人口減少時代の都市 – 成熟型のまちづくりへ (中公新書)

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人口減少時代における都市の行方を模索する

本書は、経済の低成長や人口減少の時代を迎える中で、いかに都市を持続させるかということが著されています。大都市のみならず、地方都市の事例も列挙されており、テンポよく読み進められるだけでなく、初学者でも理解しやすい入門書となっています。

諸富 徹 (著)
出版社 : 中央公論新社 (2018/2/21) 、出典:出版社HP

まえがき

日本の都市はいま、大きな岐路に立っている。戦後数十年、都市はずっと経済成長、人口増加、地価上昇という三条件の揃った右肩上がりの状況で成長してきた。しかし今後、こうした三条件は反転し、低成長、人口減少、地価下落という新たな三条件下で、私たちは生きていかねばならない。ところが、日本のどの自治体もまだ、長期にわたって右肩下がりの条件下で都市を運営する経験を有していない。人口減少時代の都市政策/都市経営は、だれにとってもまったくの未知数だ。本書はささやかながら、それを模索する試みである。

筆者は過去数年間、人口減少に備えることの必要性を、自治体の首長や議会議員の方々に説く機会があったが、いずれも露骨に嫌な顔をされた経験がある。たしかに人口減少のなかに、明るい将来を見出すのは難しい。どちらかと言えば、経済規模の縮小、地価の下落、空き家・空きビルの増加、税収減と財政悪化など、気が滅入るような話ばかりだ。人口減少を語って住民に夢を振りまくなど、到底できない相談である。首長や議員の方々が、人口減少という話題に顔をしかめるのも無理はない。

しかし、いつまでも「見たくない現実」から目を背けたままでいいのだろうか。人口減少は、出生率の大幅な上昇や移民政策の大転換が起きない限り、確実にやってくる未来である。人口減少を見て見ぬふりしてやり過ごすことも可能だが、その分、必要な対応が遅れていき、状況を確実に悪化させることになる。

人口減少の進展とともに、郊外から徐々に都市機能が失われはじめ、ニュータウンなど新興住宅地区では、放っておくと空き家、空き団地、空きビルが虫食い状に広がっていくだろう。一定の人口密度を前提としたコンビニなどの商業機能がやがて成り立たなくなり、撤退が相次ぐ。道路沿いには延々と、撤退して廃墟となったロードサイド店舗が無残な姿をさらすことになりかねない。

都心部も例外ではない。一見、以前と変わらないようにみえる中心街区でも、老朽化したビルではテナントが撤退して空っぽになっていたり、新しいビルでも空きフロアが目立つようになったりしていくだろう。今後も大都市圏の中心街では、都市の新陳代謝が進むだろうが、地方都市では建物の更新投資もままならなくなり、老朽化したビルがそのまま放置され、都市環境が悪化する事態も想定される。

こうして都市における経済活動が低下していくと、都市財政に悪影響を及ぼす。都市からあがってくる税収が低下するからだ。しかし、都市規模がそのままであれば、社会資本をこれまで通り維持しつづけなければならない。老朽化しつつある社会資本の維持更新費用は、都市財政に大きな圧迫要因となっていく。さらに、高齢化にともなう社会福祉支出の増加が追い打ちをかける。結果として支出を賄えず、財政危機に陥る自治体が次々と出てきてもおかしくはない。

まさに悪夢である。しかし、実は人口減少は悪いことばかりではない。戦後を振り返ってみれば、むしろ都市への急速な人口集中(「過密」)こそが、日本の都市問題の主要因だったからである。高度成長にともなって都市で企業活動が盛んになり、働き口を求めて農村から大量に人々が都市に移動した。急速な人口増加に対し、住宅、保育所、小・中学校などの教育施設、上下水道、道路などの社会資本整備が追いつかなかった。道路の慢性的な渋滞、通勤通学時の公共交通機関の激しい混雑、環境汚染、ごみ問題など、都市の急速な成長にともなう諸問題が、高度成長期以降、一挙に噴出した。

都市計画はあってなきがごとしであり、都市は経済活動のための都市空間づくりが優先された。緑は伐採され、歴史的建造物はたやすく壊され、全国的に特徴のない、均質な都市空間が生み出された。しかも欧米の都市のように、都市と農村が画然と区別されず、郊外に向けて都市がだらだらと広がっていくスプロール化現象が進行した。国際的にみて日本の住宅はきわめて狭小であり、都市の緑地比率も低い。都市公園の貧弱さにみられるように、人々の居住空間を改善するための公的投資は、つねに後回しにされてきた。日本は所得水準こそ飛躍的に上昇したが、生活の質は決して同じスピードで上昇したとはいえない。

このような都市の欠陥が日本で生じたのは、戦後に、他の先進国に類をみない勢いで流入してきた大量の人口を捌き、都市経済を急速に成長させようとしたためであった。逆にいえば今後、人口減少の本格化につれて、これら欠陥を生じさせた人口増加圧力は緩むことになる。したがって今後は戦後初めて、都市における生活の質向上に向けた、空間的余裕が与えられることになる。これは、大きなチャンスと考えることはできないだろうか。

