NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX

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経営者が読むべき1冊

なぜネットフリックスは世界の変化に対応することができたのか。それは、プロセスより社員を重視する、効率よりイノベーションを重んじる、そしてほとんど制約のないカルチャーです。本書では、それぞれの組織ならではの「自由と責任」のカルチャーを醸成するにはどうすれば良いのか、ネットフリックスをモデルにしながら考えていきます。

リード・ヘイスティングス (著), エリン・メイヤー (著), 土方 奈美 (翻訳)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/10/22)、出典:出版社HP

NO RULES RULES Copyright 2020 by Netflix, Inc. Japanese edition copyright 2020
Published by arrangement with ICM Partners
through Tuttle-Mori Agency, Inc.
ALL RIGHTS RESERVED

Contents

はじめに

Section1 「自由と責任」のカルチャーへの第一歩
第1章 最高の職場=最高の同僚
第2章 本音を語る(前向きな意図をもって)
第3a章 休暇規程を撤廃する
第3b章 出張旅費と経費の承認プロセスを廃止する

Section2 「自由と責任」のカルチャーへの次の一歩
第4章 個人における最高水準の報酬を払う
第5章 情報はオープンに共有
第6章 意思決定にかかわる承認を一切不要にする

Section3 「自由と責任」のカルチャーの強化
第7章 キーパーテスト
第8章 フィードパック・サークル
第9章 コントロールではなくコンテキストを

Section4 グローバル企業への道
第10章 すべてのサービスを世界へ!

結び
謝辞
参考文献

はじめに

「ブロックバスターはぼくらの1000倍もデカいんだぜ」
2000年初頭。テキサス州ダラスのルネッサンスタワーのみ階で、私はだだっ広い会議室に足を踏み入れながらマーク・ランドルフに耳打ちした。そこはホームエンタテインメント業界の雄、ブロックバスターの本社で、当時の同社は年商億ドル、世界中に9000店近いレンタルビデオ店を展開していた。
ブロックバスターのCEO、ジョン・アンティオーコはやり手経営者として知られていた。超高速インターネットの普及で業界が激変するであろうこともよくわかっており、私たちを丁重に迎えてくれた。品の良いあごひげをたくわえ、高級スーツに身を包み、悠々としていた。
それに引き換え、私は心底ちぢみあがっていた。マークと2人で2年前に立ち上げたちっぽけなベンチャーは、ウェブサイト経由でDVDレンタルの注文を受け、郵送するサービスをしていた。社員は100人、会員はわずか10万人。事業は順調とはいえず、その年だけで損失は5700万ドルに膨らむ見通しだった。なんとかブロックバスターと手を組みたいと、何カ月もアンティオーコに連絡を取り続けた末にやっと実現した面談だった。
私たちは特大のガラステーブルを囲んだ。しばらく世間話をしたあと、マークと私は本題に入った。ブロックバスターがネットフリックスを買収してくれれば、オンライン・ビデオレンタル部門の「ブロックバスター・ドットコム」を立ち上げて運営する、という申し出だ。アンティオーコは熱心に耳を傾け、何度もうなずいてから、こう尋ねた。「それでブロックバスターはネットフリックスにいくら払えばいいんだい?」。だが5000万ドルというこちらのオファーを聞くと、アンティオーコはきっぱり断った。マークと私はしょんぼりと会議室を後にした。
その晩ベッドに入って目をつむると、ブロックバスターの6万人の社員が、私たちのバカげたオファーに爆笑する場面が浮かんできた。アンティオーコが興味を示さなかったのも当然だ。何百万人もの顧客、莫大な売上、有能なCEO、家庭用レンタルビデオの代名詞のようなブランドを有する大企業のブロックバスターが、ネットフリックスのような危なっかしいベンチャー企業に興味を持つはずがない。ブロックバスターが自前でやる以上にネットフリックスがうまくできることなどあるだろうか。
だが世界は少しずつ変化していった。そしてネットフリックスは生き延び、成長していった。アンティオーコとの面談から2年後の2002年には株式を上場した。ネットフリックスは成長していたが、ブロックバスターはまだ100倍も大きく(0億ドル55000万ドル)、しかも当時メディア企業として世界最大の時価総額を誇っていたバイアコムの傘下にあった。だが2010年には破産に追い込まれた。2019年の時点では「ブロックバスター」のレンタルビデオ店はオレゴン州ベンドにたった1店舗残っているだけだ。DVDレンタルからストリーミングへという時代の変化に適応できなかったのだ。2019年はネットフリックスにとって記念すべき年となった。自ら制作した映画『ROMA/ローマ」がアカデミー賞作品賞など10部門にノミネートされ、3部門でオスカーを獲得した。アルフォンソ・キュアロン監督のすばらしい快挙によって、ネットフリックスは押しも押されもせぬ本格的なエンタテインメント企業となった。そのずっと前に私たちは郵送DVDレンタルから、世界190カ国で1億6700万人の会員を擁するインターネット・ストリーミングサービスに転換し、さらには世界中で独自のテレビ番組や映画を制作するようになっていた。ションダ・ライムズ、コーエン兄弟、マーティン・スコセッシなど、世界で最も才能溢れるクリエイターたちと一緒に仕事をする機会にも恵まれた。ユーザーがすばらしい物語を楽しむための、まったく新しい手段を生み出した。それはときとしてさまざまな壁を打ち破り、人生を豊かにする力を持つ。
「なぜこうなったんだ」とよく聞かれる。なぜネットフリックスは何度も世界の変化に対応することができたのに、ブロックバスターにはそれができなかったのか、と。私たちがダラスを訪れたあの日、ブロックバスターには最高のカードが揃っていた。ブランド、影響力、経営資源、そしてビジョンだ。ネットフリックスなど敵ではなかった。
しかしあのときは私にもわかっていなかったのだが、ネットフリックスにあって、ブロックバスターにはないものがひとつだけあった。プロセス(手続き)より社員を重視する、効率よりイノベーションを重んじる、そしてほとんど制約のないカルチャーである。私たちのカルチャーは「能力密度」を高めて最高のパフォーマンスを達成すること、そして社員にコントロール(規則)ではなくコンテキスト(条件)を伝えることを最優先している。そのおかげでネットフリックスは着実に成長し、自らをとりまく世界と社員のニーズ変化に応じて変化することができた。
ネットフリックスは特別な会社だ。そこには「脱ルール」のカルチャーがある。

