西洋美術史ハンドブック

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美術作品を理解し、鑑賞するための案内人

本書は、西洋美術史に関して、最も基礎的な作品と芸術家についての知識を解説しています。古代オリエント、ギリシャ、ローマから始まり現代までの美術史を網羅しており、かつ主要な芸術家の生い立ち、影響された考え、絵の特徴などが細かくかつコンパクトに描かれています。

高階 秀爾 (編集), 三浦 篤 (編集)
出版社 : 新書館 (1997/6/23) 、出典:出版社HP

西洋美術史ハンドブック 目次

オリエント
ギリシア/ローマ/ケルト
初期キリスト/ビザンティン/初期中世
ロマネスク/ゴシック/国際ゴシック
イタリア・ルネサンスⅠ
イタリア・ルネサンスⅡ
北方ルネサンス
バロック
ロココから新古典主義へ
ロマン主義/写実主義
アカデミズム/印象徴主義/世紀末/アール・ヌーヴ
二十世紀前半
二十世紀後半
西洋美術史学の方法と歴史

高階 秀爾 (編集), 三浦 篤 (編集)
出版社 : 新書館 (1997/6/23) 、出典:出版社HP

美術史とは何か 高階秀爾

美術史が取り扱う対象は、基本的には美術作品である。つまり、絵画、彫刻、建築、工芸などの美的創作物について、それがいつ、どこで、誰によって、何のために作られたかということを明らかにし、その作品を歴史のなかに位置づけることから、美術史は始まる。もちろん、美術史研究の領域はそれだけに盡きるものではなく、きわめて多様な拡がりを持っているが、どのような方法論によってどのように新しい方向を切り拓いて行くにしても、まずもって作品の身許調べが基本となることは、誰しも異論のないところであろう。

例えばここに、遠く拡がる風景を背景として、女性の半身像を描き出した絵画作品がある。それがレオナルド・ダ・ヴィンチという画家の手になるものであり、おそらくは十六世紀の初頭にフィレンツェにおいて描き始められ、その後レオナルドとともにフランスに渡り、画家の死後、多少の紆余曲折を経てフランス国王フランソワ一世のコレクションに入って、現在では、ルーヴル美術館に収められているという事実をまず跡づけるのが、美術史の出発点である。

次いで、ではそのレオナルドとはどのような画家であったのか、そこに見られる見事な表現技術を彼はどのようにして学び、また発明したのか、彼の芸術を養ったフィレンツェの芸術はどのような特色を持っていて、どのような展開を見せたのか、あるいは、描かれているのは誰なのか、当時の――といってもレオナルドの死後の――資料ではフィレンツェのある商人の妻だということになっているが果してその通りなのか、もしそうだとすれば、その作品がずっとレオナルドの手許に残されていたのは何故か、神秘的な雰囲気を湛えた背後の風景にはどのような意味があるのか、彼女の服装は、ポーズは、表情はいったい何を物語るのか、その他さまざまの問題が提起され、美術史は多くの資料の探索と厳密な学問的手続きに基いて、それらの問題に答を与えようとする。

もちろん、つねに明確な答が得られるとはかぎらない。何しろ「モナ・リザ」が描かれたのは、今から五百年近くも昔のことである。レオナルドの場合は、それでもなおかなりの資料が残されているが、作品によっては、作者も年代もまったくわからないというものもある。その場合には、作品そのものが判定の資料のすべてということになるであろう。

直接間接の各種の資料に基いて過去の状況を再構成し、その歴史的位置を明らかにするという点において、美術史は紛れもなく歴史の一分野である。しかしながら、政治史や経済史やその他の歴史の分野が、いずれも過去の事象を対象としているのに対し、美術史の場合は、対象となる作品が現在もなおわれわれの眼の前に残されているという点で、きわめて特異である。スペインの無敵艦隊の敗北やバスティーユ牢獄の襲撃といった事件は、その後の影響はきわめて大きかったとしても、完全に過去のことに属する。だが「モナ・リザ」は、今でも厳として存在し、見る者に訴え続けている。過去を尋ねると同時に、現在の「もの」としての作品を調査し、必要があれば修復や保存の措置を講ずることも、美術史の重要な使命である。