もちろん、漫然と本格的な人口減少を迎えても、前述の悪夢が現実のものとなるだけである。チャンスを生かすには、人口減少時代にふさわしい都市政策/都市経営に打って出る必要がある。それを、本書では「成熟型のまちづくり」、あるいは「成熟型都市経営」と呼ぶ。

必要なのは、人口減少時代にふさわしい都市空間の再編である。つまり、これまでスプロール化し、拡大してきた都市の前線を、いかに人口減少に合わせて撤退できるか、これが試金石となる。本書では、都市の戦略的な縮小を「縮退」と呼んでいる。縮退が必要なのは、拡大しきった都市規模をそのまま維持すれば、減少していく税収で都市を支えきれなくなるからだ。だからといって中心部への強制的な移住を進めるのは、市民の居住の自由を奪うことになり、是非とも避けねばならない。賢い撤退戦略とは、市民の自発的意思によりながら、経済活動と居住を複数の都市拠点に時間をかけて誘導し、都市の活力を維持しつづける方途に他ならない。その途上では、公共施設や社会資本も再編していくことになる。単に戦線を縮小するだけでなく、拠点への新しい投資が必要になるのは、そのためである。

人口減少は、これまでになかったチャンスを私たちにもたらしてくれる。都市における開発圧力が弱まれば、空き地・空き家を集約しつつ住宅区画を拡大し、より大きな居住空間を実現することができるだろう。また、これまでは収益を生まないとして後回しにされてきた公園や緑地帯面積を増やせば、都市の風格を高めることもできるだろう。あるいは、歴史的建築や文化施設を生かして、地域の風土に根差した特徴のあるまちづくりを、これまで以上に展開できないだろうか。

こうしたまちづくりはこれまで、収益を生まないために都市のアクセサリーとされてきたにすぎない。だが、成熟型のまちづくりでは、これらの要素こそが人々を引き付け、都市の価値を引き上げる切り札になっていく可能性がある。本書はこれらが地価を高め、固定資産税収を引き上げる効果があることを強調する。

都市空間を再編する必要が出てきたのは、まさに日本の都市が、人口増加時代と人口減少時代を分かつ分水嶺に立っていることの証でもある。人口減少時代の都市をうまく経営していくには、所有権と利用権の分離を可能にする法体系の整備、空間再編を進める事業主体や行政機構の創設、そして人口が減少し、税源が縮小していく中で、投資を実行していくための新しい財源調達手法や費用負担方法の開発を行う必要がある。これらは簡単なことではないが、本書では、戦前から戦後にかけての日本の都市経営の先駆者たちや、日本に先行して人口減少に見舞われた欧米諸国の試行錯誤の中に、できる限り多くのヒントを見出すよう試みた。もちろん現代日本でも、各地で人口減少に対応する新しい都市づくりの萌芽が現れてきている。

私たちは、人口減少を過度に恐れる必要はない。それを拱手傍観したまま迎えることが、もっとも危険な対応なのだ。むしろ、人口減少を新しい機会ととらえ、生活の質向上をもたらす都市づくりの契機として積極的に打って出ることができれば、私たちは十分、長い人口減少期を乗り切っていけるだろう。

本書が示そうと試みた、人口減少時代における持続可能な都市発展の方途が、果たして十分妥当なものといえるのか否かは、最終的には読者の判断に委ねなければならない。しかし少なくとも本書が、人口減少時代の都市のあり方、都市政策/都市経営をめぐる議論に一石を投じることになれば、筆者としては望外の喜びである。

諸富 徹 (著)
出版社 : 中央公論新社 (2018/2/21) 、出典:出版社HP

目次

まえがき

第1章 人口減少都市の将来
1 本格的な人口減少を迎える都市
2 老朽化する社会資本
3 都市財政は大丈夫か
4 「あれもこれも」から「あれかこれか」へ―人口減少時代の都市経営

第2章 「成長型」都市経営から「成熟型」都市経営へ
1 戦前期日本の都市経営
2 戦後日本の都市問題と革新自治体による都市経営
3 「成熟型都市経営」へ向けて

第3章 「成熟型都市経営」への戦略
1 都市はこれから何をすべきか――「成熟型都市経営」へ
2 人口減少を前提とした都市構造へ
3 縮退都市時代に求められる「所有と利用の分離」
4 都市の自然資本への投資を
5 縮退都市化と福祉のまちづくり
6 地域経済循環と成熟型都市経営
7 グローバル化とシティ・リージョン/自治体間連携

第4章 持続可能な都市へ
1 「持続可能な都市」の政策原理
2 都市自治体の自立/自律へ

あとがき
参考文献

図版作製/ケー・アイ・プランニング

諸富 徹 (著)
出版社 : 中央公論新社 (2018/2/21) 、出典:出版社HP