風変わりなネットフリックス文化

カルチャーというのは、曖昧な言葉と不完全でどうとでも取れるような定義に満ち溢れた世界だ。そのうえ明文化された企業のモットーが、実際にそこで働く人々の行動と一致していることはめったにない。ポスターやアニュアルレポートに書かれた気の利いたスローガンは往々にして、空虚な言葉の羅列に過ぎない。
とあるアメリカ有数の大企業は、本社ロビーに会社のモットーを誇らしげに掲示していた。「誠実さ。コミュニケーション。他者への敬意。卓越性」。その会社とはエンロンである。経営破綻によって産業史上最悪の不正経理や不正行為が明るみに出るまさにそのときまで、この高邁な理念を掲げていた。
一方ネットフリックス・カルチャーは、その実態を赤裸々に語っていることで有名である(良い意味か、悪い意味かは判断の分かれるところだが)。「ネットフリックス・カルチャー・デック」と呼ばれる127枚のスライドは、当初は社内で使うために作成されたが、2009年にリードがネット上で一般公開して以降、数百万人のビジネスパーソンの注目を集めてきた。フェイスブックC00(最高執行責任者)のシェリル・サンドバーグは、これを「シリコンバレーで生まれた最高の文書」と評したとされる。私はネットフリックス・カルチャー・デックの率直さが大好きだが、その内容は大嫌いだ。

その理由を説明するために、サンプルをお見せしよう(次ページ)。

リード・ヘイスティングス (著), エリン・メイヤー (著), 土方 奈美 (翻訳)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/10/22)、出典:出版社HP

