地域再生の失敗学 (光文社新書)

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本当に必要な「正しい考え方」とは

地域再生の歴史は、“失敗”の歴史と言っても過言ではありません。そしてその成否をいかに未来に活かしていくかが重要です。なぜこれまでの試みが失敗したのか、本当に必要とされているものは何か、地域再生のためのヒントがわかります。

飯田 泰之 (著), 木下 斉 (著), 川崎 一泰 (著), 入山 章栄 (著), 林 直樹 (著), 熊谷 俊人 (著)
出版社 : 光文社 (2016/4/19)、出典:出版社HP

はじめに

飯田泰之
Yasuyuki Iida
明治大学政治経済学部准教授

日本のこれからを考えるにあたって、地方・地域の視点は欠かせないものになってきています。日本という国は複数の地方、多数の地域によって成り立っているわけですから、これは当たり前のことだと思われるかもしれません。しかし今、あらためて、地方・地域の活性化の重要性が注目されるのには理由があります。現在、地方・地域は経済・財政・コミュニティといった複数の意味で危機的状況にある。それが多くの人々の共通認識となったことが、現在のような地方問題への注目につながっているのです。
これまでも日本では無数の地域再生を目指す政策が行われてきました。そのなかに、一定の成功を収めたものがあるのも確かです。しかし、現在の状況から考えると、これまでの地域再生政策は基本的に失敗だったとまとめざるを得ないのではないでしょうか。従来型の政策の多くは失敗だった。これを認めることが、これからの地域再生を考える出発点となるでしょう。
これまでの地域再生、地域経済政策の問題点を挙げればきりがありません。しかし、過去の施策の問題点を責めるだけではこれからの道を探ることはできない。そこで、本書では、従来型の施策の問題点を整理しつつ、「ではどうするのか?」という視点を提供することを目指したいと思います。

「地域再生」という単語を聞いて思い浮かぶものは何でしょうか?道路鉄道網の整備によってある都市に多くの企業・工場が立地すること、あるいは観光客の増加によって市の観光業の売上が向上することでしょうか。それとも、中山間地域の小規模集落において自然と共生した人間らしい生活を取り戻すことでしょうか。地域再生を語る難しさは、そこに含まれる「地域」「再生」という二つの概念について、人によってまったく異なるイメージから語れるところにあります。
対象の定義なしに有益な議論を進めていくことはできません。本書でいう「地域」とは、中心となる都市と、その都市に通勤・通学する人口が一定以上いる周辺地域を合わせたものと理解してください(専門的にはこのような地域分類は都市雇用圏と呼ばれます)。おおまかには、「人口一〇万人以上の市の中心街とその通勤圏」といったイメージで読み進んでいただければと思います。
そして、このような地域における平均所得が向上することをもって「再生」と呼びます。この定義に疑問のある方もいるでしょう。編者も「当該エリアの平均所得向上以外の地域再生はない」「これこそが真の地域再生である」と主張するつもりは毛頭ありません。あくまで本書で何が語られているかを明確に理解いただくための便宜上の定義です。もっとも本書を読み進んでいただければ、地域の平均所得向上が(文化や伝統、コミュニティといった)より広義の地域再生にとって必要条件に等しいことをおわかりいただけると思います。所得が向上すればあらゆる意味で地域が再生するわけではありません。しかし、所得の向上なしには地域再生はおろか、地域の存続すら危ぶまれるのです。

