光の量子コンピューター(インターナショナル新書) (集英社インターナショナル)

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量子コンピューターの可能性

低消費電力と高速計算を両立させる量子コンピューターは、スパコンを遥かに凌ぎます。そんな量子コンピューターの実現に向けて、日本では現在、光を使った日本発・世界初の量子コンピューターの研究がされています。本書は敷居の高いテーマを扱いながらも、知識が無くても理解できるような分かりやすい説明がされています。

古澤 明 (著)
出版社 : 集英社インターナショナル (2019/2/7)、出典:出版社HP

目次

はじめに

第1章 量子の不可思議な現象
排熱をゼロにする/「重ね合わせ」と「粒子と波動の二重性」/対立する理論/空間を超える相関

第2章 量子コンピューターは実現不可能か
研究開発が加速する/世界的な企業や研究機関がしのぎを削る/ショア博士がもたらしたインパクト/高速計算のための3つの方法/低消費電力の理由/重要な4つの量子力学的性質/量子ビットにおける重ね合わせと量子もつれの役割/困難を極める開発/研究開発が進む量子ビットの方式

第3章 光の可能性と優位性
「量子テレポーテーション」は「テレポーテーション」ではない/不確定性原理からは逃れられない/量子テレポーテーションの方法/光を使うことの優位性/ビームスプリッターで量子もつれを生成する「量子誤り訂正」の高いハードル/物理ビットと論理ビット/量子誤り訂正の救世主/光が先駆ける量子誤り訂正/高速化と広帯域化を両立する

第4章 量子テレポーテーションを制する
量子テレポーテーション研究のきっかけ/光の粒子性を扱う限界/カルテックというターニングポイント/光で光の位相を制御する/ツァイリンガー教授らの量子テレポーテーション実験/1998年、完全な量子テレポーテーションに成功/1杯のビールを賭けた実験/2004年、3者間の量子もつれの量子テレポーテーションネットワークに成功/実験成功のポイント

第5章 難題打開への布石
2009年、9者間量子もつれの制御に成功/日本人だからこそできる実験/2011年、シュレーディンガーの猫状態の量子テレポーテーションに成功/シュレーディンガーの猫状態を量子テレポーテーションできるか/重力波の観測にも貢献したスクイーズド光の開発/市販品がなければ自前で開発/「クレイジー」なベンチャー企業の社長との共同開発/要求は世界最高水準

第6章 実現へのカウントダウン
時間領域多重を拡張する/時間領域多重の実現に挑む/光で1万倍の高速性能も実現可能に/時間領域多重一方向量子計算方式を用いた光量子コンビューター/連続量処理の強み/2次元での超大規模量子もつれ/2015年、量子テレポーテーションの心臓部の光チップ化/光子メモリーの開発/革新的発明「ループ型光量子コンピューター」/もう視野に入っている光量子コンピューターの完成/異例の研究方針、量子コンピューターがもたらす未来社会

おわりに

古澤 明 (著)
出版社 : 集英社インターナショナル (2019/2/7)、出典:出版社HP

はじめに

量子力学の一番むずかしいところは、人間の直感に反することだ。直感に反するルールのもとですべてが起こっていると考え直してほしい。いや、むしろ人間の直感を変えなければならないと言ってもよいだろう。
量子力学が得体の知れない学問と捉えられていたのは、20世紀半ばまでのことだ。21世紀の現在、ナノテクノロジーなど量子を扱う科学技術は、急速な発展を遂げた。それにより、20世紀には単なる「ゲダンケン・エクスペリメント(思考実験)」に過ぎなかったことが、実験によって実証されるケースが増え始め、それに伴い、むしろ量子力学のメリットを積極的に利用していこうという動きが活発化してきたのである。

私が東京大学工学部物理工学科で学んでいた1980年代においても、すでに量子力学は必修科目の1つになっていて、こうした動向が浸透している雰囲気があった。つまり、21世紀を生きる我々は、私を含め皆「量子ネイティブ」と言える。量子の性質を利用するのに解釈や理屈は必要ない。量子力学はもはや科学の根幹を成す学問分野であり、一種のツールとなっている。量子力学を記述する波動関数は、自然を最も正確に表す言語の1つと言えるだろう。
この量子力学のメリットを最大限に生かしていこうという動きの最たるものが、「量子コンピューター」である。今、このページを読まれている皆さんも、「最近、よく耳にする量子コンピューターって、一体何だ?」といった軽い気持ちでこの本を手に取られたのではないだろうか。したがって、お願いだ。量子という言葉に苦手意識をもたないでほしい。理屈はどうあれ、「実際、こういうものだ」と受け入れる気持ちをもつことから始めよう。