Like every company, we try to hire well
ほかの会社と同じようにわれわれも優秀な人材の採用に努める
Unlike many companies, we practice: adequate performance gets a generous severance package
ほかの会社と違ってわれわれは並みの成果には十分な退職金を払う

The other people should get a generous severance now, so we can open a slot to try to find a star for that role
The Keeper Test Managers Use: Which of my people, if they told me they were leaving, for a similar job at a peer company, would I fight hard to keep at Netflix?
スター以外には即座に十分な退職金を払い、スターを採用するためのスペースを空ける
マネージャーが使うべき「キーパーテスト」:「ネットフリックスを退社して同業他社の同じような仕事に転職する」と言ってきたら必死に引き留めるのはどの部下か?

懸命に働いているのに圧倒的成果を出せない社員をクビにすることが道徳的にどうかという問題はさておき、スライドは最悪のマネジメントを映し出しているように思えた。ハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・エドモンドソンが2018年の著書『恐れなき組織(The Fearless Organization)』[未邦訳」で提唱した、「心理的安全性」の原則に反している。エドモンドソンはイノベーションを促したければ、社員が安心して壮大な夢を描き、意見を言い、リスクのとれる環境を生み出さなければならないと指摘している。安全な雰囲気があるほど、イノベーションは活発になるというわけだ。
ネットフリックスではおそらく誰もこの本を読んでいないのだろう。最高の人材を採用し、圧倒的成果を挙げられなければ「十分な退職金を与えられて」捨てられるという恐怖を植えつけるというのは、イノベーションの芽を摘もうとしているとしか思えない。
もうひとつ、別のスライドを見てみよう。

Netflix Vacation Policy and Tracking
“there is no policy or tracking”
There is also no clothing policy at Netflix, but no one comes to work naked
Lesson: you don’t need policies for everything
ネットフリックスの休暇規程と追跡
「規程も追跡も一切なし」ネットフリックスには服装規程もないが、誰も裸で出社しない
教訓:あらゆることに規程が必要なわけではない

社員の休暇日数を指定しないというのは一見、無責任に思える。それでは誰も休暇を取ろうとせず、奴隷のように働かされるだけではないか。しかもそれを社員にとって好ましい特典であるかのように言うなんて、どういうことか。
休暇を取得する社員は幸福度が高く、仕事を楽しみ、生産性も高いとされる。それにもかかわらず休暇の取得に消極的な労働者は多い。求人クチコミサイトのグラスドアが2017年に実施した調査では、アメリカの労働者は与えられた休暇日数の5%しか消化していないことがわかった。
休暇日数を指定しなければ、社員はますます休暇を取得しなくなるだろう。心理学者は「損失回避性」という行動バイアスの存在を明らかにしている。人は新たに何かを得ることより、すでに持っているものを失うことのほうを嫌がる。何かを失いそうになると、それを避けるためにあらゆる手を尽くす。休暇を取得するのは、その権利を失うのが嫌だからだ。
はじめから休暇日数を示されていなければ、失うおそれもないわけで、まったく休暇を取らなくなる可能性が高い。多くの会社が採り入れている「取得しなければ失効する」というルールは、一見社員に制約を課すようだが、実は休暇の取得を奨励する効果がある。あと1枚、スライドをお見せしよう。

Honesty Always
As a leader, no one in your group should be materially surprised of your views
常に正直にリーダーとして、部下があなたの意見を聞いて寝耳に水だと思うようなことがあってはならない

もちろん、秘密や嘘が蔓延している職場が良いと思う人はいない。しかし率直に意見を言うより、空気を読んだほうが良いときもある。たとえば壁にぶつかっている同僚のやる気を引き出したり、自信を取り戻させたりするときだ。「正直さが必要なときもある」なら誰もが賛成だろうが、「常に正直」であることを求められると、人間関係はめちゃくちゃになり、モチベーションは低下し、職場の雰囲気は居心地が悪くなりそうだ。
私にはネットフリックス・カルチャー・デックは全体として、あまりにマッチョ的で、過度に対立を煽り、きわめて攻撃的なものに思えた。いかにも人間の本質を機械的かつ合理的にとらえるエンジニアが創った会社、というイメージだ。それにもかかわらず、どうにも否定できない厳然たる事実がある。