以上の定義に従うと、本書における地域再生とは地域経済振興のことではないかと感じられる方もあるでしょう。その認識は間違いではありません。しかし、戦後長きにわたって行われてきた地域経済振興のための方策と、これからの地域経済に必要なもの・ことは大きく異なります。これまでの国や自治体主体の振興策の失敗から学び、民間主導で地域経済に再び活力と成長を取り戻す——失敗から学び、将来を考えるという観点から、本書のタイトルは『地域再生の失敗学」としました。
日本において地域の経済振興が重要な政策課題として意識されるようになったのは、一九六〇年代前半のことです。戦後復興から高度成長期にかけて、日本経済の成長エンジンとなったのは重化学工業の発展でした。そして、これら重化学工業の多くが北九州から阪神、そして東京圏に至る沿岸地域(いわゆる太平洋ベルト地帯)に立地していたことから、工業化の進む地方とそれ以外での経済格差、所得格差が拡大します。一九六一年時点で、上位の五都府県の平均所得は下位五県の二・一八倍と、戦後最大を記録することになりました(県民経済計算、一人あたり県民所得)。
そこで、一九六二年には「地域間の均衡ある発展」をスローガンとする全国総合開発計画(一全総)が策定されます。一全総の考える地域間均衡のイメージは、その後の、そして今現在に至る地域振興策のひな形となりました。道路・港湾・鉄道を整備することで、工場立地のためのインフラを提供し、それによって日本のあらゆる地域を工業化、近代化させるというイメージです。現在行われている地域振興においても、公共事業によるインフラ整備、工場・企業誘致は大きな目玉とされることが少なくありません。
工場誘致には雇用吸収力がある。つまりは、地域に工場が立地すれば多くの雇用が生まれるかもしれません。しかし、現代の先進国経済における所得の源泉は「ものづくりそのもの」にはありません。先進国にとっての所得の源泉は、企画・開発、デザインといった「ものづくりの周辺」へと移ってきています。
日本が「世界の工場」だった八〇年代前半までと現在で求められている経済振興のあり方は異なる——これは誰しもが理解していることでしょう。だからこそ、工場・企業誘致以外、中心市街地の活性化や地域の特産品を生かした域外販売拡充策へと国・自治体の取り組みは変化しています。しかし、中間目標が工場誘致以外のものになったにもかかわらず、その手法は「大規模なインフラ整備によって(何かの)集積を目指す」というものに留まってしまうことが多い。大規模な商業施設の建設による市街地活性化は、商業振興のために工場誘致の手法を用いてしまっている典型例です。
従来型の地域振興をまとめると、「インフラ整備によって、今までできなかったこと(工場立地・新規店舗開業)を可能にする」というビジョンになります。できなかったことが可能になったのだから、あとは自然と工場や新規店舗がやってくるだろうというわけです。しかし、このような手法が有効なのはあくまで「その地域に工場を建てられるなら建てたい、店を開けるなら開きたい」という潜在的な投資需要が豊富である場合に限られます。国民各々が似たような財・サービスを欲していて、その頭数そのもの(人口)も増加していくという状況ならば、このような方針にも一定の合理性はあったかもしれません。しかし、現在の日本(というよりもすべての先進国)はそのような状況にはありません。
人口はほとんどの先進国で減少を始めており、さらに財・サービスへの需要は量や質よりもバラエティ(自分の好みにぴたりと適合した特徴ある商品の存在)に向かっています。このような状況では、大規模なインフラ整備を軸とする経済振興策は、期待される効果を発揮することができなくなっているのです。

これからの地域再生は、インフラ整備型振興とは異なる方針で発想しなければなりません。経済のバラエティ化が進むと、「どの商品が売れるのか」はますます予測不能となっていきます。熟議と合意形成を経て実行される公的なプロジェクトは、このような状況にまったく対応できません。何が流行るかわからないという状況に対応できるのは、雑多なアイデアを小さく実行し、ダメならば早めに撤退することが可能な民問だけです。これからの地域再生は、企業・個人といった民間のプレーヤーを主役とせざるを得ないのです。
成功する、需要につながるアイデアを生み出すために必要なものは何でしょう。企画やデザインに成功の方程式はありません。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるよろしく、多数のアイデアがテストされ、その中の一部が半ば偶然生き残っていくという視点がこれからの経済にとって重要になるでしょう。地域経済の活性化のためにはより多くのアイデアが生産される場所が必要です。
数を撃つという戦術に関して、日本は、非常に困難な状況に直面しています。生み出されるアイデアの数は人間の数に強く依存します。たくさんの人がいればたくさんのアイデアが生まれる。反対に人の数が少なければ、出されるアイデアの数も少なくなっていく——今後数十年にわたって人口減少が不可避な日本は、そして地域はどうしたらよいのでしょう。
人口減少の問題に即効薬はありません。少なくとも今後半世紀にわたって、日本の人口は減少し続けるでしょう。これは非現実的な人数の移民を受け入れ続けない限り確実な話です。しかし、アイデアの数は人数だけで決まるわけではありません。同じ人数でも、相互の交流があるか否かによってそのアウトプットは大きく異なります。人と人とが出会い、刺激を受ける中でアイデアは生まれます。人と人とが出会う場所としての人口集積地、つまりは十分な規模の都市が存続できるならば、アイデアの総生産量は減少しないでしょう。ここから、人口密集地の維持が民間を主体とする地域再生のために必要であることがわかります。
その一方で、国内で突出したビジネス・居住の集積地となっている東京圏も深刻な問題を抱えています。人口密集とともに公共エリア、都市圏が広域化して居住地が分散した結果、集積のメリットよりもデメリットのほうが目立ちつつある。都市への「適度な集積」を誘導するという方向性を可能にするためには、これまで以上に各都市圏の経済振興への取り組みが重要になってくるでしょう。