さて、現在は、空前の量子コンピューターブームである。ほんの数年前までは、実用化されるには、あと何十年かかるかわからないと言われていた量子コンピューターであったが、今や欧州、アメリカ、中国、日本と、世界各国が巨額の予算を計上し、研究開発を加速している。また、国内外問わず最子コンピューターに関するシンポジウムが連日のように開催されており、会場はどこも超満員だ。世界中が「量子コンピューター開発パブル」に沸き返っていると言ってもよいだろう。
そのきっかけとなったのは、2011年に、カナダのペンチャー企業ディー・ウェーブ・システムズが、「世界で初めて量子コンピューターの開発に成功した」と大々的に発表したことである。最初は「眉唾物だろう」と噂されていたが、アメリカの軍需産業を支えるロッキード・マーチン社が1台約15億円で購入したのに続き、2013年にアメリカ航空宇宙局(NASA)とグーグルも共同購入したことを発表した。このことで、量子コンピューターは一気に注目を浴びることとなった。NASAとグーグルは、この量子コンピューターを使って、人工知能(AI)を研究する「量子人工知能研究所(QuAIL)」を設立している。
しかし、この量子コンピューターは、実は「量子アニーリングマシン」と呼ばれるもので、従来から研究開発が進められてきた汎用型の量子コンピューターとはまったく異なる動作原理で動いている。詳しくは第2章で説明するが、量子アニーリングマシンとは、ある特定の問題、いわゆる「組み合わせ最適化問題」の計算処理に特化した専用マシンなのだ。そのため、これを量子コンピューターと呼んでよいか否かについては、今なお議論の余地がある。
一方で、これを機に、IBMやグーグル、インテル、マイクロソフト、さまざまなベンチャー企業などがこぞって、“本来”の汎用型の量子コンピューターの研究開発に本腰を入れ始めている。時折、研究成果が発表され、研究開発が順調に進んでいるかのような雰囲気を匂わせているが、課題は山ほどあり、果たして本当に実用化される日はくるのか、その実現性に関してはまだまだ未知数だ。

このような中、私が1996年から研究開発を進めてきたのが、「光」を利用する量子テレポーテーション、そして、それを使って実現する汎用型の量子コンピューターだ。
現在、さまざまな方法で量子コンピューターの実現が試みられているが、私が独自に研究開発を続けてきた光を使う量子コンピューターが、今、最も実用化に近い段階にあると確信している。
光を使う最子コンピューターにこだわってきた理由は、「常温の環境下で安定的に動作する」「電子を用いた量子コンピューターに比べてクロック周波数(1秒間あたりの処理回数でヘルツ《Hz》で表す)を桁違いに上げることができるため、高速な計算処理が可能」など、非常に多くのメリットがあるからだ。しかも、他の量子コンピューターが、欧米中心に研究開発が進められているのに対し、私たちの方式は日本発のオリジナルである。

本書では、量子コンピューターの歴史やしくみ、現在の状況を解説するとともに、私が独自に研究開発を進めている光を使う量子コンピューターについて、開発秘話を交えながら、できるだけわかりやすく紹介していく。
まず第1章、第2章では、主に量子コンピューターの開発史を説明する。ただし、私が実際にその時代を生きて見聞きした訳ではないので、ここでの記述はあくまでも1つの説であることに注意してほしい。同時に、歴史的な功績は個人の成果であるかのように語られることが定石だが、学問は決して1人の天才が作っているのではなく、多くの人たちの会の中で生まれるものである。点をおことわりしておきたい。なお、量子力学や量子コンピューターの歴史について精通している方は、第1章と第2章は読み飛ばしていただいてもいいだろう。
この本の目的は、世界初の量子テレポーテーションや多者間量子もつれの制御など、「光」を使った数々の実験を成功させてきた私たちの研究について、そしてそれらの積み重ねがあるからこそ可能となる量子コンピューターへの挑戦を、臨場感をもって味わっていただくことにある。光を使う量子コンピューターが、量子コンピューター開発の世界に大きなパラダイムシフトを起こす日は、もう間近に迫っている。読者の方々に、歴史が転換する様を目の当たりにする喜びを感じていただけたら幸いである。

古澤 明 (著)
出版社 : 集英社インターナショナル (2019/2/7)、出典:出版社HP