ネットフリックスは圧倒的に成功している

ネットフリックスが上場してから7年後の2019年までに、株価は1ドルから350ドルに上昇した。同じタイミングでS&P500かナスダック指数に1ドルを投資しても、3~4ドルにしかなっていない。
ネットフリックスに夢中になっているのは株式市場だけではない。消費者も批評家もネットフリックスが大好きだ。『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」や『ザ・クラウン」などのオリジナル・コンテンツはここ10年を代表する人気作品となり、『ストレンジャー・シングス未知の世界」はテレビ番組として世界最多の視聴者を集めているとされる。スペインの『エリート」、ドイツの『ダーク」、トルコの『ラスト・プロテクター』、インドの『聖なるゲーム」など英語以外の言語で制作された番組は、それぞれの国でドラマへの期待値を上げ、新たな国際スターを生み出した。アメリカではここ数年でネットフリックス作品がエミー賞に計300回ノミネートされ、複数のアカデミー賞も獲得した。さらにゴールデン・グローブ賞ではあらゆるテレビ局やストリーミングサービスを上回る7回のノミネートを受け、コンサルティング会社レピュテーション・インスティテュートが毎年発表する「アメリカで最も評価の高い企業ランキング」で1位を獲得した。
社員もネットフリックスが大好きだ。テクノロジー系人材のマーケットプレイス・サイトであるハイアードが

2018年に実施した調査では、グーグル(2位)、イーロン・マスク率いるテスラ(3位)、アップル(6位)などを上回り、ネットフリックスが最も働きたい会社に選ばれた。同じ年、報酬やキャリアに関するサイトを運営するコンパラブリーが、アメリカの大企業4万5000社で働く500万人以上を対象に、社員の幸福度を調べた。そこでは数千社を抑えてネットフリックスが第2位に選ばれた(第1位はマサチューセッツ州ケンブリッジのソフトウエア会社、ハブスポット)。
とりわけ興味深いのは、自らの業界が変化すると経営が傾く企業が多いなかで、ネットフリックスはわずか5年のあいだに4回ものエンタテインメント業界と事業内容の大きな変化にうまく対応したという事実だ。
・郵送DVDレンタル事業から、古いテレビ番組や映画のインターネット・ストリーミングへ。
・古いコンテンツのストリーミングから、外部スタジオが新たに制作した独自コンテンツの配信へ(「ハウス・オブ・カード野望の階段」など)。
・外部スタジオ制作のコンテンツをライセンス配信する状態から、社内スタジオを立ち上げて数々の賞を受賞するほどのテレビ番組や映画を制作する体制へ(「ストレンジャー・シングス未知の世界」
『ペーパー・ハウス」「バスターのバラード」など)。
・アメリカだけの企業から、世界190カ国のユーザーを楽しませるグローバル企業へ。
稀に見る成功というレベルではない。まさに驚異的である。2010年に破綻したブロックバスターとは違う、何か特別なことがネットフリックスで起きていたのは間違いない。

