まちづくり構造改革II―あらたな展開と実践―

【最新 – まちづくりについて学ぶためのおすすめ本 – 概念の理解から実践方法まで】も確認する

産業振興と人口維持を繋ぐ地域経済循環の構築を考える

本書は、都市計画と都市経済の融合によるまちづくりについて解説されています。経済波及効果の分析から踏み込んで、地域経済の構造を分析する必要性と手法を学ぶことができる一冊となっています。また、具体的なデータや資料が盛り込まれており、非常に読みやすい内容になっています。

中村 良平 (著)
出版社 : 日本加除出版 (2019/2/21) 、出典:出版社HP

はじめに

「地方創生」という言葉がアベノミクス地方版(ローカル・アベノミクス)で使われて四年が過ぎ、地方創生も第一期総合戦略の総仕上げに向かう時となってきました。当初ほど、新聞などでその言葉を見る機会が少なくなってきましたが、それは地方創生が浸透してきたと考えるのか、その成果も含めて少々色あせてきたと考えるのか、それともマンネリと諦めの境地なのか、立場と経験によってそれぞれ分かれるところでしょう。

でも、地方創生の中心的な課題、つまり「人口問題」が重要な位置を占めていることに変わりはありません。それは、「まちの人口減少」と「国内人口の過度な偏在」です。そして、今後、消滅すると予想される自治体が圧倒的に地方に多いからです。もちろん、これまでの人口トレンドを延長すれば、二〇年後、三〇年後には、常住人口が今の半分以下に減ってしまうことも予想できます。さらに、小さな町村であれば、場合によればほとんどゼロになってしまうかもしれないことも想像に難しくないでしょう。しかし、それは信じたくない、何とかしたい、何とかなるだろうというのが、そういった消滅予言をされた自治体の気持ちではないでしょうか。

一言に「地方」といっても、厳密には政治経済の中心である東京(あるいは首都圏)以外は、すべて「地方」ということになります。もちろん、大阪も名古屋も地方であることに変わりはありません*1。ですから地方だからといっても田舎とは限りません。「地方創生」で主たる対象となっているのは、そういった「地方」の大都市ではなく、正に人口減少に直面している中小の地方都市や中山間地に位置する市町村なのです。

住む人がいなくなって直接困るのは、役場という地方自台体の組織であり、そこに収入源を依存する個人や団体です。いくつかの自治体が合併して何十年か経過すると、合併した旧自治体の居住者が減っているのですが、表面に現れないことがしばしばあります。例えば、現在は合併して岐阜県高山市の一部となっている岐阜県大野郡にあった(旧)高根村は一九六五年の国勢調査人口は三四七七人でしたが、二〇一〇年のそれでは四七四人、さらに二〇一五年一〇月の国勢調査人口では三三八人と記録されています。半減どころか一割近くになっているのです。合併を繰り返すことによって、旧自治体であったところの常住人口が大きく減ってきて、やがてはゼロになることが隠れてしまっているのです。

人が住んでいたところには住居があり、道路や水道などのインフラもあり、田畑なども維持されてきたわけです。しかし、そこに住む人がいなくなると、当然、田畑は荒れ、治山・治水も危うくなってきます。こういったところは往々にして川上に位置するので、下流域にある都市部への影響も、やがては出てくることになります。そうすると、そこには自然に帰すという新たな公共事業が必要になってきます。

人口移動にはプッシュ(押し出す)要因とプル(引きつける)要因があります。例えば、「こんな田舎にいても自分の働きたい仕事はないとか面白くない」との思いで、高校卒業したら東京へいくというのは地方のプッシュ要因です。逆に東京に行けば職も多いし、何とかなるだろうというのは東京のプル要因です。後者は雇用機会の豊富さや消費機会の多様さなどといったいわゆる都会が人を惹きつけるものです。こういった人口の転出入には、地域のしごと・雇用の問題が不即不離です。

地域振興の主題は、産業振興、そして雇用の確保であることは間違いないことです。いろいろと施策をしても地域の活性化に効果が出ない、雇用も増えない、また効果が出ても長続きしないことがあります。これまでの地方経済はこの繰り返しであったと言えるでしょう。これはモノとカネの回り方に問題があると推察されます。言い換えると、「地域経済の循環システム」に思いの他の漏出があるのではないかということです。こういった漏出を地域ができるだけ小さくし、自立した地域経済にするのはどうすれば良いのでしょうか。本書では、そういった問題意識から、産業振興と人口維持をつなぐ望ましい地域経済循環の構築について考えていきます。

ところで前著の「まちづくり構造改革: 地域経済構造をデザインする」を出版したのが二〇一四年三月でした。その時はまだ地方創生という言葉はありませんでした。地方創生という言葉は、二〇一四年(平成二六年)九月三日の第二次安倍改造内閣発足時の総理大臣記者会見で発表されたものです。

その間、多くの方々に読んでいただき、また有意義なご意見やコメントも戴きました。なかには、赤坂町の事例は古すぎるという指摘もありましたが、しっかりと読んでいただくとそのような指摘は全く的外れであることがわかります。先進事例からの温故知新を忘れてはいけません。