民間を中心に据えた振興策、それをサポートする行政のあり方、人口減少への対応とこれからの地域再生を目指すためにはさまざまな視点からの知見が必要となります。本書では、これらの課題に対するヒントを示すため、まさに現場のプレーヤーたちとの対談、研究者による三つの講義とその解題を提供したいと思います。
第1章では、民間による地域再生プロジェクトのプレーヤーである木下斉氏(エリア・イノベーション・アライアンス代表)との対談を通じて、従来型の経済振興策がなぜうまくいかないのか、地域再生を民間主体で行うというのはいったい何をすることなのかを考えます。
続く第2章では、地域再生における官のあり方について、地域経済学を専門とする川崎一泰氏(東洋大学教授)に講義いただいています。地域再生の主体は民間であるという本書のコアとなる主張は、決して国・自治体による公的な政策が不要だとするものではありません。むしろ、主役が民間であるということが明確になることで、これまでとは異なった形で国・自治体が担うべき仕事は増加するかもしれません。これまでの官民連携制度の問題点を整理することで、これから必要なシステムは何かを模索していきたいと思います。
そして、第3章のテーマはアイデアとイノベーションです。先端的な経営学の知見のエヴァンジェリストとしても知られる入山章栄氏(早稲田大学准教授)の講義を通じて、民間企業、そして個人が数多くのアイデアを生み出し、所得を上げるイノベーションに結びつけていくために、地域には何が必要なのかを考えましょう。同章を通じて、技術が高度化し、ネットワークが充実すればするほど人と人との結びつき、その出会いの場としての地域の重要性は高まっていくということが理解できるでしょう。
本書では中小都市から中核都市圏の経済振興がメインのテーマとなっています。人口減少下での都市圏の維持には何が必要なのでしょう。その際に参考となるのは、日本全国、都市圏よりもはるかに早くから深刻な人口減少の問題に直面してきた、いわゆる限界集落の事例ではないでしょうか。第4章では、林直樹氏(東京大学助教)に文化、そして記憶の維持という観点まで含めた人口減少への対応策を提案いただきます。これからの地域再生は容易な事業ではありません。容易ではないからこそ、うまくいかなかったときの次善の策の準備が必要になります。具体的な方策のみならず、次善策、あるいは複数の選択肢を準備することの重要性を理解いただければと思います。
第5章では熊谷俊人氏(千葉市長)との対談を通じて、本書全体の議論をまとめるとともに、これからのビジョン策定につながる展望を考えていきます。他の地域の状況と比べて、一見恵まれている千葉市においてさえ地域再生への道のりは平坦なものではありません。現場のリアリティから、地域再生のために必要な政策的措置は何か、何を変えなければならないかを考えたいと思います。

飯田 泰之 (著), 木下 斉 (著), 川崎 一泰 (著), 入山 章栄 (著), 林 直樹 (著), 熊谷 俊人 (著)
出版社 : 光文社 (2016/4/19)、出典:出版社HP