新しいタイプの職場

ブロックバスターは決してめずらしい例ではない。業界が変化すると、そこに身を置く大多数の会社は潰れる。コダックは写真が紙焼きからデジタルへと変化したのに適応できな買った。ノキアは携帯電話からスマートフォンへの変化に適応できなかった。AOLはインターネットのダイアルアップからブロードバンドへの変化に適応できなかった。私自身が最初に興した会社「ピュア・ソフトウエア」も業界の変化に適応できなかった。それはイノベーションを生み出し、柔軟性を持つようにカルチャーが最適化されていなかったからだ。
私は1991年にピュア・ソフトウエアを創業した。最初はすばらしいカルチャーを持っていたと思う。ほんの十数人でまったく新しい製品を創り出す日々は最高に楽しかった。起業家精神あふれる小さなベンチャー企業のご多分に漏れず、社員の行動を縛るようなルールはほとんどなかった。マーケティング担当者が「自宅のダイニングルームだと好きなときにシリアルが食べられるので頭がよく働く」という理由で在宅ワークを決めたときも、経営陣から許可を得る必要はなかった。設備担当者がオフィスデポで激安で売っていたヒョウ柄のオフィスチェアを1個買おうと決めたときも、CFO(最高財務責任者)の決裁をあおぐ必要はなかった。
しばらくしてピュア・ソフトウエアは成長しはじめた。新たな社員が増えると、そのうち何人かがバカなミスをして、それが失敗につながり、会社に余計なコストが発生するということが起きた。そのたびに私は再発を防ぐために新しいプロセスを採り入れた。たとえばマシューというセールス担当者が、見込み客と会うためにワシントンDCに出張した。その客が5つ星のウィラード・インターコンチネンタル・ワシントンに泊まっていたので、マシューも同じホテルに部屋を取った。1泊700ドルもする部屋だ。その事実を知ったときには猛烈に腹が立った。そこで人事部門の担当者に出張規程を作らせ、社員が出張するときに航空券、食事、ホテルに使ってよい限度額を設定し、それを上回る場合は管理職の承認が必要ということにした。
また財務担当のシーラは黒いプードル犬を飼っていて、ときどき職場に連れてきていた。ある日、私が出勤すると、会議室に敷いてあったカーペットに大きな穴が開いていた。プードル犬の仕業だ。カーペットの買い替えにも相当な費用がかかった。そこで新たなルールを作った。「人事部門の特別な許可がないかぎり、職場への犬の同伴は禁止」
ピュア・ソフトウエアではルールや管理手続きが山のようにでき、決められたルールのなかでうまくやっていける者が出世する一方、クリエイティブな一匹狼タイプは息が詰まり、会社を辞めていった。そうした人材が会社を去るのは残念だったが、会社が成長する時期には仕方がないことだと自分に言い聞かせた。
するとふたつのことが起きた。まず会社は迅速にイノベーションを生み出せなくなった。業務の効率は高まったが、クリエイティビティは低下していったのだ。成長するためにはイノベーティブな製品を生み出している会社を買収しなければならなくなった。それによって会社はますます複雑になり、ルールや手続きがますます増えていった。
わる必要があった。しかし新しい発想や速く変化することより、プロセスに従うことが得意な人材を選び、そのような職場環境を整えてきたために、変化に適応することができなかった。こうして1997年、ピュア・ソフトウエアは最大のライバルに身売りした。
次に創業したネットフリックスでは、ミスを防ぎ、ルールに従うことより、柔軟性や自由やイノベーションを重視したいと考えた。その一方で会社が成長する段階では、ルールや管理プロセスがなければ組織がカオスに陥ることもわかっていた。
ネットフリックスは何年にもわたって試行錯誤を繰り返し、徐々に進化していき、ようやく正しいアプローチを探り当てた。社員に守るべきプロセスを与えれば、自らの判断力を働かせて考える機会を奪ってしまう。そうではなく自由を与えれば、質の高い判断ができるようになり、説明責任を果たすようになる。それによって社員の幸福度や意欲は高まり、会社も機敏になる。ただし社員の自由度をそこまで高くするためには、まず土台としてふたつの要素を強化しなければならない。
「+」能力密度を高める
一般的に企業がルールや管理プロセスを設けるのは、社員のだらしない行為、職業人にふさわしくない行為、あるいは無責任な行為を防ぐためだ。だがそもそもそのような行為を働く人材を採用せず、会社から排除できれば、ルールは必要なくなる。優秀な人材で組織をつくれば、コントロールの大部分は不要になる。能力密度が高いほど、社員に大きな自由を与えることができる。
「+」率直さを高める。
優秀な人材はお互いからとても多くを学ぶことができる。しかし常識的な礼儀作法に従っていると、互いのパフォーマンスを新たな次元に引き上げるのに必要なフィードバックをできなくなる。有能な社員が当たり前のようにフィードバックをするようになると、全員のパフォーマンスの質が高まるとともにお互いに対して暗黙の責任を負うようになり、従来型のルールはますます不要になる。
このふたつの要素が整ったら、次は…

