしょう。
「すべての歴史は現代史である」といったのは、イタリア人のクローチェという歴史家でした。私たちが手にいれられる史料は、じつは大昔から変わっていないことも多いのです。したがって単に史料を収集するだけでは、歴史学者が手に入れられる新史料はなくなってしまい、たちまちのうちに歴史家は失業してしまいます。

歴史家が失業しなくてすむのは、史料に対して新しい解釈を加えるからです。時代が変われば、新しい視点からの解釈が可能になります。それがクローチェのいう、「すべての歴史は現代史である」という言葉の意味なのです。逆にいうなら、歴史学とは不完全な学問であり、たえず新しい問いを出し、その問いにどう答えるのかを考えなければならない学問なのです。歴史家は、それを生業とする人々だといえるでしょう。

現在の歴史学では、国家の歴史ではなく、人々のネットワークや情報を重視する傾向にあります。いわば、ハードウェアではなくソフトウェアを重視する傾向があるのです。本書は、そのような歴史学研究の成果をできるだけ利用し、これまでとは異なる歴史像を読者に提供しようという試みです。

それが成功しているかどうかは、もちろん私ではなく一人一人の読者が判断することです。どのような書物も、著者の手を離れたなら、独自の生命をもつようになり、その成果の判断は、読者の手にゆだねられます。本書も例外ではありません。
ある面、書物は著者にとって子どものようなものですが、明らかに異なるのは、一度親の手を離れたなら、完全に一人立ちしてしまい、親のことは忘れ、読者のものになってしまうことでしょう。著者は、子どもである書物の将来のすべてを、他人である読者に任せることになります。そして著者は、そのことをよく認識しなければなりません。
冒頭に書きましたように、本書は、「人に聴かせて面白い歴史」を目指して書かれました。読者のみなさんには、是非、本書の内容を身近な人に伝えていただきたいと思っています。

本書執筆の機会を与えてくださった文春新書の編集長、さらに、本書の編集担当である前島さんに心から感謝します。とくに前島さんは、本書を「人に聴かせて面白いもの」にするために、実に熱心に働いてくれました。本書が面白い読み物になったとすれば、前島さんのおかげです。
ただひとつ不安な点があるとすれば、私は酒を飲まないので、居酒屋には行かないことです。ですので、居酒屋で蘊蓄を傾けるのがどういうことなのか、想像するしかなかったのです。

二〇一八年三月大阪のインターネットカフェにて
玉木俊明

玉木 俊明 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2018/5/18)、出典:出版社HP

目次

はじめに

1 アレクサンドロス大王はなぜインダス川を越えられなかったのか
「バルバロイ」だったマケドニア
ペルシア遠征は父子二代の悲願
メソポタミアーインダス間で交易が
ファラオのマスクにラピスラズリは輝く
「鉄」のアッシリアがオリエントを統一した
アケメネス朝ペルシアの「王の道」
アレクサンドロスの遺したもの

2 ヴァイキングはイスラーム商人と商売していた
掠奪か交易か?
ヨーロッパの覇者となった可能性は?
「地中海中心史観」を覆す
交易の中心はアッバース朝だった
ハンザ同盟はヴァイキングの継承者

3 大航海時代のはじまりはアフリカの黄金目当て?
「大航海時代」は日本独自の用語
サハラ砂漠とハンニバルの象軍団
マリ帝国の黄金伝説
船酔いで船に乗れなかったエンリケ航海王子
イスラーム商人に先導されたヴァスコ・ダ・ガマ
仮説:「西アフリカから新大陸へ」
大航海時代最大の成果は?

4 織田信長「天下取り」を支えたアジア交易圏
戦国時代を世界史のなかに置いてみると
ムスリム商人が席巻したアジアの海
「死の商人」としてのイエズス会
信長はイエズス会を切り捨てた?

5 グーテンベルクのもうひとつの「革命」
グーテンベルク革命とは
経済成長したのはプロテスタントだけだったか?
一五世紀の情報革命
商人たちが「国語」をつくった
「マニュアル革命」の果たした役割
ヨーロッパの商慣行がグローバル・スタンダードに

6 本当はしぶとかったポルトガルとスペイン
いまでは「EUのお荷物」だけど
世界を二分した条約商人の帝国ポルトガル
フェリペ二世の時代
太平洋貿易の開拓者
世界商品としてのアヘンと奴隷

7 大数学者フェルマーが保険の基礎をつくった
確率論と現代社会
歴史を変えた手紙
古代の保険、中世の保険
ハンザ同盟の合理的なリスク・ヘッジ
「近代的企業」の誕生
ハレー彗星と生命保険
コーヒー・ハウスから世界一の保険組織へ

8 大英帝国は借金上手?
国の借金は「少ないほどいい」のか?
戦争と財政難に苦しんだヨーロッパ
消費税のイギリス、土地税のフランス
明暗を分けたバブル事件
勝利の秘密は戦費調達力

9 綿が語る「アジアのヨーロッパ」の大逆転
歴史を変えた商品
進んだインドの綿市場
ヨーロッパが欲しがったキャラコ
なかなかインドに勝てなかった
世界を股にかけた生産システム

10 「中立」がアメリカを大国にした
「戦争」と「貿易」が両立した不思議
中立都市ハンブルクの栄光
ナポレオン戦争下の商人たち
「中立国」としてのアメリカ合衆国
モンロー主義を貿易から見ると
戦争で儲ける「中立国」

11 蒸気船の世界史――マルコはなぜブエノスアイレスへ?
「わしたち移民がついてるぞ!」
帆船から蒸気船への大転換
巨大化する港
蒸気船が世界を一つにした
縮まりゆく世界
「非公式帝国」に組み込まれたラテンアメリカ

12 手数料を制する者、世界を制す
「ヘゲモニー国家」の決め手とは?
それほど儲からなかった産業革命
人よりもモノよりも速く
なぜ手数料ビジネスは儲かるのか
世界史のなかの電信網

13 中国がヘゲモニー国家になれない理由
ヘゲモニー国家アメリカの後退
一帯一路と鄭和の大遠征
中国がやるべきことは他にある
「自国ファースト」の限界

玉木 俊明 (著)
出版社 : 文藝春秋 (2018/5/18)、出典:出版社HP