目次

はじめに
飯田泰之
明治大学政治経済学部准教授

第1章 経営から見た「正しい地域再生」
木下斉
エリア・イノベーション・アライアンス代表
▶︎イントロ・飯田
いかにして「稼げるまち」にするか
▶︎対談・木下×飯田
ゆるキャラは「まちおこし」ではない
どこでも似たようなイベントが行われるワケ
まちは路地裏から変わる
サプライチェーンを長く持つ
競争意識とコスト感覚の欠如
域内で内需拡大と資本を回すのが第一
チェーン店が抜けたあとには何も残らない
小さな事業を集めて強くする
プレーヤーに必要な資質
行商と貿易黒字
「支援」よりも「緩和」を
今あるものを捨てる根性
ソフトランディングのための意識変革

第2章 官民連携の新しい戦略
川崎一泰
東洋大学経済学部教授
▶︎イントロ・飯田
地方再生のために自治体はどう変わるべきか
▶︎講義・川崎
「地域経済学」とは?
国も地方も将来世代からの前借りに依存
増税するインセンティブがない
もっともリーズナブルな自治体経営ができる規模とは?
「自治体消減論」の前提
産業連関表とは何か
公共投資は東京と地方の格差を是正しなかった
民のノウハウを公共サービスへ
PFIという名のローンの横行
人々はなぜ「まちなか」に行かなくなったのか
海外で行われている官民連携の手法
公共交通を税で賄う
税源の国際比戦
適正な負担を受益者に求めるべき
▶︎対談・川崎×飯田
望ましい人口密度とは
公共による「借金の付け替え」
補助金依存を脱却するためには
結局はリーダーシップを執れる人がいるかどうか
地方の税収を増やす改革が急務
ふるさと納税は地方を救うのか

第3章 フラット化しない地域経済
入山章栄
早稲田大学ビジネススクール准教授
▶︎イントロ・飯田
ますます重要になる「信頼」と「人間関係」
▶︎講義・入山
世界はフラット化しなかった
多様な人と出会う非公式な場の重要性
ギザギザ状になった世界
シリコンバレーの投資家を京都へ
「誰が何を知っているか」を知ることの重要性
ビジョンは経営者の顔
地方都市とイノベーション
▶︎対談・入山×飯田
東京は人の集積を生かしきれていない
海外で勝てば一気にジャパンブランドに
オフィスはフラットにして交流を促進せよ
都市にはわかりやすいシンボルが必要

第4章 人口減少社会の先進地としての過疎地域
林直樹
東京大学大学院農学生命科学研究科・特任助教
▶︎イントロ・飯田
「自主再建型移転」とは何か
▶︎講義・林
「過疎」を測る五つの指標
高齢化率予想のショッキングな数字
選択肢を持つことの重要性
「中山間地域」とはどんな場所か
移転したほとんどの人が満足
市町村の財政改善にも貢献
自主再建型移転はなぜ消えたのか
誤解されているデメリットもある
放置すると山は荒れるのか?
民俗知の種火を残すための拠点
移転は「敗走」ではないという意識が重要
集落が維持可能な産業とは
「穏やかな終末期」も視野に
「正しい諦め」の必要性
▶︎対談・林×飯田
「人口減」は絶対悪ではない
増田レポートの陥穽
種火集落形成のための条件
六〇歳前後のリーダーが最適
都市住民の「理想」を押しつけてはいけない
次善策は嫌われる
一番守りたいものをまず決める

第5章 現場から考えるこれからの地域再生
熊谷俊人
千葉市長
▶︎イントロ・飯田
市町村にしかできない役割とは
▶︎対談・熊谷×飯田
100年後の都市計画は不可能
「全国一律願望」がもたらした交付金依存
千葉市はベッドタウンではない
「地域おこし」と「商売」を切り分ける
地方は「東京にないもの」を生み出せ
地方は自らの価値に気づけていない
「設備」から「効用」へ
役所と民間で人材の行き来がもっとあるべき
「行きたい街」かどうかがすべて
地方に住む不便はほとんどない

おわりに
飯田泰之

飯田 泰之 (著), 木下 斉 (著), 川崎 一泰 (著), 入山 章栄 (著), 林 直樹 (著), 熊谷 俊人 (著)
出版社 : 光文社 (2016/4/19)、出典:出版社HP