「-」コントロールを減らす

まず社内規程の不要なページを破り捨てるところから始めよう。出張規程、経費規程、休暇規程はすべて廃止していい。その後、社内の能力密度が高まり、フィードバックが頻繁かつ率直に行われるようになったら、組織の承認プロセスはすべて廃止してもいい。そして管理職には「コントロールではなくコンテキストによるリーダーシップ」という原則を教え、社員には「上司を喜ばせようとするな」といった指針を与える。
ありがたいことに、このようなカルチャーが醸成されてくると好循環が生まれる。コントロールを撤廃することで「フリーダム&レスポンシビリティ(自由と責任)」のカルチャーが生まれる(これはネットフリックス社員が頻繁に口にする言葉で、略して「F&R」と言われることも多い)。それが一流の人材を引き寄せ、さらにコントロールを撤廃することが可能になる。そうしたことが積み重なると、他の会社がおよそ太刀打ちできないようなスピード感とイノベーションが生まれる。しかし一度の挑戦でこのレベルに到達できるわけではない。
本書の第1~9章ではここに挙げた3つのステップを、3サイクル繰り返す方法を説明していく。1サイクルでひとつのセクションとなる。第1章では、ネットフリックス・カルチャーを、固有の文化を持つさまざまな国に持ち込んだときの経験を描いている。グローバル企業に脱皮するなかで、私たちはとても重要な、そしてとても興味深い新たな課題に直面することになった。
もちろんあらゆる実験的プロジェクトには成功と失敗の両方がつきものだ。ネットフリックスの現実は(現実というものはたいていそうだが)、ここに示した図のような単純なものではない。本書の執筆に、ネットフリックス・カルチャーを外部の視点で分析してくれる助っ人の手を借りたのはそのためだ。公平な専門家の目で社内を見て、ネットフリックス・カルチャーが実際には日々どのように機能しているかをしっかり見てもらいたいと思ったのだ。

第1段階
有能な人材だけを集めて能力密度を高める
フィードバックを促し率直さを高める
休暇、出張、支出に関する規程などコントロールを撤廃していく
第2段階
個人における最高水準の報酬を払い能力密度を一段と高める
組織の透明性を強化して率直さをさらに高める
意思決定の承認を不要とするなど
もっと多くのコントロールを廃止していく
第3段階
キーパーテストを実施して能力密度を最大限高める
フィードバック・サイクルを生み出し率直さを最大限高める
コンテキストによるマネジメントでコントロールをほぼ撤廃する

そこで頭に浮かんだのが、ちょうど読み終えたばかりだった『異文化理解力」の著者、エリン・メイヤーだった。パリ郊外のビジネススクール、INSEADの教授で、最近世界で最も影響力のある経営思想家の1人として「経営思想家ベスト(Thinkers50)」にも選出された。ハーパード・ビジネス・レビュー誌などには職場における文化的差異についての研究成果を頻繁に寄稿している。著書を読み、私より1年あとにアメリカ政府が運営するボランティア組織「平和部隊」からアフリカ南部のスワジランド[現・エスワティニ」に派遣され、教師をしていたことも知った。そこで私はエリンにメッセージを送った。
2015年2月、私はハフィントンポストで「ネットフリックスが成功する理由社員を大人として扱う」と。題する記事を読んだ。内容はこんな具合だ。
ネットフリックスは社員には優れた判断力が備わっているという前提に基づいている。(中略)そしてプロセスではなく判断力こそが、明確な答えのない問題を解くカギだと考えている。
ただ裏を返せば、(中略)社員はとてつもなく高いレベルの成果を出すことが期待されるということだ。それができなければすぐに出口を示される(十分な退職金付きで)。
私はとても興味をひかれた。そんな方法で現実に成功している組織とはどんなものだろう。適切なプロセスが設定されていなければ、組織は大混乱に陥るはずだ。そして圧倒的成果を出せない社員が退出を迫られるなら、社内には恐怖心が蔓延するだろう。