実際、美術作品というものは、人間と同じように、歳をとるものである。それはしばしば損傷を受けたり、切断されたり、手を加えられたりする。時には修理の結果まったく違った画面が出現することも珍しくない。当初の状態がどのようなものであったかを正しく見定めるためには、美術史の知識が必要となる。体系的な学問としての美術史が成立するのは十八世紀後半のことであるが、ちょうどその同じ頃に、「もの」としての作品を集め、保存し、公開しようという近代的な美術館制度が生まれて来ているのは、決して偶然ではない。作品がなければ美術史は成り立たないが、しかしまた、美術史の支えがなければ美術館はただの物置になってしまうであろう。美術史と美術館とは、作品を媒介として、相互補完的なものである。

もちろん、美術作品というものは美術史だけの専有物ではない。それは一般の人びとの鑑賞に供されるものであると同時に、人間についてのさまざまの学問にとっても重要な役割を果すものである。歴史学にとってはそれは時代の証言であり、貴重な資料であるし、社会学にとっては儀礼の道具であり生活の記録である。文化人類学者は作品に文化的象徴を読み取るし、心理学者はそこに故人の内面の投影を見る。今や人文科学――すなわち人間の学――の諸分野のなかで、美術作品を視野に入れていないものはないと言ってよい。そのことは、逆に言えば、美術史研究もそれだけ多様なアプローチが可能だということだが、いずれの場合にしても、その作品の身許を正しく捉えることが前提となる。人間の理解にとって美術史が重要な意味を持っているのは、そのためである。

それはまた、作品を純粋に美的対象として享受する場合にも同じように必要である。梅と桜を見分けることができなければ花の真の姿を知ることはできず、したがってその美しさを本当に深く味わうこともできない。美術史が学問として体系化されるはるか以前、早く古代から、美術についてさまざまの言説がなされて来たという事実は、美への関心が普遍的なものであったことを裏書きしている。それらの言説は、大きくふたつの範疇に分けることができる。ひとつは、パウサニアースのような旅行者の残した作品の記録であり、もうひとつは、プリーニウスに見られるような芸術家の逸話である。つまり、作品についての報告と芸術家の伝記である。それが今日の美術史にまでつながるものであることは、言うまでもない。

本書は、西洋美術史に関して、最も基礎的な作品と芸術家についての知識を、最新の研究成果に基いて集約したものである。いわば美術作品を理解し、鑑賞するための信頼できる案内人と言ってよい。そしてそれは、いっそう進んだ美術史研究を志す人びとにとっても、たしかな手がかりを与えてくれるであろう。

[凡例] ①本書は西洋美術の歴史を時代順に辿ったものである。概説・作家解説・図版解説・コラムによって西洋美術史の流れを把握できるように構成した。
②作家解説は十三世紀から二十世紀までの画家(一部彫刻家・建築家)百十一人を取り上げ、欧文綴りと生年・生地、没年・没地、プロフィールを記した。原則として各々一作のみ図版を掲載している。
③作家解説の掲載順は重要度に応じておおむね画家の生年順としたが、若干の異同がある。
④データのうち欧文は通例となっている一部を除き、英語表記で統一した。また、画家の欧文表記にある( )内の名前は画家の本名である。
⑤巻頭口絵及び図版解説は、古今から代表的な作品を各々十六点と二十点とを選び、カラーで掲載するとともに、解説を加えた。
⑥コラムは美術史の理解を深めるための十の主題を選び、解説を加えた。
⑦後半には西洋美術史学の方法と歴史を解説し、美術理論入門としても利用できるよう、文中で参考文献も記した。
⑧巻末には読者の便を計り、西洋美術史年表、美術用語集、人名索引、作品名索引、掲載作品データを付した。

高階 秀爾 (編集), 三浦 篤 (編集)
出版社 : 新書館 (1997/6/23) 、出典:出版社HP