前著で提示した「地域経済構造分析」では当たり前のことしかわからないのではないか、そして具体的な打ち手に乏しい、もっと経営戦略的な考え方が必要であるというコメントもありました。まちづくりや地域振興にとって、経営戦略的な考え方は大切で必要なことです。ただ、経営学は個別企業の事例研究の積み重ねがベースとなっていますので、規範的なアプローチにはなっていません。あくまでも経験的なことの積み重ねとその集まりですので、そこにモデル分析をすることは困難です。具体的な打ち手を考えるのは、結局は「ひと」です。企業の経営戦略も「ひと」が考え判断するのと同様に、地方創生の具体的な打ち手も最終的には「ひと」が考えるものです。ただ、地域経済構造分析はそれを考えるための重要で「客観的」な情報を提供してくれ、「打ち手」のヒントを示してくれるのです。

地方版総合戦略の実践課程で、地域の産業連関表を時間と手間と費用をかけて構築し、それを活用した地域経済構造分析を実施することで、新たな姿を目指したまちの構造改革の取り組んでいる市町村は少なからず出てきました。筆者が関与した自治体で、現在進行中のものも含めると、新潟県佐渡市、千葉県南房総市、長野県塩尻市、岐阜県高山市、兵庫県豊岡市、朝来市、和歌山県日高川町、岡山県倉敷市を中心とする高梁川流域圏域、津山圏域、岡山市、笠岡市、高梁市、真庭市、里庄町、奈義町、久米南町、愛媛県松山市、新居浜市、佐賀県佐賀市、熊本県天草市、宇城市、宮崎県宮崎市、小林市、西米良村、鹿児島県鹿屋市、沖縄県那覇市などと少なからずあります。確かに、手間と一定の費用はかかりますが、きちんと調査をし、正しい理解の下で産業連関表を構築すれば、その賞味期限は長いものとなり、費用対効果は十分に満たされるでしょう。

*1 地方自治の用語では、東京都も地方公共団体の一つとなっています。地方自治法のなかでは、市町村は「普通地方公共団体」に分類されていて、東京二三区は「特別区」として「特別地方公共団体」に分類されています。不思議な感じがします。

平成三一年一月
著者

中村 良平 (著)
出版社 : 日本加除出版 (2019/2/21) 、出典:出版社HP

目次

はじめに

第1章 人口偏在と地方創生
地方創生のいきさつ
人口分布二つの偏り
東京集中の本質
地方版総合戦略: 攻める戦略と守る戦略
稼ぐ力の正しい理解
人口減少時代のまちの振興: ミクロな行動
地方創生の本質

第2章 まちの発展と都市政策
まちの成長と発展
地方創生と成長
まちの高齢化
縁辺部の人口減少
都市計画と都市経済のシンクロ
コンパクトな都市は生産性が高い
外都市政策を考えるうえでの留意点
移住支援と産業振興

第3章 まちの経済、見方ととらえ方
ビッグデータ
規範的見方の必要性
データの見方
まちづくりとデータ分析
地域経済の三面非等価
資金移動のメカニズム面
東京と地方との関係
地方創生の構造的問題
地域資金の好循環に向けて

第4章 まちの経済、稼ぐ力と雇用力
移出産業のないまちは持続できない
移出産業の役割
基盤産業のとらえ方
基盤産業の見極め
特化係数の解釈
産業・雇用チャート図の読み取り方
まちの稼ぐ力(基盤産業)と雇用力: 福山市
基盤産業の新たな識別
経済基盤乗数の再考
広島県市町村の例
雇用力拡大のロジック

第5章 まちの構造改革の落とし穴
循環と経済波及効果
経済循環と移出効果
域内経済循環の落とし穴
比較優位の再検討
域際収支の解釈
スモール・オープンの意味
まちの生産性と雇用の誤解
サービス業の生産性向上
まちの生産性
企業誘致の落とし穴
自治体政策の落とし穴
連携の経済的便益

第6章 地方創生の原点: まちの存在理由
地方創生との関係
まち(都市)の存在理由
岡山県のまちの例
天然の条件と制度的要因
大工場の存在
範囲の経済
同業種の集積: 地域特化の経済
同業種集積のまち
同業種集積+α
現代都市の存在理由
まちの人口
まちの振興: 分析の視点

第7章 地域経済構造分析の展開
まちづくりとEBPM
地域分析の考え方
データの見方
バックキャスティング
思地域経済構造分析の流れ
就業圏域でのまちの立ち位置
まちの動き
まちの求人・求職
特化係数の変化
産業間のつながり
産業ポートフォリオ

第8章 まちの構造改革と地域産業連関表
地域産業連関表の真髄
地域産業連関表の留意点
地域産業連関表の読み解き(一)
地域産業連関表の読み解き(二)
産業連関分析の前提条件
地域産業連関分析の留意点
構造改革シミュレーション
調査に基づいて小地域産業連関表を作成する意義
構造改革シミュレーション
構造改革シミュレーション: 中村メソッド

第9章 まちづくり構造改革の実践
朝来市(兵庫県)の例
小林市(宮崎県)の例
新居浜市(愛媛県)の例
松山市(愛媛県)の例外

おわりに

事項索引/参考文献/新聞への寄稿/著者紹介

中村 良平 (著)
出版社 : 日本加除出版 (2019/2/21) 、出典:出版社HP