そのほんの数カ月後のある朝、受信ボックスに次のようなメールが入っていた。
送信者:リード・ヘイスティングス
日付:2015年5月3日

件名:平和部隊と御著書についてエリンさん、私も平和部隊スワジランドのメンバーでした(1983~1985年)。いまはネットフリックスのCE0です。御著書、すばらしいと思ったので、社内の全リーダーに読ませています。いつかコーヒーでもご一緒しませんか。パリには頻繁に行っています。世間は狭いですね!
リード

こうしてリードと私は出会った。そしてネットフリックス・カルチャーがどのようなものか直接知るために社員にインタビューをして、一緒に本を書くためのデータを集めてみないか、と提案された。それは心理学、経営学、そして人間行動にかかわるあらゆる常識の真逆を行くカルチャーを持つ企業がなぜこれほどすばらしい成果を挙げているのか、明らかにするチャンスだった。
私はシリコンバレー、ハリウッド、サンパウロ、アムステルダム、シンガポール、そして東京で、ネットフリックスの現役社員と元社員に合計200回以上のインタビューをした。対象者は経営幹部から事務部門のアシスタントまで、すべての階層におよんだ。ネットフリックスは一般的に匿名による発言を良しとしないが、私はすべての社員に匿名でインタビューを受けるという選択肢を与えるべきだと主張した。その結果、匿名を選択した社員は本書に仮名で登場している。しかし「常に正直であれ」というカルチャーを反映してか、多くの関係者が実名で、自分やネットフリックスについてびっくりするような話や、ときには否定的な意見やエピソードを堂々
と語ってくれた。

「点と点を結びつける」方法を変えてみる

スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学卒業式での有名なスピーチで、こう語った。「先を見通して点と点を結びつけることはできない。点と点は後から振り返って初めて、結びつくものだ。だから、いずれどうにかして点はつながるのだと信じなければならない。自分の直感、運命、人生、カルマなど、何でもいい。何かを信じるんだ。私の場合、この方法でずっとうまくやってきたし、それは人生に大きな違いをもたらしてくれた」
これはジョブズだけの考えではない。ヴァージン・グループ創業者、リチャード・ブランソンのモットーは「ABCD(「AlwaysBeConnectingtheDots.(常に点と点をつなげ)」)だとされる。またデビッド・ブライヤーとファスト・カンパニー誌は、私たちそれぞれの人生の点と点をつなげる方法が、現実をどう見るか、ひいてはどのような意思決定を下し、結論を導き出すかを決定づけることを示す、すばらしい動画を発表している。
大切なのは、常識的な点と点を結びつける方法に疑問を持つことだ。たいていの組織では、社員は周囲と同じやり方、これまで正しいとされてきたやり方で点と点を結びつけようとする。それが「現状維持」につながる。だがある日、誰かがまったく違うやり方で点と点を結びつけてみせると、人々の世界に対する見方はがらりと変わる。
それこそまさにネットフリックスで起きたことだ。リードはピュア・ソフトウエアで失敗したからといって、初めからまったく新しいエコシステムを創ろうとしたわけではない。ただ組織の柔軟性を高めようとしただけだ。その後起きたいくつかのことをきっかけに、カルチャーにまつわる点と点をそれまでとは違う方法で結びつけるようになった。さまざまな要素が少しずつ融合していくなかで、ネットフリックス・カルチャーの何が成功の原動力となったのか、少しずつわかってきた(やはり後から振り返って初めてわかったのだが)。
本書では章を追うごとに、新たな点と点を結びつけていく。それは実際にネットフリックスが発見した順番になっている。さらにそうした気づきがいまのネットフリックスの職場環境にどう反映されているのか、この間私たちが何を学んできたのか、そしてみなさんの組織ならではの「自由と責任」のカルチャーを醸成するにはどうすればよいのか、一緒に考えていこう。

リード・ヘイスティングス (著), エリン・メイヤー (著), 土方 奈美 (翻訳)
出版社 : 日本経済新聞出版 (2020/10/22)、出典:出版社HP